Scene 17 焦るクランクアップ

「マズいマズい、どうしよう」

「とりあえず今日から取り戻していくしかないですね……」


 月曜の放課後、部室。セットの前でガクッと肩を落とす。

 撮影済みの取り消し線がほとんどない撮影カット一覧表を見ながら、焦燥感をぶつけるようにペンをノックした。


「全然進んでないじゃない……」


 例年より南下が遅れて居座っている秋雨前線が、この週末に絶え間なく雨を降らせた。かろうじて撮影できたのは土曜の午前中だけ。


 そこからこの月曜まで、即ち、うず祭の1週間前まで、映画は何一つ完成に向かっていなかった。


「さすがに2日間降り続くとは思ってなかったですね。ユズ先輩、スケジュール大丈夫ですか……?」

「大丈夫じゃないけど、大丈夫にするしかないわよね……。あーもう、先週 木曜までは週末晴れるって言ってたのに!」


「まあ、とにかく撮影始めよう。今日からはまた晴れるみたいだ。井蔵、三脚持たせてくれ。今日はどこからだ?」

「じゃあ本条先輩、お願いします。今日は校庭のシーンからですよね、晴野先輩?」

「うん、そう。急いで始めましょう」

 校庭に出て、すぐにカメラを準備する。


「カット313から行くわよ。科白はオッケー? じゃあいきまーす!」

 2人のオッケーの返事を待たずにカウントを始める。



『ヨウはユキさんのこと、どう思ってるの?』

『ん……まあ、好きだよ、今でも』

『でもユキさんはもういないんだよ。それってなんか、意味がないとは言わないけど、ただ苦しいだけじょに――ごめんなさい、噛んじゃいました!』



「カット。ドンマイ灯香。次頼むわよ」

「ごめんなさい、ユズ先輩」

 手をパンッと合わせて謝る灯香。ふう、と聞こえないように細い溜息をついて、テイク2。



『ヨウはユキさんのこと、どう思ってるの?』

『ん……まあ、好きかな。今でも』

『でもユキさんはもういないんだよ。それってなんか、意味がないとは言わないけど、ただ苦しいだけじゃないかな』

『……………………あれ、俺だっけ』



「カット! 次、青葉の科白だよ」

「あ、そっか。この後のヒナの科白、無くしたんだったな」

「もう、忘れないでよね!」


 口では冗談っぽく済ませつつも、内心は2人をまくし立てる。


 時間がない。本当なら今日は編集に着手している予定だった。早く終わらせないと間に合わなくなる。

 自由に使えたはずの週末、その1日半が完全に無くなったことは、天候が予想できなかったとはいえ、余りにも大きな痛手だった。




「よし、今日の撮影はここまで。お疲れさま」

「お疲れさまでした!」

 学校の廊下で終了を告げる。このペースだと、明日でも終わらなさそうね……。


「セット、水曜夜から編集できるように、今まで撮ったファイルの準備しちゃおう」

「あ、晴野先輩、ごめんなさい。本条先輩と打ち合わせの予定で……」

「ごめんな楪、上映場所とか受付のレイアウト、井蔵と決めちゃおうと思ってさ」


「……そっか、分かった。じゃあセット、撮影記録のノートとパソコン貸してね」

「あ、はい。じゃあこれを」


 セットから借りた2つを部室の机に広げながら、苦い本音が胸の方からせり上がってくるのを感じる。


 上映場所っていったって、映画が完成しなきゃ上映すら出来ないじゃない。今は編集の方を優先してほしいのに。


 セットから借りたパソコンにビデオカメラをUSB接続し、動画ファイルをパソコン内に保存する。

 そして撮影記録のノートを見つつ、ファイルの作成時間がメモされた撮影時間と一致するファイルを探す。動画を開いて内容を確認し、ファイル名をカット番号に変えた。こうすれば、編集のときにカットを探すのが楽になるだろう。


「えっと、次はカット85で、月曜の16時48分……」


 単調作業に僅かでも彩りを添えるべく、マウスと一緒に口も動かす。OKテイクのファイルを探して、ファイルの名前を変える。映画制作の中でも屈指の退屈な作業。

 頭には他のことを考えるスペースが余っていて、思い通りにいかない現状を黒く照らした。


「ユズ先輩、ケータイ鳴ってますよ」

「あ、ありがと」


 このモヤモヤを煽るかのように秘書子からショートメールが届く。昨日もメールが来ていたけど、今日からどう進めるかを焦りながら考えているうちに返信し忘れた。


『こんにちは、元気?』

「元気じゃない。何か用?」

 能天気な挨拶に、苛立ちが募る。


『特に用はないけどさ。恋愛の方はどう? 何か相談乗ろうか?』

「そんなこと考えてる場合じゃない。忙しいからあとで」

 そっけなく返してキャッチボールを止めた。向こうに何ら悪気はないけど、その悪気のなさが逆に神経を逆撫でする。


 こっちの気も知らないで。こっちの事情も知らないで。


「あの、ユズ先輩」

「ん、どした?」

 後ろから、申し訳なさそうな顔で灯香が聞いてきた。右手を握ったり開いたりしている。


「ふぇすらじの台本、見てほしいんですけど……」

「あ……うん、わかった。先に明日撮るシーン考えたいから、夜見て明日コメントしてもいい?」

「はい、よろしくお願いします!」

 印刷された文字いっぱいの紙を受け取る。見る余裕があると言ったらウソになるけど、大事な後輩の頼みなら聞くしかなかった。





「カット! クランクアップよ、お疲れさま!」

「やったー! ユズ先輩、お疲れ様でした!」

「楪、お疲れさま」

 飛び上がって喜ぶ灯香に、軽く拍手しながら微笑む青葉とセット。


 水曜日、本番の3日前になって、ようやく、漸く、全カットの撮影が終了。


 手元の絵コンテファイルも、赤ペンのチェックで埋められた。でも、浮かれてる状況じゃない。明るくお疲れさまなんて言ったけど、これからが一番大変。


「よし、セット。すぐ編集入るわよ」

「わかりました」


 部室に走って戻り、ロの字に並んだ長机の一辺に座る。セットがパソコンの真ん前、私はセットの隣。まずは今日撮影したファイルの名前修正。


「ラストカットの243が、17時56分、と。よし、これで全カット揃ったわね。じゃあ取り込んでいこう」


 はい、と返事しながら、セットが動画編集ソフト「ムービースタジオ」を起動する。自分でも分かるほど早口になっているけど、残り時間を意識するとどうしてもペースが乱れてしまう。


「カット1から順番に進めよう。急いでやるから、漏れが出ると大変だしね」

「そうですね」


 ムービースタジオの中に動画ファイルを取り込んだ後、画面下半分にあるタイムラインと呼ばれる枠にファイルをドラッグ。タイムラインの中で、ファイルは帯状に伸びた。ここで動画を切ったり、他の動画と繋げたり、モノクロなんかのエフェクトをかけたりしていく。


「それ、再生してみて」

 再生された動画を2人でじっくり見る。ヒナが通学路を歩くシーン、ヒナが通過した後も画面はしばらく道路を映したまま。


「最後の2秒くらい要らないと思うけど、どうかな?」

「僕も要らないと思います。切ってみましょう」


 カミソリのアイコンをクリックして、帯状になったファイルの右端を切る。もう一度再生すると、間延びしていた部分がなくなりスッキリした。


「よし、このカットはオッケー。次はカット2」

「カット1とは普通に重ねちゃいますよ。暗転とか必要ないですよね?」

「うん、そのまま繋げちゃって」


 1カットごとに、こうやって長さを調整して繋ぎ方を工夫する。監督の腕の見せ場でもあるけど、これを400カット分も繰り返すかと思うと残り時間が気になって仕方がない。


 それに、ただ繋ぎ合わせるだけじゃ終わらないのがしんどいところ。


「晴野先輩、このカット、繋がってませんね……。ごめんなさい、撮ってるときに気がつきませんでした」

「あ、ホントだ……。ううん、仕方ないわ、私も気付かなかったし」


 再生された画面の中では、ヒナとヨウが教室で話している。ヒナの髪の右側にはオレンジの髪留め、でも、その前後のカットでは小鳥をモチーフにした全く違う髪留めが光っている。


 私もセットも極力気を付けるようにしてるけど、撮影日が違うとたまに出てしまう整合性ミス。


「どうします? このままにします?」

「ううん、これ結構目立つなあ……灯香、今日ってオレンジの髪留め持ってきてる?」

 向かいに座ってパソコンをカチャカチャ打っている灯香が、画面から私に視線を移した。


「はい、持ってきてます。取り直しもあるかもと思ったんで」

「じゃあ、撮り直そう。暗いけど電気つければ何とか撮れるはず。青葉、お願いできる?」

「うん、問題ないよ。行こっか」


 4人で駆け足で教室へと急ぐ。

 こうして、撮影ミスやどうしても気になるカットがあれば、やむなく撮り直し。

 

 なるべく良い作品にしたいという熱い想いと、残り時間を気にする冷静な思考。相反する2人の自分が脳内に同居して、編集はなかなかスムーズには進まなかった。

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