第07話 深夜の邂逅・前編
輸送艦『いわしろ』内のある一室。
この部屋の主である彼は、普段であれば就寝している時刻なのだが、たまたま目が覚めてしまっていた。
「・・・何時だ?01・・・30か・・・困ったな・・・。」
腕時計の照明スイッチを押して、時刻を確認すると、また眠ろうと目を瞑る。
寝付きのやや悪い彼にとって、途中で起きるのはいつもの出来事で、今回も記憶にも残らない、たわいもない事案で終わるはずであった。
(今回も今の所は順調だし、これなら予定時刻に到着できるだろう。)
彼の頭の中では、時刻から割り出した現在の大まかな位置と、これからの航路に到着予定時刻などを反芻している。
だんだんと落ち着いてきて、また眠りにつけそうになった頃、ドアの外から複数の人の気配がするのに気がつき目を開ける。
(なんだ?こんな時間に・・・緊急?いや、それなら内線が鳴るはずだが?)
ゆっくりとベッドから出ると、足音に気をつけながら、ドアのそばに近づき、息を殺して外の様子に耳をそばだてる。
よく聞くと女の声で、何か会話をしているようである。注意して聞いていると、聞き馴染みのある声が二人と、そうでない声が少なくとも一人と判断した。
(3人以上?あの声は、長浦と御船?それともう一人は誰だ?松島か?・・・、いや似てはいるが、こんなおっとりした話し方じゃないはず。誰だ?)
聞き取りにくいが、外から聞こえる声と話し方を自分の記憶と次々に照合していく。しかし、どうしても合致しない。
「・・・私達も一緒に行きますから、覚悟を決めて下さい!祥子、そっちお願い!」
「・・・3佐なんですからね?」
「わかったわよ!わかったから・・・」
(1人はやはり御船か。もう1人は長浦。報告?・・・もう一人は陸自か?しかし、陸自でこの時間に報告?いや、そもそも誰なんだ?ずいぶん砕けたしゃべり方だ。御船の知り合い・・・か?)
長浦に陸上自衛隊の知り合いがいるのだから、御船にいてもおかしくないと考えるが、およそ自衛官らしくないしゃべり方に、違和感も覚える。
(それにしても、なかなか入ってこないな。トイレに行くふりで開けてやろうか。)
いまだに続く、外の押し問答にしびれを切らし、彼は音を立てないようにゆっくりドアノブを回して、一旦動きを止めて様子をうかがう。
外の人物達はまだ会話をしており、ドアノブが回った事に気がついていないようである。
(さて、誰が来たかな?)
いきなり開けた時の、外にいる3尉の二人と3佐の一人がさぞかしビックリするだろう表情が見物だと、想像しながら扉を一気に引いて開ける。
「「「きゃぁ!!」」」
いきなり開いた扉に驚く、少し離れている所にいる長浦・御船と、ドア正面にいるもう一人の女性。
驚いている表情なのは、正面の女性だけではない。
「誰だ?」と言った部屋の主も、同様に驚き固まっている。
先に動いたのは女性の方で、挙手敬礼をしながら、こう言った。
「初めてお目にかかります、川原艦長。私は護衛艦隊第1輸送隊所属、輸送艦いわしろの艦魂、岩代3等海佐です。お耳に入れたいことがあって、夜分遅くに失礼させていただきました。」
彼こと、輸送艦『いわしろ』の艦長、川原吉松2等海佐は、その自己紹介にあ然とするのだった。
○輸送艦LST4004『いわしろ』艦長室
「つまり、この岩代と名乗る3佐は、この輸送艦である『いわしろ』の意識体みたいなものと言いたいんだな?長浦?」
椅子に座って長浦から説明を受け、気むずかしそうな顔をする艦長の川原。
長浦は緊張のため、時々噛みながらも説明を続ける。
「は、はい。決して怪しい人物では無いことだけは、ご、ご理解下さい。」
艦長は両手を軽く上げると、岩代の右手側にいる長浦を睨みつける。
「申し訳ないが長浦、いくら君が群司令の娘さんであっても、だ。そんな小説かアニメの世界のような話、直ぐには信じられる訳ないだろ?おとぎ話みたいなこと話しされて、信じろと?御船、お前も信じているのか?」
話を振られた御船は、岩代の左手側に一歩前に進み出ると、「恐れながら艦長、自分もその話を信じています。」と川原から視線を外さずに言う。
「それは何故だ?」
「はい、自分の目の前で消え、別の場所から表れたからです。」
「おいおい、手の込んだマジックだったらどうするんだ?」
間髪入れずの突っ込んだ質問に、御船はたじろいでしまう。
「しかし艦長、自分は・・・」
「だったら御船は、証明出来るのか?手品ではないと。」
「証明・・・は・・・」
語尾は小さくなっていき、微かにではあるが悔しそうな表情をする。
岩代はそれを視界の端で見やると、「それでは、こうしましょう。」と、机に立てかけてある本を指さす。
「一つお伝えしますと、艦長から見て右から3番目の本、38と39ページの間にご家族の写真が挟んであるはずです。普段ですと122と3ページの間なのに、どうして今日は38と9ページの間なのでしょうか?川原艦長らしくありませんが、急に隊司令に呼ばれたのでは、仕方ありませんよね?」
慌てて当該の本を開き、ページ数を確認すると驚きで目を見開く。確かに岩代の言うとおりだったからだ。
普段挟んでいるページはちょうど章の変わる部分で、122ページには数行しか印刷されておらず、123ページは章とそのタイトルしか印刷されていない。
よって写真が汚れにくく、逆に本が汚れても読むのに支障がないページである。
変わって今挟んである38と39ページは、本文であるため印刷がしっかりとされている。
ここに挟んである理由は単純で、写真を眺めていた時、第5護衛隊司令から急に呼び出されたため、とっさに挟んでしまい、そのまま忘れたからであった。
岩代は当然気付いていたのだが、勝手にいじるのを躊躇ったと同時に、もし川原が覚えていた場合、動いたことに気付かれたら無関係な士官や隊員達に、無実の罪を着せてしまうと思ってそのままにしていたのである。
川原は慌てていつもの所に挟み直し、本を閉じると岩代を一度見やり、辺りを見回す。
「残念ですが盗聴も盗撮も、出航中、定期的に艦長御自身でチェックされていらっしゃいますから、私には仕掛けられません。それにその必要もありません。お邪魔にならない程度に、拝見させていただいていましたから。」
驚きで、言葉を失う川原。
確かに万が一の事がないようにと、時々それとなくチェックしていたのである。
理由として、『いわしろ』に配属されてから、なんとなく見張られているような気配を感じていたからであった。
最初のうちは気のせいだろうと、気にしていなかったのだが、そのうちにどうしても拭えきれなくなった。
ただ、就寝時やプライベートの時間には、不思議とその気配は無かったのである。
「補足ですが、プライバシーに関して、当然配慮しておりますので、誤解無きよう願います。」
「あ、あぁ。と言うことは、今までのあの気配は、岩代3佐が原因なのか?」
「何度もご挨拶させていただこうと思っていたのですが、お気づきになっていただけなかったので、陰ながらになってしまったことをお詫びします。申し訳ありませんでした。」
謝罪の言葉を述べると、軽く頭を下げる。
「正直、まだ信じてはいないが、とりあえずは、害意はないと見よう。それで、岩代3佐。」
まだ疑いながらも、岩代に用件を聞こうと呼びかけると、「艦長、呼び捨てで構いません。私、3佐ですから。」と微笑みながら川原に言う。
「それなら岩代と呼ばせてもらおう。で、用件は挨拶と言うことで良いか?」
岩代自身の説明に時間をとられ、肝心の説明をまだしていなかった3人。
説明しようと口を開きかけた時、一瞬だけ険しい顔になる岩代。
川原が訝しんでいると、「少しだけ失礼させていただきます」と一歩後ろに下がり右耳に手を当て俯く。
「
川原の耳には聞き慣れない、
「はい、
「
「連絡をとっていると思われます。通信に関しては、この艦の無線と同等の機能を有していると、岩代3佐本人から説明を受けました。」
「無線で直接やり取り出来るのか!?まったく、何でもありなんだな、艦魂っていう存在は。」
川原は呆れた顔で椅子に深くかけ直し、溜め息を深くつく。
「・・・そう、第1甲板よ?土佐ちゃん達の案内、お願いね、08ちゃん。」
話し終えた岩代は元の位置に戻り、「失礼しました」と一声かける。
「それで岩代、さっきのは何だったんだ?第1甲板とか聞こえたが?それから、『とさ』は誰のことだ?まさか、あの『とさ』にもいるのか?」
「ご説明します。まず、土佐に関してはご推察通り、『護衛艦 とさ』の艦魂です。次いで、本題とも直結しますがつい先ほど、第1甲板において人の気配が突如発生し、・・・」
川原はそれを聞き、両手を机について、勢いよく立ちあがる。
「人の気配が
川原は、最悪の事態を想定し艦橋に連絡をとろうとする。
「艦長、待って!落ち着いて!」
飛び出した岩代は、艦長の右手を抑え、艦内電話を取らせないようにしている。
川原はこの事で、やはり岩代は何らかの事件に関わっていると判断、敵意をむき出しにする。
「何故邪魔をする!乗り込んできた連中とグルだからか!?岩代、答えろ!」
「最後まで聞いて下さい!陸上自衛隊の方々、と言っても人ではないと思いますが
普段の状態であれば、普段通りに冷静に解決に導いていたであろう。
だが川原にとって、普段と違うことが続き、なおかつ岩代の存在そのものが、川原の混乱に拍車をかける結果になっている。
「わかった・・・わかった、岩代の言うとおり少し落ち着こう。手を放してもらおうか。だが、副長と船務長にも状況説明をしてもらう。場合によっては陸自も直ぐに呼ぶ。長浦と御船も良いな?」
岩代はゆっくり手を離すと、元の位置に戻り不動の姿勢をとる。
「はい、私は異存ありません。」
同じ様に改めて不動の姿勢をとる長浦は「同じく異存ありません。」と答え、「私もです、艦長。」と御船も続く。
川原は艦内電話で艦橋に連絡し、副長と船務長を呼び出す。
3人は川原から見て左手前からドア側に向かって、岩代、御船、長浦と並び直り、2人が来るのを待つ。
少しして扉がノックされる。
「副長の小松2佐、艦長より呼ばれて参りました。」
「船務長の柴田3佐、同じく艦長より呼ばれて参りました。」
扉を開けると、副長兼航海長の小松、船務長の柴田がそう言って挙手敬礼する。
「入れ。」
「「失礼します。」」
2人同時にそう言って作業帽を脱ぐと、小松、柴田の順に入って来た。
直後、御船と長浦が視界に入り、訝しむ小松と柴田だったのだが、3人目が視界に入った途端、2人はギョッとした顔をその人物に向けて固まる。
「どうした2人とも?説明したいからもっとこっちに来てくれ。」
柴田は川原の声で我に返り、岩代を震えながら指差す。
「艦長!あ、あれ見て何とも思わないんですか!?」
「あれって、岩代の事か?」
叫ぶ柴田に対し、川原は何を見て言っているのか理解できていない。
「
「柴田にはそう見えるのか!?艦長、私には上半身しか見えないのですが!?」
動揺する二人を見て、顔を見合わせる長浦と御船に、その横で(もう!またなの!?)と、内心で辟易しながらも顔に出さず、不動の姿勢のまま何とかこらえる岩代。
川原は岩代、小松、柴田を順番に見て、奥にいる3尉達に「2人にはどう見えている?」と問いかける。
「私には、何も問題なく見えています、艦長。」
「艦長、私にも今まで通り、普通に見えています。」
御船と長浦の答えを聞き、もう一度岩代を見た川原は、「私にも普通に見えている。・・・透けていたりしていないように見えるんだが、どういう事だ?」と疑問を投げかける。
「それを私に聞かれましても・・・。」
岩代は困り顔で川原に返答する。
それもそうである。人が自身の事をどうに見ているかなど、考えたことも無かったのだから答えに窮するのも無理はない。
「とりあえず、この事は考えても結論は出まい。それよりも、簡単には聞いたが陸自の方が優先だ。岩代、詳しい経緯を説明してくれ。」
「了解しました。ではまず、状況の発生時刻ですが、本日・・・」
そこから、艦長、副長、船務長に対して、『いわしろ』内や他艦の状況説明、艦魂側や今後のとりあえずの対応を簡潔に説明していく。
途中、艦長から2~3の質問が出たぐらいで、他からは出ず、岩代の説明は終了する。
「なるほど。長浦、御船、補足説明はあるか?」
視線を岩代から両名に視線を移す。
「私からはありません。」
「私からもありません、艦長。」
長浦と御船からは、特に異論も補足も出ず、それを受けて今度は小松と柴田に視線を移し「どう思う?」と問う。
「艦長、私は彼らから、直接話を聞くことを具申します。解らない事だらけですので。」
「そうか。柴田はどうだ?同じか?」
「はい、私も副長の意見に賛成です。」
川原は数秒瞑目すると、立ち上がり全員を見回すと、最後に岩代に視線を合わせ、「行こう。」と一言放つ。
移動中、川原と岩代が雑談をしているのを見ながら、小松と柴田もしゃべっている。
「柴田、岩代って結局何者だ?艦長は『この艦の意識体みたいなものだ』って、さっき仰ったが理解出来るか?」
歩きながら肩をすくめた小松は、視線だけを柴田に向ける
「はい、私は小説やアニメ等で、そういった存在があるというのは知っていましたので、理解できます。一時期流行ったゲームの方ですと、ちょっと概念が違うようですので、そちらは参考になるかはわかりませんね。それにしても艦魂なんて存在、実際目にするとは思いませんでした。」
柴田は慣れてきたのか、岩代に対して、忌避感を出したりはしていない。むしろ、色々と聞きたいような雰囲気も小松は感じている。
「そうなのか?ふむ・・・、悪いが後で何か、分かり易い本でも紹介してくれるか?」
「分かり易い作品でしたら、少し前のアニメで・・・」
と、柴田が以前見たアニメを紹介する。
少しして、多目的区画に到着しようかという時、歩きながら、岩代は左耳を手で軽く押さえる。
「あ、もしもし?もうすぐ艦長達が到着するわよ。・・・えっ?副長と船務長も一緒よ。入っても・・・あらぁ、お願いするわね。」
そのやり取りの直後、多目的区画の扉が開き、中の明かりが漏れる。中から1人の女性が出てくると扉のそばに立ち、右手で作業帽を持ったまま不動の姿勢で一行を出迎える。
一行が足を止めると、出迎えの女性が10度の敬礼をする。
川原が答礼を終えると、女性が口を開く。
「初めてお目にかかります。第5護衛隊群第5護衛隊所属、DDH186『とさ』の艦魂、土佐3等海佐と申します。以後よろしくお願いいたします、艦長。」
自己紹介を終えると、10度の敬礼をもう一度する。
「『いわしろ』艦長の川原だ、よろしく。早速だが・・・」
と言い掛けたところで、2人の人影が部屋から飛び出してくる。
「あ~!岩代、おかえり~!」
「あ~!長浦と御船もおかえり~!」
艦長達3人は突然子供が出てきた事で驚き、岩代は慌て、長浦と御船は冷や汗をかいている。
土佐はと言うと、何事もないかのように、不動の姿勢のままでいる。
「ダメだって二人とも!悪い、岩代。ちょっと目を離した隙をつかれちゃってさぁ・・・っと、失礼しました。自己紹介は後ほど。ほら、LCAC姉妹はこっち!岩代は忙しいんだから!」
「「わかったぁ!夕立!」」
後から出て来た夕立に大人しく手をひかれ、多目的区画に戻っていくLCAC姉妹。
あっけにとられていた一行だが、岩代は慌てて「失礼しました!」と頭を下げる。
「別にそこまで気にしていないが・・・。あの子達が例の姉妹で良いのか?」
とまどいつつ確認を入れる川原。
「はい、先ほどの小さな子が、LCAC2107と2108です。取りあえず中へ入りましょう。」
と言うと岩代は先に入室し、出入り口の左に立つ。
「『いわしろ』艦長、川原2等海佐、副長小松2佐、船務長柴田3佐が入室されます!全員起立!」
川原、小松、柴田の3人は部屋の雰囲気に異様さを感じ、足を止める。
車両搬入の前に、陸上自衛隊と多目的区画で打ち合わせを行っていたのだが、それと似た雰囲気である。
だが視覚情報は、迷彩服を来た子供達が、不動の姿勢で立っているという有り得ない光景を、3人の脳に映像として送っている。
川原達が足を止めていると、「こちらへおかけ下さい。」と、大型モニターのそばに用意された椅子へと案内される。
「ありがとう。所で君は?」
「お初にお目にかかります。私は第2護衛隊群第6護衛隊所属の照月3尉です。よろしくお願いいたします。」
10度の敬礼後、自己紹介する照月。
「こちらこそ。所で、奥にいるのが夕立と聞いているが、今、岩代のそばにいるのは『いわみ』かな?」
「はい、間違いありません。お呼びしますか?」
「いや、今は本題が先だ。後で夕立と石見は自己紹介してくれるんだろう?」
「と思いますが、忘れないよう私から話しをしておきます。一旦、失礼します。」
きびすを返すと、石見の方に歩いていき、回れ右の後、不動の姿勢をとる照月。
その直後、岩代から再び声がかかる。
「
何名かの代表であろう陸自の子供達は、川原達に10度の敬礼をし、他は一斉に川原達の方を向く。
川原は答礼した後着席させ、自身も着席する。その左側へ順に小松、柴田、長浦、御船と着席していく。
「艦長、我々は起きているんですよね?」
正面より右15度ほど川原の方を向き、小声で話しかける小松。
「そう思うのも無理はない。私もそう思っているからな。」
気がつくと、岩代は全員を座らせており、1人の陸自の女の子に話しかけている。
話が終わったのか、岩代と女の子が3人の元に歩いてくる。
岩代が川原達から見て左側に立ち、女の子が正面に立つと2人は10度の敬礼をする。
「陸上自衛隊第13特科隊第1中隊所属のFH-70です。階級は不明です。よろしくお願いいたします。」
「『いわしろ』艦長の川原だ。よろしく」
「『いわしろ』副長の小松です。」
「同じく『いわしろ』船務長の柴田です。」
それぞれの自己紹介も終わり、艦長達から質問が飛んだのだが、そのほとんどが「申し訳ありません」か「分かりません」であった。
「結局、分かった事は陸自所属、階級無し、いつの間にか乗っていた、誰かに呼ばれた気がする、ぐらいですね、艦長。」
メモをとっていた柴田は、その手を止めて話しかけている。
川原はそれを聞きながら、腕組みをして1分程考え込むと、岩代の方を向く。
「ちょっと良いか?岩代も彼等と一緒か?」
「いいえ、違います。状況が似ているのは、LCAC姉妹と土佐ちゃ・・・失礼しました。土佐3佐達の所にいる飛行隊がそうです。」
普段の喋り方が出かかり、焦りそうになるのを抑える岩代。
川原はまた腕組みをし、今度は目を閉じて考え込む。
「んー・・・」
「艦長、土佐3佐も呼びましょうか?」
目を開けると、一回肯く。
「そうしてくれ。それからLCAC姉妹も一緒に頼む。」
「了解しました。」
直ぐに土佐の所に向かい話をすると、そのまま夕立とLCAC姉妹の所に行く。
「お待たせしました。ご用件があると伺いました。」
先に到着した土佐は、10度の敬礼後、川原達に聞く。
「さっき陸自の子から話を聞いたんだが・・・」
聞いた内容を土佐に話し、『とさ』も同じ状況かを確認する。
「はい、飛行隊の子達も、陸自の子達も、先ほどのFH-70さんから聞いたのと同じでした。ただ・・・」
「ただ、どうした?続けてくれ。」
「はい、LCAC姉妹に関して、我々艦魂と、飛行隊や陸自の子達の中間のようです。内容はほぼ一緒ですが、三点違います。
まずLCAC姉妹は『呼ばれていない』事です。飛行隊と陸自の子達は『誰かに呼ばれた』と言っています。我々艦魂の側は、確認出来る範囲では誰も『呼ばれていない』です。
次に、まだ第1エアクッション艇隊全員を確認した訳では有りませんが、我々艦魂は着けている階級章をつけていません。これは飛行隊達と共通です。
最後に誕生時から意識はあり、記憶もしている点です。飛行隊や陸自の子達は誕生から配属時までの記憶は曖昧または無いとの答えが多く、はっきりしているのは極少数です。」
「そうなのか?」
「はい、しかし、姉妹は誕生時からしっかり記憶し、配属後も変わっていません。岩代3佐との記憶のずれや相違は無いので間違いないと思います。ただ、誕生時となると我々ではわかりかねます。
長くなりましたが、以上のことから私達はLCAC達を、艦魂と飛行隊や陸自の子達の中間である、と判断いたします。以上です。」
土佐の報告を聞き終わると、川原は小松に何やら耳打ちし、柴田の方を向く。
「船務長、2107と2108の概要、わかるか?」
「申し訳ありません、直ぐには。今資料お持ちします。」
立ち上がりかけた柴田を右手で制し、話しかける。
「いや、後でいい。とりあえず配置に戻っていてくれ。朝食後にその話をするから、それまで他言無用。それから新たに発見された子供は見つけ次第、ここに連れてくるように。見つけた者への会議終了までの口止めも忘れずに。」
「了解しました。では艦長、副長、私は艦橋に戻ります。失礼します。」
「ん、ご苦労。」
柴田はその場で10度の敬礼をすると、足早に戻っていく。
「艦長、箝口令をしかなくて大丈夫ですか?混乱がおきる可能性が・・・」
「副長、これぐらいで『いわしろ』のクルーがどうにかなる訳無いだろう。それに私は陸自も含め、全員に話をするつもりだから、それまで黙っててもらえば十分だ。」
ふと視線を感じた2人がそちらを向くと、土佐の横に岩代とLCAC姉妹が立っている。
岩代と土佐は不動の姿勢だが、LCAC姉妹はあくびをしたり、目を擦ったりして今にも眠ってしまいそうになっている。
仕草だけは、陸自の子達と違って年相応の女の子だが、服装は海曹士の着る青い作業服という、見慣れているのに見慣れないという不思議な光景に、戸惑う川原と小松。
川原は椅子から立つと、LCAC姉妹の前で片膝をつき目の高さを合わせる。
「眠いだろうに、待たせてしまって申し訳ない。今日はもう寝た方がいいだろう。朝になったら話を聞かせてもらえるかな?」
コクリとうなずく姉妹。川原は2人の頭を優しく撫でると、岩代を見上げる。
「岩代、彼女達を空きベットの所に連れて行ってやって欲しい。場所はどこでも良い、許可する。」
「了解しました。それじゃあ、行きましょうか?2人とも?」
その声に、2人は首を横に振る。
「や~、自分のとこ戻る~」
「や~、私もお姉ちゃんと戻る~」
「そう?自分達で戻れるかしら?」
岩代の問いに対して、07は右目を、08は左目を擦りながらうなずく。
2人は大きなあくびをすると、そのまま川原と小松の目の前で、すっと姿を消す。
「あっ!挨拶しないで・・・。もう、しょうがないんだから。艦長、副長、申し訳ありません。後できちんと言い聞かせますので。」
少し深めの角度で頭を下げ、謝罪を述べる岩代。
川原と小松は、目の前で起きた出来事に目を丸くしたままである。
「艦長?副長?あの・・・」
目の前で起きた衝撃に、心の整理が追いつかないでいた川原と小松は、岩代の呼びかけに、ようやく我を取り戻す。
「・・・あ、すまん。こんな事が目の前でおきると思っていなかったから、驚いただけだ。」
「艦長、これは幽霊などが苦手な者の夜間作業に、支障がでるだけでは済まないかと。やはり・・・」
海上自衛隊だけではないが、その手のものが出ると噂される建物や場所が、あちこちにあるという。
中には、壁紙をめくると御札が大量に貼られている駐屯地の一室とか、海軍将校が夜な夜な歩き回る基地などがまことしやかに噂されていると言うが、各自衛隊からの公式な見解は出ていないらしい。あくまでも噂であり、真偽のほどは定かではない。
気になる方は入隊するなどして、ご自身の目で確かめてもらいたいのだが、あくまでも自己責任の上でお願いしたい。
小松が危惧するのは、幽霊やお化けなどといったものに耐性のない者が、夜間勤務の度に震えているようでは、離艦に繋がるのではないかという部分である。
「副長、人間が何に恐怖を抱くか知っているか?」
川原の問いかけに小松は即答する。
「自身の生命に関わることではないかと思います。」
「ふむ、確かに間違いじゃないが、それに加えて無知や未知も、恐怖を抱く原因になりうる。今回の姉妹の件はそれに該当する。だから私は周知すべきと思う。」
「了解・・・しました。そう言うことでしたら、艦長の意見に同意します。」
「そう言えば、副長。岩代達の事、普通に見えているか?それとも、まだ幽霊みたいな見え方か?」
聞かれて岩代や土佐、照月達を見て、川原に向く。
「そう言えば・・・岩代も土佐も、今は普通に人と同じ様に見えます、艦長。見間違えてたとは、思えないのですが。」
「船務長にも聞かないといけないが、個人差はあれ、人と同じに見えるようになるのかもしれない。朝食後に設定したのは、あながち間違いでもなかったな。どうやら皆に紹介できそうだぞ、岩代。」
川原が目を向けると、ホッとしたような表情をした岩代が目に入る。
「どうした?ずいぶんと、ほっとした感じだが?」
「はい、海里ちゃん達に幽霊扱いされたことがあって、落ち込んだ事があったんですよ。」
その言葉に、異議申し立てをしようとした長浦は、岩代に視線で牽制されてしまい、何も言えなくなる。
(本当は怒られたんだけどなぁ・・・。無茶苦茶だよ、岩代3佐。)
かくも世の中、どこにでも理不尽が転がっているものである。
その後、夕立と石見の自己紹介を受けてから、今後どうするかを話し合うことになった。
「なるほど、確かに
「はい。
数瞬岩代を見やってから、川原に向く土佐。
「そんな事言ってもさぁ、
夕立は『いわしろ』の現状から、岩代と川原の公開案に賛成のようである。
「あの、発言よろしいでしょうか?」
照月も何か案があるようで発言の許可を求めてきた。
「許可する。何か良い案でも?」
川原は照月に発言を促す。
「案ではないのですが、私は鞍馬海将にも、報告を入れるべきかと思います。まだわかりませんが、この異変が、この艦隊のみか、違うのかをはっきりさせねばならないと思います。話を進めるのはそれからの方が良いと思います。」
「鞍馬海将?もしかして、あの『くらま』の艦魂の事か?」
照月の言葉に、少し驚きの声で、照月に確認する川原。
「艦長?いかがなさいましたか?」
小松は、その様子が不自然に見えたため、川原にたずねる。
「ん?あっ、いや、『くらま』が海将っていうところに驚いたんだが、考えてみれば、相応しいのかもしれないな。」
「そうですね、観艦式で、観閲艦を2度も勤めていますから、海将であるのも納得いくものと思います。」
そのやり取りの間、岩代は土佐と何やら話をしており、それが終わると、土佐は一歩前に出る。
「川原艦長、小松副長、一度自分の所に戻り、鞍馬海将への連絡、並びに、隊司令と『とさ』艦長に自己紹介してきます。他艦の艦長に挨拶して、自艦の艦長に何も言わないのは、流石に無礼ですので。」
「わかった。話が出来たら、隊司令と艦長にこちらから朝、連絡を入れる旨を伝えておいてくれるか?」
「了解しました。それから、離れている時に私から連絡する場合、岩代3佐経由でいたします。」
「わかった、こちらもそうしよう。よろしく頼む、土佐3佐。」
10度の敬礼をし、川原から答礼を受けると、そのまま多目的区画から出て行く。
次いで、夕立、石見、照月も同様の挨拶をして区画から退室していく。
そして、川原は先に小松を配置に戻し、長浦と御船にも戻って寝るように促してから、自室に戻るため岩代と一緒に通路に出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます