夕焼け小焼けで帰るおうち

夕焼け小焼けで帰るおうち

 上野の公園を横切り、白い大理石が美しい大きな博物館を見上げる。  

 さくら米田よねだは正面玄関に回り、短い階段を上がり館内へと入った。


 廊下を進み、関係者以外立入禁止とある扉を開き中に入ると、さらに奥へと繋がる一画がある。

 二人は黙ったまま軍靴を鳴らし、「特殊展示室」とある部屋に入った。


草薙くさなぎ桜少佐、米田雅彦まさひこ少尉、両二名、帝都防衛における特殊器物徴収作戦により取得した特殊器物『聖母の魔鏡』一枚を提出に参りました」

 桜はキッチリとした敬礼をしてから報告をする。


「ご苦労」

 陳列棚の前に横に立つ鳥山とりやま中将が短く労うと、香取かとり秘書官がガラスケースの蓋を開けた。

「失礼致します」

 桜は聖母の魔鏡を恭しく持ち上げ、ガラスケースの中に納めた。

 美しい光を反射させ魔鏡は白絹の上に鎮座し、静謐の中で聖母は微笑んでいた。



 ぼんやりと不忍池を眺め、米田は悲しげに眉を寄せる。

「神器、無事に納められたってことは、この任務も終了ですかね……」


 作戦や任務を速やかに遂行することは軍人として正しいことだ。特殊器物徴収作戦をこれほど早く遂行できたことは、晴れがましいことである。

 それでも米田は心の中は晴れない。このまま任務が終わらなければいいとさえ思ってしまう。


 任務が終われば、米田と桜が夫婦である理由はない。

 ままごとのような生活、そう笑われるかもしれないけれど、自分はこれをホンモノにしたいと願っていた。


 暗く落ち込んでいる米田に、桜は楽しそうに笑った。

「バカ言え、神器一つでこの帝都百万の民を支えられるわけなかろう。この作戦はまだ続行である」

「さ、桜ぁ……!」

「『さん』を付けろ、この駄犬が!」


 プリプリと怒りながらも、桜は米田の腕に自分の腕を絡めた。

 突然近くなる彼女との距離に米田は頬を赤くする。


「桜さん、これからも『夫婦』揃ってがんばりましょうね」

 その言葉に、桜も幸せな桜色に頬を染め上げた。

「末永くお付き合いくださいね、旦那さま」

 桜はイタズラにそう囁いて、旦那さまの腕をぎゅっと抱きしめる。


 二人は互いに顔を見合わせ、くすりと笑い合う。

 長く伸びる二つの影を一つにして、夕焼けに染まる街を二人は並んで歩んでいった。



 

 帝都が誇る上野の帝都博物館には数万点を超える収蔵品がある。


 絵画、彫刻、工芸品、書跡・典籍、古文書、考古資料、歴史資料、動植物の剥製や標本まで。様々なジャンルの収蔵品が仕分けられ、展示、保管がなされている。


 いくつも並ぶ区画のその奥に、ひっそりと「特殊展示室」がある。

 館内案内図にも載らない特殊展示室の、その大きなガラスケースの中には、種類も年代も多様な文化財が所狭しと並べられている。


 一見バラバラに見えるが、実はある秘密の共通点があった。

 しかし、その事実を知る者は少ない。


                                    終

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