第02話 始まりの日
日本の日付が変わって、最初に報告された異変は陸上自衛隊、次いで航空自衛隊、そして海上自衛隊の順であった。
その日の昼前、ほぼ同時刻に陸上・海上・航空幕僚長から統合幕僚長へ似たような報告が上がったのだが、報告をあげた各幕僚長も、報告を受け取った統合幕僚長も困惑を隠せず、内容を読み厄介な問題ではないかと直感した。
その内容は、自衛隊の設立以来・・・いや、人類の記録が遡れるまで遡ったとしても、今回の報告のような出来事は起きた事は無く、もし見られるとして、遠くの未来まで見に行ったとしても表れない
自衛隊が、いや、日本国民のほとんどが想定出来る範囲外の出来事である。
もちろん0ではない。一部ではこうなったら面白いだろうな?とか、こうだったらいいのに、と考える人もいたとは思う。
しかし、現実にこの事を突きつけられた自衛官達からすれば、たまったものではない。
上から下まで、陸海空問わず混乱した状態になっている。
一例を上げるならば、陸上自衛隊第1師団の第1特科隊と第1飛行隊は東富士演習場において、
その時上空にいたOH-6(観測用ヘリコプター)2機、AH-64D(攻撃用ヘリ・アパッチロングボウ)1機、UH-1J(多用途ヘリ・イロコイ)3機が次々にFH-70と同じ異変が発生。
うち1機のUH-1Jが着陸直前にバランスを崩して、横転しかけた。幸いに再度高度をとることができ、着陸をやり直し事なきを得た。
報告書にはパイロットの飛行時間が少なかったのが原因なのか、異変が原因か、それ以外の原因かの調査を進めているとしている。
ここまで危険な事例は、現在この一件だけだが重大事故につながりかねない事象が発生しているため、各幕僚隷下の全自衛隊員に今一度気を引きしめるよう、通達が出されている。
今回の事象をまとめた報告書には、陸自の7つの駐屯地と東富士演習場内、空自の2つの基地、海自の横須賀基地において、時刻は
事ここに至って、統幕長と陸上・海上・航空幕僚長は防衛大臣に報告しなければならないのだろうが、統合幕僚長は判断に迷った。
実のところ、陸上・海上・航空幕僚長も判断に迷ったため、会議を開くことになった経緯がある。
なぜなら、これを報告するとして、どのように防衛大臣に説明すればよいかが不明だったからだ。
さらに、未だ脅威度をはかりかねている事もある。
時刻を少し戻して、航空自衛隊が統合幕僚監部に第2報を入れた
場所は海上保安庁本庁の、海上保安庁長官室。
ここには、海上保安庁長官、次長、海上保安監達の話し込む姿がある。
異変が海上保安庁でも起きたのである。
時刻は海上自衛隊の第一報と同時刻。場所は横須賀と横浜。つまり海自と海保は、同時に同様の出来事が起きていたことになる。
現時点でお互いにわかりようもないのだが、わかったところで解決に至るかは不明である。
そして会議中に第一管区・第十管区保安本部から、その1時間後に第二・五・六管区から、2時間後には全ての管区からの第1報が出揃い、始まりの第三管区からは、すでに第5報まであがっている。全管区で30の船艇と三割の保安部、保安署が異変にみまわれていた。
海上保安庁は、日本の海を11の管区に分けて分担して警備している。そして三管の5隻を除くと1管区辺り2~3隻である。
まだ通常業務に問題は出ていないが、事案発生時にはどうなるかわからず、これ以上異変が広がる可能性がないとも言えない。
そして自衛官同様に海上保安官達には、困惑と混乱が広がっている。
この混乱にはまだ続きがあり、関東の一都六県、東北二県、東海一県の警視庁本庁並びに各県警本部、更に同じ範囲の消防本部でも、全く同じ内容の会議を夕方以降からしているとはこの時、近隣では起きていると想像はしていたろうが、ここまで広範囲になっているとは誰も思っていなかったと思われる。
そして、これが外敵やテロリストからの攻撃ではなく、サイバー攻撃や生物兵器の使用も確認されていない。
つまり、自衛隊・警察などの組織内だけは大混乱ではあるが、それ以外は今の所、全く問題が無かったのである。
話は統合幕僚監部のある市ヶ谷に戻る。
会議も一旦終了し翌朝再開の流れになり、先に、ある海将補が出て行った時、空将補が資料に目を落としたまま「あっ!」と驚きの声をあげ、空将に耳打ちし、それを受け空将は航空幕僚長に耳打ちをする。受けた空幕長も資料に目を落とし、何かを探すように資料をめくる。
そして、空幕長が「海幕長、気付かれましたか?」と声をかけると、軽くうなづき「さっき、彼に確認に行ってもらったよ。確信が無かったからね。」と資料をヒラヒラさせ、そばに控えていた海将に手渡す。
海幕長は統幕長に、翌朝の会議で詳細を報告すると前置きして、「自衛艦隊と潜水艦隊から他の事は上がってるんですが、肝心の部分が上がってないんですよ。」と自分の左胸を指差す。
今の統幕長は空将のため、海幕長の意味するところがわからなかったが、指先を見た瞬間に思い付き口にする。
「艦艇徽章だったと思うが・・・すると・・・護衛艦か?」
大きくうなずき、肯定する。
「ええ、潜水艦や輸送艦もですがね。うちの『屋台骨』の報告が無いんですよ、一切。
統幕長の反応を見てから、陸幕長と空幕長を見やる。
「良かった、その反応だと合っていたようですね。まぁ、単にまだ上がっていないだけかもしれませんが、
そう言いながら、テーブルに手をつけ立ち上がる。斜め後ろに控えていた海将も立ち上がっているのをチラリと横目で確認すると、「調査指揮のため、お先に失礼します」と10度の敬礼し海将と共に退室した。
そして陸・空幕長もそれぞれ部下を引き連れて退室していった。
残った統合幕僚監部側の部下達を先に退室させ、一人、会議室に残った統合幕僚長。
深く大きなため息をつくと、ゆっくりと立ち上がり、重い足取りで会議室を出た。
電気が消され暗く静かになった会議室はそのまま、統合幕僚長の心の中を表しているようだった
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