第32話 指揮者の交代


 白瀬が入室を促すと、YT67、YF1037、YW21が姿を現す。

 だが、YT68と“スカイ・ブリッジ”らしき人物の姿がどこにもなく、想定外だったのか白瀬の狼狽える姿があった。

「あれっ!?67君、“タンゴツー”と“スカイ・ブリッジ”はどうしたのかねぇ!?」

「“スカイ・ブリッジ”は、すぐそこまでは来られたのですが、まだ気分が悪そうだったので、つい先ほど“タンゴツー”がすぐ側の科員休憩室へ連れて行っています。報告が遅れ、申し訳ありません。」

「直前じゃあ仕方ないねぇ・・・。それじゃあこのまま話を進めようかねぇ?」

 白瀬は仕方なしといった表情で橋立を見やると、休めの姿勢をとる。

「さて、橋立君?霧島君の訓示の前、YT67君がなんと言っていたか、覚えているかねぇ?」

 白瀬の問いかけに、橋立は自信ありげに答える。

「勿論ですわ。」

「ではあの時、あの場には誰がいたかねぇ?」

「簡単な質問ですわね。わたくし、岩代3佐、そこにいる偽物さん、霧島将補、YTの67さん、68さん、95さん、99さん、YFの1037さん、YWの21さんですわよ?」

「流石は橋立1尉!では次の質問だねぇ!横須賀港務隊の彼女達の、さっきしていた仕事はなんだったか覚えているかねぇ?横須賀警備隊の君なら、簡単だよねぇ?」

 白瀬は矢継ぎ早に質問をしていくのだが、橋立は迷うことなく答えていく。

「何を仰っていますの?YTさん達は交通船のYF1037さんの出港と加賀さんの入港のお手伝い、YW21さんも港務作業でしたわよ?」

「いやあ、正確に覚えているようだねぇ?流石、橋立1尉!……と、誉めるのはここまでかねぇ?」

 白瀬は横を向くと、ゆっくりと歩き始める。

「さてさて、橋立1尉は自分の言った事に間違いがないと、言えるのかねぇ?もしかしたら間違っているとは、微塵みじんも思っていないかねぇ?」

「何を仰いますの!?わたくしが嘘をついたと仰りたいのですの!?霧島将補、今のわたくしの発言に間違いでもございまして!?」

 橋立は霧島を見ると、霧島は橋立を見やってから、辺りをうろつく白瀬に顔を向ける。

「橋立の発言に間違いはないのは、私も認めよう。だが、偽の白瀬が言うとおり、『橋立の発言が間違っていない』だけだ。」

 霧島は白瀬から橋立へ向き直ると、白瀬は足を止め同じ様に橋立へ視線を向ける。

「発言が間違っていないのであれば、何も問題ない筈ではありませんの!?それに、白瀬さんが偽物であることの方が本来の議題ですし、問題だと思いませんの!?」

 白瀬は橋立へと向いたまま彼女の疑問へ答えるように霧島へ要請すると、霧島は笑みを零す。

 それは嘲笑しているようにも、呆れているようにも見え、橋立は無言ながらも表情に不快感を浮かべている。

「まだ私の欺瞞ぎまんに気が付かないとは、本物であったら『再教育の要ありと認む』、だな。」

「あら、心外ですわね。わたくしは本物ですわよ?それに欺瞞?一体、将補が仰っていた訓示のどこに、嘘があったと仰るのですの?」

 言い終わった橋立が、握っている拳を小さく開いたり閉じたり、瞬きの回数も若干増えていて、落ち着きを無くしているのに白瀬は気付くと、微かに表情を引き締める。

「霧島より横須賀地方隊1等海尉、白瀬。“観客”をそろそろ踊らせたい。先陣は私からで構わないな?」

 橋立を見ながら白瀬に要請をすると、白瀬は小さく肯く。

「構わないんだよねぇ、霧島将補。僕の方も色々な意味で、我慢の限界が来ているみたいなんだよねぇ。時間も無いことだし、さっさと決着させないといけないねぇ?」

 白瀬の言質を取った霧島は、すぐに橋立の方を向く。

「橋立の偽物。お前は東京湾海上交通センター、“東京MARTISマーチス”を見ていないし、調べてもいないな?」

「何を根拠にわたくしを偽物とお呼びになられるのか分かりませんけれども、東京マーチスは確認していますわよ?」

「誰が横須賀ここに来る?」

「“護衛艦かが”が横須賀こちらに参りますのでしょう?」

「かが……なるほど、お前は情報を見ていなかったのか。元々“かが”は来ない。」

「そんなはずは!?今日来るはずなのでは!?」

「MARTISを確認していれば、間違えようもない事であるはずだ。衣笠さん、お願いしてあった情報をいただけますか?」

 霧島が問いかけると、衣笠は管波に目配せをする。

 管波は小さく肯くと、上着のポケットから折られた紙を取り出して、霧島へと渡す。

 受け取った霧島は紙を広げて内容を確認すると、その紙を橋立の目の前に突き付ける。

「見えるか?これは東京MARTISの情報を、海保さんにお願いして少し拡大して印刷してもらったものだ。但し、情報は全て正しいわけではない。海上自衛隊の彼女達のAISは、3人全員が30分前までに発信を開始しているのは報告を受けている。本物の橋立なら、直ぐにこの情報の真偽が分かるはずだ。違うか?」

 資料を突きつけられた橋立は、表情を変えることはなかったが、体は小刻みに震え始めている。

「私の手元にある、海上保安庁からもらった東京MARTISの資料。これに掲載されている、1300のあきづき、1315のいせ、1330のとさ。彼女達の浦賀航路への入航情報は、それぞれ本物か否か答えろ。」

 霧島が静かに告げると橋立は少し俯いたのだが、ゆっくりと顔を上げると普段の笑みを浮かべる。

「1330、護衛艦とさの入航情報は本物で、あきづきはもうすぐ佐世保へ入港予定、いせは入れ違いで出港直後ですので偽物ですわ。もっとも、彼女達が航空機でしたなら、こちらへ間に合いますわよ?」

 答え終えた橋立は満面の笑みを浮かべると、軽く首を傾げる。

 対して霧島は一瞬驚いた表情を浮かべると、目を少し細めて橋立を睨み付ける。

「残念でしたわね、霧島将補?偽物さん?それとこれに答えられましたので、次は1345のコンテナ船、第五十八かいよう丸を霧島将補達は質問されると思いますので、先にお答えしますわね?」

「第五十八かいよう丸も答えるだと?」

「ええ。こちらは1345ではなく1415に中ノ瀬航路へ入り、浦賀航路を抜けたら岩手県大船渡港へ寄港予定となっていますわね?この訂正に、どこか間違いがありまして?霧島将補?衣笠さん?管波さん?」

 橋立は表情を崩さず普段通りの様子で答えると、霧島だけでなく衣笠と管波も驚いた表情を見せていた。

「あら?偽物さん以外の皆さん?どうして驚かれていらっしゃるのかしら?本物ですもの。答えられて当然ですわ?大村2佐?西原3佐?それから浜山3等陸曹にも、これで証明出来た筈ですわよ?」

 そう言って大村達に顔を向けると、状況が掴めず困惑している浜山と、静かに手遊びのような事をしているLCAC2107及び2108姉妹以外は、霧島達同様に驚きの表情を浮かべている。

 大村は立ち上がると、霧島へ発言の許可を求める。

「発言はかまわないが、どうしたというんだ?大村室長。」

「先程のやりとりで、橋立へ質問があります。許可していただけるでしょうか?」

 霧島が許可を出すと、大村は霧島へ一礼して橋立へ質問を開始する。

「これは確認だ。佐世保へ入出港したあきづきといせについてだが、AISで確認したのは間違いないんだな?」

「おかしな事を仰いますのね?AISでの確認でなければ、彼女達から直接聞いた事になりますわよ?でも、今は無線も通じませんし、どうやって外部と連絡をとると言うのです?」

 大村は西原に目配せをすると、橋立へ視線を戻す。

「AISでの確認は俺には今すぐ出来ないが、霧島将補や岩代達が何も言わないのだから、将補達は確認出来たと判断する。ただし、これで橋立に対しての疑惑は深まったと、言わざるを得ない。」

「大村室長!何故ですの!?わたくしは正確に答えましたのよ!?疑惑は晴れたはずですわよ!?」

 橋立の強い抗議を受けた大村は、橋立と視線を合わせると静かに、しかし周囲に明瞭に聞こえる声で彼女に言った。

「自分のAISで受信したのか?」

「ええ、当然ですわ!」

のあきづきといせの情報をか?」

「勿論ですわよ?おかしな事を仰いますのね?」

「確認したいが、橋立は自分の受信装置で、佐世保付近のあきづきといせの情報を、停泊中の桟橋YP-1の位置で確認したんだな?これに間違いはないな?」

「間違いございませんわよ?大村室長は、随分と入念に確認されますのね?もしよろしければ、“いわしろ”のAISでも確認してみてはいかがかしら?」

 大村はそれを受けて岩代に先ほどの内容で質問すると、彼女は橋立を一瞥してから彼と正対する。

「大村室長、橋立1尉のAISはかなり優秀よ。さっき私から無線で鞍馬幕長へ確認したら、2は確かにすれ違ったって仰ってたのよ。ここから直線距離で約540海里も離れたでね?大村室長ならここまで言えば・・・言わなくても、もう分かってるわよね?」

 岩代は悪戯を思い付いた子供のような笑顔を大村に見せると、今度は橋立へ正対する。

 その表情は今までに無い険しいものであり、明らかに橋立に対して警戒心と敵対心を露わにしている。

「答えは分かってはいるが念の為だ。AISで当該2隻の確認は出来たのか?」

「私と他の横須賀在泊中のAIS持ち全員の答えは、当然一致しているわね。大村室長の予想通り『出来なかった』わよ?第一、佐世保との距離は約540海里なのよ?実際に私の受信装置で確認出来ているのは、いわしろから大体の周囲で、条件にもよるけど25から30海里が限度ってところかしら?霧島将補も白瀬1尉も同じ位の距離のはずよ?」

 岩代は大村の質問に答えたが、その言葉は大村ではなく橋立へと向けられていた。

「540海里って言えば、約1,000kmよ?25海里の約42kmから、30海里の約55km程度しか届かないAISの電波を受信出来るだなんて、相当に優秀なAISをお持ちなのね?流石、特務艇“はしだて”。驚いちゃったわよ。ね、みんな?」

 その場にいる全員の視線は、うろたえて周囲を見回している橋立へと注がれている。

「岩代3佐!無線は通じていない筈ですのに、どうやって連絡を取っているのですの!?もしかして、貴女も偽者ですの!?」

 岩代へ食ってかかる勢いの橋立の前に立ちはだかるように、白瀬は橋立と岩代の中間へ移動するとメガネを人差し指で軽く持ち上げて、ずれを修正する。

「橋立1尉の偽者君?どうして君は、岩代3佐達が無線でやり取り出来ないと言い切れるのかねぇ?無線なんて現時刻において、海自はほぼ回復、海保も1名を除いて回復していると、霧島将補や衣笠さんへ情報が集まっているんだけど、知らないのかねぇ?“フォルステリ”は不明だけど“アデリアエ”も“キーン・ハルバード”も“キャリア・ホエール”も、ここにはいない“スカイ・ブリッジ”も、とっくの昔に回復していると言うのにねぇ?第一、僕は目の前で無線で話をしていたのに・・・自慢の観察力も注意力も落ちているとは、注意が散漫じゃあないかねぇ?橋立1尉の偽物君?」

 橋立に対して小馬鹿にしたような言い方をした白瀬は、やれやれと言った風に、少し大袈裟に首を振った。

 それを見つめていた大村達の目には、うっすらと額に汗を浮かべ、顔色も数十分前より青ざめている白瀬の姿がある。

 大村は、自身が握った拳に自然と力を込めている事に気づかぬまま、成り行きを見守る事しか出来ない自分に苛立ちを覚え始めていた。

「“スカイ・ブリッジ”が何方どなたか知りませんけれども、そんなに簡単に無線が通じるなどありはしませんわ!!いい加減な事を言って、この場を混乱させないでいただきたいものですわね!?」

 大村は橋立と白瀬のやり取りを聞きながら、さり気なく西原の方を見る。

 西原が小さく肯定するように微かに肯くのを確認すると、白瀬達の方へ視線を戻す。

「いやあ、面白いねぇ!橋立1尉の偽物君と話をしていると、どんどん君の事が分かっていくねぇ!実に興味深いねぇ!」

「何が『興味深いねぇ』ですの!いい加減にしてくださいまし!!馬鹿にされて、偽物に偽物扱いまでされて!!不愉快極まりないですわ!!!」

 たまりかねた橋立が怒りを露わに叫ぶと、多目的区画が静まり返る。

 2人で向き合って遊んでいたように見えたLCAC姉妹も、その言葉で視線を橋立に向けていた。

「先ほどからアデリーペンギンだの、霧島将補の欺瞞だの、AISだのと・・・白瀬さんが偽物である事よりも、そんなどうでもいい事の方が皆さんには大切なんですの!?皆さんは偽の白瀬さんに何かされてしまったのですの!?霧島将補!岩代3佐!いい加減に目を覚まして下さいまし!!」

 多目的区画はまるで凪いだ海のような、穏やかで、しかし微かに耳鳴りがするような不快な雰囲気に包まれた。


○埼玉県所沢市並木 所沢航空発祥記念館 約30分前


 時間を少しだけ戻し、場所を神奈川県横須賀市から埼玉県所沢市にある【所沢航空発祥記念館】へと移す。

 ここは私鉄の駅である航空公園駅から所沢市役所へ向かった近くにある【所沢航空記念公園】内の施設で、近くには国土交通省の地方支分部局である航空交通管制部の一つで、東北地方から中国地方東部の航空管制を担う【東京交通管制部東京ACC】が所在する。

 東京ACCと聞いても馴染みのない方々の方が多いと思うが、ここのコールサインが『TOKYOトーキョー CONTROLコントロール』であると聞けば、航空系の映画やドラマ等でも登場する事があるために、馴染みがある方々もいるのではないかと思う。

 その他に特筆するべき点としては、歩いて移動出来る距離に防衛医科大学校がある他に、数駅離れた北西側に“航空自衛隊入間基地”が、同じく東側には中央観閲式等でお馴染みの“陸上自衛隊朝霞駐屯地”に、同じく南南東側には“東京都営東京都調布飛行場”がある。

 そして南西に目を向けると国営昭和記念公園の他に、怪獣映画等でも登場するヘリコプター部隊等が所在している“陸上自衛隊立川駐屯地”と、その目の前には日本の南北極地観測の司令塔である“国立極地研究所NIPR”等が所在している。

 そんな所沢航空発祥記念館に併設されているカフェのテラスには、アイスコーヒーを前にしてスマホで通話しながら、顔を青ざめさせている福田の姿があった。

「消えた!?お前達は大塚達のサポートと様子見するだけだって俺は聞いてたんだぞ!?何やってんだよあいつは!!自分で勝手な行動しやがって!!」

 福田は、思わずテーブルに握り拳を叩きつけそうになったが、男性店員の視線を感じて愛想笑いを浮かべると、彼に向かって数回頭を下げる。

『福田、ごめんってば!それでさ?あんまり遅いから気配を消して船の中を探してたんだけど、すっごく物々しくて、通路に潜水艦の人とか、その隣に黒いメガネに黒い帽子と服着た怖い人達とかがいっぱいいて、廊下を通せんぼしてたんだよぉ!』

 電話の相手は男の子のようだが、その声は切羽詰まった様子が浮かんでいる。

「分かったって。落ち着け、な?・・・んで?あいつはいたのか?」

『わかんないよぉ!全然見つかんないから電話したんだよぉ!!服装変えるって言ってたし、おまけによく分かんないけど、船の人達同士で喧嘩みたいのしてるし、僕、どうしたらいいのぉ!?』

 相手の声に、福田は疑問の表情を浮かべる。

「服装とか?船同士で喧嘩?何でこんな都合のいいタイミ・・・ああぁっ!そういう事か、あんの野郎!!お前、今は船の中か!?」

 何かに気が付いた福田が大声を上げると、先程の男性店員の視線に気付き、また騒いだ事への謝罪を表すように、今度は少し大袈裟に頭を下げる。

「・・・すまん、聞き逃しちまったから、もう一回教えてくれ。・・・外か。だったら、そのまま先に帰って休んで・・・あいつなら平気だろ?・・・いやいや見捨てるって言ったって、いつもひょっこり帰ってきてるだろ?」

 そう言うと、福田はアイスコーヒーを少し口に含んで、渇いてしまった喉を潤す。

「・・・そうだろ?そもそもお前の仕事は、大塚と鮎沢のサポートだとしかあいつからは聞いてないんだ。・・・あぁ?それ、思いつきで言われたんだろ?それに、これ以上は超過勤務になるだろ?“ブラック企業”なんて言葉が・・・疲れてないって・・・いや、あのな?よく聞けよ、“カラス”?こういう事はきっちりして・・・駄目だ。自業自得だと思うからほっとけ。いいな?・・・俺があいつに今日の事、有給休暇が終わったら説教しておくから。・・・ああ、トンビとかに狙われないように、気をつけて帰れよ?横須賀にもあちこちにいるから。・・・おう、じゃあ、また後でな。」

 通話を終えた福田はSNSのアプリを立ち上げると、相手にすぐに自分に連絡するように書き込む。

 そして、ウサギが激怒しているイラストのスタンプと、山が噴火している写真のスタンプを添付して、ため息を大きく吐きながらテーブルに突っ伏す。

(絶対、なんとかって船にちょっかい出したな。昨日の夜も何かやったとか、カラスがさっき言ってたよな?あいつ、俺を胃潰瘍にして殺す気だろ・・・それで本当に死ぬこたぁ、多分ねえだろうけど・・・いい加減にしてくれよ・・・まったく、せっかくの休みが・・・はあぁ)

 心の中でも大きくため息をついた福田は、記念館の中へと、憂鬱ゆううつな気分と足取りで向かった。

 入館料を支払って中に入ると、目の前には空自や陸自で運用されていたヘリコプター等の様々な航空機が実機展示されている。

(初めて飛行機乗った時は乗り遅れそうになるわ、飛ぶ時は疲れて到着まで寝ちまってるわで、なんかこう、乗ったつう実感なんぞ、これっぽっちも無かったんだよな・・・)

 千歳での出来事を思い出しながら、陸自が以前運用していたヘリコプターである“シコルスキーH-19”の近くまで歩いてくると、左に若い男性がその前で少しうなだれるように立っている姿と、彼の背後のパネルに一眼レフカメラを向ける右側の大きなリュックサックを背負った男性の姿が目に入る。

(ヘリの前の若い方の兄ちゃん、随分と辛気くさい雰囲気だな?変な事に巻き込まれたくねぇし、このヘリは飛ばして、次を見るか)

 福田は面倒な事に巻き込まれないようにと、彼の後ろを通過しようとした。

 両側に男性がいたため、ぶつからないように注意を払って歩いていたのだが、通過直前に左側の男性が突然後ろに下がったため、福田は無意識に左に注意が行ってしまい、右側のカメラを構えた男性と少し強くぶつかってしまう。

 福田は慌ててカメラの男性に謝罪すると、若い男性もすぐに福田とカメラの男性に謝罪をする。

「お二方共、本当に申し訳ありません!自分の不注意でご迷惑をおかけしました!」

「まあまあ、私もこちらの方も怪我をした訳じゃ無いですから、気にする事はないんですな。」

「俺も別に急に動かれて驚いただけだし、別に怒ってないから頭上げろって。」

 人の少ない平日の館内に、若い男性の謝罪の声が大きく響く。

 福田はこれ以上の面倒に発展しないよう、その場を離れるタイミングをさり気なく伺う。

「それにしても、私が後ろで撮影していたのにも気付かないとは、随分熱心にシコルスキーを見ているようでしたが、お好きなのですかな?」

 カメラの男性の問い掛けに、若い男性は表情を暗くしてしまう。

「いえ、たまたまここで立ち止まってただけなんです。今度研修に山陰へ行かされるのですが、ちょっと複雑でして・・・。自分としては半年なんて長期間離れたくないですし、現場は人が少ないので迷惑になってしまいますし・・・。それで、考え込んでしまっていたんです」

 若い男性の言葉に、カメラの男性は何か気が付いたような表情をして視線を落とすと、元に戻して若い男性の顔を見る。

「山陰と言ったら、もしかして美保か高尾たかおやま辺り、ですかな?」

 カメラの男性の言葉に、若い男性は驚き福田は疑問に思う。

(美保は知らんが、高尾はやまじゃなくてさんだろ?それに高尾さんは山陰じゃなくて東京だろ?何言ってんだ、カメラの兄ちゃんは?)

 福田は心の中で呆れつつも、表情には出さないように努めた。

 若い男性の方はというと、驚いたまま数秒固まっていたが、すぐに姿勢を正す。

(な、なんだ!?若い兄ちゃん、急にどうした!?)

 それもかなり急いでいるようにも、福田には見えた。

「失礼かと思いますが、もしかして貴方航空自衛官でしょうか!?自分は入間衛生隊の先村さきむら隼人はやと空士長と言います!」

 焦ったように自己紹介した先村にただ驚くばかりの福田に対して、カメラの男性も姿勢を正して先村へ正対する。

「自分は、栃木地本から入間基地広報班へ配属になる、2等空曹の根山ねやま鷲助しゅうすけです。よろしく、先村士長。」

 互いに自己紹介を終えると、先村が10度の敬礼を行い、根山はそれに答礼を返した。

「邪魔して悪りいけど、今自己紹介してるって事は、二人は知り合いじゃないんだよな?」

 福田は、自分を抜きにして先へと進む展開に混乱し、説明してもらおうと割って入る。

「はい、自分は根山2曹とは初めて会いました。」

「だよな?じゃあ、なんで根山は私服の先村が自衛官だって分かったんだ?」

 福田の疑問に、根山は笑顔で種明かしをする。

「彼のズボンのポケットから出てるチェーン、髪型、日焼け、少し前に見た歩き方、それと自衛官特有の雰囲気のようなものがあったのでしてな。私も彼と似ているように見えませんかな?」

「確かに、日焼けの程度以外は似ているような・・・似てるな。」

 福田が納得すると、根山は先村に暗くなっていた理由を尋ねた。

「研修先が山陰と言いましたが、高尾やま分屯基地や美保基地でもないんです。それが原因なんです。」

「おかしいですな?それ以外の空自の基地や分屯基地というと、防府ほうふ基地の・・・」

「いえ、防府でもありません。海上自衛隊の浜田基地、だそうです。第5護衛隊という所に衛生として行くのですが・・・早い話が船に乗れと・・・」

 先村の憂鬱そうに吐き出された言葉に、福田は違和感を覚える。

(先村は空自って言ってたよな?なんで、空自の人間が海自に?それに浜田基地って浜田地方総監部の事か?少し前に、あっちの奴が妙な雰囲気だって言ってた所だよな?・・・確か、陸自の人間がうろついてたとか・・・)

 福田がそう考えている間にも、先村の独白は続く。

「自分は救難員メディックになりたくて、空自に入隊しました。ですが、研修先が船だなんて。・・・同じ衛生隊ではありますが、自分には納得しかねます。しかも、自分の同期には、分かってるだけで2人に推薦が出たらしくて・・・このタイミングで海自に行くんですよ?・・・自分はメディックどころか3曹にもなれず、このまま終わってしまうんじゃないかとか・・・考えていたのです」

 先村の言葉を聞き終えた根山が口を開こうとすると、福田が気まずそうに会話に割ってはいる。

「すまんが俺、一般人だからよく分からないんだが、空自には海自の船に乗ったら、昇進出来ないとかメディックって言うのに成れない決まりでもあるのか?」

 福田は先村に質問をしたのだが、答えたのは根山の方だった。

「成れないとか昇進出来ない訳ではないですが、私が思うに、士長は海自で研修になったタイミングで、同期に推薦が出たと聞いたから焦っているのでしょうな。原隊からも離れますし、メディック受験の年齢制限は28才以下の空曹又は空士長ですからな。その中でも数少ないチャンスを是が非でも掴みたいと思っているのですから、先村士長が視野しや狭窄きょうさくになってしまうのも、やむなしでしょうな。ただ、3曹に成れないと考えているのは、穏やかではありませんな?」

 根山の言葉に、先村はうつむいて拳を握ってしまう。

「そう考えているのは、自分がこのまま厄介払いをされる可能性を考えたからです。自分は班長達に、ある事で危険を訴えていたのですが聞き届けてもらえず、少ししたらこの話が来たんです。」

「それ、先村の考え過ぎじゃねえのか?タイミングが悪かっただけだろう?」

 先村は福田に言葉を返そうと口を開きかけ、何か思いとどまるように口を閉じる。

 黙ってしまった先村の代わりにではないのだろうが、根山が福田に答える

「私は、先村士長にはメリットがあるように思うのですよ。実は・・・と、自己紹介を貴方とはしていませんでしたな?失礼しました。自分は・・・」

 そう言いかけた根山に、福田は自分の方がしていなかったと謝罪して、話を続けるよう根山に促す。

「福田さん。メディックというのは船に対しての救難も行っていまして、緊急の患者搬送でヘリから船に乗り移って患者を引き揚げる場合もあるのでしてな。だから研修で船の特性等を知る事が出来ると考えると、私はそう悪い話でも無いように思いますが、後は本人の考え方次第となりますな。」

 根山の説明に福田は納得しかけたが、別の疑問が浮かんだようである。

「ん?ちょっと待てよ?船の救難って、海自や海保の仕事じゃないのか?なんで空自もやるんだ?」

「そこはケースバイケースですが、空自も行うのですよ。メディックが所属する事になる航空救難団は、空自の航空機搭乗員達を助けるのが主な任務です。しかし自治体等から災害派遣災派や救難の要請が出され、それを『受理する』と上の方々が判断を下せば、災害、離島や船で発生した緊急患者搬送等も、我々空自が行うのですよ。」

 福田は納得したような顔をして、腕組みをする。

「なるほど。だったら先村が船を知るっていうのは、他のメディックを目指す連中と差別化出来るんじゃねえのか?」

 福田の言葉に先村は少し反応したようだが、困惑した様子が未だに見られる。

「その辺りをどう考えるかは、ここからは先村空士長次第となりますな。どうしても自分で納得出来ないのなら、班長や部隊長達を説得して断るのも、1つの手ですな。勿論、後先を考えるのも必要ではありますよ?」

 根山はそう言うと、徐に腕時計を見る。

「少し早いですが、私は移動の時間なのでしてな。福田さん、先村士長、これで失礼します。これから朝霞の広報センターに展示されてる、陸自のヘリや車両等を見に行く予定でしてな。」

 根山はそう言うと福田の方を向くと、福田は申し訳無さそうな顔をして頭を掻き始める。

「実を言うと、俺もそっちに行く予定があるんだ。ただ知識が無いから、ここもなんだがあっちも見てるだけになりそうなんだ。もし、根山が邪魔でなければ、一緒に行っても大丈夫か?」

 福田のお願いに根山は少し考えると、了承した上で失礼ながらと前置きして、「年齢は20代後半くらいですかな?」と質問する。

「えっ?ああ、まぁそうだけど、年齢が何かあるのか?」

 急に年齢を聞かれて福田は少しだけ警戒感を強めたのだが、根山はそれに気付いていないように話しを進める。

「これが大ありなんですな、福田さん。自衛隊の各種イベントには、年齢制限付きの特典がある場合がありましてな。例えば我々空自や陸自さんですと基地見学や、海自さんなら護衛艦内のちょっと特別な見学ツアーとかが、あったりする場合があるのですよ。もしかしたらこれから行く朝霞にもあるかもしれないと思ったので、失礼を承知で伺ったのですよ。」

 楽しそうに話す根山の様子を見て、それ以上の意図を感じなかった福田は少しだけ警戒感を弱める。

「へえ?色々見られるのなら、面白そうだな。ちょっと、興味出て来たよ。」

「それは嬉しいですな!そうだ。イベント等によっては、ちょっとしたアンケートに答えていただけたら粗品のプレゼント等というのもあったりしますので、私の名刺の連絡さ・・・あ、栃木のは切らしていましたな。失礼しました。」

 ズボンのポケットに手を入れてすぐ出すと、根山は頭を下げる。

 福田は頭を上げるように言うと、自分のジャケットの内ポケットから皮の名刺入れを取り出し、根山に自分の名刺を渡す。

「これ、プライベート用の名刺なんだ。仕事では使うことが無いから、そっちのは持ってないんだよ」

「ありがとうございます。頂戴いたします。福田・・・つよしさん、ですな?よろしくお願いいたします。」

 根山と福田は、先村に別れを告げると出口へと向かったのだが、根山が先村に言い忘れた事があると言い出し、ミュージアムショップで待つように言うと先村の方へと戻っていく。

(根山か。横須賀で行方不明のよりは、付き合いやすそうだな。)

 先村の方へ駆けていく根山を見ながら、心の中で一人ごちると、福田はエントランスロビーにあるミュージアムショップの中へと入っていった。

 一方、根山は先村と笑顔で話を再開していた。

「えっ!?堀兼ほりがね2曹のお知り合いなんですか!?」

「小松基地にいた時から、面倒見てもらっていましてな。その堀兼先輩から先村士長の名前を聞いていたのを、ついさっき思い出したのですよ。明日、堀兼先輩と飲みに行くでしょう?そこに自分も『先村士長に会わせたいから』と、呼ばれているのですよ。」

「そうだったんですか。」

「さっきの件の細かい所は、その時にまた聞きましょう。福田さん民間人さんがいたのでは、言いにくい事もあるでしょうからな?それじゃあ先村士長、また後で。」

 そう言うと根山はきびすを返し、ミュージアムショップで福田と合流すると、一緒に私鉄の駅へと向かうのであった。


○輸送艦いわしろ 多目的区画前艦内通路 同時刻


 時間は戻り、多目的区画内を扉の影からこっそりと覗き込む3人の姿があった。

滑稽こっけいですね、“スカイ・ブリッジ”・・・」

「本当にそうですね、“タンゴツー”。」

 険しい顔である人物を睨みつけている“タンゴツー”の問い掛けに、“スカイ・ブリッジ”もその人物から視線を外さずに返答する。

「“スカイ・ブリッジ”、気をつけてよ?怒気が漏れてるの、自分で気付いていないでしょ?怒る気持ちはよく分かるけど、とりあえず“アデリアエ”くらいには抑えなさいよ?」

 赤龍の言葉に無言でうなづく“スカイ・ブリッジ”であるが、中の様子に集中しているのか、辺りに漂う雰囲気が変化をする事が無かった。

(それにしても、“スカイ・ブリッジ”も予想外の事してくれるわね。あっちの袋は“スカイ・ブリッジ”の私物みたいだけど、タンゴツーが持ってるあの黒い袋の中身、誰から借りたの?水上艦艇とかで誰か持ってたっけ?)

 部屋を覗き込むのを止めた赤龍は、壁に立て掛けてある細長い袋を見てから、タンゴツーが背負っている、根元が太く上に向かって細長くなっている、見慣れない黒い袋を見ながら、その出所を気にする。

 視点を表舞台である多目的区画内に戻すと、未だに睨み合いが続いていた。

「霧島将補!まだお分かりになられませんの!?さっさとこちらの偽物の方をどうにかすべきですわ!?」

「何か焦っているようだねぇ、橋立君の偽物君!君は本当に知識が無いようだねぇ!?霧島将補の訓辞にある間違いの、まだ終わっていない部分の答え合わせをしようじゃあないかねぇ!?」

 取り乱す橋立に対し、口調こそ強いが、休めの姿勢でどことなく余裕を持たせているような白瀬が、霧島の目には対照的に写る

「偽物は黙っていらして!」

「いいや、黙らないねぇ!偽物の橋立君に濡れ衣を着せられそうになったんだから、偽物である僕にも言わせてもらう権利はあるんだよねぇ!」

 白瀬は橋立を正面に見据えると、霧島に目配せをしてから橋立に向かって話し始めた。

「さて、さてさて。気を取り直そうねぇ。君にはたっぷり考える時間をあげたけれど、答える気配が無いから、偽物だけど僕が親切にも、橋立君にも聞きながら答えようねぇ?」

「答えられなかったからなんだと言うのです!?白瀬さんが偽物であるのは明白ですのよ!?わたくしは証拠も提示いたしましたわ!!」

「偽物君は、僕に二度も同じ事を言わせるつもりのようだねぇ!?覚えていないのかねぇ!?あの証拠は『あの時間の僕が偽物である証拠』ではあるけれど、『録音された僕の声と、僕が同一人物である証拠』と、言えるのかねぇ!?まったく、何時もの聡明な橋立君のつもりで相手をしていると偽物君の相手は・・・はぁ・・・」

 かなり感情的になっている橋立の様子を見て、白瀬は呆れの表情を浮かべると西原の操作するカメラを横目で確認してから、今度は交通船YF1037の位置をさり気なく視線だけで確認をする。

「呆れてるけど続けるねぇ?霧島将補の訓示では、加賀君の入港と交通船の1037君の出港とで、YT君が4で作業を行うと言っていたねぇ。それも偽物の橋立君は覚えているかねぇ?」

「霧島将補は確かに仰っていましたわ!でも、それが何か関係ありまして!?何時もの事ですわよ!?大したこと無いではありませんの!?入出港だなんて日常茶飯事でしてよ!?」

 少しふてくされているようにも見える橋立をよそに、白瀬は普段の調子で先に進める。

「日常茶飯事?・・・君が本当に横須賀警備隊の橋立君なら、こんな引っ掛けなんて簡単なのにねぇ?偽物の僕でさえも見抜けたと言うのに・・・。さっさと話を先に進めようかねぇ?フォックストロット、三歩前に出なさい。」

 呼ばれたフォックストロットこと交通船YF1037は、白瀬の指示通り三歩前に出て姿勢を正す。

 白瀬は表情を微かに引き締めると、一呼吸おいて話し始める。

フォックストロットはその場で待機せよ。続いてタンゴワンスリーフォーウィスキーに質問する。今ここにいないタンゴツーも含めて4のYT君達は、加賀君の入港作業とYF1037フォックストロットの出港作業を行うので、間違い無かったかねぇ?」

 白瀬の質問に、YT67タンゴワンが素早く右拳を高く掲げると、一歩前に出て、不動の姿勢をとる。

「はい、間違いありません!」

 YT67は大きい声で質問に返答し終えると、一歩後進して不動の姿勢に戻る。

「実際は加賀さんではなく、土佐さんがこちらへ来ますけれどもね。」

 橋立は小さく呟くが、白瀬達は構う事無く先へと進めていく。

「ではここで、偽物の橋立君に質問。加賀君とYF1037君の入出港作業にYT君達は何ずつ配置されていたことになるかねぇ?」

「また引っ掛けるおつもりですの?加賀さんに3隻、YF1037さんに1隻ではありませんの?もっとも、ここにいる3隻の方々は加賀さんがこの時間にこちらへいらっしゃらないのですし、YFさんもここにいらっしゃるのですもの、先程まで皆さん仲良く遊んでいらしたのでしょうね?呑気なものですわね。」

 少し角のある橋立の物言いに、その場にいたYT達とYFの4人は表情に出さないように注意していたものの、歯を食いしばり拳を強く握り締め、鋭い視線を橋立に向ける。

タンゴワンスリーフォーフォックストロット。“キーン・ハルバード”だ。全員落ち着け。』

タンゴワンです!もう、早く捕まえましょう!あいつは私達を馬鹿にしています!証拠はもう集まっているのではありませんか!!?』

タンゴワン、命令だ。落ち着け。』

『ですが“キーン・ハルバード”!このままで宜しいのですか!?』

『とにかく落ち着け。命令だ。君達は次の命令あるまで、場を“アデリアエ”と“フォルステリ”に任せ、これから起こるであろう予測される事態、不測の事態に備えよ。それに間もなく“スカイ・ブリッジ”も舞台にあがる。【小道具】も揃ったと“スカイ・ブリッジ”から報告があった。それとは別に、“アデリアエ”には予測される事態がある。タンゴスリーフォーは事前の指示通りに、事態が発生したらに対して行動しなければならない。だから、聞いている全員に告ぐ、・・・予測と不測の両事態に備えて、ウィスキーのように落ち着け。以上。』

 霧島が発信した無線を聞き、YT達は怒りの矛を無理矢理に収めるが、その表情に納得した様子は無い。

「橋立君の偽物君。君は横須賀の仲間の事を、何にも知らないんだねぇ?・・・“フォックストロット”に聞く。君は出港作業に曳船は必要か?」

 白瀬は表情こそ笑顔だが、その声音には普段の柔らかい雰囲気が失われている。

 交通船YF1037は、今までに見た事のない白瀬の剣呑な雰囲気に、呑まれそうになりながらも返答する。

「愚問です、白瀬さんの偽物さん。ですが、自分は白瀬さんの偽物さんにも、橋立1尉の偽物にも返答するつもりは一切ありません。以上です。」

 返答し終えた交通船YF1037は、不動の姿勢をとる。

 西原が向けているカメラの液晶画面には、微かながらに交通船YF1037が震えている様子がとらえられている。

(指揮官からの命令とはいえ、表面上でも上官に逆らうのですから、緊張もするでしょう。終わったら室長と相談して、彼女達に何か慰労でもしてあげないといけないでしょうね。・・・と、思いましたが、室長なら既に自分と同じ事を考えていそうですけどね。)

 液晶画面を確認しながらそう思っていると、YF1037に近付く白瀬に気付き、画面から目を離し白瀬へと視線を向ける。

「フォックストロット君!」

「はい!」

 YF1037の目の前まで近付くと、白瀬は威圧するように大声を出しYF1037を見下ろす。

 YF1037は不安そうな表情を少し浮かべるが、威圧に負けないようにするためか、YF1037は視線を鋭くして白瀬を見上げる。

「君の上官は誰かねぇ!」

「橋立1尉です!ですが現在、そこの橋立1尉が偽物であるため、自分は霧島将補の指揮下にあります!」

 それを聞いていた橋立は2人の間に割って入り、交通船を睨み付ける。

「交通船さんもいい加減になさいまし!私の事をまだ偽物と仰るのですの!?」

「本物だと仰るのなら!どうしてあんな分かりやすい嘘に気付けなかったのですか!?横須賀にいらっしゃる時、私の出航をいつも曳船さん達と見送っていただいていましたよね!!?」

「そ、そうでしたかしら?」

「記憶を誰かに消されてしまったのですか!?そうではありませんよね!!?他の事は覚えていらしていましたよね!?本物だと仰るのなら、白瀬1尉の質問に橋立1尉がお答え下さい!!『交通船YF1037は出港作業に曳船が必要か否か』を!!何でこんな簡単な質問に、貴方は答えられないのですか!!?」

「答える必要はありませんわ!!貴女も偽物に何かされてしまったのですの!?」

「それは橋立1尉の偽物に何かされたという意味ですよね!?私に何かしたんですか!!?」

「何ですって!?私は偽物ではありませんわ!!いい加減になさいまし!!!」

 今にも手を出しかねない橋立とYF1037の様子に、白瀬と霧島ははすぐに割って入り、霧島は橋立と向かい合い、白瀬はYF1037を壁際まで連れて行く。

 途中、白瀬の横をすり抜けて橋立に突撃しようとするも、咄嗟に白瀬が上腕を掴んで止めると、YT95とYW21も駆け寄ってそれぞれ腕をとり、暴れるYF1037を壁際まで引きずっていく。

「あの人にあんな事したのは、やっぱりあいつとあいつの仲間に決まってる!!黙って我慢してたけど、これ以上許せない!!何をしたのか、それとも何かを飲ませたのか知らないけど絶対許せない!!離してよ!!」

「あんな状態にされて、私達も馬鹿にされて、その両方の事に頭にきてる!でも、私達は落ち着かなきゃいけないの!!霧島将補もさっき言っていたけど、この後何が起こるか分からないんだよ!」

 背後でYTやYF達の怒号を聞きながら、霧島は黙って橋立と向かい合っていた。

「血の気が多い方々で、お話合いにもなりませんわね?霧島将補もそうは思いませんかしら?」

 霧島は小さく「お前もな」と呟くと、近くの椅子に橋立を座らせ、自分は浜山に小さな声で話しかけてから椅子を受け取り、向かい合う形で座る。

 浜山はそのまま大村に一礼すると、多目的区画の外へ駆け足で出て行く。

「どうして、YF1037の質問に答えない。益々疑われているじゃないか。本物だというのなら、質問に答えて疑惑を晴らせ。」

「お言葉ですが、霧島将補?何故、わたくしが疑われているのですの?どこから見ていただいても、わたくしは1等海尉の橋立ですのよ?」

 落ち着きを取り戻したのか、橋立は普段の柔和な笑顔で霧島と受け答えする。

「確かに橋立だな。見てくれだけはな。そう言えばお前は、交通船の出港に曳船が必要だと少し前に言っていたな?」

「そうでしたかしら?覚えておりませんわね。」

「撮影をしているのは見えているだろ?録音も別にしている。諦めろ。」

「・・・」

「内火艇や作業艇くらいに小型の交通船が出港するのに、曳船はまったく必要が無い。そもそも大きさを見れば、曳船に押されたらどうなるかくらい分かるだろう?そんな知識も無いんだから、いい加減に自分が偽物と認めろ。」

「・・・」

 そこへ白瀬が2人のそばへ静かに近付くと、橋立の背後に立つ。

 白瀬の両手が橋立の両肩に触れた瞬間、橋立は全身をびくりと震わせ、恐る恐るといった様子で背後の白瀬を見上げる。

「今度はだんまりかねぇ?けどねぇ、それで偽物君が本物と認められる事は無いんだよねぇ。なにせ、これ以上にない決定的で致命的なミスをしているのにも関わらず、偽物君はそれにま~ったく、気付いていないからなんだよねぇ。偽物君はなんだと、思うかねぇ」

「・・・ミス?このわたくしが、致命的なミスを犯したと言うのですの?面白くない冗談ですわね・・・」

「確かに、面白くない冗談だねぇ。本物であれば即座に反応しなければならない事に、偽物君は反応していないからねぇ。『だから、お前は偽物だ』とアデリアエは言っているし、『つまらない茶番劇だねぇ』と、フォルステリも言っているんだよねぇ。」

「反応?何の事ですの?」

「偽物君は言っていたねぇ?“スカイ・ブリッジ”が誰なのか知らない、と。そうだったねぇ?霧島将補?」

 橋立は霧島の方へ向くと、霧島は立ち上がって多目的区画の出入り口を凝視している。

「浜山陸斗3等陸曹!入室せよ!」

 少し離れた出入り口に向かって霧島が大声をかけると、白瀬と橋立はそれぞれに出入り口へ振り返る。

 橋立達の視線の先には、緑色の陸上自衛隊3種夏服姿の浜山が、これまでに持っていなかった物を持って姿を表す。

「あ、あれは・・・ど、どういう、こと・・・ですの?浜山3曹が持っている物は・・・」

 橋立は勢い良く立ち上がると、浜山が持っている物を見たまま絶句してしまう。

「あれは、護衛艦きりしま霧島将補の武器庫から借りてきた真新しい89式小銃・・・でねぇ?こんなに綺麗な89式を見るのは・・・僕も初めてなんだよねぇ。それで、これは“スカイ・ブリッジ”の護衛に・・・おっと?」

 突然体がぐらつき、白瀬は咄嗟に橋立が座っていた椅子の背もたれを両手で掴み、左足を半歩程前に出して、倒れないように踏ん張っている。

 良く見ると呼吸が荒いのか、肩が少し不自然に上下している。

「気分が悪いのか?それなら・・・」

 少し心配しているような霧島の言葉を、無言で右手を軽く上げて遮った白瀬は、顔をしかめながらも普段の笑顔を見せようとして、少し体をふらつかせながら休めの体勢をとる。

「大丈夫・・・大丈夫ですから、続けます。将補。」

「分かった・・・続けろ。」

「そ、それじゃあ、続けるけどもねぇ?か、彼女の護衛に必要だから、霧島将補が・・・手配したんだよねぇ。浜山3曹は・・・陸自だし、89式の扱いにも・・・手慣れているから、とっても適任だとお・・・も・・・」

 再び体のバランスを崩した白瀬は、手を伸ばして椅子の背もたれに手をかけようとしたが、間に合わずにその場に崩れ落ちる。

 驚きの表情で立ち尽くしているだけの橋立に対して、YT95とYT99は素早く駆け寄り、若干の混濁はあるようではあるが辛うじて意識のある白瀬の腕をとると、2人でそれぞれの肩に回して引き摺るように多目的区画から連れ出していく。

 それは予め決められていたかのようで、橋立以外は整然としている。

 浜山も89式小銃の銃口を下に向け、右人差し指を真っ直ぐに伸ばして、視線を“観客”に向けたままでいる。

 事態が急転した時に備え、いつでも射撃姿勢がとれるように警戒しているようでもある。

 そして、多目的区画から連れ出された白瀬はというと、“スカイ・ブリッジ”とすれ違おうとしていた。

 しかし、“スカイ・ブリッジ”はYT95とYT99に止まるように指示を出す。

「白瀬さんに一言だけ。」

「何事・・・かねぇ?」

「もう少し捻ったコールサインの方がよろしかったのでは?」

「・・・えっ?」

「頑張りましたね。“アプテノディテスコウテイフォルステリペンギン”さんの偽物の、“ピゴセリスアデリーアデリアエペンギン”1等海尉?後は私が引き継ぎます。では、後程のちほど。」

 白瀬が“スカイ・ブリッジ”の一言に驚いているのを後目しりめに、タンゴツーと共に多目的区画へと入っていった。

(参りました・・・“スカイ・ブリッジ”には・・・全て露見していた・・・みたいですね)

 白瀬は“スカイ・ブリッジ”達を見送りながらごちると、「行こう・・・かねぇ。」とYT達に声をかける。

 ゆっくりと歩きながら、白瀬はYT95に声をかける。

「僕が誰か・・・YT95君は、分かるかねぇ?」

「砕氷艦の白瀬1尉の方ですよね?“スカイ・ブリッジ”が“キーン・ハルバード”へチャンネルファイブで報告していたのを聞いていました。おかげで白瀬1尉が倒れたときも、役割が決まっていたので素早く対応が出来ました。」

「そう・・・ですか・・・。チャンネルワンでの交信で手一杯だったので・・・気付きませんでした。私もまだまだ、ですね・・・」

 YT95とYT99に支えられながら、砕氷艦の白瀬は一番近い科員寝室へと向かったのであった

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