第11話 トランシット

【トランシット】

 2分程経って目を開けると、浜山を見たまま後ろに向かって、少し大きめに声をかける高崎。

「茶番に付き合ってもらって悪かった!持ち場に戻ってくれ!」

高崎のその声に1人だけ、1歩前に出る。

「了解しました、艦長。それと質問ですが、階級章と名札は、もう、つけても宜しいのですか?」

 と、船務士の緒方が高崎に確認している。

「ああ、もう良いぞ、終わったからな。それから、ここの事は口外無用だ、いいな?」

 その言葉に、「了解しました。失礼します」と部屋から出て行く緒方。

それを見届けると高崎は、浜山の方を向く。

「浜山、設問が悪くてすまなかったな。緒方は間違いなく”とさうち”の船務士で、残りの砲雷、航海、気象士は偽物だ。3人共、もう普段通りで良いぞ。」

その声に河内こうちは、月野と立川から”とさ”の部隊識別帽を受け取って一度退室する。

「あーやれやれ。慣れない事したから疲れたよ。なぁ照月?」

 両腕を上に上げて背伸びをする立川に月野が慌てて窘める。

「あ、あの、夕立2佐!?高崎艦長の前なんですから、もう少し気を使った方が・・・」

 その声に高崎が笑いながら目を向ける。

「いやいや照月、もう終わったんだから別に構わないぞ?夕立もお疲れさん、楽にしてくれ。」

 急に変わった艦長室の空気に、戸惑いを見せる浜山。

 そこに、長浦が申し訳なさそうに声をかける。

「浜山3曹、ごめんなさい。実は、私も先に入った時に始めて聞いたの。」

「長浦3尉、これは一体どういう事なんでしょうか?」

 浜山の質問に答えようとすると、河内こうちが誰かを連れて戻ってくる。

 顔を見た瞬間、浜山は驚きの顔で勢いよく立ち上がる。

「あー!い、岩代3佐!!ど、どうしてここに!?」

「さっきぶりね、海里のお嬢ちゃん!お久しぶりね~!坊や君?」

 笑顔で長浦と浜山に手を振る岩代に、河内こうちは頭痛がしたような気がして、こめかみを指で抑える

 高崎はというと右手を上げ、河内こうちに労いの言葉をかける。

「よう、河内こうち、お疲れさん。」

「艦長?どうして、私はまだ偽名で呼ばれているのでしょうか?夕立2佐と照月3尉はもう普通に呼んでらっしゃるのに。」

「あれ?聞こえてたのか、土佐?」

「防衛機密です、高崎艦長。」

「お、おい、怒ってるのか?」

「艦長、防衛機密です。」

 感情のこもっていない声音で、高崎とのやりとりを無理に打ち切った河内こうちこと土佐は、驚いて立ったままの浜山に向き合う。

「浜山3曹、改めまして挨拶します。私は護衛艦“とさ”の艦魂で土佐と言います。それから私の側から岩代3佐、その隣は月野こと照月3尉、最後に立川こと夕立2佐です。それから近くの休憩室には、護衛艦“いわみ”の石見3佐とLCAC2107、2108もいらっしゃいます。」

 土佐が紹介する度に、それぞれに敬礼する浜山。

 土佐は紹介が終わると、更に続ける。

「この悪巧みの発案者は岩代3佐で、実行者は高崎艦長です。ちなみにこの偽名は、センスの悪い高崎艦長が、有り難い事に勝手に3人につけてくれました。」

 不服そうな顔になった高崎は、抗議の声を土佐に向ける。

「センス悪いって、酷くないか?」

 それを聞いて姿勢を崩さず、浜山を向いたまま返答する。

「土佐だから河内こうち、夕立2佐に立川、照月3尉に月野。あまりにも適当過ぎて、笑いも涙も出ません。」

 浜山は事情が飲み込めず、どういうことかと高崎に訪ねる。

「これは、岩代が教えてくれた事だが、『浜山が長浦と同じで、艦魂が見えていたが、ちょっと違うようだ』ってな。それで、本当か試したって訳だ。それにしても岩代、この一件に『神様の見習い』とやらが絡んでるのか?全く聞いてなかったから驚いたぞ?」

 話をふられた岩代は、すぐに返答する。

「見習いさんが絡んでるのかは、彼に協力してもらえば分かると思うのよ。だから私は坊や君を調査の協力者に推薦したのよね。」

 いつの間にか手にしていた、青と白のラベルのミルクティーのキャップを開けて少し飲む岩代。

 高崎はそれを見て慌てて立ち上がる。

「岩代、そのミルクティーどこから!」

 キャップを閉めた岩代は、左手で右側の人物を黙って指差す。

「土佐!なんで!?それ夕食後に飲もうと思った最後の紅茶花・・・」

「緑茶が無かったのでミルクティーを岩代3佐に渡しました。」

 言葉を最後まで言わせず、わざと被せる土佐に、高崎は涙目になっている。

 本来ならば夕方位までには到着の予定であったため、その分しか買っておらず、また、タイミングが悪いことに自動販売機でも売り切れの表示が出ているため、岩代が飲んだ物で、艦内のミルクティーは最後だったのであり、高崎は偶然ではあったが食事後に把握している。

 土佐の方がそこまで把握していたかは、定かではない。

「緑茶ならまだ3本あったはずだぞ!?土佐、怒ってるなら謝るから!地味に効く仕返し止めてくれ!なっ?」

「地味に効くのですか?でしたら、今後似たよう事がありましたら、隠しておいて自販機を使用中止にすれば良いのですか。メモしておきます。」

 ポケットから黒い手帳の様な物を取り出し、ボールペンで書き込む仕草をする土佐。

「メモしなくて良いから!機嫌なおしてくれ!なっ!?」

 この夫婦喧嘩のようなやりとりに、他の人物達は完全に空気になってしまっている。

「ねぇ祥子、確か川原艦長って、高崎艦長の事高く評価してたよね・・・?」

「そうだったね、海里。川原艦長は高崎艦長を高く評価してたよね・・・」

 呆れた様子で、気付かれないように小声で話す長浦と御船。

 高崎は気付かなかったようだが、土佐はどうやら気付いたらしく、2人の方に視線を送り、元の方向に戻す。

「申し訳ありません、高崎艦長。私はこの後どうすればよろしいのでしょうか?」

 あまりに話がそれてしまい、軌道修正をしようとする浜山の言葉に、一瞬動きを止めて咳払いすると、落ち着いた風を装って深く腰掛ける。今更ではあるが。

「話半分で聞いていたから、この後の事は考えていなかったなぁ・・・」

 腕を組んで考えると、徐に立ち上がり艦内電話でどこかに連絡している。

 電話を終えると、その場で「10分後に来るそうだ」とソファーの3人に声をかける。

 高崎は机の一番大きな引き出しを開けると、何かをガサガサいわせながら取り出す。

「浜山、昼飯まで時間あるし、少しでも腹になんか入れとけ。“いわしろ”組も食べて良いぞ。」

 と、左手でお茶菓子のアソートパックをふりながら持ってくる。

「美味しそうね!私も“いわしろ”組だからいただこうかしら!?」

 ふらふらと歩き出そうとする岩代を、素早く左手で制する土佐。

「岩代3佐、お願いですから大人しくしてて下さい。あれは3人の為のお菓子ですから。」

 それを夕立は苦笑いしながら眺め、照月は土佐のフォローに回る。

 少しして扉がノックされ、紺の作業服姿の男性1佐が入室してくる

「高崎、入るぞ。おっと、ずいぶん賑やかだな。」

「あれ、三条どうした?早いじゃないか。」

「海幕と連絡がスムーズにいってな。本当なら艦隊司令部で良かったんだが、その司令部が海幕に回せって。」

 三条の入室に長浦と御船は立ち上がり、遅れて浜山も立ち上がる。

「流石の三条隊司令でも、たらい回しされたか?」

「これは推測だが、他にも異変が起きてる可能性がある気がする。」

「おいおい、フラグ立ててくれるなよ?」

「冗談だ。こんな珍しい事、他で起きてるわけもないだろう?本気にするな。」

 高崎と三条が立ち話をしているのを見て、浜山は長浦に話しかける。

「あの方は、艦長のお知り合いですか?肩の階級章は同じのようですが?」

 三条が来る前、長浦から海自の階級章の見方を教わった浜山は、2人の乙階級章を視認し確認を入れる。

「あちらは三条第5護衛隊司令で、高崎艦長と防大で同期だったそうです。ハンモックナンバーは三条隊司令が上位です。」

「分かりました。ありがとうございます。」

 ハンモックナンバーとは、一般幹部候補生課程と遠洋航海の実習での成績順位の事である。

 そう浜山に説明していると、御船が口を挟んでくる。

「私と首席の長浦3尉では、長浦3尉の方が上です。どの位離れてるかは、まだ分かりませんけど。」

 上位になると表彰等があるためすぐにわかるのだが、それ以外の者は2尉になって最初の幹部名簿を見るまでは明かされない。

 長浦は(余計な事を)と思いつつ、口をつぐむ。

「ところで海里、隊司令とは会った事あるの?」

「2度だけ家に来たことあるの。理由はどっちも分からないけど、1回目は高1の時で、2回目の時は私の防大合格の数日後に来てくれたの。」

 それを聞き、御船は呆れたような表情に、浜山は船酔いがぶり返したように青くなっている。

「入学祝いで隊司令が家に来るって、どんだけよ?」

「違うよ?その時は艦長だったし、それに私はついでで、お父さんに会いに来てたんだから。」

「いや、そういう問題じゃ・・・」

 御船は言いかけて、すぐに口を閉じる。三条と高崎の話が終わったようであるからだ。

 ソファーに向かって来ると、一旦立ち止まる三条。

 3人は10度の敬礼し、三条は答礼する。

 御船と浜山は初対面の為自己紹介し、長浦は「お久しぶりです」と短く挨拶する。

「5隊の司令で三条だ、よろしく。3人とも楽にしてくれて良い。」

 三条はソファーに座ると、3人も座らせる。

 高崎は三条の隣に座ると、緑茶のPETボトルを三条の前に置く。

「ありがとう、高崎。」

 喉でも渇いていたのか、手に取るとすぐに2口分を飲む。

 キャップをしテーブルに静かに置くと、姿勢を崩し長浦を見る。

「長浦3尉、久しぶりだな。防大の入学前以来だから・・・6年ぶり位かな?今は”いわしろ”の船務士だったな?」

「はい、そうです。日々、諸先輩方より厳しくご指導いただいております。」

「あっちの艦長は、ここにいるグータラな艦長と違って、指導が厳しいからな。」

「おいおいグータラはないだろ!?RIMPACリムパックでうちのクルーは米軍から誉められたんだ。隊司令は、評価してくれないのか?」

 RIMPACリムパックとは、『Rim of the Pacific Exercise(環太平洋合同演習)』の事で、アメリカを中心として、各国の海軍が合同で行う演習の事である。

 昨年度は“とさ、“ちょうかい”、“なかうみ”等が参加し、今年度は“いせ”、“きりしま”、“すわ”等が参加中である。

 ちなみに、”すわ”と“なかうみ”は同じ”すわ”型の補給艦で、”ましゅう型”の後継の新造艦である。

「そんな事もあったな。それより本題だ。」

「そんな事って・・・三条もひどいな。」

 困ったような顔の高崎を無視し、三条は本題を切り出す。

「土佐、確認するが浜山3曹は、言い当てたんだったな?」

「はい、その通りです。」

 土佐は軽くうなづき、浜山に視線を送る。

「分かった。それじゃあ岩代、陸自の彼に入ってもらおう。連れて来れたんだよな?」

「分かりました。ここに連れてきますので少々お待ちくださいね?」

 岩代は三条の言葉に、一礼してから退室していく。

「おいおい、誰が来るんだ?まさか、旅団長に来てもらうのか?」

「だったら“彼”なんて言い方、お前と違ってしない。上層部の方に失礼だろ。」

 三条は少し腰を浮かせると、テーブルの上のアソートパックに手を伸ばし、ドーナツの小袋を摘み、座り直す。

 三条が袋を開けて口に入れると、高崎が何かに気付く。

「三条、ゴミ袋持ってくるわ。ほら、3人も食え食え!特に浜山、船酔いで腹が空っぽなんだろ?何でも良いから入れておかないと、体力落ちて余計に酔うぞ?」

 高崎はそう言いながら執務机に向かい、言われた3人は、戸惑いながらお菓子に手を伸ばす。

「そうだ土佐。これ、LCAC達と食え。休憩だ。」

 アソートパックを2つ持って近付き、土佐に手渡す高崎。

「ありがとうございます。ですが、私がここに残っていないと、夕立2佐達に連絡が出来ません。」

「土佐の防衛機密が役に立つんだろ?」

 高崎は人差し指で、自分の右の耳たぶを2回触れる。

「当てにしないで下さい。万能ではないのですから。今陸上自衛隊も含めて、何人乗艦していると思ってるんですか?いちいち聞いていたら、頭がパンクします。」

 呆れた様子でため息をつく土佐の言葉に、何かに気がついたのか高崎が「あれ?じゃあ・・・」と言いかけると、土佐が言葉を被せる。

「艦長のお言葉に甘えて、お菓子は近くの休憩室でいただきます。10分後に戻ります。夕立2佐、照月3尉、行きましょう。」

「あっ、土佐!おい!」

 土佐は踵を返して高崎を無視し、ニヤニヤした顔の夕立、困惑した顔の照月と共に退室していく。

 その2分後、1人の陸自の男の子を連れて岩代が戻ってくる。

 高崎は土佐達が近くの休憩室にいる事を伝えると、岩代は退室する。

「ようこそ、第5護衛隊へ。」

「初めまして、よろしくお願いします。」

 三条の言葉に、男の子は10度の敬礼をする。

 浜山は男の子を、入室してきた時からじっと見て、視線を外していない。

「長浦3尉、あの子もそうみたいです。」

 さり気なくを装って、長浦に話かける浜山。

「やっぱり艦魂、なの?」

 聞こえたのか長浦の代わりに、御船が浜山に質問する。

「艦魂と言い切れませんが、岩代3佐達と同じだというのは確信できます。」

 長浦と御船は、同じタイミングで男の子に注目する。

「席は・・・浜山の右側に座ってくれ。3人ともすまないが、ちょっと詰めてあげてくれ。」

 高崎がそう声をかけ、3人は左側に少しずれる。

 浜山が子供に「どうぞ」と声をかけると、「ありがとうございます、浜山3曹」と返答し、隣に座る。

「あれ?君、初めてだよね?僕と会ったこと、あるかな?」

 浜山が疑問の声を上げると、男の子が見上げてくる。

「今朝も会いましたよ?点検ありがとうございます。」

「点検?・・・点検・・・今朝?・・・まさか、89も!?」

 大声で89式5.56mm小銃の制式年度を叫ぶ浜山だが、慌てて首を横にふる男の子。

「違います!81ハチヒト式です!今朝、固定してるチェーンを点検しに来てくれていたじゃないですか!」

 焦ったような声で訂正を入れる81式。

81ハチヒトって・・・、81式自走架柱橋?」

 男の子の声に、少し冷静になる浜山。

 今までは艦魂を「海自の事だから」と他人事として構えていた浜山だが、いざ自分の目の前に、普段運用している装備が目の前に現れた今、戸惑いを隠せない。

「はい、そうです!」

「えっと、疑う訳じゃないんだけど、ナンバープレートの数字って言えるかな?」

「はい、〈8▽216△〉です。」

 各自衛隊の使用している車両のナンバープレートは、一般車両が陸運局で交付される物とは違い、2桁ー4桁の数字のみで表記されている。

 男の子の言った番号は、間違いなく自衛隊用に登録された車両である事を示していて、それも、浜山が聞き覚えのあるナンバーである。

「それ、俺が乗ってるのだ!えっ!?」

「浜山3曹に近しい車両で存在してるか岩代に聞いたら、いるって言うから来てもらったんだよ。」

 三条の説明に浜山は、艦内のどこかにあるという休憩室で、高崎のミルクティーを飲んでいるであろう岩代を想像し、ジト目になりながら呟く。

「あの・・・また岩代3佐が絡んでいるのですね・・・」

「まぁ、そう嫌そうな顔するな、浜山。それで、だ。こっちの13旅団長、向こうの特科隊長さん以外には、2人の意向でまだ知らせていないらしい。」

 三条の説明に浜山は疑問を感じ、質問を返す。

「あの、質問です。どうして、私には開示されているのでしょうか?旅団長や特科隊長以外には、まだ開示されていないんですよね?」

 浜山の疑問も、もっともである。

 陸将補や1佐クラスが現時刻の段階で情報を止めているのも関わらず、一番下の2士から数えて4番目の階級である3曹に、情報を流していることになる。

 それも・・・

海自こっちに協力してもらいたいからだよ、浜山。海幕の独断でな。」

「海幕に連絡って、その事だったのか、三条。俺にも内緒とは・・・」

 浜山にとっては、一生関わらないと思っていた海上幕僚監部が、陸上幕僚監部に無断で、である。

「独断ですか!?三条隊司令、意見宜しいですか!?」

 浜山は焦ったような口調と共に、握った手をあげる。

「どうした?」

「隊司令、私は陸自ですから良く分かりませんが、“するが”で起きた事故や不祥事があったんで・・・」

 そこまで浜山が言うと、艦長室の空気が鋭くなり、その雰囲気に押され言葉尻が小さくなっていき、黙ってしまう。

 目の前の三条と高崎の表情は変わらないが、視線がきつくなり、1つ左隣の御船を見ると正面を見つめたままになっている。

 思わず、すぐ左の人物に助けを求めるような顔を向ける浜山。

 しかし、当の長浦は一瞬視線が合うも迷うように視線が泳ぎ、高崎と三条を見て、御船と同じ様にやや俯き加減で正面を向く。

 “とさ”、いや、海上自衛隊内で唯一、浜山の味方であったはずの長浦も、やはり海上自衛隊という組織の人間なのである。

「失礼します!」

 突然、ノックも無しに、乱暴に艦長室の扉を開けた人物が、飛び込むような勢いで入室してくる。

「誰だ!」

 思わず立ち上がり、闖入ちんにゅう者を見る高崎。

「失礼します!高崎艦長!少し彼をお借りします!」

 そこには、慌てたように飛び込んできた土佐が、不動の姿勢をとっている。

 そして、睨み合うように対峙する高崎と土佐。

 背後の艦内通路から土佐を呼ぶ2人の声が、だんだん大きくなってくる。

「見つけた!ちょっと土佐ちゃん!はぁはぁ・・・急に・・・はぁはぁ・・・どうしたのよ!」

「土佐3佐、何が・・・はぁはぁ・・・あったんですか?はぁはぁ・・・」

 開け放たれた扉から、疲れ切った岩代と照月が息も絶え絶えに艦内通路に立っている。

「土佐、あの件の事、言うつもりか?」

 それに答えず無言の土佐。

「言うつもりだな!?答えろ!!」

 さらに無言を貫く土佐の背後から、息をのむような音が聞こえるが、それが岩代なのか照月なのかは分からない。

「土佐、余計な事するな!三条隊司令に長浦、御船、それに俺も例外なく飛ばされる!下手をすれば情報漏洩で首んなって裁判だ!」

「ですが!協力してもらうならば、言わなければフェアではありません!」

 ついに沈黙を破った土佐は、怒りに満ちたような、それでいて悲しさも伺わせる様な目で高崎を睨む。

「あの件と陸自の子供この件は関係ない!!」

「あります!!」

「命令だ!従え、土佐!」

「従えません!」

「俺の話を聞け!彼は陸自だ!言うわけにはいかん!」

「聞けません!」

 高崎と土佐の言葉の応酬に、誰も入り込めないと思われた中を、1人だけ土佐にゆっくり近付く人物、岩代。

 続いていた言葉の応酬が止まり、岩代の足音だけが響く。

 彼女は1度土佐の左側で立ち止まり、高崎に礼をして土佐の前に回り込み、一瞬だけ動きを止める。

 その次の瞬間、右手を素早く、かつ、しならせて、躊躇なく振り抜く岩代。

 室内に響く乾いた音と共に、岩代から見て左を向く土佐。

 その表情は髪に隠れ見えない。

 土佐はゆっくりと左手を上げ、叩かれた左頬にあてる。

「土佐3佐!冷静になりなさい!」

 岩代の声だけが、艦長室の中に響く。

「聞いているわよ!お姉さん達の事で口喧嘩した事、白瀬さんから!!」

 白瀬と聞いて、手を頬に当てたまま顔を岩代に向ける土佐。

「土佐3佐、幹部自衛官の宣誓は言えるはずよね!?」

「・・・はい。」

 先程の様子とはうって変わって、力無く答える土佐。

「じゃあ聞くけど、今、あなたは『部隊団結の核心』になれているの!?」

 無言のままの土佐。

「私が見る限りでは、核心になるどころか、部隊団結の妨げになっているわ!!」

 その言葉に土佐は手をおろし、不動の姿勢をとる。

「お言葉ですが岩代3佐、駿河・・・」

「黙りなさい!駿河2佐は関係ないの!いい!?高崎艦長の言うとおり、今回の子供の件とはどう考えても関係ないの!!冷静に考えなさい!!!」

 無表情とは程遠い、明らかに悔しそうな表情を浮かべている土佐。

 しかし、彼女も分かっているようで、反論は返ってこない。

 岩代は土佐の肩越しに、照月へ呼びかける。

「照月3尉、土佐3佐をさっきの休憩室に連れてってあげてちょうだい。それから夕立2佐と石見3佐に伝えて欲しいの。LCACちゃん達の面倒、もう少し見ててって。」

「りょ、了解しました!」

 照月は恐る恐る入室すると、土佐の左側に立って右手を肩に乗せる。

 そして「行きましょう」と、うなだれてしまった土佐に声をかけて、2人で退室する。

 岩代はそれを見送ると、回れ右をして三条を見る。

「三条隊司令。浜山陸斗3等陸曹は、不審がっています。このままでは協力してもらえなくなるかもしれませんよ?」

 一呼吸おいて、次に高崎を見る岩代。

「高崎艦長。土佐3佐は、お姉さんである駿河2佐達を敬愛しています。ただ、ちょっと行き過ぎる所もありますので、高崎艦長も言動をお気をつけ下さい。」

「それについては気をつけるが、俺だって本当の事を言えないで悔しいんだ!しかも事実と逆で、世間では艦長が悪者に仕立て上げられてるんだぞ!悔しくないわけないだろ!三条だってそうだろ!!岩代、みんな悔しがってんだよ!!」

 そこまで一気にまくし立てると、全速で走ったように肩で息をする高崎。

 三条は静かに立ち上がり、高崎の両肩に手をかけ、落ち着かせるように座らせる。

 高崎は座ると前屈みになり、両手で顔を覆う。

 それを見てから岩代に向く三条。

「補足だが、するがのに関しては高崎に同意だ。に関しては彼奴等が悪いと思っている。思い出すだけでも、こんな言葉は無いと思うが、怒りで全身が煮えくり返る程だ。だが、今は関係ない。岩代の言うとおりにな。」

 岩代は長浦と御船を見て、浜山を見る。

「隊司令?やっぱり浜山3曹に、言った方が良いかもしれないですね。」

「岩代、駄目だ。」

「事故の事だけでも言っちゃいけないのかしら?事件は私、残念ながら知らないのよね。」

 三条はしばらく岩代を見つめ、浜山の方に振り返る。

「・・・岩代、ちょっと良いか?」

 三条はそう言うと、扉の方まで岩代を連れて行く。

 歩みを止めると高崎達に視線を向け、休めの姿勢になり、岩代にだけ聞こえる位の小さい声で話し始める。

「これは残念ながら、高崎を含めたには話せないことだが、事故に関して、情報保全隊本部の第2情報保全室が動いている、らしい。実際は、はっきりしないがな。」

「申し訳ないですが隊司令?情報保全室なんて聞いたこと無いですよ?」

「それもそうだな。簡単に言えば、海自担当の情報のプロが、”するが”周辺を今も調べてるらしいってことだ。」

「事故でなの?今も?変よね?もう調査は終わったんじゃないのかしら?それにこういう時って、海難審判所って、海保の敷島さんから聞いたけど、そこじゃないのかしら?」

「海保にも艦魂がいるのか?そこは後で聞くとして、“しきしま”が言った場所は海難事故の地裁みたいな物だ。それに事故の案件は、東京高裁に行ってる。これは憶測だが、”するが”の衝突事故と流出事件はつながってる、と第2は判断しているか、他に何か別の動きが”するが”にあるのか、って事だ。でなければ、事故の時に動いてるなんて、噂にもならないからな。」

「つまり、下手に動けば、彼も今後睨まれるって翻訳すればいいですね?」

「それで間違いはない。土佐には聞かれたくはなかったが、聞こえてるだろうな。」

 岩代は目線だけ休憩室のある方向に向ける。

「多分、今は落ち込んでる最中で、聞いてる場合じゃ無いはず。多分ですけどね?」

「そうか。」

「三条隊司令?良かったのかしら?私にこんな話して。」

「輸送艦”いわしろ”の方に向かって独り言呟くのがいけないのか?それが禁止されたら、ずっと黙ってなきゃいけなくなるな。困ったもんだ。」

 視線を戻した岩代は、三条と視線が合ってしまい、くすっと笑う。

「彼に私達のお茶会に参加してもらいたいのよ。良いわよね?お茶会ですし、輸送艦と護衛艦達ですもの、彼が何を聞いても『幻聴』よね?」

 三条は言葉を詰まらせるが、自身が言ってしまった事でもあり、渋々ながら了承する。


○護衛艦”とさ” 休憩室


「ねぇねぇ?土佐、どうしちゃった?の?」

「ねぇねぇ?何にもしゃべんない、よ?」

 土佐は入室してすぐ、照月の手を軽く振りほどき、入って右隅の席に座って黙ったまま、時間が経過している。

 LCAC姉妹は、土佐に少しだけ近付いたり夕立達の所に戻ったりを繰り返している。

「姉妹達、こっちこっち。お菓子でも食べて座ってなよ。そっとしておいてあげな。」

「夕立~?なんで?なの?」

「夕立~?なんでなの?かな?」

「大人の事情だよ。それより姉妹達、チョコ食べよ、チョコ!」

「「チョコ食べたい!ね!」」

 夕立は高崎からもらったアソートパックを開け、チョコクランチを姉妹用に2個選んでそれぞれに手渡し、夕立の右側に07、隣にいる石見の左側に08を座らせる。

 夕立のテーブル挟んで正面の照月は、チラチラと離れて座っている土佐を見る。

「大丈夫でしょうか?土佐3佐。」

「お姉さんの事でしょ?放っておくしかないわね、照月3尉?」

 袋に手を入れてお菓子を掴むと、照月にいくつか渡して残りを自分の手元に残す石見。

「ありがとうございます、石見3佐。そう仰られるなら、そうしますが・・・」

 お菓子を手に持ちつつ、土佐を気にする照月。

 そこに、浜山と戻ってきた岩代が入ってくる。

「もどったわよ!って、あら?土佐ちゃんは?」

 部屋の奥にいた夕立、石見、照月は岩代の右側のある1点を指差す。

 LCAC姉妹も、椅子の上に立ち上がって同じ方向を指差す。

 岩代はつられて右を見るが、扉が邪魔なため覗き込むようにすると、土佐が力無く座る姿がある。

 岩代は、やれやれといった風に首を軽く振ると浜山を連れて夕立達のところに行く。

 浜山を照月の右に座らせて、岩代は浜山の右に座る。

「さて、坊や君?先に肝心な話だけどね?」

 何の前触れもなく切り出す岩代。

 浜山は体を岩代に向け、返事をすると、固唾をのんで注目する。

「駿河2佐から事故の事だけ聞いたのだけど、あれは遊覧船側から近付いて来たらしいの。何度も警告して、逃げるように駿河2佐も、遊覧船の子に警告したらしいのだけど・・・。何故か面舵を切って避けようとした“するが”の左舷に衝突してきたらしいの。直ぐに、”するが”の乗員さん達は浮き輪や作業艇降ろしたりして、救助にあたったんだけど・・・結果は知ってるわよね?」

 ゆっくりと諭すように浜山に話しかけた岩代は、浜山の様子を見る。

「・・・はい。少し前なので記憶が違うかもしれませんが・・・駿河湾沖で沈没して、乗員1名乗客約20名が死亡でしたでしょうか。船長と残りの乗員全員、乗客が確か3名、現在も行方不明・・・。他に多数の重軽傷者が、出たんでしたよね?」

 軽く頷くと、浜山の言葉に続ける。

「あの後の事は、正直私達はよく知らないの。艦長さんや副長さん達が代わったとか、くらいね。それでね・・・」

 そこで区切ると、また続ける岩代。

「ここは白峰しらね元幕長から全員に厳命されてて、本当は内緒にしてなきゃいけない事なんだけど」

「岩代、止めときなよ。」

 続きを言わせないように、釘を刺す夕立。

「いいえ、夕立2佐。彼にはちゃんと説明するわ。信頼してもらいたいもの。」

 それに岩代が反論すると、夕立は溜め息を吐く。

「夕立は止めた。石見、土佐、照月も止めた。でも、岩代は陸自の彼に『独り言』を呟いて、彼は『幻聴』に悩まされる、で良いんだろ?」

「あらぁ?聞こえてたのかしら?」

 わざとらしく夕立に返答する岩代。

「よく言うよなぁ!聞かせてた癖に。勘弁してくれよな?これからは、何があるか分からないんだからさ。それからLCAC姉妹、絶対に内緒!鞍馬幕長にお仕置きされちゃうからな?怒るとおっかないぞー!」

 右側の07、左側の08のそれぞれに怪獣のようなポーズを向ける。

 2人は同時に「夕立!怖い!の!」と言っているが、キャッキャとはしゃいでいる。

 2人は椅子から降りると、07が夕立を真似て怪獣のポーズで08を追いかけ始める。

 夕立は岩代に続けるよう促し、立ち上がってLCAC姉妹を見守る。

「続けるわね。駿河2佐は衝突の前に無線で呼びかけてたらしいの。なかなか応答が無かったらしいんだけど、遊覧船の子は、衝突直前になって『ごめんなさい!頑張ったの!でも何も出来ないの!』って叫んだらしいの・・・その直後・・・」

 黙った面々の耳には背後からの、LCAC姉妹のはしゃぐ声だけが入ってくる。

「あの・・・白峰しらね元海幕長に、これを黙っている理由を聞くことは出来ないのですか?」

 浜山の疑問に答えたのは夕立だった。

 LCAC姉妹から視線を外さずに。

「白峰元幕長は、護衛艦から退役後に艦種が変更されて・・・任務を全うされた。」

「退役後に変更して任務って・・・何があったんですか?」

「詳しくは、調べるか、長浦や他の人間に聞いてくれないかな。悪いね。」

 浜山は夕立を見るが、夕立はLCAC姉妹の面倒を見るのが忙しい風を装っている。

 他の面々を見るが、岩代と石見は浜山と目を合わせず、黙々とお菓子を少しずつ食べていて、左の照月を見ると真下を向いている。

 浜山は何か聞こえた気がして、照月の太ももにのせた両手の甲を見ると、水滴のようなもので濡れているのに気付く。

 浜山は、それに気づかない振りをして正面を向く。

「難しいですね・・・色々・・・」

 ぽつりと呟く浜山。

「あの、トランシットって知ってますか?」

 少し間を空けて少し大きい声で話しかけると、岩代と石見はすぐに浜山に注目し、照月はゆっくり顔を上げ、夕立は目線を数秒送りLCAC姉妹に戻す。

 土佐も、聞こえたようだが反応があるのか無いのか分からない。

「トランシットって、八丈海将補の?」

「はい。掃海艦艇についてると、長浦3尉から以前伺ったことがあります。あれは目標物の方角を示すと聞きました。」

 突然、陸自の浜山から海自の話題が出てきて、不思議がる面々。

「私は、高校の頃から“トランシット”を扱ってるんです。」

「体験学習とかかしら?いえでも、高校からなの?」

 LCAC姉妹以外が黙っている中、岩代が興味津々の様子で聞いている。

「ええ高校からです。土木科だったので実習で測量器具を扱ってましたし測量士補も持ってます。測量士は前回落ちましたけどね。それから、トランシットとは、ほとんど呼ぶこともないんですけどね。」

「そのトランシットとか、測量の器械とかがどうしたのかしら?」

「はい、計測して距離を割り出したりする事もあるんですが、今回、常に変化する距離を測れる測量器具が欲しいなって思いました。」

 その言葉に、土佐とLCAC姉妹以外が浜山に注目する中、夕立が疑問の声をあげる。

「常に変化するってなんだ?生き物みたいだな。」

「その通りです、夕立2佐。私達人と、艦魂との適正な心の距離を測れる器具です。」

「なるほど・・・ね。でも、そんなもん、自分のここで考えるもんじゃないのか?」

 少し離れた夕立を見ると、頭を指さしている。

 浜山は、夕立を見ながら続ける。

「長浦3尉と御船3尉は分かりませんが、私は・・・いえ、私達は艦魂との付き合い方を知りません。」

「ん~・・・まぁ、そう言われりゃ、うちらも陸自さん達との付き合いなんて知らないなぁ。というより、人との付き合い方なんて、言われるまで全然気にしなかったなぁ。」

 視線を天井に向け少し考え、視線を戻す夕立。

 すると、夕立の背後からLCAC姉妹の声が聞こえる。

「ねぇねぇ、土佐?長浦、どこ?」

「ねぇねぇ、土佐?御船来てる?の?」

 07は土佐の左、08は土佐の右からそれぞれ袖を引っ張って土佐を揺すっている。

 土佐は引っ張られるままに体を揺すられるが、焦点の合わない目で、正面を見たままである

「お、おい!LCAC姉妹!何やってるんだ!?」

 夕立は慌てて3人の所に駆け寄る。

「ほら、土佐も困ってるだろうから、よしな。」

「でも~、飽きちゃった?よ?」

「そうだよ~、飽きちゃった、ね?」

 困った顔で、どうしたものかと考え倦ねていると、何かを思いついた顔をして、また考え込む。

「えっと、07ちゃんと08ちゃん、こっち来よう?土佐のお姉さんと夕立のお姉さん、困ってるんじゃないかな?」

 その声に左の足元を見ると、浜山がしゃがんでいるのが視界に入る。

「土佐、困ってる?の?」

「夕立も、困ってる?の?」

 浜山に注目したあと、07と08は向かい合い、岩代達の方に向かう。

「浜山、ありがとう。」

 夕立の言葉に手を振る浜山。

「いえ、大したことはしてないですから。」

 そう言って立ち上がった浜山は、土佐に正対し頭を下げる。

「申し訳ありませんでした、土佐3佐。もう少し発言に気をつけるべきでした。本当に申し訳ありません。」

「いえ・・・頭を上げてください・・・。私の悪い癖が出ただけです。・・・みっともない姿をお見せして・・・こちらこそ申し訳ありません、浜山3曹。」

 立ち上がった土佐は、浜山と同じ様に頭を下げる。

 頭を上げると不動の姿勢で、浜山が頭を上げるのを待つ土佐。

「浜山3曹、あの・・・」

 浜山が頭を上げると、土佐は言いにくそうに話しかけてくる。

「はい。」

 穏やかに返答する浜山。

「お互いに・・・見つけられると良いですね、トランシット。」

「えっ?あ、ええ。見つかるまでは手探りですから、離れすぎたり、ぶつかったりするかもしれませんが、夕立2佐、土佐3佐、よろしくお願いします。」

 10度の敬礼をする浜山に、答礼する夕立と土佐。


 艦魂や車両達が、初めて自衛官達と邂逅する中、この艦隊の停泊場所から約300kmほど離れた場所を、少し時間を戻して目を向けてみる事になる。

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