あんこと餌付けと下心(4)

 何はともあれ多少は『玉』を集めるよう仕向けた方がよいのではないか――退出しようとした私にそう言って、今一度引きとめたちょう殿はしばし考えるような様子を見せたあと、助言を一つくださった。

「――みづき殿が『玉』を集めるのは、早く女官となってみことにお仕えしたいというのもそうだが、として選んだ人間の男に興味があるというのも大きいと思うのだ。いそもにもそういう人間を見つけるよう勧めてみてはどうか」


 自分の局へと続く回廊をややゆったりと渡りながらちょう殿の言葉をなぞり、呟く。

「人間の男……か」

 みづき殿の配下というか手下というか下僕……は、みずき殿に代わって『想い』相手に剣を振るう“戦闘代理人”だ。

 私自身は『玉』を集める時、その手の助けを必要としなかった。元々がマアナゴ、すなわち脊椎動物で人のかたちとの定着率もよく、さらに肉食だったためか、生き物の容をした『想い』と戦うのに抵抗がなかったからだ。

 余談だが、その姿、傍から見るとあまりに勇ましかったらしく、武官にならないか、と市杵嶋姫命の下の姉君であらせられる湍津姫命にお声を掛けていただいたこともある。ほろ苦い思い出だ。

 しかし、人間の手をまったく借りなかったかというとそうでもない。

 私は“情報提供者”を置いていた。

 神社で巫女のバイトしている時に出会い、後に塾講師として私を雇った男から『想い』がたゆたっていそうな場所の情報を、講師のバイト料から天引きで貰い受けていたのだ。そのお陰で予定より早く女官に昇格できたと言っても過言ではない。

 もっとも、その時の状況といったらほとんど私の方が“配下”だったが。苦い思い出だ。

 まぁ、私の過去はさておいて、今はいそもだ。

 あの調子であれば、いそもも戦うことにためらいがないタイプのような気がする。というか、いやですぅ、よらないでくださぁい、とかなんとか言いながらさっくり殺るタイプだな、あれは。

 ここ最近の候補はよくも悪くも強いのが多く、“情報提供者”にしろ“戦闘代理人”にしろ、常に特定の人間を置いている者はいない。

 少なくとも書類が上がってきているのはみづき殿だけだ。

 ちょう殿がおっしゃっていたが、確かにみづき殿はその人間の男に対して強い興味を抱いている様子が見受けられる。書類上でその名が出てこないことはなく、またみづき殿自身気付いているかどうかわからないが、何かにつけて実に自然にその男の話をするのだ。みづき殿の話から察するにその人間の男――高橋仙太郎は多少優柔不断で頼りないところがあるものの気立てのよいやさしい男らしい。

 実際のところどうなのかはわからない。しかし、みづき殿が語られるのを聞く限り、私の“情報提供者”だった男の三千倍はマシだ。うらやましい――というのはさておいて、いそもも高橋仙太郎という男に対して悪い感情は持ち合わせていない様子だった。食べ物の話ではないのに、その男の話は意外としっかり聴いているフシがある。

 ひょっとすると“戦闘代理人”にせよ“情報提供者”にせよ特定の人間を傍に置けば、ひとまず食欲は横に置いておいて『玉』の収集に乗り出してくれるかもしれない。

 ――なんていうのはどうしようもなく甘い考えだったようだ。

「いそもさん、高橋のような人間を傍に置いてみる気はありませんか?」

 相変わらず私の局で我が物顔のいそもは、呉土産の定番、蜜饅頭を幸せそうに頬張り、それをしっかり咀嚼したあと、首を傾けて言った。

「えぇ? 仙太郎君みたいなのですかぁ? ちょっとイヤかなぁ、っていうかぁみづきちゃん、たくさん仙太郎君の話してくれますけどぉ、仙太郎君ってぇ、お料理めっちゃ上手ですけどぉ、食に対する意識そのものはあんまり高くないみたいですしぃ」


 ……やっぱりそこか、いそも。

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