いつかきっとハマグリになる(8)

 入れ替わりをいとも簡単に見破り、正体も知っていて、さらには市杵嶋姫命の眷属であることも了承済み――いい加減、驚く気も失せて溜息をついた私に、

「ところで……いそもさんは?」

 ようやく男は肝心なことを切り出した。

 ちらりと目を向けると、男はかたちのきれいな眉をハの字にして、首を傾げている。

 やや女々しいが、別にわざとらしくも嫌味にも感じない。どうも本気でいそもを心配しているようだ。

 釣り場でナンパするような男なんぞ、と思っていたが、そこまで悪い人間ではないのかもしれない。

 とはいえ、すっかり油断して最早引き返すこと不可能なところまできてから本性丸出しという可能性もなきにしもあらず。だが、それはいそもが判断しなければならない。

 私にそこまでの権限はない。

 私はゆるりと口を開いた。

「いそもは体調が優れず動けない。それを伝えるためにここにきた」

 男を見据えたまま、嘘をつく。

 実際はいそもに薬を盛って、このシチュエーションを作っているわけなのだが。

 私は嘘を吐くのが下手らしいが、初対面の人間にバレることなどないだろう。

「え? 本当ですか?」

「本当だ」

 実際のところ徹頭徹尾真っ赤な嘘というわけではない、と自分に言い聞かせ、何とか冷静を保ちさらに言葉を連ねようとしたところ、先に口を開いた男の言葉に遮られた。

「いそもさんは多少体調が悪くても、食事の約束を反故にすることだけは絶対にあり得ないと思うのですが」

 ……まぁ、な。

「それに――まあこさん、どうしてワンピースなんて着ているのです?」

「え?」

 先の展開の読めない男の問い掛けに、私はさらに動揺する。

 それは、言うまでもなくいそものフリをして、“情報提供者”となるよう説得し、言質を取るつもりだったからなのだが――

「いそもさんから聞いています。まあこさんはいそもさんと似ているのにAラインのワンピースが似合わないと。私もそう思います……」

 ――おい。それ、本人目の前にして悲しげに言うことか? そしてそのように悲しげな顔をしたまま目を逸らすな!

 確かに私自身、鏡を見て何かしっくりこないなと少なからず思っていたが!

「まあこさん、私はごまかされません。わかっているのです」

「な、何を……」

 いや、本当に何を? 

 私の頭のなかで渦巻く疑問に、改めてこちらに向き直った男がきっぱりと穴を穿つ。

「今、あなたがここにいる理由――それはいそもさんから食べる楽しみを奪うためなんでしょう? いそもさんのフリをして食事の誘いを断り、いくらなんでも食べすぎないそもさんの食事量をじわじわと減らしていこうと!」


 ――なるほど、な……。

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