ドイツの恐るべき交通事情

ドイツの便利すぎる電車事情

十四話:『電車の中に自転車がごろごろ転がっている、だと? ……夢を見ているのか?』

ドイツは車の国と認知されているが、実は鉄道の国でもあることは以外に知られていない。というよりも車のイメージが強すぎて、ドイツの乗り物といえば誰もが真っ先にドイツの車、BMWやメルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲンなどを連想する。では一体どこが電車の国なのか。フランスのように特急の最高速度で新幹線と争っているわけではない。特に目ぼしいものが無いように思えるが、その認識は間違いである。ドイツは車の国であると共に鉄道の国である。

 それにはいくつか理由がある。まず一番最初に述べねばならないのは、その密度である。ドイツは電車密度がダントツの世界一であり、事実国土の大きさが日本の九割なのに対して敷かれた鉄道路線の総距離は36000kmと日本の二倍にあたる。これは一体どういうことか。単純に言えばどこもかしこも電車で繋がっているということである。

 この発達した鉄道網のおかげで、特に都市間の連絡が良く、IC(InterCity:都市間特急電車)やICE(InterCityExpress:日本で言うところの新幹線)を使えばドイツ全土に気軽にアクセスできるのも魅力の一つである。ドイツではその国の位置上、近隣諸国との国際線も乗り入れており、ICがドイツ国内の特急なのに対して例えばEC(EuroCity:ヨーロッパ近郊特急)を使えば東欧や北欧、具体的にはスイスやデンマーク、ポーランドやイタリアなどの近隣諸国にドイツ国内からそのまま電車で行くことができる。わざわざ飛行機を使わなくても特急で簡単に外国に行けるのである。場合によっては電車ごと船に乗って海を渡ることすらあるから驚きである。島国の日本においては他国に行くには飛行機を使わなければならないが、陸続きのヨーロッパならではの文化である。

 さて、話を戻そう。ドイツの電車がすごいのはその線路の充実ぶりだけではない。ドイツの電車が評価されているのはその運行時刻の正確さにある。分単位の遅延すらきっちり調節する日本の電車事情が別格であるとして、ドイツも日本に次ぐ正確な電車運行の国として知られている。まず電車が特にトラブルがない場合、必ず定刻に来る。日本人からしたら何を当たり前のことを、と思うかもしれない。しかし諸外国に行くと、これができている国は意外なほど少ないことに気が付かされる。

 ドイツの電車が素晴らしいのはこれだけではない。詳しくは別の機会に譲るがドイツは車、鉄道の国にして自転車の国でもある。道路には自転車専用レーンが整備され、よほどの大雨でも降っていないかぎり老若男女だれもが移動に自転車を使う。近郊都市に観光やレジャーに行く場合であっても自転車を持ったまま電車に乗り込む。ヨーロッパの多くの国では日本とは違い、自転車をそのまま電車に持ち込めることが多い。日本では自転車を分解して輪行バッグという専用のバッグに入れなければ交通機関に乗れないのに対し、ドイツでは自転車をそのまま乗せることのできる専用車両が存在する。

 この専用車両がなかなか優秀で、自転車のみならずベビーカーもたたまずに乗せることが出来る。赤ちゃんがベビーカーで眠った状態のまま電車に乗り込めるのだ。そのための専用車両であり、ドイツであればどのほぼすべての地域で電車にベビーカーや自転車をたたまずに乗せることができる。電車の構造もバリアフリーとまではいかないが、さほどのストレスを感じることもなく自転車やベビーカーの乗降が可能である点も素晴らしい。ドイツの自転車・ベビーカー用の車両は段差が少なく、扉も大きく開く。なので力のないお母さん一人でもベビーカーの乗降が可能である。ちなみにドイツでは女性が一人でベビーカーを降ろそうとしていたら、周りにいた人たちが絶対に助けてくれるので段差があっても実際はさほど問題にならないことが多い。ドイツ人は助け合いの精神が強く、お年寄りや女性に優しい社会なのだ。困っている人を見て見ぬふりなど許せない。それがドイツ人だったりする。

 これが近隣諸国に行くと事情が全く異なる。自転車を乗せることのできる車両であっても扉が狭く、急なステップになっていたりする。自転車ならともかく、ベビーカーを乗せようと思ったらまず中で寝ている子供を降ろして、ベビーカーを頑張って持ち上げて車両に押し込み、子供を連れ込む、という流れになるだろう。その使い勝手はドイツの電車と比べるべくもない。バリアフリーという観点からもドイツは電車先進国としての座を確固たるものにしている。ちなみに自転車とペット(かごに入っていない犬など)には別途チケットが必要になるので注意が必要である。

 これまで語ったように、ドイツの電車はその豊富な鉄道網と自転車などをそのまま持ち込めるなどといった肩幅の広さから、移動手段として国民の生活に密接に関わってきた。しかし都市部に限って言えば、ドイツの電車はさらに融通が利く。それは日本では考えられないようなお得な電車の料金システムであったり、終電という概念がない電車のダイヤでもあったりする。

 ドイツの交通網の料金システムを理解するには、まず最初にドイツの交通網、すなわちバスと電車、そしてトラムについて知る必要がある。基本的にドイツの鉄道は日本のJRにあたるDB(Deutsche Bahn:ドイチュバーン)が主要都市間を結び、それぞれの地域ではローカル線が運用されている。そして街の中にはバスとトラムが運行している。これがドイツの基本的な交通網である。そしてそれぞれの切符は乗り物の種類に関わらず共通である場合が多い。

 例えばベルリンを例に挙げてみよう。ベルリン近郊はVIP(ポツダム市交通企業局)とVBB(ベルリン=ブランデンブルク交通連合)、BVG(ベルリン市交通局)などの公共交通機関が存在し、それぞれが市内を走るトラムやバス、Uバーン(地下鉄)やSバーン(近郊電車)を運営している。ブランデンブルグ、ベルリン近郊地域であればこれらの電車、トラム、バスはその運用会社に関わらず共通の切符で乗ることが出来る。チケットの値段は日本のように一駅ごとに決まっているのではなく、ゾーンという概念が採用されている。例えば自分がAゾーンにいてBゾーンの駅に行きたいならチケットはABゾーンチケット、AゾーンからCゾーンに行きたいならACゾーンチケットを買えばいい。それぞれのチケットは二時間以内であれば有効であり、その間であればどの乗り物にも何度でも乗ることが出来る。しかし切符は片道と定められおり、例えば切符を買って目的の場所に到着、用事を終え二時間以内に再び元の駅に戻ってくる、というのはルール違反になる。

 余談であるが、日本から来た多くの人がドイツに来て最初に驚くことが、ドイツでは駅に改札というものが存在しないということである。つまり誰でも駅に入ることが出来てしまう。改札がないので最悪切符を買わずに電車に乗ることも出来る。ならばみんなキセルし放題かと問われれば、答えはノーである。電車では定期的に検札の為に乗員が巡回しており、キセルが判明すれば区間に関わらずその場で40ユーロを支払わねばならない。ちなみにドイツの切符は前もって買い置きが可能であり、買った切符は乗る前に駅にある機械に通して時刻と場所を刻印しないと有効にならない。これを忘れただけでもキセル扱いにされてしまうので、うっかり者のドイツ人や駆け込み乗車で切符のアクティベートを忘れた人はキセル違反金を払わされる、という憂き目に遭うこともしばしばある。

 さて、話を戻そう。ドイツの切符は地域に共通であり、あらゆるキャリアを利用することができるとても便利なシステムである。ドイツの交通事情に不慣れな人は迷わず一日乗車券を買おう。たった8ユーロ弱で終日あらゆる乗り物が乗り放題になる。特にベルリンなどの大都市では現地バスやトラムが重要な移動手段になっていることが多く、これらをすべて利用できるメリットはとてつもなく大きい。

 このように、ドイツの電車交通システムはサービス、値段、そしてインフラの整備共に最高峰である。もちろんきめ細やかなサービスや時刻の正確性に関しては日本に一日の長があるのは否めない。しかし実生活の中の利便性を考える上で、ドイツの鉄道システムは日本のそれを大きく上回る。DB共通券である『素敵な週末切符』は週末に限り40ユーロでドイツ全土のDBを乗り放題だったり、同一州内を乗り放題の州チケットも存在する(これは20ユーロちょい)。この週末チケット、グループだと更にお得で、5人までなら60ユーロ弱でグループチケットが変えてしまう。つまり家族旅行をする場合、このチケット一枚で家族はドイツ全土に行くことができる。この切符はICやICEなどの特急は利用できないが、RE(都市内急行)は利用できるので、非常に使い勝手がよい。

 これ以外にも切符を事前予約することで切符が恐ろしく割引になるシュパープライスというチケットも存在する。これは片道はICやEC、もしくはICEなどの特急を利用する場合に限って適用されるシステムであるが、これに年会費を払ってあらゆる切符がいつでも25%引きになるバーンカード25や、50%引きになるバーンカード50%をつけることも可能でさらなる割引が得られる。ちなみに年会費は57ユーロなので、年間200ユーロ以上電車を利用する人は確実に安くなる。なので多くのドイツ人はこのバーンカード25を持っていたりする。ちなみに値引率100%のバーンカード100なるものも存在する。年会費は二等席利用で40万円、一等利用で70万円である。一年間、ドイツ全土の電車が乗り放題である。これが安いかどうかは人によるが、ドイツ人の電車に対する情熱は高い。

 ちなみに電車模型の世界標準となっているNゲージはドイツ発祥であったりする。おもちゃ屋さんに行くとものすごい種類の鉄道模型があるので、人によっては一見の価値があるかもしれない。


 最後に、ドイツの電車は平時の時刻の正確さは折り紙つき、と言われている。ここで気にしなければならないのは『特に問題がない平時』はという点である。ドイツの電車は何故かトラブルが良く起きる。何度考えても未だにわからないのだが、とにかくよくトラブルに見舞われる。それが電気系統であったり信号機の問題であったり、はたまた大風で線路に木が倒れてきたりとその理由は様々である。冬などは降雪によって除雪に時間がかかり、電車が遅延することは珍しくない。というか必ず遅延する。最初は電光掲示板に10分の遅れと書いてあったものが、段々と20分、30分と伸びていき、ひどい時には電車の運行そのものが抹消される場合もある。だがそれでも平時は非常に優等生なのだ。温かい目で見守ってあげたい。

 DBは便利だしチケットが安いが経営は至って優秀で、2015年に12年ぶりの赤字を出したことが大きく騒がれるくらいには黒字続きである。その赤字をきっかけに大規模なリストラを計画、それに反発した労働者達が世界に類を見ないドイツ全土に及ぶストライキを数回に分けて決行。ドイツ人の交通は完全に凍りつく、という事態になったりもした。そんな世界最大規模のストライキを実施したDBはその技術力、規模ともにヨーロッパの最大企業であり、とにかくスケールの大きい会社なのだ。


追伸:ICEの車内で買える車内食堂専用のマグカップセットが素敵すぎるので興味ある人は乗った時に是非見て欲しい。それらDBグッズが主要駅のDB窓口で買えることは意外に知られていない。

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