十七話:『家具や服が欲しい? 適当に道を歩いてれば落ちてるから好きなのを拾えばいいのよ』

ドイツは言わずと知れたリサイクル先進国であり、そのリサイクル率は堂々の世界一である。しかし一言でリサイクルと言っても、それは再利用できるゴミのリサイクルであったり、それこそ洋服の再利用であっても広義のリサイクルである。ではドイツは一体どちらのリサイクルが進んでいるのだろうか。

 結論から言うと両方である。まずゴミのリサイクルについては前回述べたとおり、ドイツのゴミのリサイクル率は非常に高い。政府が定めたシステムとドイツ人の国民性がうまく合致した結果である。ではゴミではない方のリサイクルはどうか。洋服や使わなくなった家具、自転車、その他家電のすべてをセカンドハンドとしてリサイクルする。

 ドイツ人は物を大切にする。どれくらい大切にするかというと、例えば自転車を例に考えるとわかりやすい。特に東ドイツ圏では多くの人が古くてボロボロになった自転車に乗っている。中には錆が浮かび上がり、走りながら軋んだ音を出す自転車に乗っている人もいる。それでも彼らは自分の自転車を手放そうとはしない。多少の故障であれば自分で直してしまう。そうやって最後まで大切に使う。

 実際自転車の再利用率はヨーロッパでダントツのトップであり、試しにe-bay.de(ドイツのe-bay)とe-bay.fr(フランスのe-bay)やe-bay.it(イタリア)を見比べてみるといい。ドイツでは中古の自転車の値段が全然落ちないのだ。フランスでは使い古された中古自転車は二束三文で売られているが、ドイツではそれに比べて圧倒的高値で取引されている。それでもドイツ人は中古を買い、自分が気に入る限り使い続ける。そして次の物に乗り換える時は同じように中古品としてe-bayやセカンドハンドショップに売るのだ。そうすると今度は別のドイツ人がその自転車を書い、自分はそのお金で新しい中古の自転車を買う。

 つまり中古自転車はオーナーを次々と変えながらも現役であり続けるのである。場合によってはセカンドハンドどころではなく、十人近いオーナーを経験したものも出品される。しかし大事に使われていれば部品の劣化や摩耗は少なく、整備次第で十分現役として活躍できる。道具を大切にするドイツ人だからこそできる芸当である。

 日本では消費は美徳という概念が未だに根付いているが、ドイツにおいては無為な消費は浪費であり悪徳である。再利用できるものは再利用して、そのままゴミにすることは殆ど無い。

 その思想は多くのドイツ人に深く根付いている。例えば着なくなった洋服があったとしよう。近くにセカンドハンドショップがあれば持ち込むが、必ずしも引き取ってくれるとは限らない。そういう場合でも彼らは絶対に服を捨てることはしない。休日にフローマルクト(蚤の市)で出品したり、場合によっては家の目の前にダンボールを置き、その中に要らなくなった服を入れておく。すると道行く人が物色し、使えそうならそのまま回収していく。そして翌朝、空になったダンボールを回収すればリサイクル完了である。

 この『不要なものは家の前に置いておく』という文化は日本における粗大ごみに近い。もっとも日本では勝手に粗大ごみを持って行ってはいけないと法律で制限されてしまっているので粗大ごみの再利用は不可能であるがドイツは違う。

 不要なものは家の前に置いておく。それだけでいい。誰でも持っていくことができる。しかしこの方法では確実に捨てたいものを捨てられるとは限らない。大きなもの、壊れた家具は特に扱いに困る。そういう場合は年に数日だけある粗大ごみ回収の日に家の前に置いておけばいい。回収業者がきっちり回収して、可能ならば再利用してくれるだろう。

 引っ越しなどでそれを待っていられない人はこれは有料だが行政に連絡して不要物を回収してもらう事もできる。これも同様に家の前に置いておけば回収車が回収してくれる。

 さて、ここで思い出して欲しい。ドイツでは家の前に置かれている不要物(行政に回収を依頼したものも含む)は誰が持って行ってもいい。裏を返せば、誰かが引っ越しをする場合、その世帯主がリサイクルショップ等に不要家具・家電を持っていく暇がなかった場合、もしくは不要物をe-bayなどで中古で出品したけれど買い手が期間内につかなった場合、手元に残った不要物は置いていくわけにもいかないので行政に頼んで処分しなければならない。つまり誰かが引っ越す場合、必ず少なからずその人の家の前には不要家具や家電が並ぶということである。

 これが実に狙い目である。多くのドイツ人は誰かが引っ越しをしているのを敏感に察知し、その人の家の前に山のように積まれた不要物をくまなく物色する。そしてまだ使えそうなもの、自分の家に欲しいものが見つかったらその場で持っていくのだ。また後で、などど考えていると他の人に持って行かれてしまうからだ。

 こうして家の前に積まれた処分を待つ不要物は、それぞれ必要な人へと引き取られ、実際にゴミとして処分される不要物の量は最初に比べて著しく目減りする。下手をすれば出されたものが何も残らず、すべて誰かに持っていかれる、ということも起こりうる。こうして不要物は廃棄物になることなく、めでたく第二の人生を歩むことができるのである。環境にやさしいという言葉は好きではないが、合理的で、エコで、実によく出来た文化だと感心するばかりである。


 ドイツではこうした物品の再利用が一般的であり、多くの人がリサイクルという概念を生活にうまく取り入れている。かくいう筆者も夜家の近くを散歩していたら誰かの家の前に書斎に置くような素晴らしく上等な革張りの椅子が出されているのを見つけ、急いで友人に電話をして運ぶのを手伝ってもらった経験がある。今はその椅子に座りながらこの文章を書いていたりする。

 日本では新しい物こそが価値がある、という考えのもと、中古品は敬遠されるきらいがあるが、ドイツでは違う。必要な物は必要な人の元へ。ドイツの数ある素晴らしい文化の中でも特に素晴らしいと感じた文化である。もしドイツに旅行に行くことがあったら試しに住宅地を歩いてみよう。すると家の前に大量に家具が置かれている光景に出会うかもしれない。その中で自分が欲しいものがあったら持ち帰って構わない。大事に使ってあげて欲しい。


 最後に、この『家の前に置かれた物は持って行っても構わない』システムは非常に優秀であるが、時と場合によっては惨劇を引き起こす。これは友人の話である。引っ越しを控えた友人は引越し業者の手配を終え、必要な物を整理していた時、悲劇は起きた。ドイツの引っ越しは日本と同じくトラックで行なわれる。そうなった場合、路地が狭いとトラックは奥まで入ることが出来ない。仕方なくトラックの止まっている場所まで荷物を運びださねばならない。場合によっては荷物を運びだしてトラックを待つこともある。

 さて、聡明な読者ならこれから何が起きるかお分かりになると思う。道行く人は家の前に積まれた上等な荷物が回収業者に出すための廃棄物なのか、引っ越し待ちの荷物なのかの区別がつかない。するとどうなるか。見たこともない上等な家具を前に通行人が我慢できるはずもなく、ハイエナのごとく荷物を持って行ってしまう。哀れ、引っ越しの荷物はトラックに積まれる前に持ち去られてしまう、という憂い目に遭ってしまうわけだ。

 実際この悲劇は多くのドイツ人が経験しており、引っ越しで荷物を通りに出さねばならない時は大きな字で『引越し荷物』と書いた紙を荷物に貼っておくか、見張りの人を立てねばならない。さもないとあなたの荷物は不要物と見なされてあなたの手を離れて勝手に第二の人生を歩むことになる。

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