第08話 深夜の邂逅・後編

 「川原艦長?質問よろしいでしょうか?」

 多目的区間から出て少し歩いた時、岩代が話しかける。

 「岩代、かしこまった話し方が大変なら、普段通りで良いぞ?ちょくちょく言い直してるのはわかってる。ただ、皆の前では勘弁願いたい。」

 岩代の言葉に足を止めて、そちらに向く川原。

 「了解しました。でも、良かったわぁ、理解ある艦長さんで。でね、質問ですけど、川原艦長は鞍馬くらま海幕長に会ったこと、あるのかしら?」

 岩代の唐突な質問に驚いたような顔をする。しかし直ぐいつものように、落ち着き払ったような顔で返答する川原。

 「いや、だいぶ昔に砲雷士として乗ってたことはあるが、艦魂の鞍馬に・・・、もとい、鞍馬海幕長とは1度も会った記憶がない。それがどうかしたか?」

 岩代は川原の言葉に、何かを感じたのだが、それが何かを考える前に川原から問われ、慌てて返答する。

 「えっ?いえ、ちょっと気になっただけですから、お気になさらないで下さいね。」

 「岩代、変な所を気にするんだな?」

 首を傾げながら一旦、自室に入る川原。

それを見ながら岩代は、少し思案しながら唇に人差し指を当てつぶやく。

 「川原艦長って・・・」

 先ほどのやりとりを思い出し、ぼんやりとしている岩代の脳内に、短く無線のノイズが響く。

 『岩代3佐、土佐です。御報告があります。今、宜しいでしょうか?』

心ここに在らずだった岩代は、先触れのノイズに注意がいっておらず、土佐の呼びかけに慌てながらも、右耳に手を当てる。

 「こちら岩代よ。今は大丈夫。土佐ちゃん、どうしたのかしら?」

 『はい、隊司令並びに、こちらの艦長との接触に成功しました。ですが・・・』

 やや暗い声音の土佐に、岩代もやや真剣な声音に変わる。

 「何かあったの?報告してもらえるかしら?」

 『お二方共、そちらの副長、船務長と同様の反応でした。それぞれの見え方に違いがある事と、段々はっきりと見えてくる事も付け加えておきます。それから鞍馬海幕長からは、折り返し連絡をするので待機せよ、とのことです。』

 「そう・・・。」

 『土佐、岩代、割り込みすまない。夕立だけど、こっちも接触に成功したよ。話せたのは艦長と砲雷長に砲雷士君で、見え方は土佐と同じ状況。いやぁ戻ったらさ、当直の砲雷士君が目の前にいたもんだから、お互い叫んじゃったよ!あれはビビった!あははっ!』

 『何やってるんですか、夕立2佐!?以前から言ってますが、これからはもっと気をつけて下さい。もう我々、艦魂だけではなくな・・・』

 「え~と、土佐ちゃん?お小言を言いたいのはわかるけど、無線の向こうで、石見ちゃんと照月ちゃんが多分呆れていると思う・・・あっ・・・。」

 岩代の言葉が、尻すぼみに小さくなる。

 「岩代、誰が呆れてるんだ?」

 話に集中していたのと、ドアの方を見ていなかったため、川原がそばに来るまで気づかないでいた。

 「あっ、えっと、夕立2佐と土佐3佐から報告受けていました!しょっ、少々お待ち下さいね!『みんな、ごめんなさいね。情報交換していてくれる?聞いてはいるから。』すみませんでした艦長、行きましょうか?」

 慌てて取り繕うと頭を下げ、2人で今度は艦橋に向かう。

 その道中、岩代は土佐と夕立の報告と、受信中の石見と照月の報告も、川原に伝えていく。

 「なるほど、全員がそれぞれ、艦長達に接触は出来たのか。が、私と『てるづき』の艦長以外が、幽霊みたいな見え方をしている、と。少し気の毒だな。」

 副長達の最初の様子を思い出し、各艦長達に重ね合わせている。

 「最初だしそれは仕方ない事だと、私達も受け入れなければいけない事なんでしょうねぇ。それにしても・・・」

 「それにしても、どうした?」

 岩代の言葉尻に、川原は足を止め、同じ様に足を止めた岩代の方を向く。

 「繰り返しになっちゃいますけど、何故急にこの艦隊の艦長達が私達を見えるようになったのか、LCAC姉妹や陸自の子達が出現した理由は何なのか・・・。何回考えても、わからなくなるのよねぇ・・・。」

 真面目な声音で、これまでの出来事を考察している岩代に、相槌をうつ川原。

 「それは私も一緒だ。確か、以前は長浦と、3等陸曹・・・だったか、その二人だけしか見えていないと言っていたが、それは間違いないんだったな?」

 問われた岩代は少しうつむくと、顔を上げ川原に向く。

 「・・・えぇ。何年も色んな人を見てきてるけど、あの2人は多分だけど、特別ね。もちろん、気付くレベルの人は、今までにも何人かいたわよ?川原艦長みたいに、気配に気付く位なら、数えたこと無いけど多いと思うのよ。・・・それでも、今回の件は分かっていただいてると思うけど、“異常”だし“非常”なのよ。私達艦魂にとっても、あなた達自衛官にとっても、自衛艦隊にとっても・・・ね。」

 目はしっかりと川原をとらえ、離そうとはしない。

 「確かに、それは岩代の言う通りかもしれない。この件、輸送隊司令には一応、報告しておこうとは思うが、海幕(海上幕僚監部)や自衛艦隊、それと陸自にも、岩代と姉妹の事だけは黙っておく。」

 「えっ?確かに他の子達にも、艦長達の話し合いが終わるまで、公言しないようにお願いしてってそれぞれ頼んでもらってるけど・・・どうして海幕には伝えないのかしら?」

 少し躊躇いながら、目だけ上を軽く見て、下を数秒見てから説明を続ける川原。

 「どう報告したら良いのか、だ。きちんとした報告書が出来るまでは上げられない。そもそも、自分らがよく分かってないから、上から突っ込まれても説明出来ないからな。それは隊司令にも伝えておく。その後どうするかは、隊司令次第だがな。」

 それを聞くや、岩代はニヤリと笑い、「本音は?川原艦長?」とたずねる。

 「何の事だ?」

 「あら?とぼけても無駄よ?困った事があると必ず右上を見るけど、その後右下を見る時は隠し事のある時ってサインなのよね。お気付きでしたかしら?」

 「参ったな・・・。正直言うと、『面倒くさい事になった』・・・だな。上に伝えるのが面倒なんだよ。」

 両手を少し上げ、やれやれといったジェスチャーで天を仰ぐ。

 「本当・・・なのかしら?」

 川原は、岩代に顔を覗き込まれ、たじろぐ。

 「あ、あぁ。右上見た後、右下見たか、俺?」

 「見ていないわね、残念ながら。」

 その場から少し離れて川原の横につくと、士官室に歩いていく。


○護衛艦DDH-186 とさ 旗艦用司令部作戦室


 「なるほど・・・つまり、そっち側もよくわかっていないということ・・・か。」

 顎に手をやり、さする艦長。

 「はい、その通りです。これがどういった原因でおきた事なのか、は重要と思います。しかしこの後をどうするのか、が、現状ではそちらの方が優先であると、わたくし土佐は具申します。」

 旗艦用司令部作戦室(FIC)の一角に、第5護衛隊隊司令(1等海佐)と護衛艦“とさ”艦長(1等海佐)が座っており、その少し離れた所に土佐が立っている。

 当初土佐は2人から席を勧められたのだが、階級と、すぐに“いわみ”に行くことを理由に固辞したのである。

 そして、一旦話を区切り間を空けると、また話し始める。

 「現在の、我々からの意見は、『当面、自衛艦艇乗員以外の人間との接触を極力避けるべきである』と、なっています。ただし、鞍馬海上幕僚長との相談がまだ出来ていない状況ですので、これはあくまでも“北方転地護衛艦隊の艦魂のみ”の総意として下さい。今後変更があるかもしれません。わたくしからは以上です。」

 土佐の話を聞き終え、隊司令と艦長は顔を合わせる。

 「さて・・・どうしたもんか。何か意見は、艦長?」

 顔を曇らせながら、隊司令は艦長に問う。

 「意見は?と言われても、正直・・・。分かりませんなぁ、隊司令?」

 おどけた風に部隊識別帽を人差し指で回す艦長。通常であれば、隊司令は怒る場面かもしれないが、2人は防衛大学校の同期であり仲が良く、1佐に先に昇任したのが隊司令で、艦長は少し遅れての昇任であった。

 付け加えるなら、艦長の昇任が遅かったわけではなく、隊司令の方が順調以上のペースで昇任したのである。

 よって3人だけでFICにいるからこその、この態度である。

 「おいおい、俺に全部考えさせる気か?」

 慌てるように上半身を、艦長の方に身体を向ける隊司令。他の乗員が見たら、乗員達の方が肝を冷やすような場面である。

 「いんや、隊司令は全体の事見ていればいいんよ。”とさこっち”の事は俺が見る。いつものこったろうに。ま、面倒事は任せるよ、隊司令殿?」

 肩をすくめ、背もたれに寄りかかる艦長。それを見て呆れる隊司令と土佐。

 「「はぁ・・・」」

 2人が同時にため息をつくのを見て、クックッと笑う艦長。ふと、笑うのを止めた艦長は、前のめりになって土佐を見る。

 「ところで、土佐。今後の見通しは?幸い土佐や他の艦魂連中は、普通のWAVE(女性の海上自衛官)として誤魔化せる。必要なら土佐に偽名のネームプレートでも用意しようと思う。が、SHと”いわしろ”んとこのLCACおチビちゃん姉妹は無理だ、誤魔化せない。それは隊司令も承知済みだろ?」

 土佐から視線を外さずに、隊司令に聞く艦長。

 「ああ、当然だ。今週艦艇公開を予定しているのは・・・5群(第5護衛群)だと、10隊(第10護衛隊)の”はぐろ”が大湊で、だけか?5隊はいない。SHは載ってないし、現れるとしても“はぐろ”の艦魂だけだろうから、予定通りに出来るだろう。そこは問題ないが、輸送艦のLCACもそうだし、予想では(潜水艦)救難母艦のDSRVも、厄介かもな。特に”いわしろ”のLCACは、子供そのままって言ったな、土佐?」

 ”DDGー180 はぐろ”とはあたご型イージス護衛艦で石見の妹にあたる。

 潜水艦救難母艦とはその名の通り、潜水艦を助けるための艦で、救助の他に、弾薬・燃料・食料の補給等が出来る。似た名前の潜水艦救難艦との違いは、この補給機能が有るか無いかの違いである。母艦は文字通り“おかん”なのである。

 そして、DSRV(Deep Submergence Rescue Vehicle)とは深海救難艇の事である。

 万が一に沈んだ潜水艦から、乗員を助け出すための小型の潜水艇である。詳細は潜水艦同様秘匿されているのだが、潜水艦隊に所属しているとは思えない、白と一部オレンジで塗装されている。

 「はい、その通りです。行動が艦艇公開で見たことのある、小さな子供そのままです。陸自の子供達はLCAC姉妹よりも幼く見えますが、発言、行動、思考などは、大人と同じと言っても差し支え有りません。」

 そこまで聞くと、隊司令は一回深呼吸を、艦長は欠伸をしながら伸びをする。時間も時間だけに、少しの気分転換と言ったところだろうか。

 「いわしろ側は、朝食後に士官と話すって言ってたな?隊司令、こっちもそうしようか?」

 「ん?そうだな・・・取りあえず、急ぎの案件でもないしな。すまんが少し寝させてくれ。多分、朝になったら自衛艦隊司令部横 須 賀は大騒ぎだろう。回らない頭で横須賀の事情聴取は受けたくない。艦長も嫌だろう?」

「全く、同感どーかん。」

 目の間を指でつまむ隊司令に、艦長は「お互い年とっちまったな。」と小さくぼやく。

 隊司令はそれに「あぁ。」とだけ答え、席を立ちFICから出て行く。

 艦長はそれを見届けると、もう一度伸びをしながら欠伸し、土佐を見る。

 「悪いな土佐。俺らには睡眠が必要なんでな。で、取りあえず朝食後に、士官室に移動するから来てくれ。それとも一緒に食うか?」

 「ご一緒させて頂きたい所ですが、石見3佐の所で食事をさせていただく事になっています。いわみ艦長にも、石見3佐経由で了解を取り付けていただいております。まだ、私がここの食堂に行くには問題があります。昼食後に陸自さんがいない食堂なら、問題はないかと思います。それで、宜しいでしょうか、艦長?」

 ここで土佐の言う問題とは、“いずも型”ならではの問題である。

 通常自衛艦艇において、士官が食事をする際は、士官室で食べる事になっている。

 ところがいずも型では、艦長等の艦艇の士官だけでも多いのだがそれに加え、SHのパイロットや乗員、それに今回は5隊司令部の司令以下十数名の士官も乗り組んでおり、それだけの士官の人数に給仕を当てられないと言う事情から、士官達も普段から食堂で食べることになっている。

 「つれないなぁ、土佐?それぐらいなら俺が何とかするから、“いわみ”に断り入れておけ。あっと、迷惑だなんて思ってないからな?そうだな・・・隊司令と俺と飛行長副長、船務とかの各長だけで飯を食う分には、問題ないだろう。土佐の分、今回は俺が給仕してやるよ。俺がいれたコーヒー付きでな。」

 カップを掲げる仕草をすると、土佐の表情をうかがう。無表情とまでは言えないが、上手くは読み取れず、それでも困惑している雰囲気も感じられる。

 「分かりました、艦長。石見3佐に連絡を入れます。それから・・・」

 途中で言葉を区切った土佐は、何かを言いにくそうにしている。

 艦長は疑問に思いつつも、急かす事なく土佐の言葉を待つ。

 「・・・これからわたくしの事で、この“とさ”に乗り組む乗員の方達に、ご迷惑をおかけするかもしれません。その場合、わたくしは艦魂です。いつでも切り捨てて下さい。」

 言い終えると、10度よりも深く頭を下げる土佐。艦長は深刻そうな顔をして土佐を見やり、気楽な感じで大きく息を吐き出すと、立ち上がり近付いていく。

 土佐は頭を下げたまま、その雰囲気だけを感じる。

 そして、土佐の視界に艦長の靴が見えると、そののまま左右が揃う。つま先は軽く開いており、教育隊の基本教練、『不動の姿勢』の見本のようになっている。

 数秒して、土佐の右肩に艦長の手が置かれる。

 「土佐ぁ、そんな寂しい事言うなよ・・・。お前もじゃないか。『乗員を切り捨てた』、何て知れ渡ったら、俺はトラウマで2度と艦に乗れなくなっちゃうじゃないか。そうなったら、土佐はどう責任とるんだ?」

 思ってもいない艦長の返しに、ゆっくりと頭を上げ、困惑の色を濃くさせる。

 「責任・・・ですか・・・?」

 どう返事をして良いか分からなくなって、混乱する土佐に、艦長はさらに追い討ちをかける。

 「そうだいねぇ・・・もしそのトラウマで昇任出来なかったら、責任とって俺と結婚してもらうんべえか?なっから大変だんべなぁ?離婚暦と子供有りなんだから。つっても子供は元嫁さんとこなんだいね。」

 目を見開き、驚きの表情のまま固まる土佐。艦長に離婚暦があるのも初耳で、しかも土佐が聞いたことのない、単語を発している。

 「あ・・・あの・・・艦長?・・・色々言いたいのですが・・・その・・・『なっから』とは何でしょうか?」

 驚きから立ち直れないまま、本来先に聞くべき事があるのだろうに、土佐は何故か単語の方を優先させてしまった。それだけ、今の土佐には衝撃が強すぎたのだろう。

 「あぁ、わりいんね、俺は群馬出身なんさ。『なっから』とか『なから』は、『すごく』とか『とても』って意味なんよ。普段はみんなの手前、標準語っぽく喋ってるんよ。隊司令と同期と長のつく連中ぐらいじゃないんか?俺が上州弁喋るの知ってんの?気がついてる奴は気づいてるけどな、隠してないし。でも俺、土佐はとっくの昔に知ってると思ってたんよ。そんなに驚いたんかい?」

 「あ・・・あの・・・正直に申しまして・・・色々と驚いています。」

 未だ衝撃の余波から立ち直れない土佐は、必死に色々と考えるが、まとめることが出来ないでいる。

 「そうだったんかい?名前で分かると思ってたんに、寂しいもんだいね~。はぁ、知名度低いなぁ群馬は。艦魂にすら地名度低いとか、キズつかぁいね。」

 言い終わると、天井を見る艦長。

 「も、申し訳ありません!元也艦長!」

 先ほどよりも深く頭を下げ、謝罪する土佐。

 補足すると群馬県高崎市は交通の要衝で、高速等の道路網、新幹線等の鉄道網等が集中し、新潟・長野・栃木・埼玉へとアクセスしやすくなっている。

 なお、群馬県の県庁所在地は、前橋市であり高崎市ではない。

 「いや、|悪(わり)い|悪(わり)い!俺が言い過ぎたんだからさぁ、気にするない、土佐!はははっ!」

 土佐の肩をポンッポンッと叩くと、きびすを返し、扉に向かう。

 「ああっと、そうだ、土佐!」

 扉に後少しと言うところで立ち止まり、体を少しひねって土佐を横目に見る高崎に、土佐は姿勢を正して不動の姿勢をとる。

 「俺、結構真剣だから、真面目に考えといてくれな、さっきの話!んじゃあ、お休み、土佐!」

 言い終わると右手を軽く上げて、呆然とした表情の土佐を残し、FICからそのまま出て行く高崎。

 呆気にとられ、頭が真っ白になる土佐。遅れて高崎の言葉を反芻し、一気に顔を真っ赤にしている。

 まるで主機もときがオーバーヒートを起こしているようにも見えるが、今回オーバーヒートしているのは、FIC・CICのようである。


○横須賀市 海上自衛隊 潜水艦隊司令部庁舎内某部屋 時間不明


 横須賀地方総監部から離れた場所にある、海上自衛隊の施設『潜水艦隊司令部』。

 その施設の一室で潜水艦隊司令部の人間が電話を受けている。

 なおこの人間の、潜水艦隊司令部以下の所属・階級・氏名・性別等の一切は、防衛機密扱いのため、教える事はできない。

 「・・・はい・・・はい・・・・・・0230マルフタサンマルから2時間ほどですね?・・・・・・はい、それは了解しましたが、理由はうかがっても・・・・・・も、申し訳ありません!失礼いたしました!・・・はい、申し訳ありません・・・直ぐに連絡します・・・お疲れ様でした、失礼します。」

 この人は受話器を置くと、すぐに持ち上げそのまま何処かへ電話をかける。

 「もしもし、司令部です。海幕から連絡は来ましたか?・・・来てますね。では連絡は・・・・・・わかりました、“やえしお”は私から連絡します。緊急ですので・・・・・・はい、残り2隻はよろしくお願いします。失礼します」

 また受話器を置くと、すぐにまた電話をかける。相手先は、おやしお型潜水艦”SS-598 やえしお”。

 「もしもし、司令部です。“やえしお”ですか?・・・はい、そうです。先ほど、海幕(海上幕僚監部)からそちらにも直接連絡したそうですが、受け取っていますか?・・・わかりました。待ちます。」

 受話器に手を添え、息がかからないようにため息をつく。すぐに右手で書き取っていたメモを持ち、相手からの返事を待つ。

 「あぁ、はい、お願いします、・・・はい・・・・・・はい・・・。合っています。符丁確認しました。こちらと受け取った内容は、間違いなく合っています。それでは、そのように・・・・・・・・・はい、よろしくお願いします。お疲れ様です。」

 受話器を置き一息つくと、筆跡から読み取られないよう、メモ帳の上から3枚を丁寧に破り、シュレッダーにかけると、この人は立ち上がる。

 甘く閉じていた窓のブラインドを、一つ一つ確認しながらしっかりと閉じて、別の部屋に行く。


○同時刻 海上自衛隊 自衛艦隊司令部とその周辺


 こちらも横須賀地方総監部から少し離れた所にある、自衛艦隊司令部の一室。

 先程の潜水艦隊の連絡と同一内容がこちらにも届いており、逸見桟橋(ホテル1)の”DDH-183 いずも”、ヤンキー1~Y4に係留中の艦艇に、“やえしお”と同様の通達が連絡されている。

 また、普段は敷地内を警備する警衛隊も、数名が警備犬を2頭連れて近隣を警戒し始めている。

 そしてそのまま、すぐそばの公園内にも警戒を広げており、特に記念館周辺を念入りに調べている様子が見える。

 この時期の昼間は、多くの観光客や地元の人達で賑わっていたりするのだが、今のこの時間は特に人の気配もなく、近くの駅も終電が終わってしまったためと平日と言うこともあって人通りは少ない。

 タクシーも2~3台しか見当たらず、その内の1台は会社の配車係から連絡を受けたのか、エンジンをかけると駅前ロータリーを回って、出て行こうとしているのが見える。

 駅前の日常と対比して、警衛隊員が公園を警戒しているという、非日常の光景が繰り広げられている。

 しかし、一般の人間の目には、一切触れることなく粛々と進められるその姿はさながら、公園対岸にいる彼女達潜水艦と同様に見える。


○東京都内某所 時間不明


 「お待たせして申し訳ありませんでした。すぐに参りましょう。ちなみに今回は私の私用車です。乗り心地は、普段の車両と違うのはご容赦下さい。」

 紺色の作業着を着た男性が、もう1人同じ服を着て、椅子に座っている男性に話しかける

 「申し訳ないね、私の我がままで振り回して、君の私用車まで準備してもらって。」

 座っていた男性は作業帽を手に取る。その感触を確かめるように弄ぶと、ゆっくり立ち上がり、机を回り込んでドアへと、もう1人の男性と共に向かう。

 「さて、よろしく頼むよ。」

 「お任せ下さい。それでは。」

 任された男性は扉を開けると、もう1人の男性を通してから、扉を静かに閉める。

 しばらくして、ある建物から白い車両が1台、静かに出て行く。

 「楽しみだな。早く着くと良いんだが・・・。あ、すまん。法定速度はしっかり守ってくれ。」

 自身の発言に、慌てて運転手の男性に訂正を入れる、後部座席の男性。

 「御安心下さい。スピード違反で捕まってしまったら、時間が無くなりますし、あいつらに“餌”を撒くことになりますからね。それだけは絶対に阻止します。」

 その言葉に、言われた男性は苦笑いする。

 「君の言う“あいつら”が嫌いなのは分かるが、露骨に出さないようにな。食いつかれたら出世出来ないぞ?」

 「了解いたしました。御助言ありがとうございます。」

 白い車両はいつの間にか高速道路のインターチェンジに差し掛かる。少し手前でETCの装置から「カードを読み取れません。カードを挿入して下さい。」と繰り返し流れているが、運転席、助手席、後部座席の計4人は意に介さないでいる。

 ETCレーンとは違うレーンに進めると、一旦車両を止める。料金を支払い領収証を受け取ると、車を進め、そのまま本線に合流させていく。

 「さて、諸君。“あいつら”の事よりも、先に考えなくちゃいけない案件があるんだが、良いアイディアはあるかな?」

 まるで教師が生徒に対して問いかけるように、運転席後ろ側の男性は他の3人に問いかける。

 「“丘”と“上”と“父”ですね?それは私達にお任せください。けどバレなければ、ただ働きになってしまいますね。まぁ国民の方にとっては、『税金が無駄にならなくて良かった』と喜びそうですけどね。」

 助手席の男性が、軽く後ろを向きそう言い放つ。すると今まで黙っていた、助手席側後部座席の男性が、軽く笑みを浮かべる。

 「俺らも日本国民なんだがなぁ。それより良いのか?いつか使おうとか思って、とっといた符丁じゃないのか?そのネタここで使ってどうする。もう使えないぞ?」

 助手席の男性は、「構いませんよ、時期的に移動のお声がかかりそうですし、急ぎでしょう?今使わないでいつ使うんですか?」と、気にする素振りを見せない。

 そんな彼らを乗せ、白い車両は何処かへと高速道路をひた走る。

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