Scene 20 ただの女子高生で、ただの色恋で
ベッドからゆっくり起き上がり、スマホのロックを解除して、ケンカ別れした相手を呼び出す。
『こんばんは。今日はどんな1日でしたか? ご用件をどうぞ』
「電話してきて」
無機質な声に即答する。やがて、秘書子から着信が来た。
『……どうしたの?』
少し
「お願い。灯香の住所、なんとか分からないかな?」
『住所?』
「今すぐに行きたいの。行かなきゃいけないの。調べられる?」
『ううん、SNSの投稿とかからヒントになる情報があれば絞り込めるかもしれないけど……』
「それでいいよ、お願い。知ってることは全部教えるから!」
私が持ってる情報を、彼女がやってるSNSのアカウント名から、帰り道で別れていた地点まで全部伝えた。
『でも、今から行ってどうするの?』
「……謝ってくる」
声の調子で、さっきの電話の私とは違うことを知ったんだろう。
彼女もまた、明るい声色で返事をくれた。
『……分かった、ちょっとやってみる。待ってて!』
20分くらい経って、時計の短針は10に近づこうとしている。外では犬が鮮明な月を愛でるように吠えていた。
『よし、近くまで絞り込めたよ!』
マップで表示されたのは、いつも帰り道で別れる公園から10分くらい歩いたあたりの住宅街。
「ありがとう! うん、これで十分! 戸建だって言ってたから、近くまで行ったら
『合点でい!』
制服のまま、スマホだけポケットに入れて部屋を出る。そのまま階段を駆け下り、体当たりするようにドアを開けて、帰ってきたときよりも速く走りだした。
耳に入れたイヤホンから流れてくるのは、いつも聞いてる「日曜のキス」。
どう足掻いても消えないなら、ずっと持っていよう。誰かがおかしいと言うなら、受け入れて頷こう。
「ちょっと変かもしれないけど、背の低い男の子が好き」「ちょっと変だけど、太ってる人の方が好き」なんて人がいるなら、そっと隣に並ぼう。
私も、ちょっと変かもしれないけど、染色体が同じ人が好き。それ以外は普通の、ただの女子高生。それ以外は普通の、ただの淡い色恋。
マップに映っている場所まで辿り着き、辺りを見回す。暗くて遠くの表札が見えないから、一軒一軒見ていくしかない。
早足で歩きながら顔を左に向け、名字の群れと格闘する。藤島、藤島、藤島……。
電話して聞こうと思ったけど、やっぱり第一声は直接会って伝えたい。藤島、藤島……。
30分して、
「はーい」
その声はまさしく灯香だった。
「あの、晴野です」
「へ? え、あ、ユズ先輩ですか? わっ、はい!」
ドアの向こうでガタガタ音がする。靴を履きながら慌てて出てきた灯香は、薄いピンクのTシャツに赤白チェックのネルシャツの、いかにも部屋着のスタイル。
「どしたんですか、先輩? っていうか、今日大丈夫でしたか!」
なんで家知ってるか変に思われたかな、なんて不安を掻き消してくれる、優しい言葉。そうね、心配かけちゃったよね。
「灯香…………ごめんなさい!」
勢いよく、頭を下げる。
何を話していいか分からない。ただただ、灯香に謝りたかった。
「ちょっと、ユズ先輩――」
「最近バタバタしてて、ストレスでみんなに当たっちゃった。あのままだとせっかくのうず祭前なのにみんなの気分害しちゃいそうで、今日は帰ったの。それで、謝ろうと思って……」
言い終えて顔を上げる。灯香は、いつも通り明るく笑っていた。
「気にしなくていいんです! 誰にでもイライラしてるときありますから!」
「……ホントにごめんね」
「いいんですって! そんなことより、映画大丈夫ですか? アオ先輩もセット君も心配してましたけど……」
月がさっきより高い位置に動いた。ドア上の電気と頭上の月、2つの光に照らされ、暗がりの中でも眉を下げた可愛い顔がよく見える。
ああ、うん、もう大丈夫。彼女に悲しい顔させないようにしなくちゃと思ったら、なんでも出来る気がする。
「問題ないよ! 終わらせてみせるから、楽しみにしてて!」
ガッツポーズで応える私に、灯香が笑う。
「へへっ、じゃあ楽しみにしてます! アタシの主演デビューなんですから、やっつけで作らないで下さいね」
「分かってるって。傑作にする!」
2人でガッツポーズ。変な構図だけど、それがとっても楽しい。
「よし、じゃあ帰って作業するね。また明日!」
「分かりました! おやすみなさい!」
手を振って、また家に向かって走り出す。公園前の交差点を曲がっていつもの帰り道。3時間前に泣きながら、通ったときと足取りが全然違う。軽くて心地よくて、そのまま空中散歩にでも繰り出せそう。
部屋に戻ってうず祭の準備をしよう。編集できないから映画は進められないけど、灯香にもらった台本をチェックしなきゃ。あとは青葉とセット、それから秘書子にメールね。
私のダッシュを応援するような犬の遠吠え合戦をBGMに、晴野家まであと300メートル。
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