第05話 盾と女神の邂逅3

 時刻は0012、所謂『北方転地護衛艦隊』旗艦である、いずも型ヘリコプター搭載護衛艦『DDH186 とさ』多目的区画。

 本来この時間には、演習でもない限り人の気配は無いはずであったが、ざっと20~30名位はいるだろう雰囲気があり、その中心には、『とさ』の艦魂である土佐3佐と、あたご型イージス護衛艦『DDG179 いわみ』の艦魂である石見3佐が困惑した表情で、今目の前に広がる光景を見ている。

 「土佐3佐に緊急だって呼ばれたから来てみたけど・・・どういう事なの?これ?」

 困った表情の中にも、やや他人事のような雰囲気もだしている石見。土佐は、隣の石見を横目で見ると、大きくため息をつく。

 「どうもこうもありません。見たままです。私にも事情がわからないので、お休み中申し訳ないと思いつつ、石見3佐をお呼びしたんです。」

 石見は口元に右の人差し指を当てながら、考えてはいるのだが、到着時に聞いた内容も含めて、目の前の光景が信じられないでいる。

 「土佐3佐?」

 何かを思いついたような顔で、土佐の顔を覗き込む。

 「何でしょうか?石見3佐?」

 「これ、きっと夢なんだと思うの。だから自分のところに戻るわね?」

 満面の笑顔でそう言うと、自分のところに戻ろうとする石見だが、土佐は逃すまいとして石見の両肩を強くつかむと、自分の方に向ける。

 「夢だと仰るなら、その両頬がどこまで伸びるかやってみましょうか?」

 石見の頬を摘まみ、軽く引っ張る無表情の土佐。

 「ふぉふぇんふぁさひ(ごめんなさい)」

 現実逃避に失敗し、若干涙目になりながら許しをう石見。

 そんなやりとりをしていると、艦内通路からバタバタと駆ける様な足音が複数聞こえる。

 一瞬身構える石見だったが、土佐が右手で制する。

 その直後、2人の女性自衛官が慌ただしく飛び込んでくる。

 「土佐!た、大変なんだよ!私の・・・って!誰!!?」

 「夕立2佐!どうし・・・何これ!?土佐3佐、これは一体・・・!?」

 先に入室した、むらさめ型護衛艦『DD103 ゆうだち』の艦魂である夕立2佐と、次に入室したあきづき型護衛艦『DD116 てるづき』の艦魂である照月3尉が、多目的区画の光景を目撃し驚いている。

 それもそうである。区画に並べられた椅子には、子供が座っており、それも海上自衛隊では普段見ることのない、陸上自衛隊の迷彩服3型を着用している。そして場所が、護衛艦『とさ』の多目的区画で目撃したのだから、余計に驚く光景となっている。

 「その慌てようからすると、お二方も同じ様な事がおきたと思われますが、間違いありませんか?」

 驚いたままの2人に訪ねる土佐。慌てて答えようとするも、夕立と照月が同時に喋ろうとして、2人はますますパニックに陥っていく。

 「落ち着いて、2人とも。まず夕立2佐からお願いしますね。」

 「石見は相変わらず、って大変なんだよ!SHでこの子達みたいな子を見つけたんだよ!!そう、そこの子とそっくりでさ!」

 夕立は壁際で立っている、陸自のOD色より明るい感じの緑のつなぎの服を着て、両手でヘルメットを持つ子供を指差す。

 その左胸には金色の航空機搭乗員徽章ウイングマークが輝いている。つまりこの子達が着ているつなぎの服は、パイロットスーツと言うことになる。

 一見、航空自衛隊のパイロットにも見えるが、その徽章をよくよく見ると、両翼の中央に桜と錨が存在感を放っている。つまり、空自ではなく海自の所属である証である。

 そのパイロットスーツを着ている数人のうちの一人の男の子が、他の子が止めるのも聞かず、夕立の元に歩み寄っていく。眉はつり上がり、誰の目にも怒っているのは明らかである。

 「いきなり相手に向かって、そこの子とか指さすなんて失礼じゃないか!僕は第21航空群第23航空隊第231飛行隊所属のコールサイン“MAIZURU”って言えばわかるでしょ!SH-60Kだよ!夕立さんの所にも行ってるんだからね!僕の仲間が!!」

 夕立の足元から見上げるSH-60K。ここまで怒りを露わにするSHに、たじろぐしかない夕立。

 「わ、わかったよ、悪かったって。謝るから、許して?」

 そう言いながらしゃがんだ夕立は、両手を合わせ頭を軽く下げて上げると、後ろから来たパイロットスーツの男の子と女の子が怒っていたSHを引きずっていくところだった。

 呆気にとられる夕立達だったが、照月の「これ、どういう事なんですか?」の声に、土佐が反応する。

 「0004頃に突然、格納庫で声が聞こえたと思ったら、陸自の彼らがいたんです。飛行隊の彼等は、石見3佐を呼んだ後なので、確か0006か7頃だったと思います。陸自の子も含めて、気がついたらここにいたと言っています。原因については全くの不明です。」

 土佐の報告を聞き終わると、「照月3尉もなのかしら?」と問う石見。

 照月は、まだもめているSH達をちらりと見ると、石見に向き直る。

 「はい、私の所も同じでSHと自分で名乗っていました。」

 石見はそれを聞くと、目を閉じ腕組みをして何事かを考え始める。しばらく同じ姿勢だったが目を開くと、「ごめんなさい、すぐここに戻ってくるけど、良いわね?」と3人を見渡す。

 「もしかしたら、ご自分の所の確認ですか?石見3佐?」との照月の問い掛けに「ええ。」と短く答え、そのまま早足で多目的区画から出て行く石見。

 「それにしても、土佐の所は面白いなぁ。夕方、こっそり見に来たときは、普通の陸上自衛官がここにいたのに、夜になったら子供の陸自とSHのおまけ付きだもんなぁ。」

 と、本人はボソッとつぶやいたつもりだったのだろうが、土佐と照月にも聞こえている。

 そして、先程まで仲間相手に暴れていたSHが突然動きを止め、夕立を先ほどより強い眼光で睨みつける。

 「夕立さん!僕達はおまけなんかじゃない!!護衛艦のヘリシステム土佐ここでは主力何だぞ!!夕立さんなんか、対地戦の訓練で僕らが飛んで弾着観測しなきゃ、まともに的に当てられない癖に!おまけ扱いするな!!」

 最初よりもヒートアップするSH。両脇のSHは慌ててそれぞれ腕を取り、押さえ込もうとする。

 一方の夕立も海外での教練対地戦において、なかなかの成績に終わったらしいのだが、目標を数発外したらしく、それを指摘されたため、彼女の額にも青筋が浮かんでいるように見える。

 「なん・・・だとぉ!!お前がちゃんと指示してれば、百発百中だったんだぞ!!それを曖昧な指示をするから一発外れたんじゃないか!」

 今にもSHに殴りかかりそうになる夕立を、ぎりぎりの所で止める照月。後ろに引きずろうと必死になっている。

 「曖昧だと!?こっちはきちんと座標指定したじゃないか!!そっちが外したのを俺のせいにするな!!」

 いつの間にかSHの一人称が変化しており、完全に頭に血が登りきっているようだ。

 しかも2人の会話の内容から、当事者同士のようである。

 「と、土佐3佐ぁー!結構ぎりぎりです!うわぁ!!え、援護要請します!」

 夕立と照月の力が拮抗しているのか、照月が少し引っ張れば、その分前に出る照月。

 「夕立2佐、SHー60K、二人ともいい加減になさい。止めないのなら、海に落とします。これは警告であり、次は実力に出ます。」

 土佐はいつものしゃべり方ではあるが、普段より少し低めの声で、2人に警告を発する。照月と周囲にいた陸自の子達は、土佐の声に心の底から怯えている。

 陸自の子達はともかく、照月は事あるごとに土佐と食事をとったりして、コミュニケーションをとっているが、ここまで怒った土佐を見たことがない。

 そして警告を出された2人はというと、血が登りきっていて土佐の言葉が耳に入っておらず、まだ舌戦を繰り広げている。

 土佐は少し間をおいて、まず夕立の襟首をつかんでから「夕立2佐は私に任せて、照月3尉はSHの彼を拘束して下さい。」と静かに言い放つ。

 照月は微かに震えながら挙手敬礼し、SHの子に向かう。

 夕立はここに至って、ようやく自身の置かれた状態に気づき、誰が見ても明らかに引きつった顔を土佐に向ける。

 「土佐・・・?あ、あの、私・・・2佐・・・だよ?」

 「問答無用」

 そう静かに言うと、素早く両脇に腕を回し後ろに引きずる。

 「照月!助けて!土佐が本気なんだけど!!」

 SHを拘束している照月は、呼ばれて顔を向けるが、暗い表情で、そっと顔を背ける。

 「お願いだから許して!」

 その言葉を最後に多目的区画から連れ出される照月。

 沈黙に支配され、時が止まったようになる区画。

 10分ぐらいして土佐が戻ってくると、土下座をしているSH達と心配そうな顔で駆け寄ってくる照月が目に入る。

 「夕立2佐は・・・」

 土佐は照月の耳元でそっと何事かを囁くと、当該のSHを立たせて抱き上げ連れ出す。

 背後からは「連帯責任ですから私達も!!」と口々に聞こえ、照月が必死に行かないように説得しているのも聞こえる。

 前部艦橋から飛行甲板に出る扉の前に到着すると、大人しくなったSHを降ろし扉を開ける。

 俯いていたSHが顔を上げると、2重扉の間の前室のようになった所に、正座している夕立の姿があった。

 海に落とされていると思い込んでいたSHは驚いて土佐を見上げる。

 「しばらくそこで反省していて下さい。戻ってきてまだ続いてるようなら、日本海でしっかり頭を冷やしてもらいます。」

 こくこくとうなずくSHと夕立。

 「所で夕立2佐、椅子でもお持ちしますか?私はそこでの正座を要求はしてはいないですよ?」

 土佐の言葉に、「いや、私が勝手にやってることだし、『とさよそ』で騒ぎを起こしたんだ。けじめをつけるよ。申し訳ない。」と、頭を下げる夕立。

 SHは黙って夕立の隣に立つと「僕も、けじめをつけます。」とその場で正座をする。

 「しばらくしたら迎えに来ますので、それまで良く反省して下さい。」

 土佐は多目的区画に向かうとそこには、話し込む石見と照月がいた。

 「ちょうど良いところに。SHの子、私の所にもいたわ。それで気になって岩代3佐の所にも寄ったら、陸自の子やっぱりいたの。それと、長浦3尉の同期で御船3尉って子がいるんだけど、岩代3佐の事・・・見えたらしいの。」

 深刻そうな顔で、自身と岩代の事を報告する石見。土佐は驚いた表情をするが、石見は続ける。

 「岩代3佐は、『もしかするとだけど、他の乗員にも見られる可能性があるからはっきりするまで、極力行動しない方が良い』って言われて、一旦戻ってSHの子隠してきたから遅くなったの。で、戻ってきて照月3尉と話してたの。夕立2佐はどこに?」

 「今すぐ呼びます。」

 土佐は右耳に手を当て、視線を床に落とす。特段何かしているようには見えないのだが、しばらくすると夕立がSHを抱き上げて走ってきた。

 「石見、どういう事だ説明してくれ!?私たちが見えるって、長浦って3尉だけじゃなかったのか!?」

 多目的区画に入るなりSHの子を降ろしながら、石見に事情説明を求める。

 「岩代3佐の所の、御船って子に見られたらしいの。昨日は見られなかったらしいから、今日の日付になってからと言ってたわ。」

 その後続けて夕立にも、照月達と同じ説明する。

 「土佐、ちょっとSHの子隠してくる。照月も行くよ!」

 「わかりました!」

 2人はそのまま走って区画から出る。

 土佐は石見と何事か話すと、SHと陸自の子達を見やり、壁側の大きなディスプレイ画面に向かって行く。そして画面を背にして不動の姿勢をとる。

 陸自の子達はざわつくが、石見の「全員、起立!」の声に反応し立ち上がる。

 「指揮官に敬礼!」

 全員が土佐に向かって10度の敬礼をし、それに答礼する土佐。

 「私は護衛艦DDH186『とさ』艦魂、土佐である。陸上自衛隊並びに第231飛行隊の面々は、現在の状況がわからず、戸惑っていると思われる。我々も情報不足であり、状況は混乱している。よって、私を指揮官とし陸上自衛隊、第231飛行隊を隷下に置く。当面の予定だが、0550まではこの区画で留まり、指示変更が無き場合、陸上自衛隊は大型トラックなどの車両へ乗車し待機、第231飛行隊は自分の機体に乗って待機。それから、私と石見3佐はこれからの事を決定のため、岩代3佐に会ってくる。その間に指揮系統を決めておくように。以上。」

 普段の口調とはわざと変えて、自分の思う指揮官を意識して話す土佐。どっしりと構えているようにも見えるが、石見は土佐の視線が定まっていないことを気にかけ、後で注意しようと思っている。

 石見はもう一度敬礼の号令をかけると解散させた。

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