二十七話:『ドイツのクリスマスは青汁を食べる!? (クリスマスの特別な料理編)』

ドイツのアドベントを彩るものは飲み物に留まらない。長い歴史の中で、ドイツ人のクリスマス到来に高まる期待を一身に受けた数々のユニークな料理が生み出された。

 クリスマスマーケットに足を運ぶと真っ先に巨大な――それこそ直径1.5mくらいはありそうな巨大なグリルが眼に入るだろう。その上には所狭しとブルストとブーレッテ(フリカッデーレとも呼ばれるいわゆるハンバーグのパテのようなもの)が焼かれている。これらをパンに挟んで食べる、いわゆるブラートブルストとそのお仲間である。これは別段クリスマスの時期に特別に食べるものではないのだが、寒い夜にあつあつの焼きたてのブルストをブロイチェン(パン)に挟んで食べるのがとても美味しい。別に食べ無くとも巨大鉄板に並ぶ肉料理の数々を眺めているだけで楽しい気持ちになるだろう。そのままマーケットの奥へ足を運んでみよう。

 次に気がつくのは鼻に香るキノコと玉ねぎの香ばしいシャンピニオン・プファンネ(マッシュルームの炒め物)の香りである。これもやはり巨大な鍋で(直径1m近いものもある)大量の油でホワイトマッシュルームと玉ねぎを色が付くまで炒めて、それにサワークリームをかけて食べるドイツの伝統的な料理である。焦がしタマネギの香りが溶けこんだ油をマッシュルームに十分に染み込ませた、寒い夜御用達の料理である。炒めたシャンピニオンを噛むと香りが溶けこんだ油が染み出し、実に香ばしい香りが鼻孔に抜けていく。同時に和えられたサワークリームが油っぽさを拭い、実にすっきりとした味わいに修正する。なんともバランスの良い組み合わせである。これも筆者の好物であり、店によっても味付けが異なるのでいろいろ食べ歩いてみると面白い。

 ドイツのクリスマス料理としてはシャンピニオン・プファンネはまだまだ序の口である。マーケットを歩いていて次に目にするのは、真緑の何かに埋もれたブルストのお皿――グリュンコール(Gruenkohl)料理である。グリュンコールに馴染みのない人はケールと言われれば分かるだろう。「まずい、苦い、もう1杯」の青汁の原料である。ドイツではクリスマスの時期に丁度このグリュンコールが旬になり、様々な料理に使われる。代表的なものはこのグリュンコールにソーセージを和えて食べる食べ方であり、多くのクリスマスマーケットで見られる定番料理である。ちなみに屋台によっていろいろなソーセージを使っているが、ピンケルブルストと呼ばれる特別なソーセージを使うのが正式である。なにせこのピンケルブルスト、グリュンコールと合わせるために開発されたまさにグリュンコールのためだけのソーセージだったりする。同時にこのグリュンコールにはカスラー(Kassler)と呼ばれる豚肉のスモークステーキを合わせることも多い。このカスラー、ただの燻製と侮ることなかれ。肉厚なステーキの体をなしていながら、燻製としての特徴も併せ持つ豚肉料理の最高峰(筆者の主観)なのである。大きめに噛むと甘い肉汁が溶け出し口の中に広がっていく。そのさまはじっくりと加熱されたステーキそのものであり、豚肉の旨さがダイレクトに伝わってくる。それに次いで、スモーク時に付け込まれた各種ハーブの香ばしい香りが鼻に抜けていく。極上のステーキにスモーク独自の香ばしさが加わり、ややもすれば甘いとも感じるそれはグリュンコールの苦さと実によく合う。調和――まさにこのためにある言葉ではなかろうか。余談ではあるが、このカスラーはクリスマス料理ではなく、ドイツのスーパーに行けば普通に売っている。

 さて、グリュンコールを楽しんだ後は各種ブルスト、巨大なチューリンガーや小柄なニュルンベルガーを楽しむのもいい。しかし是非食べて欲しいのがカルトフェル・プッファー(Kartoffelpuffer)と呼ばれる揚げじゃがいものアップルソース和えである。これはペースト状のポテト(マッシュドポテト)を油で揚げたものを使う。ややもすればハッシュドポテトに近い食感であるが、ハッシュドポテトよりかはきめ細かい。それを甘いリンゴのソースで食べる。ポテトの塩気とソースの甘さとが絶妙に交じり合う、甘い揚げ物という日本人にとってはなんとも不思議な味の料理である。ちなみに同じような感想をドイツ人が日本の『菓子パン』に持っているのは余談である。

 さて、揚げ物、炒め物続きでお腹一杯なところで露天を眺めてみよう。するとどうしたことか、目の前のお店ではカリフラワーをフライにしているではないか。思わず二度目してもカリフラワーである。カリフラワーの揚げ物である。ドイツではカリフラワーはサラダに使われる他、ピクルスの材料として頻繁に利用される。しかしクリスマスシーズンにおいては何故かフライにされる事が多い。このカリフラワーのフライに特性のマヨネーズをかけて食べるのである。日本人としては見つけた以上食べるより他はない。いざ食べてみるとこれが実に美味しい。文章で表現するのが難しいが、フライの衣の食感が秀逸かつ、付け合せのマヨネーズの味も日本のそれとは明らかに一線を画す。カリフラワーのちょっとやわらかい食感とパリッとしたフライの衣の食感、それに酸味の強いマヨネーズとが合わさって外見のシンプルさからは想像もつかない極上の味となるのである。ただ単に物珍しいだけではない、味としても本当に美味しい料理である。ちなみにカリフラワーの揚げ物はドイツだけの料理というわけではなく、東欧、チェコやスロバキアでも見られる料理であるが、クリスマスを彩る料理の一つとしてドイツ人に愛されている料理である。

 さて、お腹が一杯になったら喉が乾いてきた頃合いだろう。しかしグリューワインのようなアルコールはお腹いっぱい。そういう時はクリスマス・プンチがおすすめである。意外に思うかもしれないが、ドイツ人でもお酒に弱い人達はたくさん存在する。ではそんな人達はビールを飲めないのか。答えは否である。各種ビールメーカー、それこそベックスでもエルディンガーでもみんな、それぞれのラベルに必ずアルコールフリービールを用意している。こうしてお酒に弱いドイツ人でもビールの味を楽しむことが出来るのである。実際ドイツのアルコールフリービールはとても奥深く、日本のようにただアルコールを抜いた気の抜けたビールとは明らかに違う。香りだけでもそれだけで飲み物として素晴らしい出来なのである。こうしたお酒に弱い人への配慮はクリスマスの飲み物にも及ぶ。その一つがクリスマス・プンチである。

 では一体どのようなものなのか。まず名前から大まかな想像がつくだろう。プンチとはお茶やジュースなどにハーブを漬け込んだホットドリンクである。多くの場合、ワインの代わりにぶどうジュースや紅茶を用い、シナモンなどのハーブと砂糖を入れて並べて加熱して作る。場合によっては香りづけとしてラム酒を入れる事があるが、アルコールが苦手な人は煮詰めてアルコールを完全に飛ばしてから飲む。古い家庭なら必ず一家に伝わる秘伝のクリスマス・プンチのレシピが存在する。だから家によって味も様々で、お店でも同じことが言える。グリューワインばかりに目が行きがちだが、これもまた、アメリカなどに見られる統一規格で機械的に大量生産される商業製品ではない、ドイツ文化を肌で感じることが出来る貴重な飲み物である。ちなみに完全にノンアルコールの子供用のプンチはキンダー・プンチと呼ばれ、グリューワインと一緒に売られていることが多い。

 さて、喉も潤ったら最後はデザートである。いくらアイス好きのドイツ人とはいえクリスマスシーズンの夜に外でアイスを食べる強者はいない。そのかわりにクリスマスマーケットには日本のお祭りのように様々なお菓子の屋台が並ぶ。もちろんハリボーを筆頭としたグミ類は一番の定番であり、それぞれの名前を書いたハート型のチョコレートも定番中の定番である。しかし本当におすすめしたいものは別にある。その名は『炒めアーモンド(gebrannte Mandeln)』である。アーモンドにカラメルをコーティングしたお菓子であり、アーモンドの代わりにヘーゼルナッツやマカダミアナッツを用いる場合もある。食べると糖衣の食感がカリッとしていて実に爽快で、カラメルの香りとアーモンドの香りとが実にうまく調和している。これはドイツでもB級スイーツの筆頭なのだが、とにかく食べだしたら止まらない恐ろしいお菓子である。変わり種として唐辛子で辛味をつけたものや、各種フレーバーをつけたものもあるが、基本は砂糖アーモンドである。マカダミアは中の塩味と合わさって反則なくらい美味しい。本当に食べるな危険レベルのお菓子である。気がつけば一瞬で食べ終えてしまう魔性のお菓子なのだ。ドイツのクリスマスマーケットに行くことがあれば、是非この炒めアーモンドをご賞味あれ。人生を変える出会いが貴方を待っているだろう。

 他にも一見するとサーターアンダーギーにしか見えない揚げ菓子であるQuark Bällchenもドイツのクリスマスシーズンに食べられるお菓子である。ちなみにQuarkはクアークチーズ(クリームチーズ)のことであり、その触感は少しユニークである。それ以外にもマジパン細工だったり、焼き栗だったりといろいろ他にもユニークなものはあるが、食べ物はもう十分として今度は小物を見てみよう。

 まず真っ先に眼に入るのが兵隊の格好をした面白い表情の人形――くるみ割り人形だろう。これこそが煙出人形と共にドイツのクリスマスを代表する季節玩具(もしくはインテリア)である。くるみ割り人形は王様の格好をしていたり、憲兵だったりととにかく偉い人がモデルの場合が多い。それを変な顔で描き、くるみ割りをさせることで偉い人への鬱憤ばらしをしていた、というのがそのルーツであると語られているが、現代ドイツ人はそんなことは全く気にしない。煙出し人形の殆どはパイプを咥えており、お腹にお香を入れる部屋があり、香炉として使う。なかなか粋な人形である。ちなみにこの煙出し人形の亜種に煙出しミニチュアハウスなるものがあり、これは家の煙突から煙が出るようになっている。いずれもとてもかわいらしいデザインで、部屋に飾りクリスマスの到来を楽しむのものである。おみやげとしても人気が高い。

 余談だがこのクルミ割り人形、町ごとに数メートルの巨大くるみ割り人形が存在する場合もある。運が良ければクリスマスマーケットの中央に鎮座した巨大なくるみ割り人形にお目にかかれるだろう。これは各マーケットにおけるクリスマスタワーのようなものであり、その地の象徴でもあるといえる。

 駆け足になったが、これ以外にもドイツのクリスマスには語りきれないユニークで、素敵なものがたくさんある。食べ物やお菓子はまだまだたくさんあるし、クリスマスオーナメントも忘れてはいけない。紹介しきれないのが悔やまれるほどドイツのクリスマスは素晴らしい。近隣諸国にもクリスマス料理、クリスマス玩具は存在するが、ドイツには遠く及ばない。ドイツ人のクリスマスにかける情熱は世界一であり、それは疑うべくもない事実である。


 最後に、クリスマスの翌日には通りにクリスマスツリーがごろごろ捨てられて、文字通り通りがツリーで埋め尽くされるまでがドイツのクリスマスの風物詩である。

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