いつかきっとハマグリになる(5)
赤いセルフレームの眼鏡に、紺色のスーツ。
厳島の宮にとことん似つかわしくない格好で現れた諜報部の女官きらは、ごめんねえ、仕事途中だったから、と悪びれた様子もなく言いながら辞典のような資料をめくる。
「あれでしょ? 人間、の、男――“戦闘代理人”でも“情報提供者”でもなく、職場の同僚だったりお客さんだったりってわけでもないのに、いそもっちと結構一緒にいる仲よしさんでしょ?」
「……ああ」
頷くと、きらは人を食ったような笑みを浮かべ、こいつだ、と、めくる手を止め、資料の一項を示した。
「しみず、きよまさ――深水清雅だよ」
貼られた写真に見入る。
切れ長の一重の目、多少癖のある黒髪。一目で男とわかるが、どこか女性的なたおやかな面立ち。
――私の“情報提供者”だった男とは全然違う。
ふとそう感じた途端、少しばかり気分の悪さが取れたような気がした。
私の“情報提供者”は私の諸々を実にいいように扱った――ああ、そこが引っかかっていたのだろうか?
息をつき、そして、きらに目を向ける。
「こいつは何だ?」
「何とも言えないなぁ」
きらは片眉をつり上げ、大仰に口角を歪めた。
「いそもっちの、お友だち……かな。ちなみに親が会社経営してて本人も取締役の一人。で、かなり金持ちで、貧乏OLやってる私からしたらうらやましい限りだよ」
「本職は女官だろう。それにそもそも我らは人間ではない」
「そうだね。私はマヒトデで、君はマアナゴだ」
ニッと笑んだ元マヒトデの白くきれいな歯列から、今一度写真に視線を移す。
元アサリのいそもはきっと何も考えちゃいない。
だが、こいつは、人間の、この優男は何を考えているのだろう。
「――気になるんなら会ってみる?」
ぎょっとして顔を上げる。
「めちゃくちゃ気になるって顔してるよ」
細められた目を見、私は首を横に振った。
「会う理由がない」
「あらまあ、どうして?」
おどけたように言うのを睨めて答える。
「お前がそう訊いてくるということは、その男に特に何があるわけではないということだろう。ならば会わなくていい――その男とどう付き合っていくかはいそもが考えることだ」
「ふぅん……、こいつ、立派すぎる“情報提供者”になれそうなのに?」
「は?」
同期の顔を凝視する――整った顔が、意地悪く笑む。
「本来なら、教育係の君に言っちゃならんことなのかもしれないがねえ……。こいつねえ、見えるんだよ。普通の人間には見えちゃならん『想い』が。見えて、見抜ける」
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