あんこと餌付けと下心(3)

 とりあえずちょう殿から呼び出しを受けた理由はよくわかった。

 納得は少々、いや、かなりしかねるが、姫命の御命令である以上、従うしかあるまい。

 気持ちを切り替え、人界に降りて菓子を買う算段を立てながら退出を願い出ると、ちょう殿は一度は頷いたものの、いや、しばし待たれよ、と座るように促してきた。

 何でしょうかと訊ねると、少し気になっておったのだがという前置きのあと、やや声を潜めるようにして言った。

「いそもは普段何をしている」

 ――それはいつか誰かしらから訊かれるだろうな、と思っていたこと。

 心のなかに常にあって、多少身構えてはいても、しかし、実際訊かれた時に限って口ごもってしまうものだ。

 きっと、ひどく驚いた顔をしていたのだろうなと思う。それも飛び切り間抜けな。

「……あの」

 息を呑んでようやくそれだけを口にして、けれども続けることができずに口を結ぶと、ちょう殿は溜息をついた。

「『玉』に関する報告書は一枚も上がっていない。にもかかわらず人界にいる時間が長い。そして、宮にいる時は人界で仕入れたと思しき物を当たり前のように食している――大方、人界で小金を稼ぐのに熱中しておるのだろう」

 当たりだ。というか考えたらわかること。

 そもそも女官候補は人界で金を稼ぐことを禁止されていない。むしろ女官候補の任務である『玉』の収集にあたって必要な情報を集めるための一つの手段として認められていて、就労に必要な書類も申し出れば市杵嶋姫命のお側付きが準備する。なお、職種に制限はない。

 かくいう私も神社で巫女のバイトをしていたことがあるし、個人塾で中学生に社会科を教えていたこともある。

 いそもが働きたいと言い出したのは、私のもとに来てからすぐのこと。

 意識が高いのはいいことだと私は特に深く考えず許可し、そして、いそもは颯爽と人界に降りていった。

 ――実態を知ったのはそれほど前のことではない。

 女官候補の任務は彼女たちの女官への昇進審査にも関係する。なので、すでに女官となっている者は原則それに口出しできない。

 しかしながら、みづき殿が『玉』と報告書を提出し、それに続くように今年女官候補になった者がちらほらと提出するようになって、それを審査していると、さすがに気になってくる。あれだけ頻繁に人界に降りていれば『玉』の一つや二つ手に入りそうなものなのだが、と、それとなく訊いてみたのだが――うん、正直なところ卒倒しかけた。いや、卒倒した。

「して、いそもはいったいどこで働いて小金を集めている?」

「え、えっと」

「……まあこ?」

 訝しげな声と深く刻まれた眉間の皺。私は観念して“羅列”する。

「こ、コンビニにファミレスに牛丼屋に居酒屋にパン屋にスーパーのレジ打ちに、たまにイベントコンパニオンとか、ら、ら、ランパ……」

 そう、いそもは人界で尋常じゃないくらい働いていた。

「いや、もう言わずともよい、まあこよ」

 いそもと“瓜二つ”の私が最も言いがたかった単語を途中でやさしく遮ってくださったあと、ちょう殿は静かに口を開いた。

「最早小金とは呼べぬな。やはり、食べるためにか」

「食べるために……ですね」

 ちなみに我々神々の眷属は衣と住は完全保障で、基本食べなくても生きていける――いそも見ていると忘れがちだが。

「しかし、そこまでしてどうしてスーパーの和菓子なのだ」

 質より量だからです、と答えかけ、ふと局を占領するほどの大量の食料が思い出されて、あれは質とか量の問題を凌駕しているよな、と思い直した私は黙って首を振った。

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