ドイツの驚きのマナーとは

五話:『ドイツ人を探せ! いたぞ! レストランで鼻をかむ奴らだ!』

さて、ドイツの食文化に関していろいろ面白い発見があったので、今回は生活習慣について語ってみようと思う。ただ一言で生活習慣と言っても健康関連の習慣や医療、それに人付き合いや住居、交通事情とあまりにも幅が広い。時間が許すならばどのエピソードも日本人にとっては興味深いものばかりなので、それらについては別の機会にとっておくとして、今回はおそらくドイツ人独特の『鼻』に関するユニークな付き合い方を紹介したい。

 まず始めに、ドイツに旅行に行くのであればこれだけは知っておかねばならない、ということが一つある。それは別に飲み会は各自別精算が常識とか、ビールの一気飲みをしないとかそんなことではない。『公衆の面前で鼻をすすってはいけない』ということである。

 鼻をすするという行為はドイツにおいては『非常にマナーが悪い』とされる行為の一つである。試しに電車に乗って日本にいる気持ちでちょっと鼻をすすってみよう。社内の視線は貴方に釘付けになる。ある人は振り向かないかもしれないが、密かに眉間に皺をよせているだろう。最悪子供に指をさされる、とまではいかないが、誰もが心の中で不快感を感じているだろう。

 じゃあドイツで鼻が詰まったら、鼻水が出て来たらどうすればいいのか? 答えは簡単である。いかなる場所であろうが『フルパワーで鼻をかめばいい』のである。ビールを飲んでる若者、菫の花のような気品のあるおばあちゃん、初老の紳士、ファッションにこだわっている若い女の子、老若男女問わず鼻みずが出て来たらそこが電車であろうとバーであろうと関係ない、フルパワーで鼻を噛むのだ。たとえそこがレストランであろうとも、ドイツに居る限りは鼻をかむことはテーブルマナーに抵触することはない。

 とあるシネマのワンシーン。着飾ったドレス、雰囲気の良い音楽、落ち着いた内装、そして素敵なパートナーとディナーを共にする。まるで夢の様な時間が過ぎていく。会話も弾み、そろそろ二人でこの後どうするかを決めないといけない時間になってきた。そこで彼女が男性に向かって何かを提案しようとしたその直前、鼻水が出て来た。そこで一言「ちょっと待って、鼻をかむわ」の後に本気で鼻をかむ。それを見ていた日本人はあまりのことに一瞬固まる。しかし女性は何事もなかったかのように男性を楽しく会話を続け、夜の街へと消えていく。そんな世界。それがドイツ。

 ドイツの鼻にたいするこだわりはとても強い。それこそ鼻のかみ方を子供の頃に習う程に。しかしこのことはドイツで鼻をすするのがタブーとされていることと密接な関係があるとされている。人種的に、というよりも骨の構造的にドイツ人は耳鼻系のトラブルを抱えやすい人種であるとされている。鼻をすするという行為は耳への疾患に繋がるリスクが高い。主に中耳炎になったり、最悪副鼻腔炎という最近が顔の内側(副鼻腔)に入って炎症をおこすというなんとも恐ろしい病気になってしまう。そしてドイツ人はそういう病気になりやすい。

 なので鼻をすするという行為は健康上とてもよろしくない。鼻をかむことを我慢することも健康上よろしくない。なので鼻をかみたくなったらいつでもどこでも、遠慮無く存分に、というのがドイツなのだ。しかし僅かに鼻をすすることも許されないとなると、じゃあ一日何回鼻をかめばいいのだ、ということになる。そんなことをしていたらポケットティッシュがいくらあっても足りない。その通りである。だからドイツ人は考えた。

 『使った分厚いティッシュを乾かして何度も使えばいいじゃないか』と。まるで日本人からしたら冗談のような話で亜はあるが、これは事実である。基本的にこちらのティッシュは日本の様な二枚重ねは少なく、最低でも三枚重ね、四枚重ねが一般的だ。使ってみれば分かるがとにかく分厚い。なんというか頼もしくすら感じる程に分厚い。鼻をかみたくなったらティッシュでかむ。分厚いので他の部分がまだ使えるのでそのまま胸ポケットに保存しておく。そして鼻をかむ。するとあら不思議、最初に使った部分が乾いている。乾いた部分をまた使う、ということを繰り返す。人によってはハンカチを使う人もいるが、ティッシュを使うのが一般的である。

 余談だが日本においてハンカチは手拭きと思っている人が多いかもしれないが、ハンカチ本来の用途は鼻をかむためのものである。もちろん手を拭くときにも使われるが、ヨーロッパでは本来の用途である鼻をかむことに使わることが多い。

 鼻に対して人一倍こだわりを持つドイツには当然の事ながら鼻に関する医薬品、医薬部外品が数多く存在する。一つ目はおそらくドイツ全土に存在するであろう”NasenSpray(直訳=鼻スプレー)”。これはものすごく強力でアレルギー性鼻炎だろうが、風邪に起因する鼻詰まりだろうがあらゆる炎症を一瞬にして鎮めてくれるすぐれものである。しかし同時に副作用もある。使われている薬品が強いため、鼻の粘膜を傷つけてしまう。なので継続的に使用してしまうと逆に鼻の粘膜が炎症を起こしてしまい、スプレーを使わなくなった瞬間炎症に苛まれるという諸刃の剣なのだ。しかし日本の花粉症にも恐るべき効果を発揮するので、寝る前に一吹き、という使い方をすると幸せになれるアイテムでもある。たまに旅行客が買っていく。

 もう一つはおそらく日本にも存在するであろう海水を使った鼻の粘膜の湿潤剤である。物によってはハーブの抽出液も入っていたりする。普通に良い香りがするので何気にリラックスできたりもする。これも旅行客が買っていく。

 そして最後に、古くから鼻のトラブルに絶大な指示を得ているのはドイツのお家芸の一つ、ハーブティー療法である。ドイツにおけるハーブ・薬草の歴史は古く(日本においてはドイツのマリエン薬局のハーブティーなどが有名だが)、今でも薬局で薬としてハーブティーが処方される程である。喉の痛みにはものすごくおいしくない玉ねぎ茶があるが、鼻づまりに対しては主にカモミール等が用いられる。これらの薬草茶はドラッグストアで安価で手に入り、しかもその効果が恐ろしく高いから侮れない。ハーブティーについては語りたいことが多すぎるので詳しくは割愛するがとにかくすごい。

 日本にいてはそれらを手に入れるのは難しいが、一つだけ、鼻のトラブルに効果的かつ日本でも簡単に実践できるものがある。それは「Kopfsauna(顔サウナ)」である。やり方は簡単で、多めのお湯を沸かして容器に入れて、そこに精油やハーブを入れてその湯気が逃げないようにタオルでくるむ。タオルに湯気の逃げ道を作り、そこに鼻や口を当てて湯気をじっくりと吸い込むように深い呼吸をする。それを数分〜十分程度続ける。これだけで驚くほど鼻がすっきりする。ドイツに古くから伝わる民間療法である。お試しあれ。

 とりあえず最後に一言。レストランで全力で鼻をかんでいる西洋人がいたら間違いなくドイツ人である。

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