いつかきっとハマグリになる(10)

 嘘を言っているようには感じなかった。

 それに何より、

「ずっと朝から晩まで食べ続けるのを見ていると感動も感心もしますが、何というか……」

 たとえば動物園などで面白おかしい生き物を見た時のような顔をして、珍獣、と唇と吐息だけで刻んだのを見れば、納得せざるをえない。

 しかし、珍獣……、珍獣な。うん、その珍獣、私と同じ顔をしているのだがな。

 ――ともあれ、こうして男は“情報提供者”となった。

 男は、いそもの任務上のパートナーとなり、いそもの食べ歩きを現状誰もとめられない以上、男の希望も叶えられる。

「私からは以上だ。もう会うこともあるまい――いそものこと、よろしく頼む」

 いそもはどうするのだろうか。

 “情報提供者”を得て変わるのだろうか。変わっていくのだろうか――私のように。

 男に背を向け、海へと向かう。

 ここから厳島の宮に帰るなら海に飛び込むのが早い。

 ――と、

「待ってください! まあこさん!」

 呼ばれ、振り返る。

「どうした? 人間よ。私は海神のしもべだ、海から宮へ戻るが何も――」

「そうではなく――」

 眉をハの字にした男は、

「――僕は、深水しみず清雅きよまさといいます」

 そう今更な名乗りをあげた。

「知っている」

「誰から聞きましたか?」

「……人間に紛れて諜報活動をしている女官だ」

「だったら、この先、僕に関係したいそもさんとのやり取りで気にかかることがあったら、僕の名前をいそもさんに訊ねてみてください」

 不思議な言い分に、なぜ、と問う。

 男はおもむろに首を振り、またお会いしましょう、まあこさん、と言った。

「――僕はいそもさんのことをかわいいとは思っています。でも、あなたの方が好きです。実はずっと会いたかったんです。会えてよかった」

 いったいどんな口説き文句だ、ふざけるな、と溜息とともに吐き捨てて、私は周囲を気にしつつも今度こそ海へ飛び込んだ。

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