当世男子語り

 栗の鬼皮を小刀で剥き、米田よねだは大きなため息をついた。


「しかし、なんであの人ってあんなにもモテるんですかね?」


 しみじみとした呟きに、米田と同様に栗の皮むきをしていた小箱こばこは怒りを露わにして睨みつける。


「小僧! 末席とはいえ神であるこの小箱にくだらん雑事をさせておきながら……口ではなく手を動かせ!」

「つうか、小箱が自分でやるって言ったんだろ! 俺は少佐と楽しくおしゃべりしながら栗剥きをしたかったのに……」

「たわけたこと抜かすな! あのままぬし様にやらせておったら……主様が怪我をされるか栗がなくなるかのどちらかじゃ!」


 小箱の言葉に、米田は剥き栗になるはずだった残骸をちらりと見た。


「あ~、そうだったですね……」


 見ているほうが泣き叫びたくなるような危なっかしい手つきで栗を剥いていたさくらの姿を思い出した。 栗の皮を剥くだけにもかかわらず、なぜか米田めがけて小刀が飛んできたり、符を使って皮を剥こうとして栗が爆発したり……。  桜の破壊力あふれる家事能力に、米田は改めて震える。


「まったく……あのような恐ろしい思いをするくらいなら、小僧と並んで雑事をする屈辱に耐えたほうがマシじゃ」


 あなや~~っ! と叫び、言葉巧みに桜から小刀を取り上げることに成功した小箱は、ブツブツと文句を言いながらも器用に栗を剥いている。


「――で、誰がモテるというのじゃ?」


 小箱は不機嫌ながらも米田との会話に乗る。


「ほら、香取かとり秘書官。あの人ってめちゃくちゃ愛想悪いのに、なぜか女の人にモテるんだよ。この前もとある令嬢が香取秘書官に一目ぼれして、どうしてもお付き合いさせてほしいって、政府の高官であらせられるお父上と一緒に鳥山閣下のところまで直談判に来たらしいんだよ……」

「なるほど、あやつは御霊降ろしをして戦うほどの益荒男ますらおじゃからなぁ。小僧と違って、強き男の色香というのがあるのじゃろうて。おなごが惹きつけられても仕方あるまい」


 小箱が馬鹿にした口調で答えるも、聞いていた米田はひどく真剣な顔だった。


「男の色香……そういうのあったらモテるの? 少佐も俺にメロメロになっちゃうの? 『雅彦ちゃん』とか呼ばれちゃうの?」

「いや……そのようなことは言っておらぬが……」


 小箱が否定しても、米田には聞こえていない。


「色香って、匂い的なもの? 何か食べると出る的な? ……もしかして、羊羹!?」

「それはなかろうて!」


 思わずツッコミを入れたが、小箱の努力も虚しく米田の意識は羊羹に向かっていく。


「香取秘書官、蒸し羊羹好きだし! 絶対あれだ! 栗入りの蒸し羊羹だ!」


 米田はキラキラと目を輝かせる。


「モテモテになるために、ちょっと小豆買ってくる。ついでに羊羹の作り方も聞いてくるわ! この栗、全部使って栗ゴロゴロ入った蒸し羊羹作るぞ!」

「ま、待て、小僧!」

「羊羹食べて、俺も女子の気持ちをがっちり掴んでやる!」


 男の色香とやらが出れば、桜も自分を見直して今よりもっと親密になれるはず。


 ――「米田少尉」じゃなくて、日常的に「旦那様」って呼んでくれるかも……!


 希望に胸を膨らませ、米田が勢いよく立ち上がると、


「……ほお、夕餉は栗ご飯から栗入り蒸し羊羹に変更、か……」

 米田の背後には、恐ろしくいい笑顔の桜が立っていた。


「……あ、あの」


 ――笑っているのに纏う気が完全に武将のそれです。命の危機しか感じられません。


 青ざめる米田にニコニコと笑い、桜はもう一度確認する。

「妻のために作る栗ご飯が、女子にモテるための栗入り蒸し羊羹になるわけだな……」

「チ、違ッ! 誤解です! ~~~~ぃぎゃ!!」


 その日の晩御飯は当初予定通り、とても美味しい栗ご飯となりました。




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帝都あやしの恋巡り 伝令・上官を直ちに娶られよ!/群竹くれは ビーズログ文庫 @bslog

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