Scene 14 その写真が、私を走らせる

 10月3日、水曜日。今日は外での撮影。


 うず祭まであと10日もある思うと心に余裕が出来るものの、睡眠時間と授業の時間を削ると大して残っていないことに気付く。


 撮影はあと300カット超。予想はしてたけど、土日めいっぱい使って、なんとか来週から予定通り編集に入れるペースだ。


「井蔵、次はどこだ?」

「あ、3カット風景が続きます。晴野先輩、これです」

 青葉に返事しながら、セットがファイルを見せてくれる。ファイルの下に重ねたノートには、どのカットを何時何分に撮影したかびっしり書かれていた。


「道路を5秒撮って、次に街路樹を3秒ね、オッケー」

 セットがロケハンで見つけてきた、通ったことのない道。その誰かの通学路に三脚を立て、風景のカットを撮りながら公園に近づいていく。


「ねー、何してるのー?」

「テレビ? テレビの人?」

 カメラを見つけて騒ぎ立てる小学生はちょっと面倒。それでも外での撮影は、学校以上に「私達面白いことをしてます」感が強くて、その感覚に酔いしれてしまう。


「よし、鉄棒も撮った! セット、次は確かヒナのカットだよね? ブランコの」

「そうです、藤島先輩がブランコに乗って考え事してるところです」

「はーい、今日初めてアタシの出番だ!」


 お、ここでさりげなく誕生日トークしておけば、スムーズにプレゼント贈れるかもしれないな。


「灯香、今日は誕――」

「あ、そういえば今日藤島先輩、誕生日じゃないですか? おめでとうございます」

「おおっ、ありがと! セット君よく覚えててくれたね!」


 セットオオオオオ! 絶妙にダメなタイミングで発言してくれるね君は!


「いやいや藤島、みんな知ってたから。な、楪?」

「ん、ま、まあね。先月くらいから何となく『もうすぐだなあ』って。おめでとう、灯香」

 強がり40%増量の回答に、青葉が笑いをこらえる。


「ふふ、皆さんありがとうございます。準備で忙しいからスルーされちゃうと思ってました」

「へへ、へ……」

 昨日まで記憶の彼方にあったわよ、へへへ……。


「藤島、おめでとう。うず祭の打ち上げで誕生日祝いもするか」

「ホントですか? やったあ!」

 ピースしてぴょんと跳ねる灯香。こういう仕草、かわいいなあ。


「よし、じゃあ17歳の灯香さん、撮影始めるわよ。ブランコ乗って」

「任せて下さい! オトナなアタシは一味違う!」

 一味違った灯香はこの後ブランコで豪快に立ち漕ぎして、周りにいた小学生から羨望と不審の入り混じった目で見られていた。




 学校に戻って残りのカットを撮影し、今日の分は終了。私は化学準備室に、他の人は部室に戻って、各自の作業に移る。

 明後日はフラウズもあるし、ふぇすらじだって来週末だ。みんな私の映画ばかりに注力してもいられない。


「ユズ先輩、入りますよ」

「は、はいはい!」

 ふぇすらじの打ち合わせ。2人きりの化学準備室。


「ちょっと簡単に台本書いてきたんですけど」

「ほいほい、ちょっと見てみるね」

 ダブルクリップで留めてある紙をパラパラと捲る。


「うん……うん…………これでこうなって…………はいはい、なるほどね」


 うん、よく書けてる。いつも青葉や私がフラウズで書いてる台本に近い書き方だから読みやすい。一生懸命読みこんでくれたのね。


「第一稿でこれなら十分じゃないかな。で、細かく見ていくと……まずこの一番始めのフリートーク、『うず祭の盛り上がりっぷりを紹介』って書いてあるけど、どんなこと話すかはある程度考えておいた方が良いと思う。結構尺あるし、お客さんの前で話し始めたばっかりだから結構緊張しちゃうと思うし」


「そうですね、大体言うこと決めておけば頭真っ白になっても安心ですもんね」

 差し出したプリントを受け取って赤ペンでメモする。

「それからこのトークテーマだけど、切り替えもう少しスムーズに……」

 こうして台本を直していく。ふぇすらじの輪郭が明確になるほど、来週の放送が楽しみになっていった。



「ありがとうございました! じゃあアタシ、戻ってますね」

 紙を抱えて立ち上がる灯香。


 よ、よし。渡すなら今しかない。


 怖がるな、何も怖がるな。

 きっと気づかない。私の想いには辿り着かない。

 さりげなく、「面倒見のいい女子の先輩」を振る舞えばいい。

 怖がるな、何も怖がるな。



「灯香、こ、これ」

「へ?」


 下を向きたくなる緊張を抑え、顔を上げて手渡す。ローズカラーに染まった紙袋に、花束モチーフのシール。「Happy Birthday」と書かれたシールは花束の形。

 とても分かりやすい、祝福と愛情の具現化。


「誕生日プレゼント! 大したもんじゃないけどさ」

「わ、わ、ありがとうございます! うわあ、嬉しい! 中、見てもいいですか?」

 どうぞ、という返事とほぼ同時に袋に手を入れる。


「きゃあああああああ! かわいいいいいいい!」

 めいっぱいの幸せな叫び声が耳に刺さる。


「可愛い! すっごく可愛いです! 嬉しい!」

「良かった、気に入ってもらえて」

 うん、本当に良かった。

 こんなに喜んでもらえるなら、一生懸命探した甲斐がある。


 そして、本心に気づかれない、疑われもしないことに、安堵と幾許いくばくかの寂寥感を飲み込んだ。



「ね、ユズ先輩。写真撮りましょ、写真!」

「写真?」

「はい、思い出にぜひ! アタシの携帯隣なんで、先輩ので写してもらっても良いですか?」


 いいけど、と返事しながら、スマホのカメラを起動。画面を見ながら撮れるようにして、腕をめいっぱい伸ばす。


「先輩、もうちょっと寄って下さい」

 グッと腕を掴まれて、彼女の胸の方に引き寄せられる。

 柔らかい胸の感触と、白い腕の体温と、鼻腔に遊びに来る甘い彼女の香りに、照れながら一気に鼓動が早くなった。


「い、いくよ。ハイチーズ!」


 微笑む私と、プレゼントの袋を掲げて満面の笑みを浮かべる灯香。ピッタリくっついた幸せな時間を、シャッター音が切り取る。



「あとで送って下さいね! じゃあアタシ、部室戻りますね! セット君とアオ先輩がフラウズの打ち合わせしてるんで混ざってきます。このペンでメモ取るんだあ!」


 大げさなほどスキップしてドアに向かい、出る前にまたこっちを向いた。


「ユズ先輩、ホントに、ホントにありがとうございました!」


 出ていく灯香を見送りつつ、今とった写真を彼女に送る。ふとショートメールを見ると、私をよく知るあの子からメールが来ていた。


『何、今の写真?』

「見ないでよ、エッチ」


『で、どうだったの?』

「大成功! ありがとね!」

『ん、良かった』


 世話焼きでツンデレの秘書子に報告する。自然に顔が綻ぶのは、見直す必要がないくらい、さっきの写真が頭に焼き付いてるせい。

 幸せな、本当に幸せな、灯香との思い出。



 先生も帰り始める時間、車の排気音が近くで響いた。エネルギーを充填した私の前には、明日撮る絵コンテとふぇすらじの台本。

 よし、この勢いでやれるところまで進めてみようかな。

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