ドイツ特有の買い物事情とは
十二話:『この食洗機重すぎるよ。二階まで運んで欲しかったら追加料金ね』
ドイツは他のヨーロッパ諸国に比べて郵便宅配サービスが正確かつ豊富である。荷物がロストする確率も低く、トラブルに見舞われることは殆ど無い。その反面、配送時間が指定できる場合であってもアバウトであり、『朝八時から昼の二時までの間』みないな感じでざっくりと指定されることが多い。日本の一時間刻みのきめ細やかな配送サービスを求めてはいけない。
家を留守にしていて荷物を受け取れなかった場合、日本では再配送用の紙がポストに入っていて、そこに記載されている電話番号に電話をかけて再配送の時間を指定することが多い。しかしドイツでは特別に指定された荷物でない限り基本的に再配送は行なわれない。では荷物を受け取り損ねたらアウトで荷物がそのまま配送主に送り返されてしまうのかといえば、そうではない。
一軒家でない限り、荷物の受け取り主が不在だったら別の階の住人にその荷物を預けるのである。そして受け取り主はポストに残された不在通知を見て、自分が留守中に荷物が送られてきたこと、それが隣人の家に預けられていることを知る。そして相手の家に荷物を取りに行く、という流れになる。このシステムはドイツ全土で共通で、これが隣人とのコミュニケーションの貴重なきっかけとなっていたりする。
さて、一見このシステムは非常に合理的に見える。配送業者はわざわざ何度も同じ地域を回る必要はないし、受け取り主もわざわざ再配送の手続きをする必要なく荷物を受け取れる。しかし明確なデメリットも存在する。
例えばとあるアパートの例を挙げてみよう。そこは小さなアパートで入居者は六世帯。一回に老夫婦が住んでいてそれ以外はみんな夫婦共働きの家庭だったとしよう。昼は皆働きに出て残っているのは一階の老夫婦だけである。そうなったらどうなるか。そのアパートに届けられる荷物のすべてをこの老夫婦が引き受けねばならない。彼らの玄関は他人の荷物で埋まってしまう。その日のうちに他の人達が受け取りに来れば良いが、時には旅行にでかけていて数日受け取りに来ない、ということもあり得る。そういう場合は、代理で受け取った荷物をずっと玄関に置いておかねばならなくなる。特にクリスマスシーズンの荷物の量は凄まじく、他人の配送物を預かっていたら玄関だけではなくリビングすら侵食されかねない。
問題はこれだけではない。もし貴方が大きなアパートの一階に住んでいた場合、そのアパート中の不在荷物の殆どを一身に引き受ける羽目になる可能性もある。基本的にドイツの古いアパートにはエレベーターなどといった気の利いたものは存在しない。すべて階段である。郵便配送業者はまず最初にインターホンで相手がいるかどうかを確認する。そして相手が不在と分かると別の人を呼び出して荷物を預かってもらう。考えて欲しい。貴方が配送業者だったとして、届け先がアパートの五階の住人だった。そしてその住人は現在不在である。貴方はわざわざ荷物を持って五階まで上がって不在だったお宅の隣人に荷物を預けるか、それとも玄関を入ってすぐの所に住んでいる人に荷物を預けるか。そして貴方は幾つもの荷物を配達しなければならない。答えは考えるべくもない。配達業者はわざわざ疲れるような真似はしたくない。皆玄関を入ってすぐの所に住んでいる人に荷物を預けるのである。
もちろんすべてがこうではない、ちゃんと上に上がってくれる人もいる。しかし人によっては足が疲れるからと行って上の階に上がることを厭う人もいるのも事実なのだ。ドイツの素敵な郵便配送事情はこうした階下の住人や平日を静かに家で過ごしている人たちの犠牲に成り立っていることはあまり知られていない。
さて、ではアパートに受取人を始め、誰もいなかった場合はどうなるのか。答えは簡単である。再配達していがある荷物以外はすべて郵便局もしくは業者の配送センターに送り戻されてしまう。そして受け取り主はそこまでわざわざ荷物を取りに行かねばならない。ここでサボっていると荷物が送り返されるという憂き目に遭うので是が非でも荷物を取りに行かねばならない。もちろん休日は休みである。そして開いていたとしても土曜日の限られた時間しか開いていない事が多い。最悪仕事を早退して荷物を受け取りに行かねばならない。荷物を受け取りそこねるととにかく面倒くさいのだ。
特に重い荷物をを頼んだ人は絶対に家で受け取らねばならない。受け取りに失敗すればわざわざ郵便局まで出向いて重い荷物を持って家まで帰らねばならなくなる。なのでドイツでは『明日の午前中に受け取らないといけない荷物があるから、仕事は半休取るね』という会話が普通に飛び交う。そしてみんな、ああ、そういう荷物なら仕方ないよね、と理解を示すのだ。しかしこれではあまりにも働いて昼人に不親切である。その改善案として、荷物が大きくなければ駅に設置されている『集配ボックス』を使うことも出来る。
ドイツでは駅に一見コインロッカーのような『集配ボックス』なるものが存在して、家で荷物を受け取れそうにない場合はこれらを配送住所として指定することができる(配送業者が対応している場合)。帰り際に最寄り駅で荷物を受け取ることが出来る便利なシステムである。また日本のコンビニ受け取りのように、ドイツでは近隣のガソリンスタンドを荷物の配送先にすることも出来る。ガソリンスタンドは土日問わず営業しており、いつでも荷物を受け取ることができるのでとても便利なのである。自宅の近くにガソリンスタンドがある人はこれを利用することも多い。
こちらの郵便配達業務に共通しているのは、客と業者はあくまで対等であり、客の快適さの為に業者に負担を強いることは絶対にしない。日本でたまに聞く『お客様は神様です』という言葉は存在しない。日本人的にはこのアイデアに不満を感じる人もいるだろうが、実に合理的な考え方であると感心させられる。余談ではあるが、筆者はベッドマットを受け取り損ねて郵便局本局まで赴いてマットを受け取り、台車に乗っけてトラムを乗り継ぎ、家まで持って帰った過去を持つ。以来郵便物の受け取りには最新の注意を払うようになったのは言うまでもない。
さて、こんなドイツの配送事情であるが、日本と大きく違うところがもう一つある。それは家電など重い物を頼んだ場合、そして自分の家が一階ではなく二階以上だった場合、配送業者が重いからという理由で荷物を家まで持ってきてくれないのである。荷物をアパートの玄関に置いてはい終了、あとはどうぞご自由にという感じである。重い荷物を自分の部屋まで運んで欲しかったら別料金が求められる。もちろん家に男手がある場合や友人を頼れる場合はそれでも問題ない。しかしそうでなかった場合、これはなんとかお願いして運んでもらうしか無い。
例えば通販の場合、配送先が一階か二階以上かを指定する項目が存在する。もちろん二階以上に運んでもらう場合は配送料が割高になる。ドイツではあくまで業者と客は対等であり、相手に負担をかける場合はそれなりの対価を払わねばならないのである。
そう考えると日本はサービスという面で、客は業者にものすごい負担を強いているということに気が付かされる。それを当然として受け入れてしまっているが、それは果たして当然なのか。感謝もなく当然と受け入れていいのか。歪とは言わないが、便利さの裏側に我々日本人が押し込めてきた物を垣間見た気がした。
最後に、最初にも述べたがドイツでは配達時間を指定できるが、その時間帯があまりにも大雑把すぎてほとんど役に立たない。例えばamazonはプライム会員ならば配送日時が指定できるが、それでも午前中か午後というくくりがほとんどである。つまり荷物を待つ気なら一日家にいないといけない。また別のケースとしては突然携帯にメールが届き、『明日荷物をお届けします。都合がわるい場合は……』という旨の内容を告げられる。こういう事前通告する業者はまず再配送してくれない。受け取りを失敗すると僻地まで荷物を受け取りに行かねばならなくなる。ドイツ人は常に荷物の受け取りと戦っていることはあまり知られていなが、もし貴方が日本にいて、周りにドイツ人がいたら日本の郵便配達事情をどう思うか聞いてみるといい。きっと絶賛の嵐だろう。その裏に配送業者の血の滲むような努力があることを我々は忘れてはならない。
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