第31話 終幕の開演


○輸送艦いわしろ 多目的区画


 白瀬がメガネの位置調整を終えると、小さな女の子の大声と女性の叫び声が聞こえてくる。

「輸送任務中!だよ!赤龍、道を開けて!ね!」

「嫌あぁー!!お、降ろしてー!!と、止まって!ぶ、ぶつかっちゃう!ごめんなさい退いてー!!道を開けてー!!」

 その直後、赤龍と岩代の大声も聞こえてくる

「うわあぁ!ちょ、ちょっと!危ないじゃない!」

「07ちゃん!危ないわよ!何してるの!赤龍ちゃん!大丈、きゃっ!?」

 岩代が飛び跳ねるように、急いで後ろへ後ずさって道を開けると、そこへLCAC2107がYT99を抱えて突入して来て、左へ直角に曲がる勢いで多目的区画へと侵入する。

 霧島の前まで来るとLCAC2107は急停止し、YT99はそれに驚き小さく悲鳴を上げる。

「霧島?2107フタヒトマルナナは、YT99の多目的区画への輸送任務完了した!よ?」

「LCACちゃん、お願い!早く降ろしてくれるかな!?落ちそうで怖いの!」

「あ、ごめん!ね?」

 YT99をゆっくり降ろすと、LCAC2107は姿勢を正し、手を握ると霧島へ10度の敬礼をする。

 直後、艦内通路から女の子と男性の声が聞こえて来ると、霧島は無意識に右手で顔を覆い、数回顔を横に振る。

2107フタヒトマルナナ、これは誰に頼まれた?」

「えっとね?機密事項!だよ?」

「機密事項?だが、お前達は科員休憩室にいろと岩代に言われていただろう?本当は勝手に動いたんじゃないか?」

「ばれちゃった!かな?」

(LCACは本当に子供だな・・・大隅達輸送艦LSTが困り果てているのは無理も無し、か。)

 霧島は呆れたような溜め息をつくと、LCAC2107と視線を合わせるために跪く。

「LCACさん!自分で歩けますから!」

「西原、到着した!よ?」

 直後、LCAC2108は西原を抱えながら多目的区画へ入ってくると、いきなり足を止める。

 その勢いは慣性の法則により、西原を前へと投げ出してしまう結果となった。

「おわっ!」

「あ!西原ごめん!ね!」

「大丈夫か!」

 大村は慌てて西原に駆け寄るが、上手く足から着地したため転げる事は無く、踏鞴たたらを踏んでバッグのようなものを西原は抱え込む。

「良かった、無事だったか。」

 大村が西原の顔をのぞき込むように声をかけると、西原は姿勢を正して、大村へバッグを見せる。

「はい、お借りしてきた機材はしっかり抱えていたので、無事です。」

 そう言って西原は、大村へバッグを見せる。

「馬鹿、お前が無事で良かったと言ってるんだ。それより、どうしてこうなった?」

 大村の問いかけに西原は、霧島へ敬礼しているLCAC2108を見ながら説明する。

「室長の命令通り機材を借りた後、舷門でYT99さんと落ち合ったんです。そこへあの子達が現れて『連れて行くように言われたから連れて行く』と言われ、YT99さんと共に運ばれて来たんです。」

「そうだったのか。岩代から聞いて、何のトラブルかとキャパッたぞ?とにかく良かった」

「これは、艦魂である岩代の差し金ですか?」

「いや、岩代もキャパッてたから、彼奴あいつじゃない。やれるとしたら・・・」

 大村は霧島とそのそばにいるLCAC2107、LCAC2108、YT99、少し離れている岩代、話をしている橋立と白瀬、どうして良いかわからず困惑した表情の浜山を順番に見回している。

「まあいい。西原、直ぐに準備しろ。ターゲットは『観客』。些細な一言、一挙手一投足も証拠になるはずだ。撮り逃すなよ。」

「了解しました。」

 西原は10度の敬礼すると、テーブルの脇まで歩いていきバッグの中身を漁り始める。

 その様子を見ていた大村の足に、つつかれるような感触があり足元を見る。

 そこには、男性用の制帽を持ったLCAC2108が見上げていて、大村は何事かと思いながら跪く。

「どうしたのかな?」

「これ、西原の?かな?」

 LCAC2108は男性用の制帽を差し出しながら、表情に疑問を浮かべているのを見て、大村は制帽の内側を確認すると、なるべく笑顔にしてLCAC2108に返答する。

「そうだよ。西原に返してあげてくれないかな?」

 大村はなるべく穏やかな口調を心掛けながら、LCAC2108に見えるように西原を指さす。

 LCAC2108はその指先にいる、ビデオカメラを設置している西原を見ると再び大村を見る。

 見られた大村はLCAC2108の表情を見て、驚きのあまり笑顔を忘れてしまう。

「エ、エル、キャック?」

 LCAC2108は先ほど浮かべていた笑顔とは違う、真剣な表情を作って小声でさり気ない風を装い、大村へ話し掛ける。

「そのまま聞いて、ね?」

「あ、あぁ。了解した。」

「大村室長へ“アデリアエ”から、伝達事項が2つ、だよ。」

 LCAC2108は子供特有の高い声ながら、その物言いには真剣さが帯びている。

「伝言?なんだろうか?」

 大村もつられて表情を自然と引き締めると、LCAC2108は大村の耳元に少し顔を寄せる。

「1つ目は『お隣さんは演者になった』、だよ。2つ目は『La Belleベル au Boisヴァ Dormantドアフモンは終演した』、だよ。それで、ね?『2人の演者は途中で合流、水先案内人と共にキャリーホエールへ向かっている』って言ってた、よ?」

「わ、分かったと、アデリアエに伝えてくれ。」

「了解した、よ?」

 LCAC2108はその場で目を瞑ると、左手を耳に添えて動かなくなる。

(LCAC・・・まさか、この子も『観客』じゃないだろうな?)

 未だに連絡中なのか、目を瞑ったままのLCAC2108を見て、大村は真剣だった表情を、眉間にしわを寄せて険しくさせながら立ち上がる。

(本当に1尉指揮者の指示で動いてるのか?・・・疑いだしたらきりがないのは、わかってるが・・・)

 大村は立ち上がると、自分の側にいるLCAC2108、それから岩代の側へ移動したLCAC2107を見ていると、LCAC2108からいつもの無邪気な雰囲気で話し掛けられる。

「大村?大丈夫なの?かな?」

「ん?大丈夫って、何がだい?」

 大村は膝に手を着き視線を合わせるように屈むと、LCAC2108から心配そうな顔をされてしまう。

「えっと、ね?アデリアエ、『眉間に皺が寄っている。大丈夫か?』って心配してた、よ?」

「ああ、それならアデリアエには、『C'est bonセボン.』と答えておいてくれないかな?」

「セボンって何?かな?」

「2108はフランス語、知らないのか。“大丈夫だ”って意味だけど、アデリアエならそれで伝わる筈だから、『C'est bon.』と伝えてくれないかな?」

「“セボン”を伝えるの、了解した!よ?」

 LCAC2108は10度の敬礼すると、大村から離れて西原の制帽を返すため、そちらの方へと向かった。

(少しだけでも勉強しておいて良かったな。まさか昔話のタイトルを、アデリアエがフランス語で伝えてくるとは思わなかったな。俺が勉強してなかったら、どうするつもりだったんだ?)

 LCAC2108の背中を、視線で追い掛けながら一人ごちていた大村の耳に西原達の会話が聞こえてきた。

「西原?、返す!ね?」

「08さん、持たせたままでごめんなさい。ありがとうございました。」

 大村はその会話に目を丸くすると、目を細めLCAC2108に注目する。

(まさかあれは『観客』に疑われないよう、俺を屈ませるための小細工だったっていうのか!?だとしたら・・・)

 大村はそのままLCAC2107にも視線を向けると、腕を組んで考え込む。

(これはLCACの機転?それとも『指揮者』の入れ知恵か?LCACが俺より小さい子供という立場を利用して行動したのなら、状況判断力は高いと言える。若しくは、『指揮者』からの命令を実行したのなら、任務の遂行能力と演技力があると言える。子供という見た目に騙されそうだが、中身は恐ろしいまでの切れ者かもしれない。本当に味方・・・だよな?LCAC達?)

 大村はそう考えながらも、“指揮者”の方も気になったためそちらを見ると、“指揮者”の表情自体はあまり変わっていないように見える。

 だが、大村が見始めて数秒後、微かに顔を横に向けると、苦しさからなのか痛みがあるからなのかは分からないが、数瞬だけ顔をしかめたようにも見え、一刻の猶予も無いことを感じ取る。

(まずいな。そろそろ『役者』が揃わないと、『指揮者』が保たないんじゃないか?)

 大村は一人ごちながら自分の席へ戻り、『その時』を待つ事にした。


○横須賀地方総監部 厚生棟前構内道路


「1尉、やはり無理してはいけません。少し休みましょう?」

「68さん、早く行かないと時間が・・・」

 YT67とYT68に抱えられながら、1尉は正面に見えてきた輸送艦“いわしろ”に視線を定める。

「無理してはいけません。」

 そんな1尉に水を差すかのように、YT95にエスコートされていた曳船達と似たような青い作業着を着て、部隊識別帽に似ている帽子を被った、一人の女性が声をかける。

「YT67さん、YT68さん。私がこんな事を言うと、自衛隊さんに対しての越権行為になるのは、重々承知しています。ですが、やはり御自分の所に連れ戻して下さい。1尉もそんな状態ではまだ無理なのは、ご自身でわかってらっしゃるでしょう?お願いします、無理をなさらないで下さい。」

「ですが、あの人も無理を押して頑張ってい・・・」

「駄目です。そんな状態で操船したら、衝突事故を起こしかねないのが分かりませんか?1尉はそんなに我々の“お世話”になりたいのですか?少なくとも、そこの建物にでも入って、休憩していて下さい。」

「ですが、それでは・・・」

「無茶をしてはいけません。」

 YT67とYT68は1尉と青い作業着の女性を見た後、困惑して互いの顔を見合わせてしまう。

「1尉。申し訳ありませんが、これ以上駄々を捏ねるのであれば仲間にも来てもらって、海上衝突予防法違反の容疑、並びに船舶職員及び小型船舶操縦者法違反等の容疑で事情を聴取させていただきますよ?それでも宜しいですね?」

 女性の威圧感溢れる言い方に1尉は反論はしなかったものの、渋々ながらといった様子で受け入れて、YT67とYT68に連れられながら右側の厚生棟の中へ、玄関から入っていった。

「YT95さん、すみませんでした。行きましょう。」

「あの、その前に聞きたいのですが、もしあの時に1尉が行くと言っていたら、本当に事情聴取をするつもりだったんですか?」

 YT95の質問に、女性は右横の厚生棟を見上げながら答える。

「YT95さんもご存知でしょうけど、本来、【船舶職員及び小型船舶操縦者法】は船員さん達には関係ありますが、私達自身やあなた方自身に直接は、あまり縁が無いですからね。事情聴取と言っても、ちょっとした世間話で足止めくらいしか出来ません。でもあれくらい強く言わないと、1尉さんは休んでくれなかったでしょうから。」

「じゃあ、さっき法律の名前を出したのは、本当は意味がなかったって事ですか?」

 女性はYT95の方へと向くと、笑顔を見せるのだが、それには若干の困惑の色も混じっている。

「いえいえ、心理的な抑制効果はご覧の通りです。あなた方自衛艦艇は、特に法令遵守に常に務めていただいていますから、他の小型船舶さん達と違ってあれだけでも十分に効果はあるんです。このくらいの事は、本当は1尉さんもご存知の筈だとは思うんですけどね?」

「確かに、私も少し変だとは思ってましたけど、そうだったんですね?」

「そうだ、この事はYT95さんだけに留めておいて下さいね?この手が知られて通用しなくなるのは、私達が困るので。」

「分かりました、内緒にします。じゃあ、行きま・・・あれ?」

 YT95は急に周囲を見回すと、何かを探すように背を伸ばして遠くを見たり、厚生棟の玄関をのぞき込んだりしている。

「おかしいな?誰かに見られてた気がしたんですけど・・・」

「もしかしてそこにいる、カラスとカモメの視線じゃないですか?何羽かこちらを向いていますよ?」

 女性が指差した方向にはカモメが数羽と、少し離れてカラスが一羽の姿がある。

「う~ん、人のような気がしたんですけど・・・あ、ごめんなさい!行きましょう!」

 YT95と女性は、正面に見える吉倉桟橋へと向かって急いで走っていった。

 その様子を追いかけるように、カラスの視線が動いている。

(なんか、心配になってきちゃったな?1尉さんって船の人が思った以上に早く起きちゃうし、似たような別の船の人が何人も4004って船に出入りしてるし・・・。どうしよう?連絡しなくて、本当に良いのかな?)

 吉倉桟橋Y1・2とY3・4への分岐付近に差し掛かったYT95と女性をカラスは顔を向けて見ていたのだが、分かりにくくなったのか飛び上がると、一番近くにあった桟橋上の街灯にとまる。

(何かあっても楽しみが減るから連絡するなって言ってたよね?でもさ、助け舟って言っても僕はカラスだし、双子は昨日の実験のせいだと思うけど、家で熟睡しちゃっててこっちに来られないし、福田は有給って言うの?を使ってるらしいし、大塚と鮎沢には僕から連絡出来ないし・・・。ま、なんとかするだろうから、やっぱりほっとこっと。余計な事して大騒ぎになったら、僕も一緒に福田から怒られちゃう。福田、怒ると怖いからなぁ。)

 YT95の背中を見つめていたカラスは、伸びをするように羽を大きく広げると毛繕いを始めた。


○輸送艦いわしろ 格納庫内


 YT95と女性は舷門当直に挨拶した後、YT95が到着の報告をするため足を止めていた。

タンゴスリー、キーンハルバード。感度は良好か?送れ。」

 YT95は3回ほど同じ文言を繰り返していたのだが、困惑と諦めの表情を浮かべる。

「YT95さんも、まだ無線の調子が悪いですか?」

「その様です。本体の無線には全く異常は起きてないんですが、あ、ちょっと失礼します。タンゴスリー、キーンハルバード。こちらの声・・・えっ!?チャンネルワン!?失礼しました!」

 YT95は背筋をのばすと、恐縮したように頭を交信相手に向かっているように、何度もぺこぺこと下げている。

「・・・ようで、『眠り姫』は、『お隣さん』の指導により、現在厚生棟で休憩しています。・・・タンゴスリー、アデリアエ。了解した、このまま指示通り『お隣さん』を『舞台袖』へ案内する。以上、通信終わる。」

 YT95は特に汗をかいていたわけでもないのだが報告を済ませると、部隊識別帽を脱いで無意識に右の袖で額の汗を拭う仕草をして、息を大きく吐き出す。

「無線、通じたんですか?」

 帽子を被りなおしていると女性から声をかけられ、YT95は姿勢を正して握り拳を作る。

「はい、やっと回復しました。それから、これからお手数をかけてしまいますが、ご協力の程よろしくお願いします。」

 港務隊の部隊識別帽を被っていたYT95が挙手敬礼すると、相手の女性も姿勢を正し、手を伸ばして不動の姿勢をとると挙手敬礼をする。

 彼女の帽子にはアーチ状に配置された英語表記と、その下中央に船舶用羅針儀がデザインされている。

 互いに挙手敬礼を終えると、別の女性に声をかけられる。

「遅れてすみませんでした。パトロールが今終わったものですから。」

 その女性もまた、先に到着していた女性と同じ作業衣に帽子をかぶっている。

 YT95は彼女へも挙手敬礼すると、多目的区画へと向かうため、2人の先導を始めた。


○輸送艦いわしろ 多目的区画


 霧島はタンゴスリーとアデリアエの交信を聞きながら、橋立とも会話をしていた。

「橋立、やはり白瀬が偽物とは思えない。何かの間違いでは無いのか?」

「霧島将補、そんなにお疑いでしたら、ICレコーダーに残された音声をお聞きになりますかしら?」

 胸ポケットからICレコーダーを取り出そうとするのを、霧島は後で聞かせてもらうとして橋立の手を止める。

 橋立が手を降ろして姿勢を正すと、霧島は西原へ目配せをする。

 当の西原は両手で輪を作り準備が出来たことを知らせ、ビデオカメラの液晶モニターを見ながら、ターゲットである“観客”へと向ける。

 霧島は“指揮者”へ視線を向けると、誰かと無線でコンタクトを取り始める。

『キーン・ハルバードよりアデリアエ。体調は大丈夫か?送れ。』

『アデリアエよりキーン・ハルバード。体調は良好。オペレーションは続行可能。』

『キーン・ハルバード、アデリアエ。顔色が悪い。本当に大丈夫だな?送れ。』

『アデリアエ、キーン・ハルバード。大丈夫、このまま続行する。』

『キーン・ハルバード、アデリアエ。念のためもう1度聞く。オペレーションは遂行可能なんだな?問題は無いな?送れ』

『アデリアエ、キーン・ハルバード。アデリアエとフォルステリは“観客”をここで逃したら危険だと判断している。キーン・ハルバードも同様と思う。よってアデリアエは、このまま任務を続行する。』

『キーン・ハルバード、アデリアエ。もう1つの質問に答えていない。問題は無いんだな?返答せよ、送れ。』

『アデリアエ、キーン・ハルバード。アデリアエは・・・あの大災害が発災した時のように、黙って見ているだけという訳にはいかない。・・・あんな思いは・・・もうしたくない。フォルステリも同意だ。ここで“観客”を食い止め・・・仲間を護るのが、アデリアエとフォルステリの任務。よって、このまま任務を遂行する。以上。』

『あっ!キーン・ハルバード、アデリアエ!?質問に答えていない!返答しろ!繰り返す!返答しろ!送れ!』

 一方的に無線を打ち切った“指揮者アデリアエ”に対して、霧島キーン・ハルバードは表面上は何もないように振る舞っているが、内心では焦りが隠せず、それは“指揮者アデリアエ”に対しての、無線での口調にも表れていた。

『キーン・ハルバード、アデリアエ!返答しろ!無理なら無理だと言え!本当に問題は無いのか!アデリアエとフォルステリの仲間を思う気持ちは分かるし、あの大災害発災時に何も出来なかったという気持ちも分からないでもない!!だが、指揮官が倒れたらどうなるのか考えたのか!?せめてキーン・ハルバードには全容を開示しろ!命令だ!返答しろ!』

 霧島はアデリアエに叫んだが、残念ながら返事は無かった。

(まずい、アデリアエが暴走している・・・フォルステリだったらまだ話が通じている筈なのに・・・こっちから変に話しかけたら“観客”にばれる可能性が・・・くそっ!何が将補だ!何が2護群司令だ!何がイージス艦だ!こんな危険な状況で、アデリアエの事もちゃんと把握出来ていなかったなんて、指揮官失格じゃないか!!・・・畜生!!!)

 多目的区画から飛び出したくなる衝動に抗いながら、霧島はぎりぎりの所で何とかその場に留まっていた。

 ふと顔をあげると大村と目が合い、彼は立ち上がると霧島へ近付いて一礼する。

「霧島将補。御無礼をお許しください。」

「何の事だ?あっ!ちょっ!?」

 霧島に考える間も与えず、大村は霧島の左腕をとるとそのまま引きずるように多目的区画外の右側へ出て、中からは死角になる所で解放する。

「どうした?大村室長?」

「先程は大変失礼しました、霧島将補。岩代から聞きました。アデリアエが命令の遂行に躍起になっていると。」

「区画から出たいと思っていたから、それは気にしなくて大丈夫だ。むしろその話が出来てちょうど良かったとも思ってる。アデリアエが・・・私の話を聞いてくれなくなってしまった。本人は大丈夫だと言っていたが、表情や顔色を見る限り、時間は我々が思うより無いかもしれない。フォルステリが手綱を握り切れていないかもしれないのも、気になる。」

「霧島将補。アデリアエは本当に大丈夫かもしれません。それに進んでしまった時間は戻せません。我々には、様子を見るしか方法がないようです。」

「大丈夫『かもしれない』のだろう?大丈夫ではない可能性も孕んでいるのも事実。もしそれが原因で任務未達になった場合、“いわしろ”にいる・・・いや、全国の自衛艦艇の艦魂や自衛官達にまで影響が、今後及ぶ可能性も考えられる。今回は時間が無かったとは言え、アデリアエのトラウマの事も考えずに全面的に任せてしまった私にも、大きな責任があると思う。違うか?大村室長。」

「将補。アデリアエはアデリアエなりに、実行部隊指揮官指揮者として任務達成に向けて行動しています。少し暴走気味なのは自分も気になりますが、まだ失敗が確定したわけではありません。それに我々も今、証拠の保全に動いていますし、更なる要請があれば我々が動ける範囲で、将補達へ協力をします。」

 そう言って大村は一歩後ろに下がり、霧島へ10度の敬礼をする。

「・・・大村室長・・・」

 敬礼を終えると女性の声が聞こえ、大村は彼女達がくる方向を見ながら左手をそちらへと向ける。

「ようやく、『お隣さん』も来てくれたようです。」

 霧島も同じ方向を見ると、YT95と女性2人が赤龍と立検隊員に挙手敬礼で挨拶している姿があった。

「海保の衣笠さん、管波すがなみさん。お忙しいところ、申し訳ない。」

 霧島はそう言って10度の敬礼をすると、衣笠と管波は海自の部隊識別帽のような、海上保安庁の第二種制帽を脱いで、同じ様に10度の敬礼をする。

 衣笠とは、海保三管横須賀海上保安部のすずかぜ型巡視艇派生型である、放射能調査艇きぬがさ型1番艇【MS-01きぬがさ】の事である。

 一方で管波とは、衣笠と同所属の巡視艇なつぎり型2番艇【PC-87すがなみ】の事である。

「霧島さん、お久しぶりです。私達同様、何か色々と問題が発生しているようですね。」

「ええ。曳船達から聞きましたが、海保さんの方でも閉じ込めや、無線が不通になったりしたとか。」

「その通りです。海保側では、未だに私を含めた3人が不通状態です。」

「そうですか。」

「はい。それで、不法侵入の容疑者である『観客』は?この部屋の中ですか?」

「見ていただければ分かる筈です。こっそり覗いて下さい。」

 霧島に言われ衣笠が先に、続いて管波が区画を覗き込む。

「・・・あれが『観客』ですか?・・・霧島さん、よく気付きましたね?私には、いつもの御本人さんにしか見えませんよ?」

 ぼそりと感心したように管波が呟くと、霧島は衣笠と管波に近付いて小声で話し掛ける。

「外見はかなり似ていますが、ちょっとした仕草ですぐに気付きました。今もやっているあの所作は、海自うち艦艇の所作ではありません。海保さんの所作と同一です。」

海保うちと同じですか?」

 衣笠は多目的区画をもう一度覗き込むと、『観客』の所作をしっかりと確認出来たのか、小さく数回頭を縦に振って霧島へと向き直る。

「確かによくよく見返したら、我々とどことなく似ていますね。我々が呼ばれた理由も、何となく分かりました。ですが、霧島さん?これは偶然と考えられませんか?」

 衣笠の疑問に対して、横に首を振った霧島はその根拠を説明し始めた。

「それはありえません。彼女が基本中の基本を忘れるはずがありません。何せ・・・」

「何せ?」

 霧島は視線を鋭くすると、多目的区画へと目を向ける。

「彼女は対外任務も付与されているために、自衛艦艇一厳格でなければなりません。それに横須賀地方隊において、地方隊所属艦艇への教育も担当しています。そして、彼女はそれを常に誇りにしています。だからこそ、我々自衛艦艇側から見てあのような基本を忘れたような仕草は、彼女ではない証拠の1つなのです。衣笠さん、お分かりいただけましたか?」

「なるほど。ですが、霧島さん?それだけでは『観客』に言い逃れられてしまうのでは?大丈夫ですか?」

「既に魚雷は射出してあります。今の所は魚雷に無反応なので、このままでしたら確実に『観客』を捕らえます。そうだ、衣笠さん。確認をお願いしてあった情報に変更は?」

「ありません。東京湾海上交通センターに通告が有った通りの時刻に、“彼女”はこちらへ来る予定です。」

 管波の言葉に、霧島は一度小さく頷くと姿勢を正す。

「ありがとう、衣笠さん。それではお二人共、出番までもう暫くお待ち下さい。」

 霧島はそう言って礼をすると、YT95に二人を科員休憩室へ案内するよう指示を出して、自身は多目的区画へと戻っていく。


○横須賀市北逸見へみ本町 逸見いつみ邸 夏菜子の自室


 輸送艦いわしろ艦内での出来事と同時刻、逸見は簡素な造りの自分のデスクに向かっていた。

 そのデスクの右脇には、辞書や看護学等の書籍十数冊が、左から小さい順にブックエンドで綺麗に立てられている。

 その左側に閉じてあるノートパソコン、そして、デスクの木の天板と同じ白系統の、タモの無垢材で作られた写真立てが置いてあるだけである。

 逸見は車椅子に乗ったままデスクに向かい、長谷友恵の夫である浩一にプリントアウトしてもらっていた、飛行甲板上にいた2佐の写真を眺めていた。

(偶然・・・なのかな?偶然友恵さんに誘われて、そこへ偶然“するが”が入港していて、偶然友恵さんの旦那さんがカメラで撮影するために望遠レンズを持ってきてて、そこに更に偶然、私を助けてくれた2佐が飛行甲板にいて、偶然だけど恵一君も、多分あの名前を知らない2佐に助けられていて・・・)

 逸見は溜め息を大きく吐き出すと、机に突っ伏す。

(大村元3佐は『全部偶然だろう?』って言ってたけど、本当に偶然なの?こんなに“するが”絡みでいくつも偶然が重なると、気持ち悪くてしょうがないんだけど・・・)

 逸見は机上に置いてある、木製の写真立てに入れられた写真に目を向けると、今度は小さく溜め息をつく。

 それは集合写真で、その中央左側から常装冬服姿の逸見、大村、それと1尉の男性幹部が護衛艦するが艦首の数字を背景にして立っている。

 その3人を挟んで写真の左側に衛生員らしき赤十字の腕章を着用した数名の冬服姿の海曹士、右側にも腕章は着けていないが海曹士数名が、幹部3人を挟むように並んで、とても良い笑顔を見せている。

 どうやらこの写真は、護衛艦するが第4分隊の集合写真のようである。

(これ撮影した数ヶ月後・・・まさか、事故に遭うなんて思って無かったっけ・・・他のみんな、今も元気にしてるかなぁ?)

 逸見は取り留めもなくぼんやりとしながら、そこに写っている過去の自分達を眺めている。

 すると突然キッチンの方から、何かが壊れるような甲高い音と共に母親の短い悲鳴も聞こえて、逸見は夢から現実に引き戻されたかのように、思わず身をすくめてしまう。

「大丈夫!?お母さん!?」

 すぐさま後ろを振り向くと車椅子を少し後進させ、その場で向きを変えると急いでキッチンへと向かった。

「何があったの?手でも滑らせたの?」

 キッチンに入ってすぐに母親へ声をかけると、しゃがんでいた母親は申し訳無さそうな表情で顔を上げ、逸見に破片を見せてくる。

「ごめんなさい。持ち上げたら急に取っ手が壊れて・・・落ちちゃったの・・・」

 母親の右手にはマグカップの取っ手だけが、左手にはイラストの描かれた一部分らしき欠片が乗せられていた。

 そのイラストには文字も書かれていて、はっきりと【H-185 SUR】と読める

「気にしなくて大丈夫だけど、お母さんこそ怪我してない?」

「ええ。怪我は平気。でも夏菜子・・・ごめんね?これ、お気に入りだったんでしょ?」

「大丈夫だって。“するが”のマグカップって言っても、それお土産用のレプリカだから。そうだ、掃除機持ってくるから、ちょっと待っててね?」

 逸見はそう言うと胸中にざわつきを感じながらも、少し車椅子を後進させてカウンターの脇から離れ、リビングの方へと変えて向かって行った。


○輸送艦いわしろ 多目的区画 同時刻


 LCAC達が起こした騒動も落ち着き、霧島は改めて白瀬に対して色々と聞き取りを始めていた。

「それではお前は、南極観測船の艦魂である白瀬ではないのは、間違い無いと認めるんだな?」

「霧島君?僕は何回でも言うけど、南極観測船しらせの偽物なんだよねぇ?でも、とってもそっくりだから、君達が間違えるのも仕方ないと思うんだよねぇ?」

「次の問いだ。ここに来た目的を答えろ。」

「ここに来た・・・ねぇ・・・僕も、どうしてこんな事になったのか、全くよく理解出来ていないんだよねぇ?」

「理解出来ていない?どういう事だ?」

「それより先に橋立君。君に聞きたいんだけどねぇ?君は何故、僕が偽物だと分かったのかねぇ?根拠は当然示せるよねぇ?」

 白瀬は矛先を橋立へと向けると、霧島は舌打ちしそうになるのを抑えて、橋立に証拠の開示を指示する。

 橋立はICレコーダーを取り出すと、再生ボタンを押して音量を大きくした。


『・・・な所で寝ていたら、風邪を引いてしまうんだよねぇ!?』

『白瀬・・・さん?』

『良かった!気がついたんだねぇ!?さっきはびっくりしてしまったよ?急に気を失ってしまったんだからねぇ。何か、あったのかねぇ?』


 以降、橋立が眠らされた場面まで再生されると、橋立は停止ボタンを押す。

「確かに・・・僕の声に似ているねぇ。」

「ここまではっきりとした証拠がありますのよ?偽物さん?」

「そう。この音声は証拠になりうると思うねぇ。但し書きはつくけどねぇ?」

 右人差し指を立てて左右に数回振った白瀬は、口角を吊り上げて笑顔を作る。

 曳船達や大村達は白瀬のその笑顔に対して、何故か恐れのような感覚を抱いてしまう。

「但し書きですの?」

「そう。これはこの音声が録音された時点での証拠であって、現時刻においての、此処にいる僕を音声データと同一の偽物とする確たる証拠ではない、と、言えると思うんだよねぇ?」

「ですが偽物さんは今、御自分を偽物とお認めになられたのでしょう?往生際が悪いですわよ!?」

 橋立はその後、白瀬に昨夜の件も観念するよう迫るが、のらりくらりと反証しかわされてしまう。

「・・・やれやれ・・・橋立君?君はまだ気付いていないのかねぇ?」

「何をですの!?先程から『自分は偽物』と言いながらも、全く認めようとされていないではありませんの!」

「この音声の僕と、今、君の目の前にいる僕が“同一人物”である証拠は、一体どこにあるのかねぇ?全然出て来ていないよねぇ?このままでは、もう1人の偽物である僕は、やってもいない昨日の不法侵入事件で誤認逮捕されてしまうねぇ?橋立君ともあろう者が、こんな単純なミスを犯すだなんて情けないねぇ?それとも、ただ単にお年を召したからなのかねぇ?それだったら申し訳なかったねぇ!いやあ、の方は丁重に扱わねばいけなかったねぇ!?ははは!失礼失礼!」

「いくら偽物とはいえ、失礼にも程がありますわ!!」

 白瀬から嘲笑うような態度を取られ続け、我慢の限界が来てしまったのか橋立は、白瀬に駆け寄ると右手を大きく振りかぶる。

「よせ橋立!挑発に乗るな!!」

 橋立は同じく駆け寄ってきた霧島に右手を掴まれてしまいそちらを見ると、多目的区画に誰かが入ってくる気配がしたためか、慌てたように今度は区画の入り口を見る。

「橋立さん!それ以上は駄目です!」

「そうです!冷静になって下さい!」

 入ってきたのは衣笠と管波で、衣笠は白瀬の側に、管波は白瀬と橋立の間に立って、橋立と相対した。

「橋立さん?いつもの橋立さんらしくありませんよ?どうしたんですか、一体?」

「何故、海上保安庁の方々がここにいらっしゃるのですの!?」

「衣笠さんと私でパトロールしていたら、岩代さんから伺いまして駆けつけたんですよ。喧嘩が起きそうだからって。」

「でも、岩代3佐はこちらにいたのですのよ?」

 疑問の表情で管波を見ると、管波は自分の左耳に指を向ける。

「無線ですよ。」

「無線?ですが、港務隊の方々もわたくしも、無線は回復しておりませんし、そんなに簡単に回復するはずもありませんわよ?何かの間違いではありませんの?」

 管波と霧島はそれぞれであるが同時に視線を厳しくすると、相対している管波は直ぐに普段の穏やかな表情に、霧島は西原の操作しているビデオカメラを見る。

「そうですか。橋立さんもまだですか。実は衣笠も回復していなくて、他の仲間全員も同じ様に連絡が簡単に取れなくて難儀しているんです。自衛隊さんも同じだったのですね?」

 管波が霧島を見ると、霧島は無言で頷いて肯定する。

「そうでしたの?管波さん達も災難でしたわね?」

「ええ、本当に。霧島さんもそう思いますよね?」

「全くその通りです、管波さん。とんでもない災難ですよ。まだんですから。」

 二人の会話に霧島も参加してきたのだが、霧島の視線は白瀬の方を向いている。

 その白瀬のそばには、黒表紙の手帳を取り出している衣笠がいて、どうやら海保側から事情聴取を受けているようである。

「そうだ。橋立に聞きたいことがある。」

 霧島はそう言って橋立に正対すると、管波と衣笠も同時に正対し、座っていた大村も立ち上がり霧島へ近寄っていく。

「なんですの?」

「橋立は、いつから海上保安庁に入ったんだ?」

 霧島の普段と変わりない喋り方に、橋立は浮かべていた笑顔を消して困惑と焦り、それに少しの恐怖のような感情が入り乱れた複雑そうな表情で霧島を見る。

「いつからって、あの、霧島将補?何を、仰っていますの?意味が分かりませんわよ?」

 疑問の表情を浮かべる橋立に、管波は笑顔を浮かべる。

「そうですよ、霧島さん。橋立さんが戸惑っていらっしゃるじゃないですか。」

 橋立は霧島からの意味不明な質問に、管波が助け舟を出したと安堵した。

「今日からって話だったじゃないですか。違いますか、橋立さん?」

「何のお話ですの!?霧島将補!?管波さん!?」

 続いた管波の言葉に、橋立は更に混乱してしまう。

「橋立君、水臭いねぇ?ちゃんと言ってくれれば転籍祝いくらいしたのにねぇ?あ、でも僕は偽物だから、参加出来ないかもしれないねぇ?」

「白瀬さんまで!?霧島将補!?これはどういう御冗談ですの!?」

「冗談?それはこちらの話だ。今も手を真っ直ぐに伸ばしているが、横須賀地方隊所属の艦艇達に指導している橋立らしくないぞ?陸自の浜山もしきりに気にしていた。『陸自の教育隊では真っ先に厳しく指摘されるのに、海自では良いのか?』とな。流石にこれには、返答に苦慮したぞ?一応『海自でも教育隊で教育される。不備の指導はしておく』と言っておいたがな。」

 橋立は指先まで真っ直ぐに下ろしていた自分の右手を見下ろし、慌てたように握り拳を作る。

「霧島将補、これは偶然ですのよ?わたくし、相当に慌てていたようですわね?でも、これが原因でのお戯れでしたら、霧島将補も管波さん達も酷い事を仰るのですわね?」

 霧島はそれを聞いて驚いたのか、目を丸くすると握っていた拳を自分の顎に当てる。

「偶然?慌てて?・・・諸外国の艦艇達や船舶達を、常に相手にしている橋立が?・・・・・・慌てる?・・・ほう?・・・ほう」

 じろじろといった風に霧島が橋立を見ていると、白瀬はゆっくりと立ち上がる。

 橋立と視線が合った瞬間に白瀬が垣間見せた、メガネの奥に見える目は笑ってはいなかった。

「霧島将補、今の橋立1尉に何を言っても無駄だと思うんだよねぇ?そもそも、そこにいる橋立1尉は海自の艦艇ではないからねぇ?」

「偽物さん!何を根拠にそんな出鱈目を!?」

「出鱈目?そんなにおかしいかねぇ?とんでもない事を霧島君に既に言われているのに、まぁーったく、なぁんにも、気付いていないんだからねぇ?」

「とんでもない事?わたくしが霧島将補に嘘をつかれたとでも!?」

 白瀬は橋立に近寄ると、右人差し指を真っ直ぐに立てて、自分と橋立の間を遮るように掲げる。

「東京MARTISマーチスを、橋立1尉ともあろう者が確認をしていないようだからねぇ?」

「確認ならしていますわ!」

「それならどうしてあの時、誰にも指摘しなかったのかねぇ?」

「あの時?」

「僕達が通路で話をしていた時、霧島将補は曳船君達に訓示していたよねぇ?東京MARTISを確認していた橋立1尉は、何故あの時、間違いを指摘出来なかったのかねぇ?他にも霧島将補はありえない大間違いを堂々と君の目の前で言っていたのに・・・注意力不足ではなく、知識不足だから、指摘出来なかったんだよねぇ?」

「そ、そんな事、今はどうでも宜しいのでは!?今は偽物の白瀬さんの方が、ずっと問題のはずですわよ!?」

 橋立が白瀬達に向かって叫ぶと、白瀬は呆れたように左右に首を振って、橋立を見ながら右耳を覆うように手を当てる。

「さて、諸君!これから終幕を開演しようじゃあないかねぇ!?」

「終幕!?何の話ですの!?説明なさい!偽物の白瀬さん!」

 狼狽える橋立をよそに、白瀬は体勢を崩さぬまま笑顔を浮かべる。

 それは心の底から楽しんでいるようにも見えるのだが、その視線から漂う感情は【楽】よりも【怒】の方が勝っているようにも見える。

「そんなに慌てなくても、ゆっくり説明してあげるから。その前に、残ったacteurアクトゥールの入場が必要だねぇ?」

「ア、アクトゥール!?誰ですの!?」

「今呼ぶから、少しは落ち着きたまえ、橋立1尉?・・・『アデリアエよりタンゴワン。準備は出来ているか?送れ。・・・了解。タンゴワンはこれより、スカイ・ブリッジ、タンゴツーフォックストロットウィスキーと共に入室せよ。』・・・橋立1尉?ここにいるみんな?さっき聞いての通り、これからacteurアクトゥール、日本語で言うと“役者”の入場なんだよねぇ!」

 白瀬は右手を伸ばすと、全員に多目的区画の扉へ注目を向けさせるのであった。

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