ドイツのゆるくてすごいリサイクル事情

十六話:『ゴミの分別? なんでもリサイクルバケツに入れればいいのよ』

ドイツは環境先進国である。この言葉を疑う人はあまりいない。高度経済成長に伴い、ルール工業地帯の深刻な環境汚染。大気汚染に続き、シュバルツバルドの森が酸性雨により一変、あたり一面の木々が死に絶える死の森になるなど、その被害は深刻だった。そうしてドイツ人は心を入れ替えた。経済技術発展ばかり気にしていたけれど、周囲を取り巻く自然こそがドイツ人のかけがえのない財産なのだと。失なって初めて分かるその大切さ、とやらである。

 それからのドイツは頑張った。徹底的に環境汚染に繋がるものは排除した。同時に国をあげて環境教育を推進した。今では子供ですら塩化ビニルは燃やすと非常に有害な物質(いわゆるダイオキシン等)を発生させるのでなるべく塩ビ製品は買わないと宣うレベルである。

 こうしてドイツの環境に対する汚染は徐々に緩和され、シュバルツバルドの森も息を吹き返した。しかしこれで止まらないのがドイツである。環境に対する敬意はうなぎ登りで、どうすれば環境に優しい生活を出来るのかを考えるようになる。その矢面に立たされたのが、ゴミ焼却問題である。

 ゴミは人が生活している以上必ず発生する。これだけは避けては通れない。ならば何を工夫すれば環境に優しくなるのかドイツ人は考えた。そうだ、ゴミとして出されたものをリサイクルすればそれはゴミにならず、環境への負荷は軽減されるはずだ、と。リサイクル大国ドイツの黎明である。

 日本もリサイクル先進国ではあるがドイツには及ばない。かつて日本にいた頃は職場に五〜七種類近いゴミ箱が設置され、毎回分別に頭を悩ませた記憶がある。では実際にドイツのゴミ出し事情はどうなのか。さぞ多くの分別用のゴミ箱があることだろう。少なくとも十種類はあるのではなかろうか。そんな期待を込めてドイツに渡った。しかし現実は想像とは大きく違った。

 ――三つ。ドイツの一般家庭用のゴミ回収は三種しか無い。冗談かと思うだろうが現実の話である。大きく分けて、なんでも『燃やせる』黒いゴミ箱と、『紙』のリサイクルのための青いゴミ箱、そして『それ以外のすべてのリサイクルできるもの』を入れる黄色のゴミ箱である。最近は燃やせるゴミ箱に『生ごみ処理』用のゴミ箱も登場したが、大きく三つの分別しか無い。そんな馬鹿な――そう思う人も多いだろうが、これが環境大国ドイツの実態である。

 しかしゴミ箱の数が少ないからといって、ドイツのリサイクル率は高くないと安易に判断してはいけない。事実、ヨーロッパにおけるゴミのリサイクル率は数年間連続してドイツがダントツの一位であり、リサイクルという点においては他の追随を許さないレベルである。しかしゴミ箱は基本三つしか無い。ではどうやってこの高水準のリサイクル率を達成しているのか。基本戦略は至って簡単である。

 まずはじめに、国民がゴミを捨てる時、ちゃんとリサイクルできるゴミをリサイクル用のゴミ箱に入れること。そしてもう一つがリサイクルごみ箱に入れられたゴミをちゃんと分別してリサイクルすることである。日本においてリサイクル率が上がらない最大の原因が、ゴミの分別の煩雑さにある。例えば一つの製品を捨てる時、その素材に応じてそれぞれ適切なゴミ箱に入れなければならない。そして外国人の多くはその細かな分別ルールに驚く。ペットボトルとキャップ部分とをわざわざ違うゴミ箱に入れなければいけない、と言った風に。

 ではこれが何が問題なのか。日本を例にあげると、その最大の理由は先に述べたよう分別の煩雑さにある。つまり行政はリサイクル推進をうたいつつも、その実態は国民一人一人の努力に一方的に委ねたことにある。ちゃんと分別してゴミを捨てる人ばかりなら問題ないが、わざわざゴミを捨てるのに細かいルールを設けられて、それが家庭ごみであった場合、自治体によってはその回収が二週間に一回という事も有り得る。そうなったらリサイクルゴミは各家庭で保管しておかねばならず、これが非常に不評である。そうなると人はどうするか。面倒だからリサイクルゴミも一緒に燃えるゴミに入れてしまうのである。こうしてリサイクルできるゴミは再利用されること無く燃やされていく。

 ドイツでもリサイクルシステム導入にあたり多くの試みが成されたと聞く。そしてドイツ政府は『国民一人ひとりにゴミの分別の負担を強いるようなシステムだとリサイクル率はあがらない』という結論に至った。国民に負担を強いるのではなく、その負担は政府が追うべきであるとの姿勢から、国は国民に『分別しなくていいからリサイクルマークがついたゴミをちゃんとリサイクルゴミとして出す』ことを優先させた。それが黄色いゴミ箱である。そしてそれらリサイクルゴミがゴミ処理場に運ばれ、そこではゴミの分別のプロ達がリサイクルゴミをきっちりと分別していく。

 餅は餅屋に、ということある。国民はゴミの分別の判断をする必要が無いので、とりあえずリサイクルできるゴミは全部ゴミ箱に入れるだけでいい。たったそれだけでいい。日本とは大違いである。だからリサイクルゴミの回収率が上昇する。そして回収されたリサイクルできるゴミはプロによって仕分けられ、きちんと再利用される。これだけでドイツのリサイクル率は飛躍的に上昇したのである。

 このリサイクルできるゴミは包装などに使われるプラスチック製品、アルミ製品、卵や牛乳などの紙パックに限定されており、それ以外のリサイクルできるゴミ(ガラス、電池、一部のペットボトル)は事情が少し異なる。特にビールを水のように飲むドイツ人にとってビール瓶は家庭で出るガラスゴミとしてはダントツである。そして水やジュースのボトル(ペットボトル)が続く。ではこれらはどうやって回収されるのか。

 ドイツ政府はリサイクル推進のために非常に効率の良いシステムを構築した。それはすなわち『ビール瓶とペットボトルはお金である』という概念である。まず政府はプファンド(Pfand)というシステムに織り込むことにした。これはいわば容器の保証金(デポジット)である。客はビールやジュースを買うと、中身の他に容器の保証金(プファンド)を払う。そして飲み終わった容器を店に戻すことで、その保証金をペイバックしてもらうのである。ビール瓶で10セント弱。水のペットボトルで大きいもので25セントとその額は非常に大きい。このプファンドシステムのおかげでみんなお金が勿体無いので飲み終わった容器は必ずお店に戻すようになる。

 プファンドシステムの素晴らしさはそれだけではない。ドイツでは誰もが常習的に

ビールを飲む。水も飲む。近くに店があるならいい。しかし近場に店がなかった場合、飲みきったビール瓶は重くて非常に邪魔である。多くの若者が惜しみながらも飲み終わった瓶を駅のホームに置いていく。それを回収するのが通称プファンドおじさんたちである。

 一本10セントとはいえ、十本で一ユーロ。つまりもう一本ビールを買える額が戻ってくる。彼らは大きな買い物袋を持ち歩き、道端に転がっている瓶を回収していく。時にはビールを飲み終わった若者たちが瓶を捨てる代わりに、このプファンドおじさんにビール瓶を引き取ってもらうこともある。彼らも駅に捨てていくのは心が痛むのだ。誰かがちゃんと回収してくれた方が精神衛生上よろしい、ということである。

 こうして街に落ちているペットボトルやビール瓶はあまねく回収されていく。結果、プファンドが設定されたビール瓶やペットボトルの回収率は非常に高くなり、街は綺麗になる。お互いwin-winのシステムである。

 しかしすべての瓶にプファンドが付いているわけではない。これは大手の飲料メーカーの提供するボトルに限られており、プファンドシステムに参加していない企業もある。そういう製品にはプファンドマークはなく、店に持ち込んでもペイバックは受けられない。道端に捨てられても誰も拾わない。それぞれがガラスゴミとして捨てねばならない。ガラスゴミは大きなアパートや日本で言うところのマンションに設置されており、それぞれガラスの色によって分別されている。近隣住民はガラスゴミを持込み、それぞれのガラスの色によって分別して捨てていく。これはいつでも捨てることができるので、少し溜まったら散歩がてらガラス類を捨てに行く、という感じで皆対応している。ただいつでもとは言っても実は時間制限が有り、日曜日は平日の夜には捨ててはいけないということになっている。何故かと言うと、回収ボックスにガラス瓶を投げ込むと中で瓶が割れ、いわゆる騒音になるからである。人によってはこの瓶が割れる音が好きでわざと力強く投げる場合もあるらしいが、確かに夜中にあまり聞きたい音ではない。実はガラスだけではなく、古着、洋服専門の回収ボックスもあるのだが、どいつの衣類や家具のリサイクルについては別の機会に譲ろうと思う。

 また電池などは日本と同じくスーパーのレジ横に回収箱があり、これもいつでも捨てることができる。

 さて、このようにドイツでは行政、そして市民の両サイドから自然と生活の中にリサイクルと言う概念が身近に根付いており、どちらか一方に極度に負担が偏るということもない。

 実に自然な形でリサイクルの概念を取り込んだドイツであるが、実は最初は失敗と試行錯誤の連続だったという。国民に個人レベルで分別の負担を強いる日本。そして拍子抜けするほどゆるい分別なのにリサイクル率世界一を維持するドイツ。何をもって先進国なのか。いろいろ考えてみると新しく見えてくるものもある。次回はゴミのリサイクルではない、セカンドハンドとしてのリサイクル事情を語りたい。

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