三話:『バイエルンのビールを延々と飲み続けるなんてただの拷問だね。オクトーバーフェストなんて観光客しか行かないよ 〜 ベルリーナとバーバリアンの仁義無き戦い』

前に述べたようにドイツは歴史的に、地理的に幾つかの小国が集まってできた国である。故にそれぞれの地域には『ドイツ』と一括りにできない、地方独自の文化が色濃く残っている。そして皆地元意識が強い。つまり誰もが「自分のところが一番」と思っているわけだ。

 その最たる例が首都ベルリンを持つベルリン州とミュンヘンを州都に持つバイエルン州である。この二つの都市は何故か仲が悪い。特徴としてどちらも巨大な都市基盤を持ち、経済、流通を考えてもドイツのトップ都市であることは疑うべくもない。そしてお互いこそが上であるという仁義無き戦いを繰り広げている。(もっともハンブルグやハノーファー、シュトゥットガルトなどの大都市はみんな自分が一番と思っているので相思相嫌ではあるが、話を簡略化するためにベルリンとミュンヘンを例に話をすすめることにする)

 さて、お互いがお互いを認めず常に競い合っていると述べたが、その戦いはあらゆることに波及し、もはやしゃべり方からソーセージ、ビールの味にまでケチをつけ始める始末である。

 例えばブルスト(ソーセージ)はドイツを代表とする料理であり、もちろんドイツ全土に存在する。そのレシピは多種多様で、地域ごとに食感、色、味が異なる。例えばベルリンだとソーセージはパンと一緒に食べるか適当な大きさにスライスしてケチャップとカレーパウダーで食べるカリーブルストが一般的である。今やドイツ人を持ってして『日本の寿司』と言わせるくらい代表的な料理であり、世界的な知名度も高まってきた。おそらくドイツのガイドブックを見れば必ず写真が載っているレベルで代表的な料理である。彼らは語る。『バーバリアン(バイエルン地方を指す。その出身者やその地方のものを指すことも)なんて食べれたもんじゃないよ。ビールもブルストもね』と。

 一方のババリーア地方(バイエルン地方)では、ヴァイスヴルストと呼ばれる白いソーセージが有名である。これもまた旅行雑誌に必ず載る世界に知れたドイツ料理の一つである。こちらのソーセージは一風変わっていて、皮を食べずに中身だけ食べる、ということだろう。何故皮を食べてはいけないのかは未だに謎だが伝統的に皮に切れ目を入れて中身を取り出して食べるのが流儀である。正式にはプレッツェルとゼンフ(マスタード)と一緒に食べる。そして必ず午前中に、しかも朝食と昼食の間にビールとともに食べるのが伝統的な食事方法だという。

 何故このような面倒な流儀に落ち着いたのか、興味ある人は自分で調べてもらうとして、とにかくベルリーナー(ベルリン住民)はこれがいたく気に入らない。ブルストの種類にもよるが、皮のあるものはパリッと焼いてそのプリプリの食感を味わうのが筋だという。それが何が悲しくてわざわざ腸詰めの皮を切って中身をちまちま食べねばならないのかと。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。ドイツの各地域の誇りは何も郷土料理だけではない。ビールこそ、その地域の主役であり顔なのだ(あとサッカーチームとパン)。しかしそれぞれのご当地ビールは地産地消でドイツ全土に出回る銘柄はさほど多くない。まして海を渡るものなど限られている。だからこそ、みんな地元のビールをいわゆる大量生産ビールとは異なる、歴史が詰まった『誇り』として大事にする。余談だがドイツにはビールは数千種類存在して、一般的なスーパーで手に入るのが50種類くらい(スーパーの大きさにもよるけれど)。ご当地ビールは現地でしか飲めないし、とてもじゃないが全部のビールを味わうことなんて出来ない。

 さて、既に日本でも知名度が上がっているミュンヘンのオクトーバーフェストというドイツ最大級のビールイベントがある。詳しい説明は省くが大ジョッキになみなみと注がれたビールを浴びるほど飲むというなんともクレイジーなイベントである。まさにビール好きにとっては天国のようなイベントだろう。

 実際このオクトーバーフェストを目当てに世界中から旅行客が押し寄せて盛況している。しかしこのイベントはバーバリアン以外のドイツ人にとってはあまり評判は良くない。その理由は一つ。『バイエルンのビールを延々と飲み続けるなんてただの拷問だね(あんなまずいもの飲んでられない。自分のビールが一番)。オクトーバーフェストなんて観光客しか行かないよ』ということ。

 特にベルリーナーはバーバリアンが嫌いである。故にビールも嫌いだ。オクトーバーフェストなんて絶対に行かない。行くもんか。強い意思を感じる。ソーセージ剥くの面倒だし。

 ついでに言葉も気に入らない。ドイツの公用語はドイツ語である。何気にEUで一番使われている言語は英語ではなくドイツ語である(スイスとかオーストリアとかもドイツ語なので)。一言でドイツ語と言ってもそのバリエーションは大きく、南部と北部とでは発音やイントネーションのみならず固有名詞すら異なることも珍しくない。

 ベルリーナー曰く『南部バーバリアはもはやドイツではない。何を話しているのかも殆ど分からないし辞書が必要になるレベル』なのだ。ビールも気に入らなければソーセージも気に入らない。そして言葉すら気に入らない。じゃあ当のベルリーナー達は標準ドイツ語を話しているかと問われると実はノーなのである。

 彼らはベルリーナー独自の言い回しを用い、標準ドイツ語では使わない会話をする。それがバーバリアンが気に入らない。首都の癖にけしからん、となるのだ。じゃあ一番標準的なドイツ語を話すのはどこかという疑問になると、誰もがニーダーザクセン州の州都ハノーファーである。彼らのドイツ語はイントネーション的にも発音的にも最も標準的なドイツ語とされしばしばホホドイチュ=高地ドイツ語と呼ばれる。余談だがこれは実は誤訳であり、ニーダーザクセン州には高知はないので、むしろ低地ドイツ語と呼ばれるべきであると専門家は指摘していたりする。

 閑話休題、お互いにいがみ合うドイツの街であるが、これが国外レベルになると互いに強調して恐るべき一体感を示すのだ。フットボールのワールドカップなどがその好例である。リーグ戦の時はお互いのファンが相手を親の敵を見るかのように睨みつけるが、一度ワールドカップになれば一緒にドイツを応援する。

 彼らはドイツの中でも自分たちが一番と思いつつも、それでもやっぱり大カッコでくくられるドイツが好きなのだ。なんとも我儘な人たちである。だが同時に彼らから感じる郷土愛は実に微笑ましい。まとまっているようでまとまってなくて、でもまとまっている国ドイツ。実に不思議な国である。

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