第33話 終幕

 倒れた白瀬が連れ出された多目的区画では、そこにいる全員の視線が特務艇はしだての艦魂である橋立へと向けられていた。

 特に護衛艦きりしまより貸与された89式小銃を持った浜山は、橋立に対しての見る目を厳しくさせており、逃走を想定しているかのようにも見える。

 その浜山の手がほんの微かに震えているように見えるが、それが筋肉の無意識による震えなのか、それとも緊張から来る震えなのかは、震えが小さいため判別は出来ない。

 もしかすると本人も気付いていないのかもしれないだけに、それを他者が判別するのは不可能であると思われる。

「橋立。白瀬が言っていた“スカイ・ブリッジ”に、会ってみたいと思わないか?」

 少し含みがあるような霧島の言葉に、相対していた橋立は受けて立つとでも言いたいかのように普段通りの笑みを浮かべ、是非にと答える。

「待たせたな“スカイ・ブリッジ”。入室せよ。」

 霧島の一声にゆっくりとした足取りで、幹部用作業衣に部隊識別帽を着用した者がYT68と共に姿を表し、足を止めると多目的区画内の霧島と正対する。

 その顔を見た橋立は、驚きのあまり大きく目を見開く。

「わ、わたくしが!何故わたくしがそこに!?」

 その人物は多目的区画内の橋立と瓜二つで、服装が同じであれば見分けがつかない程である。

 彼女が着用している部隊識別帽は特務艇はしだての物で、よく見るとその部隊識別帽の左横につけられた横須賀警備隊のピンズが着けられている。

「横須賀警備隊所属、橋立1尉。コールサイン“スカイ・ブリッジ”霧島将補の召集に応じて参りました」

 作業衣姿の橋立は、再度挙手敬礼しながら報告すると、霧島の答礼を受けて手を下ろす。

 作業衣の橋立が被っている部隊識別帽に着けられたピンズ横には、ややオレンジ掛かった黄色の糸で『橋立』と刺繍されている。

「入れ」

 スカイ・ブリッジこと橋立は脱帽して入室し、霧島へと近付く。

「偽物が何故ここにいるのですの!?霧島将補!目を覚まして下さいまし!!早くこの偽者を捕まえて下さいまし!!」

 夏服姿の橋立の叫びに、霧島は冷淡な視線を送る。

「何を言っている?橋立であるなら自分のコールサインに反応しなかった理由を述べろ、偽物。」

 霧島はすがりつくように懇願する第3種夏服姿の橋立を一瞥いちべつすると、幹部用作業衣姿の橋立へ視線を向ける。

 第3種夏服姿の橋立はそれで激昂したのか、突然作業衣姿の橋立に向かって殴りかかろうとするも作業衣姿の橋立に右腕を掴まれ体をかわされてしまい、更に足を払われて床に体を勢いよく打ちつけられてしまった。

 そこへ海保の管波と衣笠がそれぞれ腕をとって夏服姿の橋立を起こすと、半ば無理やりに近くの椅子へ座らせる。

 霧島と作業衣姿の橋立はそれを見やると、互いに正対する。

「無駄のない動き、見事だ。気分が優れないとYT68から聞いているが、もう大丈夫のようだな」

 それを受けて幹部用作業衣の橋立が返答する。

「そうでもありませんの。起きた直後よりは落ち着きましたけれども、まだ本調子ではありませんの。霧島将補、出来れば早めに決着を付けて頂きたいのです。」

「そうか。分かった。」

 霧島と作業衣の橋立が会話している横で、夏服姿の橋立が管波と衣笠から逃れようと大きくもがいていた。

「衣笠さん!管波さん!放して下さいまし!わたくしは本物の橋立ですのよ!」

「橋立さん。分かりましたから、落ち着きましょう?そんなに暴れては、私達とも冷静にお話出来ないじゃないですか?」

「そうですよ。私達は橋立さんから色々伺って、橋立さんが本物であると分かれば、直ぐにこの手を放します。今、応援を呼んでいて、貴女の言う“偽物の橋立さん”にも事情聴取を行いますから、とにかく落ち着きましょう?」

「これで落ち着けと仰るのですの!?」

「とにかく落ち着きましょう。確認の為に聞きますが、所属とお名前を聞かせてもらえませんか?」

「横須賀警備隊の橋立、階級は1等海尉ですわ!」

 管波と衣笠は落ち着かせようとしつつ、少しでも事情聴取を進めようとしていた。

「それで橋立さん。あの壁に立て掛けてある中身が入った細長い袋が、外の廊下で橋立さんが歩いた後に見つかったそうです。ご存知ですか?」

 衣笠が出入り口そばに立て掛けてある細長い布の袋を指差すと、夏服姿の橋立は横を向いてその袋を見る。

「ええ、あれはわたくしの物のようですわね。でも、どうして“いわしろここ”にあるのですの?」

 少し落ち着きを取り戻したような夏服姿の橋立に、岩代が声をかける。

「あら?今日は本当だったらみんなで一緒に訓練する予定だったから、橋立1尉がさっき持ってきたものじゃないのかしら?作業衣の橋立1尉も、この事はご存知よね?」

 横から口を挟んだ岩代は、夏服の橋立に視線を向けた後に作業衣の橋立へも視線を向ける。

「岩代3佐?わたくし、そんな話は聞いておりませんわよ?」

「わ、わたくしも聞いておりませんのよ?どういう事ですの?」

 先に口を開いたのは作業衣の橋立で、慌てるように夏服の橋立もそれに続く。

「そうだったかしら?あ、今日の訓練は不審者対応の訓練じゃなかったから、橋立1尉の“それ”を使う機会無かったわね?ごめんなさいね?余計な口を挟んじゃって」

 岩代はそう言うと、大村の横に座って小声で話し掛ける。

「いかがかしら?私、ちゃんと演じられているかしら?」

「俺の大根役者な演技に比べたら上等だと思うぞ?」

「あら?そんな事無いわよ?大村室長もお上手だと思うわよ?後で私に演じ方、教えていただける?」

「それなら、西原に教えてもらえ。」

「西原副室長に?どうしてなのかしら?」

「大学の時、同郷の先輩に演劇サークルに無理矢理入れられたらしい。ただ、剣道の方が忙しくて実際は幽霊だったらしい。それより偽橋立からの聴取、岩代は聞いていなくて大丈夫なのか?」

「それなら大丈夫なの。突発事案か霧島将補の命令がなければ、私の【コール・ド・バレエ】への参加はここまで。これ以上は怒られちゃうわね。確かに色々気にはなるけど、お餅は専門家のお餅屋さんがついた方が、とってもおいしいと思うのよ。だから、衣笠さんや菅波さん達にお任せしておきましょ?」

「それはそうだが……」

「大村室長がお餅屋さんだって言うのなら、私は止めないけれど?」

 岩代は西原を横目で一瞥すると、大村はそれに気づき同じように西原の方に視線をやる。

「やり取りは副室長が撮影しているのよね?お任せしておきましょう?」

「海保の事情聴取が終わったらこちらも動く。人間にせよ化け物にせよ、艦魂が関わっているなら聞かなければならない。上から『あまり動くな』と言われていてもな。」

 大村はそう言ってから出入り口の扉へと視線を走らせると、海保の二人から事情聴取を受けている偽の橋立へと視線を戻す。

 その偽の橋立は、衣笠と菅波からの事情聴取に渋々といった表情で応じていた。

「・・・ですか。ところで念の為にお聞きしますが、先程のあの袋の中身を教えて下さい。」

「木の棒のような物ですのよ?」

 それを聞いて衣笠は霧島へ視線を送ると、霧島はYW21へ橋立の物である袋を海保へ渡すように命じた。

 衣笠はYW21から受け取ると、霧島と橋立達に了解を得た上で袋を少しだけ開けて中を覗き込む。

 そして、管波にも見せると夏服の橋立に更に質問をする。

「これは何に使っているものでしょうか?」

「それは訓練に使っていますの。」

「訓練ですか?」

「ええ。小銃のような形をしているでしょう。訓練以外の何に使うというのです?」

「本当に訓練に使っているのですか?」

「そ、そうだと先程から何度も言っていますのよ?しつこいですわね、衣笠さんも。」

 菅波は、衣笠とやり取りしている橋立の一瞬見せた表情と声の変化に気付くと片眉を一瞬だけ上げる。

「橋立さん。以前ご挨拶の際にお話しした通り、私は海保の船艇ですから普段のモニタリング調査だけでなく、事情聴取これも私の仕事に含まれています」

「以ぜ・・・そうでしたわね、衣笠さん。」

 菅波はメモを所々取りつつも、夏服の橋立の表情や所作を静かに観察している。

「話を戻しますが、そちらをどんな訓練で使われているのでしょうか?」

「ど、どんなと仰られても、訓練は訓練ですのよ?お分かりになりませんの?」

「そう言われましても、我々海上保安庁の訓練も多岐に渡っています。例えば臨検や溺者救出の訓練などです。それに、ここ横須賀ではお隣同士の海自と海保ですが、訓練内容は互いに知らない事が多いので、橋立さんから説明していただけないと我々には分からないのです。」

「ですから、様々な訓練に使っておりますの!」

「そうですか。ではその訓練内容をもう少し詳しく・・・」

 穏やかな口調の衣笠から、執拗に質問がされている事に苛立ちが募り始めているのか、夏服の橋立は声がやや大きくなり始めている。

「制服の橋立さん、どうされました?少し落ち着きがありませんね?何かありましたか?」

 明らかに落ち着きを失くしている夏服の橋立へ、落ち着いた口調で菅波が声をかける。

「落ち着いていますわよ?それより、どうしてこんなに質問責めなのですの?これだけ答えていますのよ?いい加減にあちらの偽物を逮捕していただけますかしら?」

 夏服の橋立は、睨み付けるような視線を作業衣の橋立に向ける。

 そこには穏やかに笑みを浮かべている、普段通りの橋立の姿があり、夏服の橋立はそれを見て奥歯を噛み締める。

「残念ながら、制服の方の橋立さん。貴女が横須賀地方隊の橋立1尉であるという明確な証拠が、今現在ありません。そもそも橋立1尉に似た人間の可能性もあります。身分証か何か、提示できるものはありますか?」

 衣笠の作業衣の橋立へ向ける、穏やかながらもそこに隠れている鋭い視線を気配で感じ取ったのか、LCAC2107とLCAC2108は動きを止めて衣笠を凝視している。

「残念ながら、わたくし持ち合わせていませんの。でも、『人間ではない』証拠でしたら、すぐに提示できますのよ?」

 そう言うと、夏服の橋立は椅子に座ったまま、天井を仰ぎ見ると目をつぶる。

 霧島と大村始め、その場の全員が夏服の橋立へ視線を向けている中、真新しい89式小銃を持って警戒していた浜山だけは、いつでも構えの姿勢がとれるようにと身じろぎ一つせず、心の中で想定された事態に備える。

「お見せしますわね?」

 その一言を放った瞬間、夏服の橋立の姿は音を出すことも光ることもなく、空間に溶け込むように消えてしまった。

 その場の全員はそれに驚いたのではあるが、その次の瞬間には、目を見開くような事態が発生する。

「動くな!両手を上げろ!!」

 浜山が突然、岩代の方へ向けて89式小銃を構え、照門を覗き込んだ。

「えっ!?わ、わわ、私なの!?」

 慌てふためく岩代に、浜山は照門を覗いたまま警告を発する。

「岩代3佐!大村室長!射線方向から離脱願います!早く!!犯人に逃げられます!!管波さんと衣笠さんもそれ以上近付かないで!!」

 浜山の鬼気迫る言葉に、岩代は座っていた椅子から転がるように姿勢を低くして右側へ、大村も椅子から姿勢を低くし、テーブルの下へ隠れるようにしながら左側にいる西原の所まで離脱する。

 大村はその場で立ち上がると、西原の背後からビデオカメラのモニターを凝視する。

「浜山!“観客はまだ座っているのか”!」

「立ち上がろうとしています!」

 大村は確認のため浜山に問うと、間髪入れずに彼から返答され、見えない“観客”の様子も報告される。

 大村はすかさず外の立入検査隊立検の隊員に、大声で命令する。

立検たちけん!至急区画閉鎖!俺の命令あるまで一切の出入りを禁止する!!」

「了解!区画閉鎖!」

 両側にいた立検隊員は、それぞれに外から扉を閉め、ドア前に移動して立哨を続ける。

 だが、ただ立哨に戻っただけではない。ドア前の立検それぞれの右手には、ホルスターから抜かれた拳銃が握られている。

 事前に大村はそのように指示を出していて、更に腰のホルダーに収められた手錠で、特に指示がない場合混乱に乗じた本物と偽物の入れ替わりを防止すべく、両方の橋立の拘束も、指示に加えていたのである。

 

 扉が閉まったのを確認した大村はもう一度モニターを確認する。

「西原、帰ろうとしている“観客”は見えるか?」

「いえ・・・肉眼でもモニター越しでも、私には確認が出来ません。」

 西原の表情は見えないものの、普段と明らかに違う、言葉を震わせて詰まらせている様子に、大村は西原の動揺の加減を感じ取ってしまう。

「動くな!こちらの指示に従え!!」

 浜山には“観客”である、消えてしまった夏服の橋立の動きが見えているようであるが、他の大村達自衛官、霧島達艦魂にはその動きを掴むことが出来なかった。

「両手を頭に!ゆっくりと!!」

 浜山の表情は89式小銃の銃床に隠れて読みとれないものの、視線が鋭く一点を捕らえたままである事は、誰の目にも明らかである。

「残念でしたわね。丁度いいタイミングで逃げられると思いましたのに・・・」

 何もないはずの空間から橋立の声が聞こえ、一番近くであると思われる場所にいた衣笠と管波は、咄嗟にそれぞれ別方向へ飛び退く。

「姿を室長達に見えるようにしろ!」

「はいはい、分かりましたわ。」

 その次の瞬間、両手を頭にのせて扉の方へ向いて立っている夏服の橋立が、消えた時と同じ様に静かに現れた。

「霧島さん?質問がありますの。だいぶ早い段階で私が偽物と判断していたようですけれど、握り拳だけが原因ですの?」

 夏服の橋立、もとへ、偽の橋立は扉の方を見たまま霧島へ質問する。

「それだけではない。自衛官には自衛官の、我々自衛艦艇には自衛艦艇の“独特の雰囲気”というものがある。お前にはそれがなかった。他にもお前の胸に“タヌキが取りついている”のが見えるが、偽物に詳しく言う必要はない」

 夏服の橋立は両手を頭に乗せたまま自分の胸を見るが、軽く頭を振ると、霧島を見る。

「雰囲気という抽象的な事や、居もしない動物が見えるなどと言って私を偽物と?もし私が本物だったら、霧島さんはどう言い訳をされるつもりでしたの?」

「言い訳も何も、私の言葉の意味を全く理解していない、海自の基本を全く知らないお前に、これ以上何か言う必要があるのか?」

「まだわたしが知らない事?奥が深いですね、海上自衛隊は」

「お前の調査力が足りないだけだ。」

 二人のやりとりを聞いていた浜山は、偽の橋立の動きを見逃さないように視界に捕らえたまま、89式小銃を構えている。

(早く解決して終わらせてくれないと、“これ”の事が彼奴に・・・えっ?)

 焦りの表情を浮かべ始める浜山は、いつの間にか偽の橋立が視線を自分の方へと向けているのに気付く。

(いつの間に?視線には注意していたはずなのに?)

 内心で動揺している浜山を見透かすかのように、偽の橋立は笑顔を浮かべる。

「浜山さん?その小銃がちょっと鬱陶しいので、下ろしてくれませんか?」

 偽の橋立の問いかけに口頭では答えることなく、89式小銃を構え続ける事で答えを示した。

「そうですか・・・動く気がありませんのね?でしたら、そこから『絶対に動かないで下さいね、浜山陸斗3等陸曹さん』?それから、皆さんは『私の邪魔をしないで、動かず黙ってて下さい』ね?」

 そう言うと偽の橋立は腕を下ろして、浜山に近付いていく。

「動くな!止まれ!」

 警告のため、そうに大声を出すと左手を出して制止のサインを送ろうとするのだが、まるで瞬間接着剤で固定されてしまったかのように左手が89式小銃から離れない。

 そして更に止まらず近付いてくる偽の橋立へ、警告射撃を実施しようと、槓桿こうかんを引くために右手を離そうとするのだが、こちらも全く自分の意志で動かすことができない。

「なっ!」

「とても物騒なので、それを使えないようにしないといけないですね、浜山陸斗3曹?」

 偽の橋立は浜山の前まで来ると、彼の右手を見る。

「人差し指、引き金にはかけていないですね?浜山さんは優しいんですね」

 偽の橋立は一度銃口へ視線を向けると弾倉の方へ移動させ、それを外そうと手をかける。

「止めろ!!さわるな!!」

 浜山は大声で警告をするが、偽の橋立はそれを聞いていないように弾倉を引っ張る。

「おかしいですね?私が見た陸自の動画では簡単に外れていたのに、実際は面倒なんですね。仕方ありませんが浜山さん、無関係な貴方に怪我をしてもらいたくないので絶対に動かないで・・・あ、体は動かせないようにしてましたね。まぁ、もし体が動いたとしても、そこから指の一本も動かさないでいてください。ケガをさせたくないので」

 そう言うと偽の橋立は、指を真っ直ぐに伸ばして右手で手刀を作るようにして、弾倉へと軽く当てる。

「何をする気だ!止めろ!触るな!!」

 偽の橋立は弾倉からそのまま右手を少し離すと、その弾倉に向かって横から手刀を振り抜く。

 目の前で見ていたにもかかわらず、何が起きたのか瞬時には理解出来なかった浜山であったが、偽の橋立が元の椅子の方へ向いて背中を見せたのと同時に聞こえた、軽い何かが床に落ちる音とそれよりも小さい何かが複数落ちる音を聞き、咄嗟に視線を向け、何が起きたかを悟る。

 浜山の視線の先には、つい先ほどまで89式小銃に着いていたはずの弾倉と、黄色い小さいプラスチックの粒が辺りにばら撒かれている状況が飛び込んできた。

 それは、エアガンや電動ガン用のBB弾であった。

 背中を見せていた偽の橋立は後ろを振り返って足元を見ると、少ししゃがんで自分の足元に落ちていたBB弾を一つ摘み上げ、それを自分の目の前に掲げて観察を始めた。

「あら?あらあら?あらあらあら??浜山さん?私が映画で見た小銃の弾と違いますね。これは何ですか?」

 偽の橋立の質問に対して、浜山は口を開かなかった。

 だが、彼の顔色は生気が失われているように見え、口を開けないような印象も受ける。

 そして、この光景を目撃していた霧島、岩代、曳船達、それに西原も言葉を発してはいないが、その目には一様に恐怖の色が浮かんでいる。

「これ、なんですか?これがこの小銃の弾なんですか?なんで金属の塊じゃないんですか?」

「・・・それについては・・・」

「それについては?なんでしょうか?」

「こちらから答える義務は無い!」

「ケチですね、浜山さんは。・・・だったら、これはここに来た記念に貰っていきます。“福田”ならこれが何か、知ってるかもしれないですから」

 偽の橋立の言葉にいち早く反応したのは、作業衣の橋立であった。

(福田?・・・福田!?昨夜のアルファ司令とブラボーの会話にも出てきましたわ!!福田とアルファ司令は確か、対立のような関係・・・という事はわたくしの偽物は福田の側ですの?)

 橋立は、偽の橋立の言葉から、昨夜目撃した不審者二名と福田の関係を思い出し、目の前の偽物と三者の関係性を推測する。

(そうなると福田は恐らく、わたくしの偽物の黒幕ということですわね。・・・福田という人物、いえ、人かどうかも怪しいですけれども、どのような目的で・・・)

 橋立が事態の考察を進めていると、突然浜山の怒号が響く。

「動くな!」

彼は偽の橋立に視線だけを向け、大声で警告するのだが、偽の橋立は特に気にするようなそぶりも見せず、閉じられた区画の扉へとゆっくりと歩いていく。

 浜山の横まで来ると歩みを止め、口角を少しだけ上げて浜山にだけ囁く

「だいぶお邪魔してしまいましたから、家に帰りますね。それに、これ以上ここにいても“あの人”と二人きりで会う事は出来そうにないですから、私としても無駄な時間です。」

 偽の橋立はそう言うと、浜山の耳に口を近づけて何かを言うと、扉の方へとまた歩みを進める。

 そして、ドアノブに手をかけようとした偽の橋立はその動きを止めて、浜山の方へ振り向く。

「そうでした。浜山陸斗3曹は“見える人”のようですから、私から連絡したくなったら貴方に直接しますよ。連絡先は陸上自衛隊でいいですね?」

 浜山は疑問を抱きつつも、少し躊躇するように偽の橋立に返答する。

「今の連絡先は陸自じゃない。だが、それを聞いてどうするつもりだ。」

「陸自じゃない?驚きですね。今後お知らせしたいことがあったら、どこへ連絡をすればいいですかね?」

「・・・大村室長と相談させてほしい。」

「いいですよ。でも、動かないでその場で相談してください。大村室長、これから喋れるようにしますから、ご自由に相談してください。でも、変な事は喋らないでくださいね。浜山3曹が、これと同じ目に遭ってしまうかもしれませんから」

 偽の橋立は、切られて床に落ちていた89式小銃の弾倉にちらりと視線を向け、指をパチンと鳴らすと視線を上げ、大村に向かってウインクをする。

 大村は二言三言独り言をつぶやき、声が出せるのを確認して視線だけを浜山へ向けようとしている。

「不便だな。首が動かせないのは。」

「私自身を守るためですから、少々我慢してくださいね?」

89ハチキュウの弾倉を何かでぶった切るような奴が、自分の身を守れないのか?なんの冗談を言ってるんだか」

 どうやら89式小銃の弾倉が切られる瞬間は、大村からは見えていなかったようである。

「冗談だと思ったのなら、笑ってくれればよかったんですけど。あ、私が喋れないようにしてたから笑えなかったんだ。納得しましたよ。」

「自分で言って自分で解決してるなら、世話ないな。」

「そんな事より、浜山さんの連絡先を教えてくれないんですか?いいんですか?私と今後連絡取れなくなっても。」

 しばし、沈黙した大村は、意を決したように目を細め、言葉を発する。

「浜山の連絡先は、浜田地方総監部の広報係だ。」

「住所と電話番号くらいは教えていただけます?不親切ですよ?それとも・・・切りましょうか?あ、交渉の打ち切りの事ですから。」

「笑えない冗談だな」

「私は別に構わないんですよ。物理的に“何か”を切っちゃっても。何を切るかは、内緒ですけど。」

 大村は小さく舌打ちをすると、ため息を小さく鼻から吐き出し、渋々といった表情で返答する

「住所は島根県浜田市西長浜町国有無番地だ。番号は0855-24-××××。これで満足か?」

「ありがとうございます、大村室長。ああ、それと・・・」

 偽の橋立は、橋立の方を向くと左手で軽く喉をなでる。

 そして、数回口を軽く開け閉めすると話し始める。

「橋立君、昨夜は“僕”とお話してくれてありがとうねぇ?とっても楽しかったよ。」

 その場にいた全員が自分の耳を疑った。


 『この場にいないはずの白瀬の声が、何故、偽の橋立から聞こえたのか』と


 大村は即座に霧島へ、焦ったように声をかける

「将補!大至急白瀬の居場所を確認してください!!」

 霧島は動けず、言葉も発せないようだったが、瞬きを一回すると目を閉じた。

『YT95!YT99!霧島だ!聞こえるか!?白瀬は無事か!?』

 霧島の無線での呼びかけに、YT99が返答する。

『はい!白瀬1尉は、今自室にて寝ていらっしゃいます!』

『その他異常や侵入者等の気配はあるか!?』

『ありません!』

『そのまま周囲を警戒し、白瀬の安全を確保せよ!!』

 YT99の報告にやや安堵しながらも、霧島は警戒態勢を敷いていく。

 そんな霧島達を嘲笑うように、偽の橋立は右手を軽く上げると左右に振り始める。

 霧島や大村達は、次に何が起きるのかと身構える。

「また機会があったら、僕と会話してほしいんだよねぇ!それじゃあねぇ!!」

 白瀬の声をした偽の橋立は、その言葉を最後に再び虚空に溶け込むように消えていく。

「浜山!!振り向けるか!?」

 大村の一声に、浜山は返事する暇も惜しみ、弾倉を切断された89式小銃を構えたまま即座に振り返って扉を見る。

 そして周囲を慎重に見渡していくが、少しして構えを解かぬまま大村に報告をする。

「“観客”は見えません。どうやら本当に消えたようです、大村室長。」

 大村はその報告を聞いて扉に駆け寄ると少し開け、外にいた立検隊員たちに偽の橋立を目撃したか聞いたが、彼らは首を横に振って否定した。

 大村はすぐさま川原に報告を入れると同時に、艦内の捜索を具申した。

 多目的区画の閉鎖が解かれるのは、それから数時間後のことであった。


○NR横須賀駅 夕方


 久里浜行きの4両編成が3番線を出発したころ、券売機の横では小学校高学年らしき女の子が、スマホで電話をしている姿がある。

「・・・あれ?電話に出んわ、なんちゃって・・・じゃなくて、本当に出られないのかな?」

 一度終話すると、再び電話をかける。

 3回目のコール音が終わった直後、相手と繋がる。

「もしもし?私だけど、連絡しろってメッセージ見たよ?どうしたの?」


『行方不明になってた間、何をしてたか答えろ』


 相手は男性のようだが、その声音はとても低く、とてもではないが友好的には聞こえない雰囲気が伝わってくる。


「えっ?何って・・・威力偵察?みたいな事?とか?」


『威力偵察!?威力偵察ってどういうことだ!説明しろ!!自分でカラスに余計な事するなって言っておいて、自分は海自にちょっかい出してたのか!?それと、昨日もちょっかい出してたんだってな!?』


「今日のための下準備だよ。ちょうど実験直前に一人で歩いてた船霊さんがいたから、ターゲットになってもらっただけだよ?彼女を利用したら楽に本命に会えるかなって思っ『馬鹿か!!大塚と鮎沢もいたんだぞ!!海自の警戒度上げる真似して、自分が依頼を出した2隻の調査を妨害してるのが分かんねぇのかよ!!』」


「ごめんなさい。だって、まさか今日もあんな簡単にばれるなんて思わなくって。普通の人間だったら、ころっと騙されてくれてるところだったのにさ?あんなにもすぐにばれちゃうんだもん」


『だもん、じゃねえよ!!・・・ったく、おかしいと思ったんだよ!!ここしばらく、怪獣映画のDVD貸せとか、潜水艦とか護衛艦出てる漫画買ってこいとか突然言い出しやがったり、勝手に俺のパソコンで自衛隊関連見まくったりしやがって!!何企んでるのかと思えば引っ掻き回しか!!?』


「酷いよ、福田!私はお話したかっただけなのに!!」


『なんで我慢できねぇんだよ!!大塚と鮎沢の努力を無駄にする気か!!』


「そんなつもりは・・・あ、そうだ福田?」


『んだよ!!』


「そんなに怒んなくったっていいじゃん!それよりさ、霧島って船の人がさ、私の胸を見ながら『“タヌキ”が憑りついてる』って言ってたけど、私には見えないんだよね。福田には見えてた?」


『知らねぇし、見てねぇよ。タヌキが見えるって、霧島は動物霊・・・ちょっと待て。タヌキ・・・そういやぁ根山がなんか言ってたような・・・』


「根山?誰?」


『誰でもいいだろ!?・・・あ、思い出した、“緑のタヌキ”だ。お前の胸を見て“タヌキ”って言ったんなら、多分“緑のタヌキ”だ。』


「緑のタヌキ?何それ?」


『今日、陸自の広報館に行った時に、根山が教えてくれたんだよ。25年以上勤務した人に授与される記念章なんだってよ。』


 福田の言う記念章とは防衛記念章の事で、“緑のたぬき”とは正式には【防衛記念章第39号】と呼ばれる物で、陸海空自衛隊を25年勤続した者に授与されるものである。

 なお、【防衛記念章第40号】は“赤いきつね”と呼ばれていて、10年勤続者に授与されるものである。

 この呼び名は記念章の赤と緑が、ある食品メーカーの緑色のカップそばと、赤色のカップうどんを連想させるからと言われている。

 それから、特務艇はしだては2019年時点で就役からちょうど20年であるため、第40号、赤いきつねのみの着用になるはずである。

「へぇ~、知らなかった。」


『それ言われたって事は、間違った徽章でも付けたんじゃないか?』


「そうなの?おかしいなぁ?はしだての写真に出てた女の人を参考にしたんだけどなぁ?」


『お前の事だから「いっぱいついてればいいや」とか思ったんだろ』


「すごいよ!!なんで福田、わかっちゃったの!?」


『何年一緒に行動してると思ってんだよ!!逆に!適当な事したら俺が怒るって、お前はいつになったら覚えるんだよ!!俺、しばらく帰らねぇけど、家に帰ったら説教するから覚悟しとけ!!』


「ええっ!!待って!!しばらくってどのくらい!!?」


『最低4日は帰らねぇよ!!誰のせいでストレス溜まってると思ってる!!』


「そんなぁ!!カラスがお財布持って帰っちゃったから、私、帰れないの!!か弱い小学生の足で山の中を歩かせる気なの!?福田の鬼!悪魔!」


『お前が今小学生かどうかなんぞ、俺がそんなの知ってるわけないだろ!!それから先に言っとくが、金を勝手に作ったり、無断で銀行から取り寄せたり、盗んだりするんじゃねぇぞ!!今の日本の法律に違反しやがったら、刑務所に俺がぶち込んでやるからな!!』


「え~、自分だって勝手にどっかからポケットに缶コーヒー取り寄せてるじゃんか!!なんで私だけそんな風に言われないといけないの!?私、可愛い小学生の女子なんだよ!!」


『俺は自分で買った缶コーヒーを自分の冷蔵庫に入れて、そこから取り寄せてるだけだ!!お前と一緒にするな!!それから、自分で小学生になったんなら保護者の俺が行くまでそこで待ってろ!!』


「すぐに来てくれるの!?ありがとうパパ!!」


『誰がパパだ!!』


「じゃあ、ママ?」


『・・・今から歩け。小学生の足でも日付が変わる前には家に着くはずだ。頑張れ。』


「えっ?福田?冗談でしょ?今からなんて『プツッ・・・ツー、ツー、ツー』あーー!!待って福田!!ごめんなさい!!てか、話の途中で電話切るなんてひどいよ!!」


 すぐに小学生は電話をかけなおすも、電源が切られたのか、電波状態の悪いところに入ってしまったのか、携帯電話会社の自動音声案内につながってしまったのである。

(ひどいよ・・・こんなか弱い女子小学生を放置するなんて・・・)

 小学生は顔を真っ赤にしながら、涙をぼろぼろと流し始める。

 通行人が何人かその様子に気が付いたのか足を止めて遠巻きに様子をうかがっている。

 その内、年配の女性一人がハンカチを取り出して近づくと、少し中腰になって視線を小学生に合わせ、ハンカチを手渡そうとする。

 すると、小学生は天井を見上げるとゆっくりと息を吸い始める。

 年配の女性は、小学生が何をしようとしているのか分からずに戸惑っていると、息を吸い終えた小学生は目を大きく見開き、口を大きく開ける。


「福田のバカアァーーー!!!」


○横須賀地方総監部 砕氷艦しらせ 白瀬の自室


 横須賀駅で小学生が途方に暮れている頃、砕氷艦しらせの観測隊員用の区画の一室では、静かに眠っている白瀬、警戒しているYT95とYT99、そして付き添いとしてディーゼル員で士長の森紗耶香の姿がある。

「森士長、ここは私達港務隊に任せて、士長は士長の用事を済ませて来てください。今日は上陸の予定だったって、中岡3曹から伺ってますよ?」

 背後からYT95に肩を叩かれた森だが、白瀬の顔へ視線を向けたまま振り向かずにいる。

「95さん、そういう訳にはいかないですよ。白瀬1尉がこういった状態なのに放っておいて、自分だけが遊ぶ為に上陸なんて、出来ないです。」

 YT95はYT99と顔を向き合わせると、軽く肩をすぼめる。

 YT99は森の横に立つと、視線を合わせようとする。

「森士長?白瀬1尉は、『気にしないで上陸をしなさい』と仰っていましたよね?『休養も任務の一つです』とも言っていらしたんですよ?」


「99さん。確かに白瀬1尉はそう仰っていました。でも、私は白瀬1尉の事が心配です。私が艦魂である白瀬1尉に何をしてあげられるのか、全然分からないですけど、こんなに弱ってる白瀬1尉を置いて、自分だけ遊びに行くなんて、やはり出来ないです。」


「ですが森士長?気分転換も必要じゃないんですか?」


「確かに必要かもしれません。けど、お二人が教えてくれないので詳しくは分からないですが、白瀬1尉がここまでの状態になったという事は、尋常じゃない何かが起きたとしか思えないんです。心配してはいけませんか?」

 森は静かにYT99へ向かって言うと、唇を強く噛み締める。


「森士長、血が・・・」


 噛み締め過ぎたのか、うっすらと唇から血が滲むのが見えて、YT95とYT99がハンカチを取り出そうと同時にポケットへ手を入れる。


「・・・森君、唇が切れたようだねぇ?ビタミンが不足しているのかねぇ?」

 目を閉じて寝ている白瀬が突然口を開き、森は驚きで目を大きく見開く。


「お、起きていたんですか!?いつからですか!?」


「95君が『中岡3曹からうかがってますよ』って言ってる辺りから、聞いていたんだよねぇ」


 白瀬は目を閉じたままそう言うと、静かに口を閉じる。


「大丈夫ですか?」


 YT95の問いかけに、白瀬は小さくうなずく。


「とにかく、目は覚めているみたいで良かったです。白瀬1尉、体調は大丈夫ですか?お腹、空いてませんか?何か、必要なものはありませんか?それから・・・」

 森は安堵した気持ちを隠さず、白瀬へと色々と聞いていく。

 白瀬は目を開けると枕元に置いてあったメガネをとって掛け、ゆっくりと体を起こし両手を挙げて伸びをする。

「森君。そんなに一度に質問されても、すぐに答えられないんだけどねぇ?」


「そ、それはそうですけど・・・」


「それに、僕の心配してくれるのは嬉しいけど、自分のお腹の心配もした方がいいんだよねぇ?今の時間を、森君は把握しているかねぇ?」


 森は自分の腕時計を見て確認すると、驚きの声を上げる。


「あぁー!外で食べるつもりだったから、食事を頼むの忘れてた!!」


「今日の僕は夕食を食べたい気分だったんだけど、寝込む前に白瀬1尉アデリアエが95君へキャンセルするように指示していたから、残念だけどそれを期待するのも無理なんだよねぇ」


「そ、そんなぁ・・・」


 森が嘆きを漏らした直後、彼女の腹からは虫の声が聞こえてきたのである。


○東京都新宿区市谷本村町 防衛省 海上幕僚監部 海上幕僚長室


 日も傾いた頃、市ヶ谷にあるこの部屋の主の海上幕僚長である谷本は、電話で誰かと話している姿があった。


「・・・そうか。橋立の偽物か。」


『はい。そして、その橋立の偽物が消えた後、すぐに捜索を指示しましたが艦内から出た形跡もなく、偽物は消えました。』


「形跡もなく?舷門当直の目撃は?」


『いえ、ありません。』


「海へ飛び込んだような事もないのか?」


『一切ありませんでした。いわしろ、並びに周辺の監視カメラを現在確認中ですが、偽物を映像で捕らえたという報告は、まだ自分の所へは上がっていません。』


「そうか。それで、偽物と艦魂との関係は?」


『それはこれから調査しますが、一つ大きく気になることが。』


「大きく気になる事だと?」


『艦魂と関連しているかはっきりしませんが、曹士交換教育プログラムで来ている、浜山陸斗3曹についてです。』


「浜山陸曹か。浜監の長浦から聞いている。長浦の娘の方の知り合いと言っていたな。」


『はい。その3等陸曹です。彼は艦魂達にも見えなかった橋立の偽物を、途中まではしっかりと捕えていました。あの場にいた艦魂の霧島将補や岩代達にも聞きましたが、その時は見えなかったと証言しています。また、ビデオカメラにも写っていませんでした。』


「そうか。では、橋立の偽物は人間でも艦魂でもない何者かであり、その何者かを浜山3曹だけが見えていたのだな?」


『はい。それから浜山は偽物から、「面白い。浜山君は興味深いな。」と小声で言われたそうです。その後偽物は、浜山との連絡を希望したため、浜監の連絡先を教えました。』


「連絡先を教えた?」


『はい。人命には代えられませんでしたので。』


「人命?脅迫されたのか?」


『はい。後で映像を送りますが、89式のモデルガンの弾倉を手刀で切り落としています。私はその瞬間が見えなかったので、凶器か何かで弾倉を切り落としたと思い込み、そのように対処しました。申し訳ありません。』


「待て、手刀?『てのかたな』の事でいいのか?」


『はい、「てのかたな」です。』


「モデルガンの弾倉を『手で切った』と言うのか?」


『はい。スローにして確認したところ、89式の弾倉を手刀で切り落としているのが、しっかりと確認できました。』


「『しっかりと』という事は、映画などで表現されているような、『残像がないほどに早い動き』とかでは無かったのか?」


『その通りです。再生のスピードを少し落としただけで確認できました。幕僚長が想像されているような速さではありませんでした。切り口はとても鋭利でして、映像が作られたか切られた弾倉に仕掛けでもあったのかとしか思えないほどでした。切断時に出るであろう切粉きりこも出ておらず、とても綺麗な切断面でした。そして、興味深いことに切断面同士を合わせると、欠損なくぴたりと一致しました。モデルガンを所有していた隊員に予備の弾倉を持って来させて確認しましたが、1ミリも寸法が狂っているところはありませんでした。』


「・・・危険だな。そんな芸当は、人間では無理だ。」


『自分もそう思います。それと浜山の話によりますと、偽物は艦魂と見分けがつかないほどに、全く同じ雰囲気を持っていたと証言しています。「違和感を感じなかった事に違和感」を感じていたとも証言しています。これは自分の推測の域を出ませんが、偽物は艦魂と深く関係している可能性が非常に高いと思われます。偽物への再度の接触は危険と思われますが、調査の価値はあるのではないかと考えます。』


「『虎穴に入らざれば、虎子を得ず』か」


『その通りです。しかし、その虎児のいる虎穴を探すには虎児の親を探すしかありません。そして、その方法は現状で言いますと、画像等を解析して身元を特定するか、浜山への接触を待つ。それしかないと、現状では考えられます。』


「・・・ん。・・・それから陸自や空自、それに我々の車両や航空機に現れた子供たちとも関係があるかもしれないが、それについては?」


『申し訳ありません。偽物と子供たち、それから艦魂と子供たち、それぞれの関係の調査までには現在至っておらず、これからとなります。・・・谷本幕長へは大変申し上げにくい事ではありますが、人員が減ってしまった事で時間がかかってしまう事が予想されます。』


「必要な人員以下なのは分かっている。豊田の妨害が入らないように少しづつだが順次そちらへ回していく。今日早速、神奈川地本から一人そちらへやったが、もう会ったか?」


『いえ。自分が騒動の調査で“いわしろ”から上陸できていないのと、乗員以外の乗艦が現在禁止中のため、まだ会えておりません。』


「そうか。大変だろうが、引き続き艦魂と子供たちの調査を進めてくれ。そうだ、曹士交換教育プログラムで空士長を1名、こちらで選抜させてもらった。少し問題が起きたらしいが、説得してくれる事になっている。」


『問題ですか?来ない事もあり得る事でしょうか』


「そういう訳ではない。だが、大村はこれについては気にしなくていい。空幕向こうと私で話をしてあるから、すぐ解決するだろう。」


『もしや“飴”・・・ですか。』


「こちらの都合で来てもらう必要がある。多少なりとも彼の希望がかなえられる支援を、海幕としてもしなければな。それに、来てもらって居心地がいいとなれば、海自うちに受け入れるつもりもある。」


『うちに受け入れるとおっしゃいますが、そんなことをしたら空幕と対立しませんか?』


「無理にという話じゃない。『空士長の考えで海自うちに転属するつもりがあるなら』の話だ。そうなったら、私も最大限バックアップするつもりでいる。浜山陸曹についてもな。」


『浜山もですか?』


「そうだ。それでくだんの空士長の方だが、5護隊の三条君のところに直轄で預かることになっている。来るのが決まり次第、大村へも彼についての資料を渡す。それから、10月1日付けで在籍は浜監のまま、浜山も5護隊へ動かす。陸幕へは『水上艦艇の研修のための措置』と伝える事になっている。豊田君さえおかしな動きをしなければ、最初から2人とも調査室に入ってもらいたかったんだが」


『・・・分かりました、幕長。それで、一つお伺いさせていただきますが、その空士長を選抜した理由を、お聞きしてもよろしいでしょうか?海幕長がそこまでその空士長にこだわる理由が、私には分からないので。』


「彼だけが、突然現れた“子供たち”が危険だと、強く言っていたそうだ。それも何度も訴えていたそうだ。彼のいる基地の幾人かも同じように子供たちを危険視しているらしいが、中でも彼はかなり食い下がっていたと聞いている。」


『空士長が“子供たち”を危険視していたのを、決め手とされたのですか?』


「それだけじゃない。鈴木君が空自にいる防大同期から聞いた話では、車両に子供が出現した日の夜に訴えた中で、『違和感を感じなかった。これは危険なことかもしれない』と言ったらしい。大村はこれに、聞き覚えはないか?」


『・・・先ほど報告した、浜山が白瀬に言った「違和感を感じなかった事に違和感」と近いですね。それを鈴木運用支援課長から聞いて、彼を選抜したという事でしょうか?』


「そうだ。彼と浜山陸曹は近しい、又は同等だと予想される。彼に海自へ来てもらえば、“偽物”が気付いて彼にも接触してくるかもしれない。それも含めて、その空士長がこちらへ来るようにたのんであるんだ。」


『そうでしたか。これで、偽物との接触の可能性も上がり、調査も進む可能性が出てきました。谷本幕僚長のご配慮、感謝いたします。』


 それから谷本と大村は、二言三言会話して、電話を終えた。


 谷本は一息つくと、机の引き出しからすこしだけ古ぼけた写真を取り出す。

 その写真には艦艇四隻が、舞鶴の桟橋でメザシ係留されている姿が撮影されている。

 沖側である一番右側で艦首を手前に係留されているのは、艦番号【6102】と書かれている艦艇で、艦種は【試験艦】名前は【あすか】である。

 その試験艦あすかに向かって左から陸に向かって、【DDH-144くらま】、【DDH-143しらね】、そして一番桟橋側の護衛艦の艦番号は【141】、名前は【はるな】である。

 谷本は、はるなの更に左側である、桟橋の方へ視線を向ける。

 そこには、艦魂である鞍馬が笑顔で白峰しらねと腕を組み、それを見て笑顔を浮かべている飛鳥と榛名であろう女性達の姿も写されている。

 谷本は写真を引き出しに戻すと、静かに立ち上がって海上幕僚長室から出て行った。


 一方、話し相手であった大村は、谷本と会話を終えると岩代とLCAC2107、並びにLCAC2108のいる多目的区画へと戻ってくる。

(・・・ん?・・・変だ・・・)

 区画へ入った直後、大村は谷本との会話に違和感を覚えて足を止める。

(浜山の言った『違和感が無い事に違和感を感じる』と谷本幕長へ報告したのはついさっきのはず・・・だよな?・・・浜山と空士長が同じような能力みたいなものを持っているとして、なんで俺の報告前に谷本幕長は、その事に気付いて選抜出来たんだ?)

 大村は考えながらLCAC達に視線を向けると、3人で楽しそうに紙飛行機を飛ばして遊んでいる姿があった。

「あ、大村!紙飛行機で遊ぼう!ね!」

「大村!この紙飛行機、いっぱい飛んだ!よ!」

 LCACの2人は飛ばした飛行機を拾い上げると、それを持ったまま大村へと突進していく。

 岩代も自分が飛ばした紙飛行機を拾い上げると、それをテーブルの上に載せてLCAC達の後を追う。

 LCAC達は、困惑顔の大村の足に抱き着いたりして、纏わり付いている。

「入ってきた時から難しい顔してるけど、どうしたのかしら?」

「ちょっと、な。それより岩代、頼むからLCAC達をどうにかしてくれないか?歩けなくて困る。」

 岩代は軽く肩をすくめると、LCAC達におやつを食堂で食べてくるように言いつける。

 LCAC2107と2108は元気よく返事すると、一目散に多目的区画から飛び出していった。

「で?私に何か相談かしら?」

 岩代は大村の横に立つと、腕を組む。

「・・・橋立の偽物、岩代はどう思う?」


「どうって・・・そうね・・・周到に計画していたようには、感じなかったわね。それに、海自に対しての中途半端な知識。・・・艦艇公開に来てくれる外の人の方がよっぽど詳しいと思うわよ?」


「確かにな。こっちがついた『きりしまから持ってきた89式小銃』の嘘や、基本的な、脱落防止用のテープがついていなかったのにも気づかなかったくらいだからな。」


「それに、まだ海自は64式小銃ばっかりだって事も、気づいて無かったのよね。」


「少しづつは配備されてきてはいるが、まだまだ足りていないからな。」


「偽物はそのこと、知らなかったみたいなのよね」


「そんなので、偽物は何がしたかったのかっていう疑問が残るんだよな」


「浜山の坊や君が本命ってわけじゃないみたいだけど・・・私にも分からないわね・・・」


 大村は小さくため息をつくと、川原に会いに行くと言って多目的区画から出ていく。

「困った問題が・・・起きちゃったわね・・・」

 岩代もため息交じりに一人呟くと、LCAC達のいる食堂へ向かうため、その場から姿を消したのであった。

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防人達の邂逅(かいこう) 月夜野出雲 @izumo-tukiyono

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