ドイツの仰天誕生日事情とは
十話:『誕生日は自分でケーキを焼いてみんなに振る舞うだって? 馬鹿を言ってはいけないよ』
誕生日――それは友人や家族たちがケーキやプレゼントを用意して自分を祝ってくれる素敵な一日である。日本においては、多くの人が誕生日が近くなると大切な友人や家族が自分の誕生日を覚えてくれているかどうかが気になってそわそわし始める。しかし周りはそんな焦っている当人を影からニヤニヤ眺めながら知らぬふりをする。そうしていざ当日、当人の緊張と不安が最高潮になった瞬間に誕生日を祝う祝砲を鳴らす。日本人はサプライズが好きなのだ。いわゆる様式美である。
さて、では外国の誕生日事情はどうか。例えばアメリカやイギリスだとだいたい日本と同じである。日本との違いはお祝いごとの時にはカードを送ることが重要であり、プレゼントを忘れるよりもカードを忘れるほうが大惨事となる。もちろんプレゼントを忘れたらそれなりに問題となるが、ただでさえクリスマスやイースターなど、プレゼントを貰える機会に恵まれている彼らである。そこは肝要な気持ちで謝れば許してもらえる。
このような誕生日文化は世界中に――特に西洋圏に共通して見られる、と思われがちであるが、実はドイツではその様相は大きく異る。まずおさらいしてみよう。誕生日は『友達や家族』に『お祝いしてもらう』行事であり、自分からお祝いの準備をすることはない。まずこの前提が違う。ドイツでは誕生日を迎えた本人がケーキを焼き、友人たちを自身の誕生パーティーに招待するのだ。
自分の誕生日を祝うケーキを自分で焼いて、自分から友達に声をかけて誕生日パーティーに来てもらう。日本でそんなことをすれば可哀想な人と思われて憐憫の視線を投げかけられてしまう。しかしドイツではこれが普通なのだ。そうなってくるととある疑問が浮かび上がる。友達全員を呼ぶとなると特大のケーキワンホールでは全然足りない。晴れて誕生日を迎えると友達の数にもよるが数種類のケーキを焼かねばならないという状況に追い込まれてしまう。料理が得意な女の子はいいとして、料理よりもビールを飲んでサッカー観戦に腐心している男子学生はどうするのか? 結論から言うと、ドイツは老若男女問わず誰もがケーキを焼くことが出来る。嘘のような話だがこれが事実なのだ。
おばあちゃんの秘伝のケーキレシピを受け継いでいる女の子はともかく男の子はどうやっているのか。実はドイツ人は男女問わずみんな料理上手だからケーキくらい嗜みとして作れる、ということではない。ドイツでは簡単に小麦粉と水を混ぜればパンを焼けるキットが売っているように、誰もが簡単に、しかもそれなりのクオリティーのケーキを作れる粉のセットが売っているのだ。小麦粉の国ドイツの面目躍如である。しかしいくらケーキ粉セットが優秀でも日本のショーウィンドに並んでいるようなケーキを作ることは出来ない。パティシエという職業があるようにケーキ作りは専門技能なのだ。それでは話が矛盾すると思うかもしれない。しかし矛盾しない。その理由は、そのケーキセットは『ドイツスタイルのケーキ』を簡単に作ることができるセットだからである。
これを理解するにはフランスとドイツのケーキの違いを知る必要がある。日本人が想像するケーキとはクリームやムースに彩られた繊細かつ甘い上品なケーキだろう。実はあのスタイルのケーキはフランスのスタイルを踏襲したものであり、ドイツのケーキはそれに比べるとシンプルで装飾が少ない、いわゆる素朴な味に分類されるものが多い。
せっかくの機会なので話を脱線するがてら、ドイツのケーキについてもう少し詳しく紹介させてもらいたい。ドイツケーキの一番の特徴はフランスのケーキに比べて甘さが圧倒的に控えめ、ということが挙げられる。そして大きい。このドイツケーキの素晴らしいところは、腹八分目で食事を終えたあとに食べるデザートとして完璧な甘さなのだ。甘すぎて食後に胃もたれすること無く、すんなり食べることが出来る。食後の珈琲と非常に相性も良いのが特徴である。控えめだがデザートとしての役割を完全に果たすケーキと言える。
一言でケーキというがドイツでは大きく三つのタイプに分類される。一つは生クリームが生地に入っているTorte(トルテ)というタイプ。果実を上に乗せることも多く、チェリーやベリーを乗せるの事が多い。日本においてはSchwarzwälder Kirschtorteという名前が一番ポピュラーだろう(文字どうり『黒い森』の地域のご当地ケーキ)。ケーキの上にお酒をかけて生クリームに染み込ませて食べるのが絶品なトルテである。ちなみにドイツのケーキに使われる生クリームは驚くほど甘くないのは余談である。
もう一つはKuchen(クーヘン)というタイプ。いわゆる焼き菓子に分類される。焼くケーキなので生の果物はあまり使われず、りんごを使ったもの(アプフェルクーヘン)やケシの実を練り込んだモーンクーヘンが有名である。特にこのモーンクーヘンは見た目が黒いので始めて見た人は驚くかもしれないが、個人的にお気に入りのクーヘンの一つである。そして日本人なら誰もが知っているバウムクーヘンも立派なクーヘンの仲間である。ちなみにバウムクーヘンは季節菓子であり、ドイツ人はクリスマスの時期にしか食べないことは日本ではあまり知られていない。このクーヘンとトルテはいわゆるホールケーキ。丸いケーキ型を使うことが多い。
最後に、これぞドイツのパーティーケーキの定番とも言える天板ケーキであるSchnitte(シュニッテ)。これはオーブンに入る天板フルサイズを使ったケーキで、食べる時は四角く切り分けて食べる。ドイツ人にとても身近なケーキである。種類も多くパン屋さんでも買えるとても身近なケーキである。これはいわゆる普通の丸いケーキ型を使わないので四角く切り分けられた状態で出される。
上記三種のケーキはオーストリアと文化圏を共有しており、いわゆるフランスタイプのケーキとは明確に区別される。ちなみに上記三種はドイツのケーキを大まかなスタイルで分けた場合の分類であり、当然の事ながらこれ以外にも多くのケーキが存在する。加えて地域によってユニークな『名物』も存在しており、例えばドレスデンのアイアシェッケ(チーズケーキ)などは日本人にも馴染みが深いケーキだろう。アプフェルシュトゥルーデルはオーストリアのものと認識されているきらいがあるが、実はドイツのスイーツでもある。
オーストリアとドイツのケーキを比べてみると、オーストリアの方が繊細でいわゆるスイーツという側面を強く意識して開発されているように感じるが、その真相は定かではない。ちなみにドイツ人の多くがオーストリアのケーキは素晴らしいという評価を下すので、やはり似ているようで違うのだろう。
さて、話を元に戻そう。先に説明したように、ドイツのケーキはフランスのケーキに比べて繊細さにかける。しかしながら、その甘さは控えめで、素朴ながら飽きの来ない味が特徴である。こうしたドイツケーキはその製法のシンプルさが故に、一部のケーキを除けばとても簡単に作ることが出来る。たとえ料理が全く駄目な人でもケーキセットに書いてあるように混ぜて焼いてみよう。驚くほど簡単に、そして美味しいケーキを作ることが出来る。
だからみんな誕生日の時には自分でケーキを焼く。大人も子供もみんなケーキを焼く。ドイツ人は一年に一度だけ、みんなパティシエになるのだ。さて、自分の誕生日に自分でケーキを焼いて振る舞うという不思議な文化があるドイツではあるが、ここで一つ問題が生じる。友達が数人ならいい。だが自分が人気者で、友達の数がとても多かったら? 誕生日前日は文字通り地獄と化す。誰のためのパーティーなのか分からないくらい疲弊する。友達が多かった後輩はさすがに力尽き、誕生日パーティーの縮小を決意したらしい。友達が多ければ多いほど、自分の誕生日なのに主役である自分の負担が増える。なんとも不思議なドイツの誕生日事情である。
もし日本でもうじき誕生日を迎えるドイツ人の知り合いがいたら、ケーキを用意してあげるのではなく、さり気なくケーキを食べたいとアピールしてみよう。そこでクーヘンやシュニットが食べたいと言えれば満点である。彼らはきっと喜んでケーキを振る舞ってくれるだろう。
最後に、ドイツではもらったプレゼントの袋を思いっきりびりびりと破くのが喜びの表現方法であり、礼儀である。なのでもらったプレゼントの包装紙を日本やアメリカのように綺麗に丁寧に外すと逆に不思議に思われてしまう。なのでドイツ人からプレゼントを貰ったら目の前で笑いながらビリビリにしてしまおう。きっと相手は喜ぶはずである。
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