第04話 盾と女神の邂逅2

 時刻は0003、輸送艦『LST4004 いわしろ』は静寂に包まれていた。

 「海里ちゃん・・・海里ちゃん・・・起きて。起きてってば。お願い。」

 長浦の元に現れた幹部自衛官。何か焦りの様な雰囲気も感じるが、上段で眠る長浦の同僚を起こさないように、小さな声で長浦を揺する。

 「誰・・・ですか?・・・い、いわ!ムグッ!」

 目の前に現れた人物に驚き、大声を出しかけ相手に口をふさがれる。

 「海里ちゃん、静かにね?上の子起きちゃうでしょ?」

 「どうしたんですか、こんな時間に?3佐に起こされるなんて初めてですよ?」

 上半身を少しだけ起こし、眠気眼で相手を見る。

 「ごめんなさいね、海里ちゃん。ついさっきから艦尾の、特にLCACエルキャック辺りの様子がおかしいのよ。はっきりしないんだけど、突然複数の子供のような声が聞こえたのよ。最初、2人かな?と思ったら、急に4~5人位になったの。でも上手くの。こんな事、異常だわ。ありえないのよ。」

 長浦は驚きのあまり大声を出しそうになり、あわてて自分の手で口をふさぐ。

 「3佐が把握出来ない事って・・・相当異常な事ですね。一緒に行きます、ガイドお願いします。」

 「わかったわ。今は・・・下からは無理ね、彼が歩いてるのよ。上からなら・・・大丈夫。ついてきて。」

 3等海佐と長浦は静かに通路に出て、LCACのある艦尾へと急ぎ足で向かう。

 長浦が外へ出た直後、ベッドの上段では上半身を起こし、カーテンの隙間から様子をうかがう、長浦の同期である御船みふね3尉の姿がある。

 彼女もまた、静かにベッドから抜け出すと部屋の外へと出る。

 しばらくして、他の乗員に見つからないよう、遠回りしながら艦尾のウェルドックの手前に到着した2人は、警戒しながら扉を少しだけ開ける。

 「さっきより、はっきりしてきてるわね。あれ?さっきより・・・増えてるかしら?」

 扉の隙間に耳を傾ける2人

 「ごめんなさい、3佐。私には声だとしてもボソボソとしか・・・。あの、本当にしゃべり声なんですか?」

 「海里ちゃんには、声として聞こえないのかしら?それとも遠いから?」

 推測する3佐だったが、ここで議論していてもらちがあかない。

 「ともかく入りましょう。もしも・・・あり得ないですが、子供だったら入った原因を追求しなくちゃですね?」

 長浦は意を決して、微かに開けた扉を自分が入れる分だけ、音がしないように注意しながら、開けていく。

 すると、ボソボソと聞こえた直後、3佐が長浦の肩に手をかけ、小声で話しかける。

 「待って?今、『やせん』って聞こえたわよ?・・・そのままの意味かしら?だとしたら・・・でも・・・」

 3佐は自分の考えと、その言葉を発した幼い感じの声のギャップに、戸惑いを隠せないでいる。

 「えっ?・・・!まさか!夜のいくさの方!?テロ行為かも知れませんよ!ど、どうしよう!なんで、『いわしろ』で?」

 明らかに動揺する長浦は、大声になりそうな自分を押さえ、何とか小声を出す。

 「とにかく、私は07と08の間までこっそり行くわ。海里ちゃんはどうする?万が一に備える?」

 3佐が搭載されているエアクッション艇、所謂、ホバークラフトに付されている艦番号『LCAC2107(艦首側)・2108(艦尾側)』を下二桁で言うと、長浦に待っているかを確認する。

 「私も、行きます。艦長に詳細を報告して判断を仰がないといけないですし、3佐は艦長達には報告出来ませんからね。」

 「そうなのよねぇ、そこが不便なのよ。でも、仕方ないわよね。あっ!海里ちゃんごめん!そこの物陰に御船3尉が・・・」

 積まれた74式特大型トラックを指さす。つられて長浦がその先を見ると、暗くてよく見えないが誰かが1人、トラックのそばで立ち上がっている。

 「海里、その方は・・・誰なの?3佐の様だけど。紹介して。」

 海里に問いかける御船は、近付こうとはしない。声も明らかに警戒感が滲みでている。

 「祥子、えっと、こちらは、岩代3佐です。岩代3佐、彼女は・・・」

 と言ったところで、御船から声がかかる。

 「海里、さっき、岩代3佐が私の名前言ってたよね?私の事、ご存知なんでしょう?岩代3佐?」

 御船は不動の姿勢ではいるが、右手を後ろに隠したままでいる。通常であれば、不動の姿勢で右手を後ろに隠すなど、あってはならない。しかしこの事から、御船は岩代を不審人物と認定している証左ともいえる。

 「ええ、ご存じよ?けど今は、それどころじゃないの。御船3尉、あなたも私達に協力して、LCACエルキャック付近の異変の調査をお願いします。もしかすると、緊急を要し、艦長に報告してもらう可能性があります。」

 「岩代3佐が異変の原因なのでは?海里、その人から離れて!」

 「祥子、ごめん、今説明してる暇ないの。テロかも知れないの!」

 長浦が御船に聞こえる程度に抑えた小声を出した直後、ウェルドックの方からと、御船の後ろの方から子供の声が複数、それも20や30といった数だろうか?3人の方に、向かってくる。

 その声の中に、「あ、岩代がいた!みんな岩代に集まれぇ!」と聞こえてきた。

 すると、騒がしい中それが聞こえたのか、集まってくる気配が強まる。

 3人は突然のことに動けなくなる。特に岩代は恐怖のためか、かすかに震えている。

 「輸送科早く集まれぇ!」

 「施設科!輸送科に負けるな!」

 「特科、集まり遅いよ!みんなに負けちゃうよ!」

 男の子の声が多いようだが、集まってくるのがわかる。そして、遠くの方からは男の子と女の子の声も聞こえてくる。

 「私達が一番遠いんだからぁ!衛生科のみんな!早く早くぅ!」

 「待ってよー!置いてかないでぇー!!」

 「患者さんがいたらどうするのぉ!!待ってくれないよ!」

 この深夜という時間の、『輸送艦いわしろ』においても、であるが、艦艇公開や災害救助など以外で子供の声が聞こえるなど、絶対にあり得ないことである。

 しかし、目の前に現れたのは2~3歳位の迷彩服を来た子供達。

 それも数が多い。聞こえてくる声の雰囲気は子供そのものであるが、内容は、まるで陸上自衛隊に所属しているような物言いである。

 「この子達って・・・陸上・・・自衛隊・・・!?そんなはずは!?」

 「か、海里ちゃん、祥子ちゃん!なんなの、この子達!しかも陸自さんの迷彩服着てるじゃない!本物なの!?防衛省は何考えてるの!?」

 完全に落ち着きを無くし、長浦に抱きついている。

 「岩代3佐落ち着いて!私もパニックしてますけど、防衛省がこんな本格的なコスプレ衣装、売りませんよ!ヘルメットとかも本格的じゃないですか!第一、乗ってくる時、岩代3佐気付かなかったんですよね?普通の子達じゃないですよ!」

 陸上自衛隊に支給される戦闘服、迷彩服3型とも呼ばれる服装をする子供達。

 しかし、統率がとれているようで、広くなっている場所で整然と並んでいる。

 もし本当に2~3歳の子供なら、不動の姿勢でおしゃべりもせず並ぶなど、保育士が見たらこの異様な光景に絶句するだろう。

 そして、岩代と長浦の後ろから来た2人の子供。この子達は迷彩服ではなく、岩代たちに馴染みのある、曹士が着る青色の作業服を着ているが、その服に階級章は着いていない。

 「岩代~、皆集まったよ?」

 「まって、衛生科がまだだよ!」

 「い、今つきました!!衛生科はこっち!早く早く!!」

 肩で息をする衛生科と呼ばれた子供達。その左腕には腕章が着いており、白地に赤十字が描かれている。

 御船は衛生科の列に並ぶ男の子のそばにしゃがみ、その服装を何かを見極めるように見る。その視線は左胸で止まる。

 海上自衛隊では見ないデザインの衛生科の徽章。アスクレピオスの杖に巻き付く2匹の蛇、そして、後ろ側には桜。

 紛れもなく陸上自衛隊衛生科のものである。

 その衛生徽章をつけている御船に見られている男の子が、おずおずと声をかける。

 「あの・・・お姉さんは、その、武器科ですか?」

 「えっ?私?私は船務科よ?通信士っていうんだけど。なんで武器科だと思ったの?」

 「それ、持ってるから、整備中だったのかな?って思いました。邪魔をしたのなら謝ろうと・・・」

 御船の右手に持っている物を指さす衛生科の男の子。それを見て、岩代と長浦も手元を見ると、しっかりと450mmのモンキーレンチが握られている。

 男の子の言う武器科とは陸上自衛隊の職種で、他の科にも自動車整備士はいるのだが、武器科にはそれ専門に扱う部署がある。

 「ねぇ、祥子!それ、機関科から持ってきたの!?勇気あるわね!」

 右手で指差し、左手で口元を押さえる長浦。

 「し、仕方ないでしょ!海里が、見たことない不審な左官と、こんな夜中にどこか行っちゃうから、じ、自衛の為だよ!も、戻してくるから黙っててよ!絶対だからね!!」

 慌てて、走り出す御船。その背中を見る2人だったが、岩代はやや厳しい顔つきをしている。

 「海里ちゃん、バタバタしてて今気づいたんだけど、祥子ちゃん、私と話してた・・・わよね?彼女も海里ちゃんと同じなの?」

 腕組みをしたまま、問いかける。はっとした顔をする、長浦。

 「い、いえ・・・そ、それはないと思います。昨日私とすれ違う前に祥子ともすれ違ってますよね?もしその時見えてるなら、敬礼するか、脇に避けてますよ?」

 「そうなのよ。あれは普通に見えていなかった反応なのよ。今の『いわしろ』で私が見えるのは海里ちゃんと陸自施設科の陸斗君だけ・・・のはずだったのよね?」

 「一体、いつから祥子は・・・」

 「今わかっているのは、私が海里ちゃんを起こしに行ったあの時は、見えていたってことね」

 2人が思案顔をしていると、岩代の濃紺の作業服のズボンを引っ張る海曹士の子が2人を見上げている。

 よく見るとプラスチックの名札をつけていて、上段の所属に『第1エアクッション艇隊』、下段の名前に『LCAC2107』と書かれている。

 「ねぇねぇ、岩代~?いつまで待たせるの~?皆、岩代の挨拶待ってるよ~?それに、岩代になれてない子達、顔が青いよ~?」

 岩代は、慌てて集まった面々を見て、時間がかかるからと一旦解散させると共に、その間に各科で代表を決めてもらうように要請した。

 また衛生科の面々を呼び、船酔いに対処するよう命令の様な形でお願いをしている。

 そうこうしているうちに御船が戻ってきており、岩代と長浦の元に歩いてくる。

 途中で、横にされて衛生科の女の子に手当を受けている男の子を見ながら、何があったのかを長浦に聞いている。

 端的に現状を説明すると、本題を切り出す長浦。

 「ねぇ祥子、昨日岩代3佐とすれ違った時、気付かなかった?」

 「昨日すれ違ってたの!?見てないよ!だいたい、昨日見てたら、あんな事しないでしょ!?」

 「祥子ちゃん、その前は?」

 「その前も何も、お会いしたのは今日が初めてですよ?岩代3佐はFTGの方・・・では無いですよね?」

 FTGとは『Fleet Training Group』の頭文字である。海上訓練指導隊群の事で、航空自衛隊なら『飛行教導群』別称アグレッサー部隊、陸上自衛隊で言えば『富士教導団』や『高射教導隊』等に相当する。

 名前の通り、護衛艦や輸送艦などに乗り、操艦や緊急時の対処などを訓練し指導する部隊である。

 ただし1人で乗ってくる、ということはない。各科の動きをチェックするため約30名近くが乗りこんでくる。

 「自己紹介した方が良さそうね?私は、海上自衛隊第1輸送隊所属の岩代と言います。よろしくね、『輸送艦いわしろ』船務科通信士の御船祥子3尉?」

 「えっ?第1輸送隊の所属?それに、この艦と同じ名前の方?どういう事?」

 疑問符を浮かべているような表情をする御船。

 「もしかして今気がついたの!?祥子、ちょっと鈍くない?」

 若干、からかいが含まれているような言い方をする長浦。その声に、子供のように頬を膨らませ、怒った表情で言い返す御船。

 「そう言われても、こっちも気が動転してたんだから、そんな事言わないでよ!それより、海里!ずいぶん親しそうだけど、いつから知り合ったの!?」

 「配属されて1ヶ月は経ってなかったかな?ですよね、岩代3佐?」

 「そうね、いまだに覚えてるわよ。海里ちゃんにびっくりさせられたのを!」

 岩代もやや怒ったような表情を海里に向けるが、すぐに「冗談よ。」と微笑む。

 そして、御船に向き直ると、自身の説明を始める。

 「私はこの『輸送艦いわしろ』の、意識と言うか、意思と言うか、そういうものなのよ。艦魂かんこんとか船魂ふなだまとかの方がわかりやすいかしら?」

 そう言うと岩代は、いつの間にか用意していたパイプ椅子を2人に渡し、自分も広げて先に座る。

 「それって・・・もしかして・・・」

 顔色が曇る御船に、いやな予感がした長浦。注意しようと口を開くより先に、御船の方が先に口を開く。

 「幽霊って事ですか?」

 長浦は御船を止めようとしたが間に合わず、慌てて岩代を見ると、にこやかに笑いながら怒気を放つという、器用な事をやっている。

 その怒気は長浦、御船両名のみならず、周辺にいた陸自の子供達をも怯えさせる事になったが、幸いにして泣くことはなかった。

 しかしそんな中、平然とした顔で岩代に近づいて来る子達がいる。

 「ねぇねぇ、岩代~?みんな怯えてるよ~?やめたげて?ね?」

 「そうだよ~岩代~?お姉ちゃんの言う通り、やめたげて?ね?」

 LCAC2107と2108である。2人は座っている岩代の右足と左足にすがりつき、懇願している。

 岩代はLCACの2人の頭を同時に撫でると、御船の方を向き、「私、幽霊じゃないからね?気をつけてちょうだいね、?」

 わざわざ、御船をフルネームかつ正式の階級で呼び、その部分にアクセントを強めにおく。

 御船は、震える声で「い、以後・・・き、気をつけます!」とその場で立ち上がり、不動の姿勢をとる。


 突如『いわしろ』で始まった異変


 ここだけに止まらないことを彼女たちが知るのは、この約30分後になる

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