第29話 本物の嘘つき


「滑稽なのも当然ですわ。わたくしの事など、何も知らない・・・偽物さん?」



「えっ?」

 橋立の言葉に、白瀬の思考が止まる。

 そんな、思考が止まり言葉が続かない白瀬を嘲笑うように、橋立は怒りが籠もった笑みを浮かべる。

「もう、本当に。御自分の都合の悪い部分は聞こえなくなってしまいますのね?偽物さんは。それとも、わたくしに興味が無いのに近付いて来られたのかしら?」

「何の事か話が分からな・・・」

 白瀬は橋立の言葉に明らかに動揺している様子を見せ、わなわなと体が震えている。

「貴女は、わたくしだけでなく白瀬さんの事も何も分からないのですわね!?それこそ滑稽ですわ!白瀬さんの事も何も知らないで、その様な格好、その様な言動、その様な性格・・・」

「橋立君!!し、失礼だと、お、思わないのかねぇ!?ぼ、僕が偽物という、しょ、証拠!そう!証拠は、あ、あるというのかねぇ!?」

 白瀬は右人差し指を橋立に向け抗議の意志を示すが、橋立の様子はむしろ怒りの度合いを上げているようにも見える。

「それ以上は黙っててくださいまし、偽物さん!今読んでいる推理小説の犯人さんでも、もう少し、ましな事を言って解決編を楽しませてくれると言うのに・・・現実は、つまらないですわね!本物の白瀬さんでしたら『僕になりすまして楽しいのかねぇ!偽物君!!』とでも仰ってる所ですわ!!!」

「だ、だけど、証拠もなく一方的に偽物と言われたら、誰でもこういう風に・・・」

「・・・不愉快ですわね・・・」

「何を言うのかねぇ!?僕も同じ気持ち・・・」

 反論を聞いた橋立は、激しい怒りの中にほんの少しだけ悲しみを滲ませた視線を、抗議の反論を続ける白瀬に向ける。


「ええ、不愉快ですわね・・・不愉快・・・不愉快ですわ・・・不愉快ですわ!不愉快!不愉快なのですの!!偽物さんにそういう風に言われても、虫唾が走るだけですわ!!!白瀬さんの姿や声で!何をしようと言うのですの!?答えなさい!偽物!!!」


 橋立が袋の中に左手を入れると、白瀬は小さく悲鳴を上げ、顔の前で腕を交差させて自分の身を守ろうとする。

 交差させて前になった白瀬の左腕に何かが当たる感触があり、白瀬は恐る恐る腕の隙間からその正体を見ようとする。

「動くな!これは警告ですわ!」

「ひゃっ!!・・・って、なあんだ、木の玩具じゃあないかねぇ?ビクビクして損したねぇ?全く、橋立君のはったりには驚かさ、うぐっ!」

「警告行動!」

 白瀬が警告を無視して、腕の上から自分に当てられていた銃剣道用のもくじゅうを見るために頭を上げた事で、橋立はそれを敵対行動とみなし、警告のため白瀬の左腕に当てていた木銃を強く押し付ける。

 白瀬はその力に対抗するため、歯を食いしばって押し返そうとしたのだが、橋立の方が勝っているため押した分以上に押し返される。

「動くな、偽物。わたくしは本気ですの。甘く見てもらっては困りますわね。」

 橋立に対抗していた白瀬だが、食いしばったままで笑顔を見せると、焦りの色を浮かべているような雰囲気で橋立に語りかける。

「な、なるほど、ねぇ?次は、ぐぅっ!・・・せ、正当防衛行ど、う!・・・かねぇ!?君も、少し甘いんじゃ、あ、ない、かねぇ!?」

 橋立は気付けなかった。

 白瀬の口調は喋っている内容程には余裕が無さそうに聞こえるのだが、腕でもう1度隠した顔をもしも見る事が出来たのであれば、その後の対応は少しだけは変わっていたかもしれなかった。

 あくまでも“少しだけは”かもしれないのではあるが。

「や、やっと、“はしだてここ”の状況開始の時刻、だねぇ?いやぁ、長かったねぇ!?」

 白瀬の言葉は、今までのような焦燥感等は微塵も感じさせないどころか逆に強気にも感じられ、相手をしている橋立に焦燥感が移ってしまったようにも感じられる。

「状況開始!?何の事ですの!?言いなさい!何を企んでい・・・ますの!」

 白瀬の言葉を聞いた橋立は、一瞬意識が飛ぶような感覚に襲われ、言葉にも影響が出る。

(な、何ですの!?今のは何ですの!?一瞬目の前が真っ暗になりましたわよ!?そ、そんな事より偽物を・・・早く制圧したほ・・・よさ・・・そうで・・・わ・・・ね・・・)

 突然橋立は眠気に襲われ、体がぐらつき始める。

「今日の為に君達が使う言葉、ちょっと勉強させてもらっててねぇ?映画だったか陸自君の動画だったかで、『状況開始』って言っててねぇ?ちょっと格好良くて、使ってみたいって思ったんだよねぇ!ちゃんと言えて嬉しいねぇ!」

 目の前の白瀬は、ついに自分が偽物である事を隠そうともせずにいる。

「馬鹿にしな・・・いで下さいまし!貴女のよ・・・うな、ふざけた人物に!・・・我々の・・・言葉を使って欲しくありませんわ!!」

 橋立は眠気に耐えながら白瀬、否、偽白瀬に反論したのだが、言い切った直後に自分の意志に逆らって、今までの空気にそぐわないような大きな欠伸をしてしまう。

 橋立が慌てて首を左右にふると、そのタイミングを計ったように、偽白瀬は右手で木銃の先端を掴む。

 焦った橋立が抵抗しようと引っ張った直後、白瀬は左手を中心よりも自分寄りで掴み、一気に引っ張って立ち上がる。

 代わりに引っ張られて床へ倒れ込んだ橋立は、慌てて木銃を持ちながら立ち上がろうとするのだが、全身に力が入らなくなったように、立ち上がる事が出来ずにいた。

「おやおやぁ?橋立君?さっきまでの威勢はどうしちゃったのかねぇ?立てないのかねぇ?今の君は、まるで生まれたての小鹿みたいだねぇ?」

 木銃を抱えて必死に立ち上がろうとする橋立に近付くと、偽白瀬は勝ち誇ったような顔を橋立に見せつける。

「う、五月蝿い・・・ですわよ!?・・・にせも・・・の!・・・その・・・減らず口・・・を・・・今すぐ・・・塞いで・・・」

 白瀬は橋立の顔のそばでしゃがむと、抵抗が弱くなった橋立から木銃を取り上げる。

「こんな木の玩具でも、橋立君達みたいな者が使えば、立派な武器になるんだねぇ?勉強させてもらったよ?橋立君?」

 右手で掲げながらしげしげと木銃を眺める偽白瀬に、襲い来る眠気と戦いながら、それでも偽白瀬に立ち向かうべく床を少しでも偽白瀬に近付く為に、無理矢理に這いずろうとする。

 しかし、自分の意志に逆らって眠ろうとする自分の体に、橋立は焦りだけでなく強い苛立ちを覚える。

「て、訂正なさい!木銃は・・・玩具では・・・無いですわ!!・・・返し・・・な・・・さい!・・・手を触れ・・・る・・・など、ゆ・・・るさ・・・」

 偽白瀬は無言で木銃の入っていた袋も拾い上げると、木銃を入れてファスナーを閉じ、その後ロッカーにしまおうとするのだが、鍵が掛けられていて開けられず、偽白瀬は諦める。

「危ないから、ロッカーに入れておいてあげようと思ったんだけどねぇ。橋立君、よかったら鍵を貸してもらえるかねぇ?」

 偽白瀬はそう言って袋を持ったまま、もう1度橋立のそばにしゃがみ込む。

「鍵を・・・渡す訳には・・・参りません・・・大切な官品かんぴんを・・・貴女に持って・・・行かれては・・・一大事・・・で・・・すもの・・・」

 橋立の言葉に、偽白瀬はやれやれと両手を軽くあげて左右に数回ふる。

「いやあ、橋立君も失礼だねぇ?この僕が泥棒するとでも思っているのかねぇ?さて、そんな事はどうでもいいとしてだねぇ。それにしても凄いねぇ?橋立君といい、赤龍君といい、えっと、あの小学生位の作業着着た子はなんて言ったかねぇ?あの子も根性があるみたいで、本当に面白いねぇ?」

「・・・あの方達にも・・・何かを・・・し・・・た・・・」

「そうだ、君が眠ってしまう前に聞きたいんだけど、いつ、どのあたりで僕が偽物だと思ったのか、教えてくれないかねぇ?」

「・・・」

「あれ?橋立君?」

 偽白瀬は顔を覗き込むが、黙ってしまった橋立は目を瞑り小さく一定のリズムで呼吸をしている。

「あちゃあ・・・勿体付けて、どこかのラスボスみたいな事をしようと思ったら、時間をかけ過ぎちゃったな・・・。慣れない事は難しいよ・・・。普通に聞くべきだった、“かねぇ”?」

 偽白瀬はその場で小さく溜め息をつくと橋立を抱え上げ、彼女のベッドへ丁寧に寝かせると、脱がせてあった橋立の靴を揃えて床に置く。

 偽白瀬は橋立の頭を優しく撫でると、畳んであった掛け布団を掛けて小さく溜め息をつく。

 そこへ扉をノックする音が聞こえ、偽白瀬は戸惑うことなく下を見ながら3分の1程扉を少しずつ開ける。

 そこには1羽のカラスが偽白瀬を見上げていたが、偽白瀬が右手で部屋の奥を指し示すと、スキップするように歩いて部屋に入る。

 偽白瀬が扉を閉めると、カラスは机に向かって羽ばたいて飛び乗り、立ったままの偽白瀬に向く。

「ねえねえ、潜水艦とか船達の陽動作戦は全部終わったって、“双子”から連絡あったよ?で、僕も見て回ったけど、予定通り混乱してるよ?」

 人間の男の子のようなこの声はカラスから発せられたのだが、偽白瀬は驚く事もなく、むしろ笑顔を浮かべて腕を組む。

「確かに予定通り、時間ぴったりだったよ。」

 カラスに橋立を見るように促すと、カラスは机のぎりぎり端まで行くと、二段ベッドの下段に寝ている橋立の顔を覗き込む。

「ほんとだぁ!成功してるみたい!でもさ?無茶苦茶じゃないかな?今日みたいな日に、艦魂達だけの強制睡眠と通信遮断の実験だなんてさ?失敗したらあの二人に怒られちゃうよ?」

 カラスが小首を傾げながら見上げると、偽白瀬はそれに気づいて、肩を竦める。

「こういう時にしか実験出来ないからね。万が一失敗したら“双子”と、調査してる二人を連れ出して逃げればいいだけ。それで、その二人である大塚と鮎沢の方の、駿河彼女の調査はどうだったんだろう?」

「順調だったみたいだったよ?もう終わって出たみたいだけど、鮎沢は不満たらたらだったみたいだけどね?」

「え?不満?何で?せっかく駿河も実験がてら眠らせて、船の専門家のお手伝いをしてあげたのに?」

「調査中にね?『邪魔が入らないのはありがたいですけど、連携行動してもらいたいのなら早く言って欲しいものです!それに、いつも行動の直前の連絡では困ります!』だってさ?ああ、それからね?今、大塚と鮎沢は横須賀中央横中に徒歩で移動中って“黒猫”から連絡入ったよ?現在地はどぶ板通りを抜けて、三笠商店街に向かってる所だって。ついでだけど、“黒猫”と僕、正体が感づかれちゃったみたいだよ?どうする?」

 偽白瀬はそれを聞くと、カラスに自分の肩に乗るように話し、肩を机の高さまでしゃがんで下げる。

「別にばれても構いやしないよ?他にも方法はあるし、相手が気をつけてなければ、今回の方法だって早々には気付かれないよ。現に“黒猫”は、まだ気付かれてないんでしょ?」

「よいしょっと。確かに言えてるかも?だったら僕は、まだカラスのままでいいよね?昼間なら“お友達”がいっぱいだから、ばれないと思うし。それに今日は、時間を間違えただけだったんじゃないかな?知らなかったんだよ、カラスは夜に寝るなんて。」

 カラスが喋りながらしっかり肩に掴まると、偽白瀬は椅子に座ってメモ帳と赤いボールペンを取り出して何かを書き始める。

「何をそんなに楽しそうに書いてるの?なんかおっかない事書いてるみたいだけど?」

 カラスが偽白瀬の手元を覗くと、軽い雰囲気で少し笑い、カラスの頭を数度撫でる。

 カラスは嫌がる事無く、目を瞑って偽白瀬を受け入れている。

「この手紙の事かい?これは“演出用の小道具”なんだよ。必要か必要じゃないのかは、僕も分かって無いけどね?多分ずっと分からないままかもよ?」

「小道具って、凄いの?凄くないの?」

「凄くは・・・ないかも?」

「そうなんだぁ?それよりご飯食べようよ!僕、お腹ペコペコだよぉ!早くご飯食べたい!食べたいなったら食べたいな!!」

 偽白瀬はやれやれと言いながら立ち上がり、楽しそうに「大塚達にタコの料理を奢ってあげないといけないからねぇ!行こうかねぇ!?」と言うと、カラスも上機嫌に「僕はたこ焼き食べたい!」と悠長に会話している。

 そして、“はしだて”艇内で当直の3曹の目の前を一人と一羽は、咎められるどころか気付かれることも無く通り過ぎ、楽しそうに会話しながら特務艇“はしだて”を後にした。


○輸送艦LST-4004いわしろ艦内 士官室 0913i


 赤龍達や遠州達の騒動を受けて、0615より横須賀にいる各艦艇の艦魂達が、自衛艦隊司令部前である船越桟橋F-10に停泊中のAS-405“ちはや”に召集され、自衛官向けには不定期の情報交換会として、実際には今回の騒動の聞き取り等を行っていた。

 夜明け後に少しずつ判明してきてはいて、無線不通や閉じ込め等の影響を受けていたのは曳船、油船、交通船等にも及んでおり現在も曳船の一部や白瀬、橋立達に影響が続いている。

 白瀬は曳船達と出会ったため、朝の散歩からそのまま直行しているのだが、橋立は連絡が取れず、乗員達も姿を見ていないと証言していた。

 更には同じ船越地区に停泊中の海上保安庁の船艇にも似たような事象が発生していたようだと、曳船達が霧島へ報告していた。

 そして、そのまま全体会議のようになったのだが、“ちはや”では会議をするには手狭となってしまい、0736にバース代えをした護衛艦“きりしま”に代わって、0751にY2へ着桟した輸送艦“いわしろ”へと移動していた。

 その間も橋立は姿を見せず、霧島は忙しいからだろうと、深く追求はしなかった。

 そしてその途中、特殊事象調査室の大村と西原が岩代に会いに来たため、岩代は中座していた。

 その士官室を見ると、なぜか海曹長である坪内と3陸曹の浜山の姿もあり、川原達幹部と同様にそれぞれの3種夏服姿で同席している。

 本来であれば坪内と浜山は同席予定では無かったのだが、岩代から2人も同席させなければ大村達と会わないという条件を付けた事により、このような事になっている。

「早速だが岩代、この人物を見てもらいたい。」

 大村は写真を取り出すと少し腰を浮かせ、岩代の目の前に写真を差し出す。

 岩代はそれを受け取ると、怪訝な表情を浮かべながら写真を眺めた後、テーブルに置く。

「この写真って、いつ、何処で撮影されたのかしら?随分と近くから、この女性を撮影したみたいだけど?」

 大村を見ながら写真を指差す岩代の表情は、大村だけでなく西原の目にも強張っているように見えている。

「昨日、“するが”の飛行甲板にいた人物を撮影したものだ。この写真では階級章が分かりにくくて、准尉以上の士官としか分からない。」

「そう・・・。」

 岩代は興味がないような素振りで返答すると、少しの間、写真を黙って見つめる。

「所で川原艦長に質問があるのだけれど、よろしいかしら?」

「質問?構わないがどうした?」

 突然岩代から、脈絡も無く話しを振られた川原は面食らってしまう。

 大村と西原も岩代が川原に話しかけると思っていなかったため、不思議に思いながら2人の方を見る。

「大村室長は川原艦長の後輩で、防大に一緒にいた事は1年しか無くて、同じ校友会の短艇委員会だったって、さっき教えてくれたわよね?」

「確かにそう言ったが、それが?」

「じゃあお聴きしますけど、大村室長は昔からこんなに回りくどい人だったのかしら?川原艦長?」

 不愉快に思っているような表情で大村を見ると、岩代は口を真一文字に結ぶ。

「そんな事は無かったと思うが、それがどうしたんだ?」

「そうなの?それなら構わないんですけどね?てっきり、私に内緒で何かテストされてるんじゃないかって、疑っちゃったのよね?」

 写真を指差しながら川原に言うと、大村の方を向いて笑顔を浮かべる。

「だって自衛官さんの事なら普通、先に川原艦長に聞く筈でしょ?それなのに大村室長は、迷わず私に聞くんですもの。彼女が誰なのか、ある程度以上の確証があって私に聞いてるのかと思ったのよね?」

 写真を180度回転させると、人差し指でテーブルを滑らすようにして大村へ返す。

 大村が写真を受け取ろうと右手を伸ばしかけると、岩代は人差し指で2回テーブルを叩き、威嚇するように目を細める。

 大村は思わず手を少し引っ込めてしまい、岩代の視線にたじろぐ

「大村室長はこの人を誰だと思っているのか、お聞かせ願えます?」

 思ってもみなかった岩代からの威圧感溢れる質問返しに、仕方なく素直に答える事にした。

「別のある人物に確認した所、彼女は“するが”衝突事故の時に現れたという『血塗れの2佐』または『bloody commnder』と呼称されていた人物だと分かった。今まで確認できていなかった訳だが、昨日の朝、初めてその姿が確認できた次第だよ。因みに階級はこっちの写真で確認出来た。」

 大村はもう1枚の写真を取り出すと少し手を伸ばして、岩代の前に置く。

 岩代はそれを見ると2佐である事が確認出来たのか、手に取ると先程の写真の隣に大村の方へ向けて置く。

「『bloody commnder』・・・なるほど、ね・・・」

 そう呟くと岩代は、大村の前に並べた写真を見つめたまま沈黙してしまう。

(赤龍ちゃん達が夢で駿河2佐を見たタイミングで、こんな写真が出てくるなんて・・・偶然にしても出来すぎてるわね・・・けど、大村室長達に私達の夢をコントロール出来る筈も・・・無い、わよね?)

 岩代はこの一連の流れが繋がっているように、錯覚しているだけなのかそれとも本当にそうなのかが、判別出来ず困惑する。

「大村室長?」

「どうした?岩代?」

「貴方の推察通り、彼女は駿河2佐で間違いないですよ。」

 どうせ分からないのであれば、と、騒ぎに巻き込まれず無線が使えたため、霧島に1度無線で連絡した上で大村達に協力する事にした。

(私が協力すればどっちにとっても、お得なはずなのよね。)

 岩代としては、夢の件と写真の件が繋がっているように思えて仕方なかったからでもあり、ここで協力する事でこれまでの事象の、更なる情報収集にも繋がると思い、あえて大村達に協力する事にしたのである。

(やはり、あれは“するが”の艦魂で間違いなかったか。岩代が協力的で助かった。)

 大村も艦魂の調査について、少しでも早く、大きく進展させたいという思いもあり、岩代の協力的な態度に安堵する。

(・・・これで恵一君が交わした約束を俺が果たせば、“するが”にも協力してもらえる可能性があるし、bloody commnderの事もはっきりさせられる。逸見いつみを助けたのが“するが”の艦魂かもはっきりする。)

 大村は特に喉は渇いていなかったが、自然とカップに手が伸びていて、コーヒーを少し飲む。

(もし予想通りだったとしたら・・・、“するが”の艦魂に問い質したい事もある。あれは本当に“事故”だったのか、それとも夏菜子を・・・)

 静かにカップを置いたつもりであったが、大村の耳には、酷く耳障りな大きい音に聞こえた。

 岩代は川原と何か会話をしているのだが、大村には雑音にしか聞こえず、カップを持った彼の手に余計な力が加わる。

「大村2佐?何かあったのかしら?」

 突然岩代の声が聞こえ我に返ると、その場にいる全員からの視線を集めていた事に気付き、先程まで考えていた事を悟られるのを誤魔化すように、残ったコーヒーを静かに飲み干す。

「大村、大丈夫か?」

「大丈夫です。申し訳ありません、あの時の事を急に思い出してしまって。お話中なのに失礼しました。」

「そうか。“するが”だからな。」

 川原はそう言うと、コーヒーに口をつけて一息つける。

 大村は黒い手帳を取り出すと、真ん中付近のページを開いて、そこから数ページ戻る。

 大村が開いたページの左上を見ると丁寧な字で【不明な2佐】と書かれていて、1つ空けた下の行から箇条書きのように【不明な2佐】の特徴等が書き込まれている。

 上から下に視線を走らせると、手帳をしまう。


○輸送艦いわしろ 多目的区画 同時刻


 岩代からの報告を受けた霧島は、その場で立ち上がると全員を静かにさせる。

「先程岩代から、昨日駿河が写真に撮られたと報告があり、それを現認したそうだ。」

 それを聞いて、各々が小さい声で駿河の名前を口に出している。

 そんな中で、1人が突然立ち上がる。

「どうした?」

「霧島君、その写真は僕らも見る事は出来るのかねぇ?」

 白瀬は普段通りの様子で質問すると、霧島は頼んでみると言ってしばし沈黙する。

 返答を受け取ったらしい霧島は、視線を白瀬に向け、後で岩代が多目的区画に持ってくると白瀬に伝える。

(やれやれ。いいタイミングなのか、悪いタイミングなのか・・・来る前に東京MARTISマーチスを確認したらH1にいるDDHの妹君が今日の夕方遊びに来るらしいし、分からないねぇ?うん?橋立君?)

 扉の開く音がして白瀬他数名がそちらを見ると、橋立が第3種夏服姿で入ってくる。

 橋立は霧島へ近付くと何かを話しているようだが、小声なため内容は聞き取れない。

 話を終えた橋立は霧島に対して姿勢を正し、手を真っ直ぐに伸ばして下ろして10度の敬礼をする。

(橋立君、随分とおっかない顔をしているねぇ?昨夜の騒ぎに巻き込まれた事でも、報告しているのかねぇ?)

 白瀬がそうに考えていると、隣に座っていたYT99に左腕を2回つつかれる。

「白瀬1尉、あれ、おかしくありませんか?」

「どれかねぇ?」

「ほら、あれです。2人とも気付いていないのでしょうか?絶対おかしいですよね?」

「本当だねぇ?多分、2人とも気付いて無いのかねぇ?彼女達らしくないねぇ?」

 YT99は霧島と橋立を見ながら、白瀬に何かを続けて話をする。

 すると、霧島と話終えた橋立は白瀬のそばに来ると、ついて来るように話をする。

 その間に霧島は会議の指揮を渦潮と交代すると、千代田へ耳打ちをしてから多目的区画の外へと出て行った。

 橋立は白瀬が立ち上がると背を向け、先導を始める。

(ふふふっ・・・徹底的に追い詰めて・・・言い訳無用で拘束して差し上げますわ、白瀬さん?)

 白瀬は訳も分からず橋立の後ろをついて行くのだが、曳船や水船達に動揺や怯えている様子を感じる。

(橋立君、怒っているのかねぇ?)

 白瀬は他人事のように考えながらついて行くと、多目的区画の外には霧島と、その隣には士官室にいるはずの岩代も立って橋立と白瀬を待ちかまえていた。

「橋立。さっきの話をもう1度、今度は岩代と一緒に聞かせて欲しい。あれは、本当なんだな?」

 霧島は橋立にそう言うと、白瀬に厳しい視線を送る。

「ええ。こんな事、『冗談でした』では、済まされませんもの、霧島将補。」

「でも、どこから見ても、白瀬さんよ?」

「何を言ってるのかねぇ?岩代君はまるで、僕が別人みたいな言い方をするんだねぇ?僕は僕だよ?」

 橋立はそれを聞いて白瀬に数歩近付き、岩代は白瀬の背後に回る。

「昨夜、わたくしとお話した際に、貴女は私物の銃剣道の木銃を“小銃”だと言い、“はしだて”艇長を“船長”と呼び、わたくしが停泊しているバースであるYP-1Sを答えられませんでしたわ。音声の証拠もここにありますの!それが偽物だという何よりの証拠ですわ!」

 橋立はポケットからICレコーダーを取り出すと白瀬に人差し指を向け、昨夜受けた仕打ちをこの場で晴らそうとしているように、非難の目を向ける。

 白瀬は他人事のような表情で聞いていたのだが、視線を後ろの岩代と左前の霧島に向けると、その表情からこれは茶番ではないと、どこか自分事で無いように思う。

 すると白瀬は、腕を組んで目をつぶり何かを呟きだした。

「白瀬さん、逃げ出す算段でもつけていらっしゃるのかしら?わたくし達が逃がすとでも、思っていらっしゃるのかしら?馬鹿にされたものですわね!?」

 すると今度は、突然体勢を崩すが、倒れることなく直ぐに白瀬は持ち直す。

「あら?逃げられないからと言って、今更、自分にも術のようなものをかけて被害者のふりをするつもりですの?とんだ三文芝居ですわね?わたくしの読んでる推理小説でも、犯人さん達はもっとうまい方法で探偵さん達を翻弄していますわよ?」

 橋立が白瀬に勝ち誇ったような顔で、また1歩近付くと霧島がそれを止める。

「橋立、それ以上近付くと危険だ。離れろ。」

 すると白瀬はまた、聞き取れない位の声でぶつぶつと何かを呟いている。

 霧島と岩代は同じタイミングで怪訝な表情を浮かべて、白瀬を見る。

 霧島は表情を元に戻すと、今度は橋立を心配そうな表情を浮かべながら見る。

「もうすぐLCACちゃん達が、坊や君と大村室長達を連れてくるのよ?それまで、私達は逃がさない事って決めたでしょ?だから橋立ちゃん、離れましょう?」

 橋立は少し残念そうな表情を浮かべると、2歩後進する。

 そのタイミングで曳船のYT67を先頭にYT68、YT95、YT99、それに交通船のYF1037、水船みずぶねのYW21が出てくるとそれぞれ作業帽を被り、霧島達に向かって横2列になって整列する。

「霧島将補に敬礼!」

 全員が挙手敬礼し、霧島がそれに対して答礼し終えると、YT67が声をかけ、敬礼を終える。

 全員が手を降ろして握り拳を作って不動の姿勢をとると、YT67が1歩前に進み出て霧島に正対する。

「ご報告いたします!横須賀港務隊、曳船YT67以下3名と水船みずぶねYW21の計5名は港務作業のため、交通船YF1037、計1名は大洗港へ向け出港のため、以上、合計6名は会議中ではありますが、それぞれ帰隊する事を霧島将補へご報告いたします!」

 YT67は報告を終えると、挙手敬礼して列に戻る。

 霧島は港務隊達に休めの姿勢をとらせると、港務隊達の顔を見渡して、正面を向く。

「自分達の任務で忙しい中、時間を縫って集合し報告してくれた事を感謝する。ありがとう。この後の事だが、曳船の諸君はYF1037の出港と、護衛艦“かが”の入港補助作業を無事故で行え。YW21は水の補給作業を無事故で行え。最後にYF1037は大洗港への航行任務を無事故で行え。最後に私から諸君の無事故と安航を祈る事を持って、私からの訓示とする。以上。」

 港務隊達は挙手敬礼し、輸送艦“いわしろ”を後にする。

「さて、白瀬さん?中断してしまいましたけれども、申し開きなど、このに及んで御座いませんわよね?」

 橋立が不敵な笑みを浮かべると、白瀬は下を向き、うなだれてしまう。

 霧島達は観念したのかと思ったのだが、白瀬が微かに笑いを漏らしているのに気付く。

「くっくっく・・・」

「あら?観念されましたの?」

「そうだねぇ、橋立1尉。僕は・・・南極観測船“しらせ”の艦魂である白瀬は、偽物なんだよねぇ。橋立1尉、よく見破ってくれたねぇ!いやあ実に楽しいねぇ!霧島君!岩代君!君たちも楽しいのなら笑った方が良いんだよねぇ!あっはっはっはっはーー!!」

 高らかに心の底から楽しそうに笑いながら、偽物であると白状した白瀬。

 霧島と岩代は警戒態勢を敷き、無線で会議中断と、白瀬を拘束するため護衛艦達と潜水艦達を呼び寄せる。

 多目的区画から彼女達が飛び出して来るのと同時に、調査室の大村と西原、それに陸自の浜山がLCAC達に先導されて到着する。

「あれ、白瀬?なの?」

「なんだか怖い!ね?」

「岩代、どういう状況何だ!?説明しろ!?」

「みんな!十分に警戒してちょうだい!!そのは偽物よ!」

「迂闊に近付かないで下さいまし!!わたくしも変な術みたいなもので、白瀬さんに眠らされてしまったのですの!!」

 橋立の叫びに、周りにいた全員が1歩後進する。

 全員が、先ほどから笑い続ける白瀬へ攻め倦ねているのだが、特に橋立はかなり焦りを浮かべている。

(何か変ですわ?抵抗も無く自分から偽物の宣言をするだなんて・・・。おかしいですわ?攻め込んでいるのはわたくしですのに・・・この後、拘束して取り調べるだけだというのに・・・まるで・・・わたくしの方が追い込まれている気持ちですわ・・・わたくし、きちんと調べたのですのに・・・)

 橋立の焦りに気付いたように、白瀬は笑うのを止めると橋立を見る。

「いやあ、実に面白い茶番だったねぇ!橋立君を相手にしていると、本当に面白くて飽きないねぇ!」

「お褒めいただき、大変光栄ですわ?白瀬さん?」

「面白くて面白くて・・・」

 白瀬は目を細めると、ずり下がったメガネを人差し指で上げると、人差し指をメガネのブリッジから外さずに、橋立に正対する。



「面白くて・・・実に不愉快じゃあないかねぇ!!?橋立君!!!くっくっくっくっ!あっはっはっはー!!」



 その場にいた赤龍は、白瀬の今まで見たことも無い、まるで獲物を見つけた時の肉食獣のような獰猛どうもうさと、それと相反する、この空間を心底楽しんでいるような笑みに、無意識のうちに駿河に襲われた夢を思い出してしまい、微かに震えてしまったのであった。

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