食物連鎖を飛び越えて(3)
そして、元アサリのいそもは言う。
「まあこさんダメ。全っ然カタいですぅ。もっと頭やわらかくしなきゃダメですよぉ」
お前がやわらかすぎるんだこの軟体動物め、と怒鳴り散らしたくてもここはグッと我慢の子だ、まあこよ。
何せ相手はどうしてか同じ顔なんで色々とダメージが大きい。それに私は元々魚類だ。軟体動物を差別するつもりはないが脊椎動物としての誇りがある。
市杵嶋姫命よ、何でこいつを私に似せて作ったのですか、という嘆きの声は心におさめ、
「そうですか?」
と何とか眉をひそめるに留めた私にいそもはさらに言った。
「いや、ホントにカタいですってぇ。大体、今あたしたち人の
確かに今、私もいそもも人の容をしていて、元の面影はこれっぽっちもない。いや、人の容に元の容など関係ないというか人の容をしておきながらマアナゴはともかくアサリの面影なんてあっても困るという以前にどこをどう取ってアサリの面影とするのか謎だが。
いや、待て、それよりも、だ。食物連鎖って……食物連鎖かもしれないが。
「確かにぃ殻開いて身がのぞいたとこ見た時とかぁ、海にいた時自分の姿とか見たことなかったのもあるしぃ、超グロいーとか思ったけれどぉ」
「その時点で食べないという選択肢は」
「だってもったいないじゃないですかぁ」
ないらしい。
「ていうかぁ、エコ、っていうんですかぁ? 食べ物残しちゃダメなんですよまあこさん」
「しかし――」
そもそも何で注文してまで食べようとする、と言うより早く、いそもはヌッと私の目の前に何かしらを突き出す。
「それに何より食べてみたら超おいしかったしぃ――というわけでお土産ですぅ」
不透明なレジ袋に入ったそれ。何かと思えば――
「――穴子飯」
「まあこさん、絶対美味しいですから食べてみてくださいよぅ! あたしぃ、まあこさんに過去の因縁を断ち切ってもらいたいんですぅ! 絶対! 新しい世界開けますって!」
「食えるか――」
バカモノ、と突き返そうとした手を、いそもの両手がグッと掴む。
そして、自分は絶対にしない上目遣いで、自分と同じ顔をした女官候補が囁くのは――
「ま・あ・こ・さん。市杵嶋姫命も美味しいっておっしゃってましたよ?」
――初めて食べた穴子飯は、涙の味がした。
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