Scene 13 だってどっちも女の子だから

「さて、と……ステーショナリーフロアは……」


 ウキウキした気持ちが抑えられず、自然とモノローグが口をつく。


 撮影後、友達と予定があるとウソをついて、電車で2駅の大きな雑貨店へ。

 灯香と一緒に帰れなかったのは残念だけど、今日はこっちの用事優先だ。


「さて、パンダパンダ……」


 ボールペンコーナーを左から右にスライドしながらお目当ての品を探すけど、それっぽいものはない。


 消せるボールペンや書き味が滑らかな種類などなど、機能重視のラインナップが棚を占めている。動物モチーフのペンは端の端に追いやられ、イヌとネコのペンがじゃれるように立てられているだけだった。


「ここにないとすると……」


 もうひと握りの願いを込めて、エスカレーターで2つ上に移動。バラエティー雑貨フロアに行ってみる。


 ご当地ゆるキャラや、アメリカ生まれのちっとも可愛く見えないキャラ、種種雑多なキャラクター達の、これまた種種雑多なグッズが並ぶ。

 トランプ、フィギュア、マグカップ……フロアをいそいそと歩き回るも、パンダのキャラグッズすら見当たらなかった。


「ないなーないなー」

 困りごとを敢えてポップに歌い上げてみる。どうやらここにはなさそうだ。


 ううん、実際歌ってる場合じゃないんだよなあ、困ったなあ。普段パンダのグッズなんて意識して探さないから、どこを探していいかも分からない。

 もうすぐ8時、ここ以外の店が閉まり始める時間だから急いで探さないと。


 あ、待てよ。ひょっとしたら……


 足早にエスカレーターを駆け下りて店を出る。自動ドアをくぐると同時に全速力で走り、交差点を2つ越えた別の雑貨屋へ。

 この店はキャラクター雑貨が多いって、前にクラスメイトが話してた気がする。


「パンダパンダ……」


 1階と2階を足早に回る。幸い特徴的な配色の動物だから、探すのは難しくない。

 とはいえ、モノクロを目にしたのはダルメシアンが描かれた下敷きとパンダのバカデカい人形だけ。一瞬人形を買おうかとも思ったけど、私の上半身ほどあるサイズはさすがに大きすぎる。


 店員さんに軽く会釈をして店を出る。もう日も落ちていて、見渡しても闇がかった景色しか見えない。

 目を凝らして見つけた道向かいの雑貨屋っぽい店に入ってみるものの、デザイン重視のオシャレなキッチングッズが並んでいるだけで、2分と経たず道路に戻った。


「あーどうしよう!」


 もうリズムをつける余裕もない。せっかく灯香の欲しいものが分かったって、買えないんじゃ意味がないじゃない!


 どこを探そう。どこにあるだろう。いっそ他のものにしようかな。まだ駅前のケーキ屋も開いてるはず。オシャレなクッキーでも買ってけばいいかな。


 パンダにこだわってそれ以外のものすら買えなかったら、もうどうしようもない。明日コンビニで適当にお菓子を買うくらいの、残念な結末になってしまう。


 動き回って切れ切れの呼吸に、鞄もさっきより重く感じる。欲しいものは決まっていて、それでも手に入らない。その構図はまるで今の自分のメタファーのようで、この状況がお似合いにすら思えてきた。


 とりあえず、駅前のケーキ屋近くに戻ろ――


「わっ!」

 渚のアデリーヌの着信音。このタイミングで電話してくるなんて、多分彼女しかいない。


「どしたのよ?」

『あれからどうなってるの?』

 焦り気味で出た私に、秘書子も焦った様子で聞く。


「どうなってるの、って?」

『灯香の誕生日プレゼントよ』

「ああ、うん。パンダのボールペン探してるんだけど、見つからなくてさ」


 私の答えに少し黙る秘書子。やがて、今までよりちょっと大きめの声で返事する。


『ボールペンって決まってるなら教えてよ!』


 そのまま通話を切られた。明らかに怒ってる。え、何? 何で怒ってるの?


 怒ってること、別にそれ自体にはもう驚かない。今の秘書子は、「人工知能」なんて昔からある言葉じゃ説明がつかないほど、私達に近い存在に思えている。


 心を持たない彼女の心情を図りかねていると、ショートメールがポンッと届いた。


『楪からの情報ないとワタシは何も動けないんだから!』

『まったく、こっちだって色々調べてたのに』


 拗ねるようなメールに続いて幾つものURLが送られてくる。タッチすると、それは検索結果のリンクだった。


『パンダ グッズ』『パンダ 文房具』『パンダ ファッション』『パンダ 家電』


 彼女は勝手に調べていた。認めてもいない、私の好きな人のためのプレゼントを。

 なんというか、それだけで、もう、胸の奥がじんわりと熱くなった。


「ありがとね」

 ニッコリマークの絵文字と一緒にメールを返す。


「ねえ、電話かけてきてよ。こっちからじゃかけられないし」

 返信代わりに、ピアノ曲の機械音が響いた。


「あのさ、お願いがあるんだけど。パンダのボールペンが売ってる場所、探せないかな?」


 さっきと同じような、しばしの沈黙。でもそれを破ったのは怒った声じゃなく、呆れたような愛嬌ある声だった。


『……まったく、秘書使いの荒いユーザーね』

「あら、こんなに信頼されてる秘書も少ないと思うわよ。いいから私の愛しい灯香のために頑張って!」


『いい? これは楪が良い先輩として後輩にプレゼントを買うって目的で探してあげるんだから。別に楪の恋愛を認めたわけじゃないわよっ』

「おお! スマホのツンデレ初めて見た」

『う・る・さ・い!』


 こうして、秘書子は茶化されながら自分で検索を始める。きっと私より何倍も効率的で網羅的に情報の海を潜っているに違いない。


『2週間前、ここから2駅行った雑貨屋でパンダのペン買った人がつぶやき投稿してた! お店21時半までだって、急いで!』


 ショートメールが届いて私が駅の階段を駆け上がるまで、5分とかからなかった。




 夜、買ってきたプレゼントの袋を机に置き、ベッドにダイブ。明日の撮影カットを確認しなきゃいけないけど、今はこの充足感と疲労感に浸っていよう。


 少し緩んでいた袋の口の赤いリボン。結び直す前にちょっとだけ開けて、中身を取り出す。


 確か灯香が持ってたペンはノックする部分にパンダのキーホルダーがついているタイプだったけど、これは全体にパンダの顔が幾つも描いてあるタイプ。

 うん、このダラーッとした表情がかわいい。眠いときの灯香にも似てたりして、ふふっ。



 へへっ、買っちゃった買っちゃった。良かった、間に合って。

 灯香、ビックリするかな。喜んでくれるかなあ。


 デートの約束でもしたかのように飛び跳ねていた心は、時間を置かずしてピタッと鼓動を止めて冷静になった。



 どうやって渡そう。何て言って渡そう。

 いきなり変かな。部員一同からでも何でもなく、私からプライベートでプレゼントなんて。


 そんなことないよね。だもん。


 私の想いがバレることもない。自分で舞い上がってカミングアウトでもしない限りバレることはないだろう。疑われることすらない。だって性別が一緒なんだから。


 だからどんなに近づいてもアプローチしても、何も怪しまれない。なんて悲しい自信だろう。


 そして、もし。もしいつか灯香にバレたら、どう思われるだろう。


 同性の先輩が、自分を好きだと言っている。部員としてじゃなく、後輩としてでもなく、恋愛感情で好きだと言っている。それが分かったとき、どんなリアクションを取られるのか。


 驚嘆、拒否、拒絶、嫌悪……考えただけで、もう一歩も前に進めなくなる。今のままでいいじゃないか、と自分に言い聞かせて布団を被り、いつ涙が零れてもいいようにする。



 歓喜の花を愛でていると、すぐに陰鬱の棘に指を刺される。楽しいはずのイベントなのに怯えた自分に見張られていて、その窮屈さがもどかしかった。

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