いつかきっとハマグリになる(12)
指摘したい箇所はいくつかあった。
だが、
「じょうほうなんとか、とは何です」
まずはそこだろう。
おそらく“情報提供者”なのだと思うが……というか前に説明したよな、おい。
「何かぁ、よくわからないしぃ。興味もないしぃ」
……まぁな、そんなところだろうと思ったがな。
今ここで説明してもまたどうせ三歩歩いたら忘れる。
それにツッコミを入れたいところはまだ他にもあった。
「“情報提供者”になりたいという人間と、釣りとか……とは、釣り以外に何をしてきたのですか?」
釣りなら釣りでいいだろう。
食べ歩きもなら、釣りと食べ歩きでいいだろう。
あの男と、何を――
「まあこさぁん、顔こわぁい!」
口をとがらせ上目遣いで見てくるのを、顔が怖いのは元々です、と睨めつける。
と、むう、と、さらに口をとがらせ、そして、まただるそうに口を開いた。
「そのぉ、じょうほうなんとか志望の人がぁ、行った釣場の端っこにぃ、幽霊がいるからって言ってぇ」
「……え」
「確かにそこに幽霊っていうかぁ『想い』があったんですけれどぉ、その『想い』の前後関係がイマイチわかんなくってぇ、二日かけてぇ釣りしながらぁ訊き込みしてぇ、ようやく『玉』に封じ込めたんですぅ。『玉』はさっき窓口にぃ提出したからぁ、これから報告書書く前に一食べしようかなぁって」
――いそも、とうとう『玉』を手に入れたのか。
私が……、私が促しても行動を起こさなかったのにな……。
あの男が、言っただけで、お前は、それだけで。
――ああ、どうしてだろう。
胸のあたりがざわざわする。
じくじくする。
痛い。
「よかったではないですか」
口からこぼれるのは胸の痛みが増すだけの言葉。
なおも口は勝手に動く。
「じょうほうなんとかではなく“情報提供者”。そして、ちゃんと名前で呼んで差し上げなさい。その人間の、名前は?」
そういえば、あの男、言っていたな――僕に関係したいそもさんとのやり取りで気にかかることがあったら、僕の名前をいそもさんに訊ねてみてください。
はからずも、そうなったわけか。
お前は、どんな顔であの男の名を呼ぶ?
「えっとぉ……、きよりん?」
きよりん――とは、何ぞや。
「真面目に答えなさい」
「だってぇ、知りませんからぁ」
「知ら……って、い、いや、待て! “情報提供者”だろう! お前の! 聞いてないのか名前!」
あまりのことに声を荒らげたが、いそもは面倒臭そうに眉をひそめ、言う。
「名乗ってたとはぁ思うんですけどぉ、そんな興味ないしぃ……、きよりんで通じるならぁ、それでよくないですかぁ?」
「よくない! よくないだろう! お前の“情報提供者”だぞ! これからも、そいつと――」
「えぇー、まあこさんが言ったんじゃあないですかぁ、『玉』を集めろってぇ」
「え……」
瞠目する。
「そ……そりゃあ、言うだろう! お前は女官候補だろう? 逆戻りはいやだと、夢があるから女官になりたいと言っていただろう!」
頷いたいそもは、私によく似た、でも、まったく違う顔で、まあでもぉ、と澄まし声で言った。
「あたしの夢ってぇ、女官になってぇ、てきとうに手柄立ててぇ、てきとうなところでぇ、ハマグリになりたいってだけですしぃ」
「……は?」
何じゃそりゃ。
「ハマグリですよぉ? ハマグリ! 一個で主役になれるハマグリ! 焼きアサリなんてぇ成立しませんけどぉ、焼きハマグリ! っていったらぁもぅ主役じゃあないですかぁ! それにぃハマグリってぇ、身が大きいのにぃ、大味じゃあないのがぁ、すごくないですかぁ?」
――す、すごいっていうか……、え? わざわざ女官になって食物連鎖に戻る気満々なのか? え……っと?
声にならず、ただあわあわする私に、いそもは笑む。
「どうでもいいってことですよぉ! 今がぁ楽しければぁいいんですぅ! まあこさんはぁ、あたしに『玉』を集めてほしいしぃ、女官になってほしいんですよねぇ? だったらなりますよぉ――だってぇ、あたしぃ、まあこさんのこと大好きですから! まあこさんに幸せになってもらいたいんですぅ!」
……ああ。
ああ、どうしてだろう?――泣きそうだ。
たぶん、うれしくて。
いったい何がうれしいんだ、私は、こんなに……。
「ていうかぁ、『玉』取ってきたのにぃ、まあこさんご褒美くれないんですかぁ?」
「え、あ……や、や、やる! もちろんやる、くれてやろう!」
目頭を押さえて水気をごまかして言う。
「お前のほしいものはなんだ! 今一番ほしいものを言ってみろ! いそも!」
いそもはふんわりと笑った。
まるで花開くような微笑。
「美味しいカステラが食べたいですぅ。福砂屋とぉ、松翁軒とぉ、文明堂総本店とぉ、あとはぁ手作りとかも作って食べてみたいかなぁって思うんでぇ、美味しいお砂糖とぉハチミツとぉ小麦粉とぉ卵買ってくださぁい」
「いいぞ、買ってやる。全部買ってやる――ああ、本当によく頑張ったな、いそも」
結局どうしてこんなにうれしいのかわからなかった。
けれども、うれしいのならばいいじゃないかと、そう思った。
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