第28話 滑稽な嘘
○海上自衛隊横須賀基地 吉倉桟橋Y2バース 2415i
赤龍達の騒動が起きる直前の吉倉桟橋側では、特に何事もなく穏やかな時間が流れていた。
Y2バースには“きりしま”が停泊をしており、その艦橋には作業衣姿の霧島と橋立、それから当直中の“きりしま”航海長の姿もある。
3人は和やかに雑談していたのだが、霧島と橋立は何か気配を感じたのか話を中断して
そこには青らしき作業衣を着た女性がゆっくりと歩いていて、その姿は桟橋の街灯に照らされてはっきりと見えている。
「あれは白瀬だな。」
「白瀬さん、またいつものお散歩のようですわね?」
霧島の左側に航海長が着くと、彼は少し身を乗り出すように下を見て霧島に話かける。
「あそこで歩いているのが、艦魂の白瀬なんですね?」
「ああ。こんな時間に散歩だなんて、私の話した通りの自由人ぶりだろ?」
白瀬が横須賀地方総監部の厚生棟に向かって桟橋を歩いていく後ろ姿を見送ると、3人はまた艦橋に戻って先程の雑談を続けた。
それからしばらくした0120頃、橋立は時間が遅くなった事を理由に“
吉倉桟橋から“しらせ”を横目に見ながら歩くと、その艦首の先に
(護衛艦と砕氷艦は、特務艇である
橋立は後ろを振り向いて、“しらせ”の艦橋を見上げる。
(“しらせ”さんは
視線をゆっくりと、“しらせ”の艦体をなぞるように艦首へ向けていって海面まで辿りつくと、今度は“するが”へと向ける。
(駿河2佐は今、お元気なのでしょうか?)
橋立は目をつぶり左右に首をふるとうつむき、目をゆっくり開けると力なく歩き出す。
曳船達が停泊している桟橋に近付くと、その奥に向かっている構内道路の先から人の歩いてくる気配がする。
それと同時に鳥肌が立つような何とも言えない感覚を感じ取り、橋立は咄嗟に近くの小屋にある塀と電柱に身を隠してしまう。
(なんなのですの!?この感覚は?!まるで他の艦艇から狙われているようですわ!?)
両手で口元を抑え、近付いてくる何者かに気付かれないように息を潜める。
(こういった隠れるような行動・・・。潜水艦の方々にきちんと教わっておけば良かったですわね・・・)
こういった行動は自分には無縁であると思い込み、教えを乞う事ことすら思いつかず、一切想定していなかったのである。
少しすると近付いてくる人の気配は、微かに聞こえてきた声から2人の女性だと分かる。
橋立はその人物達が少しでも見て確認できないか、塀と電柱のわずかな隙間から構内道路を伺いながら2人が通り過ぎるのを待っていた。
そしてちょうど通りかかろうとする直前、片方の人物から突然着信音が聞こえて、橋立は縮みあがるように驚いてしまう。
(声を出してしまう所でしたわ!こんな所で出してしまったら、今読んでいる推理小説の登場人物でしたら、被害者になるのが確定ですわよ!?)
驚いている橋立をよそに、着信音は続いている。
「電話、誰からだ?」
(片方の方は、少し声が低めな女性ですわね。こちらを『
「知らない番号ですが、緊急だと困りますので出てみます。少しお待ちいただけますか?」
(もう1人も女性で確定ですわね。こちらは『
「こんな時間に誰ですか?・・・福田?知りません。お掛け間違いでは?・・・横浜?海上保安庁の前?・・・ああ、昼間の赤レンガ倉庫で会いましたね。貴方でしたか。」
(なるほど。それでは以降は、
「私達の行動を後方支援ですか?・・・ええ・・・本当にそんな事が出来るのですか?・・・“するが”で実行済み?・・・そこから順番に?・・・あの、手伝っていただけるのは有り難いですが、そういった事はもっと早くに・・・えっ?早くしろ?勝手な事は言わないで下さい。・・・でしたら、もっと我々と綿密に話を詰めるべきでした。我々は我々の予定で行動を行いますので、くれぐれも貴方達は我々の邪魔だけはしないように。」
(邪魔?
「それから、後で服の弁償をしていただきますので、そちらに請求書を送ります。いくら我々への警告でもやり過ぎです。・・・知りません。“あのお方”に文句を言ってください。・・・延期?“するが”を最優先にして即離脱?・・・そういった事は事前に連絡するように福田からも伝えて下さい。・・・そちらは知りません。空自関係はもうそちらで対処願いますと、先日申し入れした筈です。・・・しつこいです。時間が無いのはご存知でしょう?失礼します。」
(
「電話、誰からだ?」
「昼間、横浜の海保前で会った“フォークの男”でした。福田と言うそうです。それで彼の話から、我々の行動にいくつか変更が生じました。“するが”の調査を最優先で“女王”との会見は延期せよ。接触するなと、厳命を受けました。」
(“フォークの男”?
ここまで身動ぎ一つせずに話を聞いていた橋立だったが、ここで人差し指を唇の下に当てて考え込む。
「厳命か。それなら仕方はない。だが、その話はまた後にしよう。時間がない。それに、盗み聞きしている“カラス”がいる。見えるだろ?」
「え?・・・あんな所に!?捕獲しますか!?」
(こちらからは見えないのに!?どうして見つかってしまいましたの!?は、早くここから脱出しませんと!!・・・えっ!?嘘!?嘘ですわよね!?)
橋立にとって、悪夢のような事が起きてしまった。
(戻れないなんて嘘ですわよね!?どうしてですの!?)
瞬時に空間移動しようと自分の位置を把握したのだが、何の反応も起きず、自分の所に戻れなくなってしまったのである。
(何故!?どうしてですの!?どうして戻れないのですの!?誰でも良いですからいつものように
想定外中の想定外に橋立はパニックに陥るが、それでも声を出さないように手で口を押さえる事だけは、なんとか出来た。
「止めておけ。街灯にとまっているんだから、今捕獲するなんて無理だろう?それに、相手はこんな夜の時間に活動する“カラス”だ。只者じゃないだろう事は、お前にも分かるだろう?」
(・・・“カラス”?カラス!?こんな時間にですの!?・・・とにかく、見つかった訳でないのは安心ですわ。全く、嫌になってしまいますわね!?人騒がせですわ!?)
物音を立てないように気を付けながらゆっくりと振り向くと、橋立は一番近くの街灯に視線を向ける。
確かにそこにはカラスらしき黒い塊が見え、紛らわしい事をしてくれたものだと思いながらも、
「只者でない、と言いますと?」
「あの話をしていた時に高台で見つけた“黒猫”が、我々の話を聞いて報告していたとすれば、直接話を聞いていない筈の福田達から警告を受けた理由も説明がつく。だとすれば、昼行性のはずの“カラス”が、こんな深夜に街灯に止まっているのにも注意を払わなければいけないと思わないか?」
(“黒猫”?誰かの事ですの?でも、街灯には本物のカラスがいますし、言葉通り・・・ですの?)
橋立は『黒猫が話を聞いて報告』という、コードネーム等でなければ説明のつかない
「あの高台にいた“黒猫”が・・・。確かにあの話は“黒猫”の前でしかしていませんでしたからね。あの“カラス”にも注意を払うのは当然かもしれませんね。」
「さて、時間が無い。急いで“するが”へ乗り込むぞ。」
「はい、司令。」
(司令?今、
橋立は考えを整理しようとするのだが、
一方で、顔をなるべく電柱の影から出ないよう注意しながら息を潜める。
直後、髪の長い女性の方を向いて歩く、隣の髪の短い第3種夏服姿の女性の顔が街灯に照らされて見えた途端、先程味わったものの数倍の恐怖と、呼吸が困難になるような感覚に同時に襲われる。
2人は橋立に気付かなかったのか、そのまま足早に
橋立はそのままの体勢で硬直したように動かなかったが、しばらくすると支えを徐々に失っていくようにゆっくりと電柱に寄りかかると、そのまま少しずつ体が崩れ落ちていき、その場に座り込んでしまう。
(今、
橋立は寒くもないのに震えが止まらず、それでも
(早く追跡を・・・いえ、とてもこの状態では無理ですわね。それに、厚生棟より先の
そのままの体勢で右耳に手を当てると、霧島を呼び出そうと連絡を試みる。
『霧島将補、聞こえます!?お話がありますの!・・・霧島将補?・・・霧島将補!?起きていらっしゃったら返答願いますでしょうか?』
だが、橋立がいくら呼び掛けても、霧島から返答がない。
そこで他の艦艇達にも呼び掛けるのだが、霧島同様に返答が一切ない。
霧島達に呼び掛ける事で何時もの冷静さ取り戻そうとしたのだが、今の橋立にとってそれは逆効果であった
『霧島将補!?千代田海将!?渦潮将補!?岩代3佐!?遠州1尉!?白瀬さん!?曳船さん達!?誰でも良いのですの!!返事をしてくださいまし!!お願いですの!!』
橋立の懇願も虚しく、彼女の無線に反応する者は誰もいない。
(こんな事・・・今までに起きた事など・・・。明らかな異常ですわ・・・。ここで・・・横須賀で・・・何が起きようとしているのでしょう?・・・
今までに経験した事のない出来事の連続に、橋立はただ混乱する事しか出来なかった。
「あれ?橋だ・・・」
「ひうっ!・・・う・・・」
想定もしていなかった、背後からの突然の声掛けに橋立は、今までの事も相まってなのか、本人にとってとてつもない衝撃を受けたようで、気絶してしまう。
「うわあ!橋立君!僕だよ!白瀬だよ!!しっかりしたまえ!!」
座り込んでいたために、後ろにいた白瀬の方に上半身が倒れ込むのがゆっくりとしていたおかげで駆けつけるのが間に合い、地面に体を打ち付けるような事はなかった。
「困ったねぇ・・・」
白瀬は気絶している橋立を見ながら困り顔をしているのだが、何かに気がつくと、軽くこめかみを押さえる。
「早く目を覚ましてもらわないと。僕も、こんな事してる場合じゃあないんだよねぇ・・・」
白瀬は体を少し後ろにひくと両膝を地面に着け、自分の太腿に橋立の頭を乗せて数回頬を叩く。
「橋立君?橋立君!?こんな所で寝ていたら、風邪を引いてしまうんだよねぇ!?」
「白瀬・・・さん?」
「良かった!気がついたんだねぇ!?さっきはびっくりしてしまったよ?急に気を失ってしまったんだからねぇ。何か、あったのかねぇ?」
橋立は意識がはっきりしないのか、焦点のあっていないような目で白瀬の話を聞いている。
「橋立君?本当に、大丈夫・・・なのかねぇ?」
「・・・カラス・・・そうですわ!?カラスですの!!」
「カラス!?夜中にカラスって・・・橋立君!?」
何かを思い出したのか、橋立は叫ぶように大声を出すと体を反転させ、這いずって白瀬に迫る。
白瀬はたじろぎながら橋立と向かい合うように後ろ向きで後ずさりしながら逃げようとするが、地面に着けた左手が草のようなもので滑ってしまい、仰向けになってしまう。
再び逃げようとした時には既に手遅れで、興奮状態になった橋立に両手首を掴まれて、腰の辺りで馬乗りをされてしまい立ち上がれなくなってしまった。
「お、お、落ち着きたまえ橋立君!?い、今はカラスの事よりも橋立く・・・」
なんとか橋立から逃げようと、自分の手首を引いたり、逆に押したり捻ったりしているが、我を忘れているような彼女から受ける力は凄まじく、白瀬は逃げようがなかった。
「そうですの白瀬さん!!カラスですの!!さっき、そこの街灯にカラスがいて、
「橋立君?」
白瀬は笑顔を無理矢理に浮かべて、少しでも橋立を落ち着かせようと試みるが失敗してしまう。
「何ですの!?もしかしたら自衛官さんではないのかもしれませんのよ!?急ぎませんと!!」
「少し、君は落ち着いた方が良いんだよねぇ?」
先程よりも白瀬の声は気持ち低くなっているが、極限の緊張状態から解放された橋立に気付けと言うのも、それは酷であると言える。
また、やっと報告出来たのが普段から話しをやすい白瀬であった事も橋立にとって災いしたと言える。
「白瀬さん!?何か起きてからでは遅いのですのよ!?見逃せとでも言うおつもりですの!?」
「橋立君?とにかく、一旦、落ち着こうねぇ?」
「ですが白瀬さん!!?何か起きたら!取り返しのつかない事があったらどうするんですの!!?」
「・・・橋立君・・・落ち着こうじゃあないかねぇ?」
「お願いいたしますの!連絡が出来るようなら、霧島将補に・・・」
「橋立君!!落ち着きたまえと言ってるのが、聞こえないのかねぇ!!?」
大声に我を取り戻したような橋立は、白瀬の両手首を掴んで馬乗りになっている事にようやく気づく。
「橋立君?君は僕よりも先輩じゃあないのかねぇ?」
白瀬はいつもの笑顔を浮かべてそう言うと、両手をどけて欲しいと優しい口調で橋立にお願いをする。
「
両手首を離した橋立は、白瀬の横の地面に跪くと白瀬を助け起こす。
「君だって海上自衛隊で迎賓をする船ではあっても、一般の船と何にも変わらず、動けばお腹も減るし、ぶつかってしまったら傷も付くんだよねぇ?そんな君だからこそ、パニックになるのも分かるんだよねぇ。でも、僕も君とは変わらないから、他の船の事はあんまり言えないねぇ。」
立ち上がった白瀬は、そう言うと背中に着いた土を軽く手で払う。
橋立はと言うと申し訳無さそうにしていたのだが、何か疑問でも生じたのか、小首を小さく傾げる。
「君もあの大災害で司令官になったことがあるんだよねぇ?あの時を思い出すのは辛いかもしれないけど、常に冷静になって、状況の把握と分析をし、行動の計画立案と実行をしなければ、君だけじゃなく、君の部下も危険な目に遭ってしまうからねぇ?」
しかし、白瀬が話を続けた事で、橋立の思考が中断される。
「申し訳ありませんでしたわ。白瀬さんのお話、肝に銘じさせていただきます。それと、せっかくのお話に水を差すようですけれども、
「えっ!?そうだった
「何と間違ったか分かりませんけれども、
橋立は一呼吸おくと、改めて1から説明する事にしたが、白瀬は待ったを掛ける。
「橋立君、ここじゃあ話がしにくいから、君のところに行っても大丈夫かねぇ?」
白瀬の明るい言葉に、橋立は暗い表情をすると先程から空間移動が出来なくなった事と、誰とも無線が通じなくなっている事を説明する。
白瀬もこの話を聞いて自艦に戻ろうとするのだが、橋立同様に戻れなくなっていると同時に、無線も目の前の橋立とさえも通じなくなっていると伝える。
そこでY2バースの霧島に報告へ行く事を橋立は提案したのだが、白瀬はそれよりも橋立の体調が心配だとして、やや強引に“はしだて”へと引っ張っていく。
その最中、橋立は白瀬へ自分に起きた事を話して、白瀬はそれについての疑問を返したりしていた。
“はしだて”が停泊している桟橋であるYP-1Sに到着すると、そのまま足早にラッタルを登り、舷門当直に挨拶しながら乗るとすぐに私室へと直行する。
「橋立君は・・・やっぱり疲れていると思うんだよねぇ?」
「何を仰いますの?
ベッドに座った2人は、顔を互いの方へと向ける。
「君は自衛隊で唯一、迎賓が専門に出来る船なんだよねぇ。しかも、偉い方々や諸外国の方々もここに来るんだから、君にかかるプレッシャーは、僕以上だろうと・・・思うんだよねぇ・・・」
「白瀬さん・・・」
橋立と白瀬の間に訪れた沈黙。
この沈黙に空間が支配された時、橋立は何かが気になりだした。
(何故でしょう?先程白瀬さんと会ってからずっと、いつもは感じない・・・何と言いましょう?
白瀬が日本を離れている期間がいくら長いとはいえ、彼女が帰ってきて雰囲気が変わっているといった事はほとんど無く、逆に言えば先程
(もどかしいですわね・・・。違和感はあるのに、その正体が見えそうで見えないですわね・・・。)
橋立は気付かないうちに白瀬を見つめてしまっていたようで、白瀬は橋立から気恥ずかしそうに視線を逸らす。
(えっ?また違和感?何故、違和感を
自分の意思とは関係なくどこからともなく湧き上がってくる違和感に、戸惑いが隠せなくなる。
「橋立君?さっきの
「えっ?ええ、そうですの。」
咄嗟に誤魔化してしまった事に、橋立は少しだけ白瀬に対して罪悪感を感じてしまう。
「砕氷船である僕の立場でも、人間の自衛官君を駿河君の所に行くのを阻止できるような嘘なんて思いつかないんだよねぇ?」
橋立は驚いたような表情を浮かべると、右手で口元を急いで隠す。
「橋立君?なにかあったのかねぇ?」
「・・・ええ。ございましたの。白瀬さん?」
「具体的には何があったのかねぇ?」
「先程から感じていた、“違和感”の正体が何となく見てきたのですのよ?白瀬さん?」
「“違和感”?違和感って、どういう事かねぇ?」
橋立は突然表情を険しくして立ち上がると、白瀬に対して正面を向き、厳しい視線を座っている白瀬へと向ける。
「大変申し訳ありませんけれども、『あなたの立場』を仰っていただけます?白瀬さん?」
「立場?うん、別に構わないけども。でも今更確認なんて・・・」
「前置きはよろしいですので、すぐにお願いいたしますの。」
橋立の表情は先程と変わらず厳しいが、それに加えて言葉の端々に
そして視線はというと、一見白瀬に向けているように見えるが、その後ろにある個人用のロッカーに、さり気なく向けられている。
この個人用ロッカーは縦長で、制服もハンガーに掛けたまま保管が出来るが、それでも余裕がある位に高さがある。
「な、なんか怖いねぇ?分かったよ橋立君。僕の立場は砕氷船の“しらせ”で、普段は横須賀の・・・」
「そこまでで結構ですわ。質問を追加でもう2つ程。私達の今いる桟橋はなんと言いましたかしら?それと、白瀬さんの所属はどちらでしょう?」
橋立は静かに白瀬の言葉を遮ると、ポケットからロッカーの鍵を取り出す。
「橋立君?どうしたのかねぇ?さっきから急に怖くなったように感じたんだけどねぇ?まるで、尋問のようだねぇ?」
白瀬の様子も一見すると普段通りのようだが、その額には汗をうっすらとかいている。
「こんな単純な問題にも、白瀬さんは即答出来ないと言うことで、よろしいですわね?」
「そ、そんな事は無いけれども、いやあ何というか、あまり今は関係なさそうな話だから驚いてるだけでねぇ?べ、別に、桟橋の事なんて・・・」
「知らなくても良いと?おかしいですわね?我々艦魂にとって桟橋の名前はとても重要ですし、我々艦魂はそれを即答出来なければいけませんのよ?ご存知な筈・・・ですわよね?」
橋立はロッカーに近付いて鍵を開けると、制服と制服の隙間に右手を差し入れて手探りで細長い布の袋を探し出し、その布のいつもの感触を確認すると躊躇なく掴み上げる。
(仕方ありませんけれども・・・今はいざという時。・・・後で騒ぎが露見したならば・・・艇長へ謝罪しなければいけませんわね・・・)
1度目を瞑って“はしだて”艇長へ詫びを心の中ですると、左手を添えて自分の方へ引き寄せ、意を決して白瀬の方へ回れ右をする。
白瀬はその様子が儀仗隊等が式典で行うような、格式張ったような振り向き方に驚き、次いで橋立が恭しく持っている、上が細く、下に向かうにつれて太くなっている袋を見て更なる驚きに口を大きく開けたままになってしまう。
「白瀬さん?これが何か、確かご存知でしたわよね?早くお答えいただけますかしら?」
普段から訓練で使用していて、馴染みのある重さである筈なのだが、このような状況で掴み上げた細長い布袋は、普段よりもずっしりと重く感じる。
「は、橋立君!その形は、ま、ま、まさか・・・まさか!!や、止めたまえ!!何を考えているのかねぇ!!?そんな物を持ち出すなんて、船長にばれたらどうするつもりかねぇ!?」
「何を?そうですわね?気になった事が幾つも御座いましたので、いぶり出しをして差し上げようと思いましたの。・・・それに、白瀬さんの言う『
白瀬はその言葉に、橋立の右手に握られたそれが何かを確信したのか、座っていたベッドから急いで立ち上がりかけたのだが、足をもつれさせると床に転んでしまう。
「あいたた・・・って!橋立君!!何を考えているんだい!!?自衛官に見つかったら大騒ぎになってしまうじゃないか!!早くロッカーに仕舞いたまえ!!早く!!」
白瀬は右手を橋立に向けて、まるで命乞いをするかのように橋立を説得し続ける。
「・・・分かってるのかい!?このままだと橋立の立場も悪くなるんだ!?今なら僕も船長の所に行って、一緒に頭を下げてあげるから!?だから早くその
橋立は布袋を掴んだまま白瀬の話を聞いていたのだが、突然下を向くと体を小さく震わせ始める。
「は、橋立・・・君?急に・・・」
「・・・ですわね。」
「えっ?今、なんて言ったのかねぇ?」
白瀬が聞き返すと同時に橋立の体の震えが止まり、上げた顔の表情は怒りの感情しか読み取れない。
「仕方ありませんわね。もう一度言いますので良く聞いてくださいまし?」
橋立はそう言うと一旦一呼吸置き、白瀬を睨み付けながら続ける。
「『
白瀬は滑稽と言われた理由が理解出来ず、その場で固まったように動けなくなってしまう。
「滑稽?な、なら、どうしてそんな表情と雰囲気なのかねぇ?滑稽だというのなら、笑った方が良いんだよねぇ?ほ、ほら、にこって、ねぇ?橋立君!?は、橋立君!頼むから今すぐその小銃をしまいたまえ!!」
橋立は袋の上の方から無言でファスナーをもったい付けるように降ろしていく。
「止せ!橋立!!本当に大騒ぎになってしまうよ!?」
「滑稽なのも当然ですわ。
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