いつかきっとハマグリになる(1)

 いそも曰く、「料理上手ですけどぉ、食に対する意識そのものはあんまり高くないみたいですしぃ」というみづき殿の“戦闘代理人”高橋仙太郎。

 かの人間の作る魚の南蛮漬けにはまったいそもは、食べ歩きに加え、海釣りを嗜むようになった。

 釣って、届けて、作らせる。

 我らが主の御寵姫の“戦闘代理人”にいったい何をやらせているんだ、と思わないでもないが、みづき殿も高橋仙太郎の作る南蛮漬けが好きなので、とりあえず今のところ問題は生じていない。

 とはいえ、我らが主であらせられる市杵嶋姫命は海神。その眷属たる我らが釣りをするとコマセがなくとも入れ食いらしい――いそもの教育係になっていなかったら知るよしもなかっただろうが。

 とにもかくにも毎週毎週三十リットルのクーラーボックスいっぱいの南蛮漬け用の魚をすべて高橋仙太郎に捌かせる。

 その他材料費はもちろんこちら持ちだが……いいのか? 高橋仙太郎。

「おいしいんですよお……、仙太郎君の作る南蛮漬け! とにかくぅ……酢と砂糖とダシのバランスが最高でぇ……、仙太郎君ってぇ……、このためだけにぃ生まれてきたんだろうなぁ……って、あたし思ってるんですぅ!」

 丼というか最早ボウルと呼ぶのが相応しい器に山盛りになった小アジと思しき南蛮漬けをほおばりほおばりいそもが言う。ちなみにこれで三杯目だ。

「……いくら美味しくても、このためだけに生まれてきたとかそのように言ってはなりませんよ」

 なお、食いながら喋るな、というのは言ったところで直る気配がないのでとうの前に諦めている。

 うーん……、と眉をひそめたいそもは、さらに三匹ほどを口のなかに放り込む。

 思案しているのか難しい顔のまま、今度はきっちり噛み砕き、飲み込んだあと、首を傾げた。

「でもぉ、じゃあ仙太郎君はなんで生まれてきたんですかぁ?」

 南蛮漬けだけなのか、かの人間の存在意義は。

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