第06話 盾と女神の邂逅4
時刻は0048、『輸送艦いわしろ』の多目的区画には五人の艦魂達、
「海里・・・なんかさぁ、艦魂?の方々だけだと、まだ、少しは現実感あるんだけど・・・。」
「祥子も?私も岩代3佐なら、いつも会ってるからなんとも思わないんだけど・・・」
2人して艦魂達の輪の中にいるLCAC姉妹を見て、複雑な気持ちになっている。子供と言って良いのかはわからないが、小さい子と普段接するような機会が無いため、見た目も雰囲気も幼いLCACに、どう接して良いのかわからないでいるからだ。
すると、姉妹は二人のそんな視線に気付いたのか、そばまで来ると、長浦と御船を見上げる。
「ねぇねぇ長浦~、どうしたの~?」と疑問を感じた様子の
長浦は07の正面でしゃがんで目線をあわせるが、なにやら口ごもる
「え?・・・えっとねぇ・・・うんとねぇ・・・どう言ったらいいかな、祥子?」
御船を見上げる長浦は、助けを求めているが、「それぐらい、自分で考えなよ!」の一言で一蹴される。
一方の北方転地護衛艦隊の面々。最初は五人で話していたが、5分ほど前から岩代と土佐、夕立と石見に照月の二組に別れて話し込んでいる。
特に岩代と土佐からは深刻な雰囲気が漂い、時々聞こえる「彼ら」や「この後は」と言った単語から、恐らく陸自の子供達について相談しているようである。
「ところで海里は、この事態をどう見てるの?」
長浦のそばにしゃがみ、08の頭を優しくなでる御船。
「ん~・・・色々あるんだけど、まず陸自の子供達がどこから乗ってきたのかってとこからじゃない?本人達は気づいたらって言ってるけど。それと、今までどうして
07をそばに寄せ、抱き締めながら頭をなでる長浦。07はそれに対し、嬉しそうな顔で目を閉じている。08はそれを見て、少し羨ましそうにしているが、御船も長浦も現状の整理を優先しているため、気がついていない。
「私は、何から何まで違和感が全力で仕事中で、頭がまわってないよ。だいたい、なんで今まで岩代3佐を、海里だけにしか見えてなかったの?」
「そんなの知らないよ。5歳位から見えてて、艦魂の方々への違和感が休業中なんだから。流石にLCACちゃんと陸自の子には違和感あるけどね。」
抱き締められている07は、長浦をキョトンとした顔で覗き込む。
「ねぇねぇ長浦~?私達、見えてなかったの~?」
「なかったの~?」
08も07に続いて、不思議そうな顔を御船に向ける。
「ごめんね、えっと・・・07ちゃんで良いのかな?岩代3佐とは会ってたんだけど、07ちゃん達の事は今まで見えなかったんだ。」
申し訳なさそうな顔で07に謝罪する長浦。それを見た御船は08に向く。
「御船もなの~?」
「私は・・・と言うかこの艦の人達は、海里を除いて、岩代3佐達も08・・・ちゃん?達も、ここにいるって知らなかったと思うんだよ。ごめんね。」
軽く頭を下げた御船の、08に向ける目は優しさに溢れ、母親が子供を見るときのような目にも見える。
「御船~、これからよろしく!ね?」
「えっ?うん!よろしく、08ちゃん!」
手を差し出す08に御船は応じて、握手する。
「長浦~、私もこれからよろしく!ね?」
07も08に合わせて長浦に手を差し出し、握手を求める。抱き締めるのをやめた長浦は、その求めに応じて握手する。
「07ちゃん、08ちゃんもだけど2人共、よろしくね!」
和気
「ごめんなさいね、仲良くなったところなのに邪魔しちゃって。4人に手伝ってもらいたいことがあるのよ。お願い出来るかしら?」
LCAC姉妹に対して、多目的区画に呼ぶ陸自の子供達を土佐達と一緒に誘導し待機する事、長浦と御船に対しては岩代と共に、ある場所へ一緒に行く事をお願いされる。
「行くのは良いんですが・・・、ねえ祥子、これって服務違反になるかな?そこが気になるんだけど。」
顎に手を当て、どうするかを考え込む長浦。
「今更じゃないかな?大体、ここにいることがバレたら、一緒じゃない?私は報告する必要もあるから、岩代3佐にお手間をとらせるより、一緒に行って報告したほうが良いと思うけど?岩代3佐、行きましょうか?」
出入り口に向かうと、岩代を促す御船。岩代は「そうねぇ、行きましょうか?」と、一度長浦を見やると歩き出そうとする。
「あ、岩代3佐!置いて行かないで下さいよ。それから、祥子!あんなに戸惑ってたのは演技だったの?岩代3佐達、最初から見えてたんでしょ!」
御船には、最初の艦魂達との接触から戸惑っていたはずの雰囲気も無く、行くことを決めた御船に疑問を感じて、言葉を投げかける長浦。
「そうなの?祥子ちゃん?」
背後から突然、剣呑な雰囲気が漂ってくるのを感じ、御船は足を止める。振り向こうとはするのだが、背後の雰囲気は、それをさせようとはしていない。
御船はなんとかその雰囲気に抗うと、岩代に向き直る。
「そ、それは誤解です、岩代3佐!海里も何言ってるの!?岩代3佐からの
御船の言うことは一理ある。確かに艦魂とはいえ、岩代の階級は3等海佐であり、
「そっか、私のことを考えてだったのね?ありがとう、御船3尉。あれは命令じゃなくて、本当にお願いだったのよね。それにね・・・」
背後の剣呑な雰囲気はなくなり、優しく声をかけられた御船。ホッとするのも束の間、続く岩代の言葉と行動に凍りつく。
「
正面にいたはずの岩代が突然消え、御船の背後にある扉から入ってきたのである。
「ひっ!!」
短く叫んで背後を振り返ると、岩代から距離を置こうと一歩下がる。よくよく見ていると御船の体が震えているのがわかり、恐怖に支配されている様子が、長浦にも手に取るようにわかる。
「祥子、落ち着いて!大丈夫だから!一回深呼吸しよ?」
御船に駆け寄り、両肩に手を置いて落ち着くよう促す。
「あぁ!もう!・・・もし、ここの全員に見られるのが当たってるのなら、あと何回このやりとりしなきゃいけないのかしら・・・泣きたいわね、ほんと・・・」
嘆いてうなだれた岩代であるが、自身のした行動は幽霊のそれと何ら変わらない事に、当の本人は全く気がついていない。
今後の事を思い、憂鬱な気分になっていく岩代。しかし、やる事はやらなければと重い足取りのまま、ある場所へと向かう。その後ろを長浦が御船を支えながら続く。
しばらく時間が経ち、陸上自衛隊の子達と岩代以外の艦魂達は多目的区画に待機している。
石見が夕立達と、今後どうするかを話し合っていると、1人の女の子が歩いてくる。照月のそばで立ち止まると、肘を横にはる挙手敬礼をし、4人はそれに対して、少し戸惑いながら、海自式の敬礼で答礼する。
「あの、岩代3佐はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
女の子から質問を受けると、照月は土佐を見る。
すると、〈私が受けます〉と言うように土佐が頷いた為、一歩左後ろに下がって場所を空け、手でその場所を示してから、「どうぞ」と声をかける照月。
促された女の子は、2歩前に進み出て不動の姿勢をとる。
「今、岩代は所用で席を外しているので、私が代わりに伺います。ご挨拶遅れましたが、私は土佐と言いまして3佐です。よろしくお願いします。」
土佐は端的に自己紹介すると、作業帽を脱いで軽く頭を下げる。
「私は中部方面隊第13旅団第13特科隊の代表になりました、第1中隊所属のFH-
FHー70〔155mm
自走とは付いていないが、自力で動くための補助動力装置(APU)が載せてあり、時速16km程で移動できる。
速度や長距離移動が求められる場合は、中砲
なお中砲牽引車は、74式特大型トラックをベースにしてクレーン等がつけられている。
「FH-70さんですね?よろしくお願いします。ところで、陸自さんの階級章は私達にはわかりませんが、それでわかるのでは?」
土佐は、自分の肩に着いている乙階級章を指差す。
「土佐3佐、ご説明させていただきますが、陸自の階級章は迷彩服3型の場合、幹部や曹は襟か胸、陸士長までは右腕に略章を着けますが、私達にはそれがどちらにも着いていないんです。」
FH-70は困ったような顔で、襟を指差しながら土佐に返答する。
確かにその指先には、階級章は見受けられない。
「そう言うことだったのですか。失礼しました。では、階級章の事はひとまず置いておくとして、別の質問をさせていただきます。FH-70さんは、我々艦魂と同じ様な存在なのでしょうか?」
土佐の質問に、困ったような表情をするFH-70。
「申し訳ありません。まず『艦魂』、というものがよく分かりませんので、お答えする事が出来ません。それと、どうして私達がここ『いわしろ』で動ける様になったのかも、よくわからないんです。特科隊の仲間達も似たような事を言っています。他の部隊も・・・同じではないかと思います。」
終始困惑した表情のまま、現状を話すFH-70。
それを受けて、少し思案した土佐だったが、ふいに、右隣にいる夕立の方へと顔を向ける。
「我々と同じかも不明とは、どういう事なんでしょう?」
「どういう事って、たったこれだけの情報じゃなぁ・・・。」
土佐と夕立は腕を組んで考え込むが、判断材料の少なさに黙ってしまう。FH-70も静かに考えているが、何かに気がついたように「あっ!」と小さく叫ぶ。
「何か思い当たる事でも?」
「はい、動けるようになる前、誰かに呼ばれた様な気がしたんです。」
それを聞き、照月が少し驚いたような顔で、FH-70を見る。と同時に夕立も同じ様に驚いている。
「えっ?それ、本当ですか?私の所にいるSHの子が似たような事言っていたような?」
「照月のとこもか?私もSHから同じ事聞いたよ。てっきり、私の所のSHだけかと思ってたから黙ってたけど、どうなってんだ?」
FH-70の話に、間髪入れず照月が反応、夕立もそれに反応する。
「これは・・・飛行隊と陸自の方々は同じ原因と言うことでしょうか?詳しく話を聞かなければいけないです。夕立2佐、石見3佐、照月3尉、協力してもらえますか?」
土佐が陸自の子供達に、手分けして事情を聞くことを提案した時、
「ねぇねぇ、土佐~?岩代がね、第1甲板にも人の気配が急に出てきたって、無線が入ったの~。今ね~、手が離せないから、私と
08が岩代から受け取った、『いわしろ』第1甲板(露天甲板)での異変を伝えてくる。
「それなら私が行くわ。土佐3佐はこっちで話聞いててもらえるかしら?それと・・・FH-70さん、あなたも来てくれると、多分話が早いと思うんだけど。」
石見は土佐に言うと、FH-70を見やる。
「了解しました、同行します。中隊の皆は、連れて行った方が良いですか?」
FH-70は中隊の方を指差し、石見に意見を聞いている。
「いえ、4人で大丈夫だと思うわ。07ちゃん、08ちゃん、案内してくれるかしら?」
LCAC姉妹に目を向けると、満面の笑顔で答える。
「石見~、大丈夫!だよ?」
「大丈夫!だよ?」
しかし、その答え方に石見はやや不安そうな顔になり、思わずつぶやく。
「えっと・・・大丈夫・・・なの?」
「私も、不安・・・かな?」
思わずLCAC姉妹の口調がうつってしまった石見とFH-70は、とりあえず第1甲板へLCAC姉妹を先頭に移動する事にした。
区画を出て通路を少し歩くと、FH-70が石見に話しかけてきた。
「あの失礼とは思うのですが、石見3佐も岩代3佐と同じ、『船』の方・・・で、よろしいんですよね?」
自信なさそうに、声をかけるFH-70に、「そうよ。」と笑顔で答える。
「私は初めて、『船』の方にお会いしたので良くわからないんですが、石見3佐は、どんな種類の『船』なんですか?」
左側を歩く石見に、ふと思った疑問をぶつける。
「そうね、私は『あたご型護衛艦』の3番艦で、イージス護衛艦とも言われてるんだけど・・・、それだけじゃわかんないわよね?」
ゆっくりとした足取りをする石見に、FH-70は、申し訳なさそうな顔を向ける。
「すみません、まさかこんな形で動けて話せるようになるなんて、思いもしていませんでしたので。」
石見はそれを聞いて苦笑いすると、「それじゃあ、仕方ないわよね?」と肩をすくめる。
「話を続けるけど、『イージス』ってね、ギリシャ神話に出てくる主神ゼウスの娘、アテナが持っていたというありとあらゆる災厄とかを防げる、『女神の盾』の事なの。」
少し自慢気な顔で説明する石見は、嬉しそうにも見える。
「へえ~、女神様が持つ盾の名前だなんて、なんだかすごいですね。」
「それで、私についてる
「いえ、仕方ありませんし分かりますよ、石見3佐。私も自分の詳細は、申し訳ありませんがお話出来ませんので、お互い様ですね。」
通常、レーダーの探知距離や補足数に砲の射程距離などは防衛秘にされているのが通常であり、例え防衛省や陸海空自から発表されていたとしても、それが本当に正しいのかは素人では判断ができない。
「で、続きなんだけど、VLSのミサイルや
イージス艦は航空機や飛翔物体に対しての複数対処能力が高いのが特徴であるが、弾道ミサイルに対しては、追跡や弾道計算などに能力が割かれるため、その間は随伴しているDDやDEに護衛される必要がある。
そんな説明を受けていたFH-70は、尊敬の眼差しで石見を見ていると、照れくさそうに頬をかいている。
そこにLCACの07が、歩みを止めて振り向き、話に割り込んでくる。
「石見~、陸自のおっきいトラックの子がね、『FH-70は“戦場の女神”だって、自衛官さんが言ってた』って話をしてくれたの~。それって関係あるの~?」
08も07に合わせて、「あるの~?」とFH-70に聞いている
「えっ?FH-70さんて、『女神様』なの?私より凄いじゃない!?」
あまりの驚きに、FH-70に対して目を丸くしている石見。
「えぇ!?私もそれ、初めて聞きました!どうしてですか?!」
FH-70も石見同様に驚き、08に聞き返している。
「えっとね、後方支援?でね、敵の陣地とかを砲撃でやっつけちゃうから、って言ってた!よ?」
「そうそう、普通科?とか戦車とかを遠くからでも護れるから、ってトラックの子が言ってた!よ?」
戦場において歩兵や、戦車などの車両は、常に敵の砲弾などを浴びる危険性がつきまとう。
そこで後方支援として、戦車以上の火力でかつ遠隔地から敵の牽制または攻撃をして、無防備になりやすい、移動中の歩兵や車両等の安全確保を狙っている。
そういったところから、FH-70等の所謂『大砲』は『戦場の女神』と呼ばれている。
「なるほどね。確かに、目標に近づいていく自衛官さん達にとっては、遠距離攻撃で予め叩いてくれるあなた達は必要ね。それにしても、お互い大変な役目を背負っちゃってるわね?」
そう言って苦笑すると、軽く肩をすくめる。
「そうかもしれません。万が一にも、私達が失敗したらと思うと・・・」
言い切らないうちに暗い表情になるFH-70。それを見て、しゃがんで目線を合わせる石見。
「大丈夫よ!自衛官さん達は、そうならないように訓練してるんだから、私達はそんな心配しなくてもいいと思うのよ。」
言い終わると石見は、表情を真剣なものに変え、FH-70の目を見据える。
「それとも・・・あなたは自衛官さん達のこと、信頼出来ないのかしら?」
はっとした表情をした後、少し怒ったような顔をするFH-70。
「そんな事ありません!!暑い日や寒い日、雨や風の強いときでも、汗だくになって、泥まみれになって、目標を正確に撃破出来るように頑張ってくれているんです!丁寧にメンテもしてくれています!大切に扱ってくれてます!そんな姿を見て、信頼出来ないなんて私には口が裂けても言えません!」
真っ直ぐな視線で、石見に噛みつくように訴える。
「ごめんなさいね、試すような事言っちゃって。でもあなたも、ちゃんと自衛官さん達のこと見てるのね?それなら大丈夫そうで良かったわ。」
少しおどけたような雰囲気を出した後、言葉を続ける石見。
「ちなみになんだけど、私には大体300人位の自衛官さん達が乗艦されてるの。その1人1人が訓練したりメンテしてくれたりして、私のことをベストの状態に保ってくれているの。私達がどこまで自衛官さん達に応えて上げられるかわからないけど、私達も、自衛官さん達から信頼されるように、頑張りましょうね?」
「はい!」
真剣な雰囲気を解いて微笑んだ石見は、ゆっくり立ち上がると3人に「それじゃあ、早く迎えに行きましょうか?」と促す。
少し時間を戻して岩代、長浦、御船の3人の行動を追ってみることにする。
多目的区画から移動していた彼女達は、ある一室まで10m程の所で、何やら話をしている様子が見える。
「なんか、緊張してきたわね?海里ちゃん、祥子ちゃん見て、手汗がすごい出ちゃってるのよ。やっぱり・・・戻ろうかしら?」
顔がひきつっている様にも見える岩代は、そう言って長浦と御船に両手の平を見せた後、回れ右をしようとする。
「駄目です!確かめたいって言ったの、岩代3佐じゃないですか!?私達も一緒に行きますから、覚悟を決めて下さい!祥子、そっちお願い!」
「巻き込んだのは岩代3佐なんですからね?」
後ろを向いた岩代の左に長浦、右に御船が回り込み、それぞれが岩代の肩と腕を捕まえながら、小声で話す。
「わかったわよ!わかったから、離してくれないかしら?」と、半分泣きそうになりながら、小声で長浦と御船にお願いする。
解放された岩代は、大きくため息をつくと、目的の部屋に向かって歩いていく。
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