第10話

それから数日、郁未の骨折はかなり良くなり間もなく退院できる目処がたった。

ギブスを今日にもはずして、問題なければ簡単なリハビリを行い調子に合わせて退院できる事になる。

郁未は早くギブスを外したくて仕方がない、今か今かと先生が呼びに来るのを待ちかねていた。

その時、白衣を着た人が入ってくる、やっとかと思ったら姉の香澄だった、

「なーんだカスミ姉かぁ」

「望海の代わりに様子見に来たの、担当医ではなくて悪かったわねっ、今日ギブス取れるって?」

「うん、やっとだよ長かったなー」

「何言ってるんだか、相手の不注意だとはいえ、郁未にも責任が全くないわけじゃないし、助けてくれた人が居たからまだ早く出られるんでしょ? もうちょっとよ」

「そうそう、その助けてくれた男の人って、誰なんだろう? 香澄姉聞いてない?」

「聞いてはみたけど、真壁って名前位しか分からなかったわ、医者だからって個人情報見るわけにいかないしね」

「そっかぁ、でも名前は真壁で男性か……」

「私が駆けつけた時にはもう居なかったの、姿を見た当直看護士の話では学生だったって……」

学生と聞いて郁未の目が輝く、

「想像してたより全然若い、白馬の王子様みたい! あー早く会ってみたい!」

「はあー、郁未は長生きするわね、心配して来たの損したわ」

「カスミ姉、これからも情報収集お願いしていい? 治ったらあたしも探すから」

「そうね、できれば見つけてお礼もしたいし、もうちょっと当たってみるわ」

「ありがとう」

そんな会話があった後間もなく担当看護士が入ってきてギブス取り外しの準備をするために郁未をつれに来たので、会話はそれまでとなった。


鷹良たちは、年明けに控える県大会の前哨戦である地区選抜予選に向けて練習に集中していた、望海もマネージャとしてサポートに忙しく過ごしていた。

次の大会が、三年生が抜けて初めての大きな大会がである、地区選抜経験者はゼロでの手探りの勝負になる。

年も迫っていたので三年生も受験準備などで、サポートが出来なくなる時期で一番バタバタして生徒が不安定な時期でもある、それらを全部把握しているのは5年顧問をしている片桐しかいない。

片桐には今年は勝算があった、幸運にも真壁というムードメーカーであり、突破口を作る斬り込み隊長を得たからだ、他のレギュラー陣も過去最高のメンバーだ。

後は彼らをどう生かすか殺すか? 片桐ことガッツの采配次第である、彼も今年は気合いの入りかたが違っていた。

練習は壮絶を極める、体育館内の他の部が引く位の気迫がある、マネージャ導入も、部員に余計な手間を掛けさせない為である、望海にも容赦なくサポートが要求される。

しかしガッツに皆食らいついていた、今年は県大会出場圏内の手応えがありモチベーションに繋がっていた、それももうすぐ結果が出るそれまでは、という結束があった。


その日も練習は遅くまで続けられ、終った時は8時半を回っていた、最後にガッツが皆を集める、そこで皆に話す、

「良くキツい練習に絶えてくれた、今週末は休暇期間とする、十分体を休めてくれ、無理に止めはしないが、原則バスケは禁止して別ごとをして息抜きするように。まだ先は長い、ゆっくりして欲しい、以上」

最後にみんなで号令をかけて解散した、片付けをする望海のところにガッツが戻ってきた、望海は何だろう? と思っていると、

「入ってそうそうキツい仕事済まんな、妹さん状態どうだ?」

「ありがとうございます、お陰で今週末は退院出来そうなんです」

「そうかそれは良かった、ところで今日は帰って飯はどうするんだ?」

「はい、姉も当直なので一人です」

「そうか、榛名はまだうちにきたことなかったよな? 良かったら御飯食べに来んか」

「あっ! バスケ部名物の食事会ですね?」

「何だそりゃ、皆そういっているのかい?」

「鷹良さんから話はきいてました、呼ばれるようになったら認められた証拠だって」

「ははは、宇崎がそんな事を? そんな固っ苦しいものじゃないよ、カミさんが君を招待しろっていうもんだからね」

「奥さまが何でしょう?」

「あんまり考えすぎなくていいよ、女同士の話位に思ってていいんじゃない? それに君、子ども好き?」

「はい、大好きです。可愛いですもの」

「じゃあ、娘もいるし女三人で和気あいあいとできるでしょ」

「三人? 先生はどうかなさるんですか」

「ああ、私はまだ学校でする事があるから、遅くなるんだよ」

「いいんですか? おじゃましちゃって」

「よしきまりだな、遅いからタクシーを頼んでおく、乗っていきなさい」

「ではお言葉に甘えて、ご馳走になります」

望海は、こうして週末の夜はガッツの家へお邪魔することになった。


こうして、望海は9時前にガッツの家にタクシーで着いた、玄関で美佳子と娘の綾が待っていた、挨拶をして自己紹介する、早々に家のなかへ入った。

入って直ぐ、口を開いたのは娘の綾であった、いきなり望海に抱き付いて、

「お姉ちゃん、ママと同じ匂いがするぅ」

そう言った、人懐っこい娘を望海は直ぐに好きになった、

「綾ちゃん、お姉ちゃんねママと同じ洗剤使ってるんだねー」

「えーじゃあ、お洗濯上手なの?」

「そうだな、毎日家族のを洗ってるから上手かもね?」

「うわーお姉ちゃん、エライエライ!」

その仕草は、望海は抱き締めたくなる位に可愛かった、思わず頬が緩む、それを見ていた美佳子が望海に、

「片桐から聞いたわ、ご両親お亡くなりになったそうね、それからは望海さんが家事をしているの?」

「はい、姉は仕事で妹は中学生ですから」

「道理で、片桐が望海さんのことベタ褒めなのよ、入って間もないのにマネージャをしっかり勤めてるって、で私も興味がでてね」

「いえ、ただ一生懸命なだけです、イッパイイッパイで付いてくのが精一杯。あ、お手伝いします」

「いいのよ、今日はお客様なんですから」

「何かじっとしてられなくて、はは」

「お姉ちゃん、折り紙折ってぇ!」

望海は、綾ちゃんの折り紙に付き合う、

「何がいいかな?」

「おフネがいい! 折り方教えて?」

「うん! いいよー、えーとねまず……」

その光景を見て美佳子はシミジミと言う、

「やっぱり女の子には女の子ね、人見知りする綾が馴くのは珍しいわ、望海さん子どもあやすの上手よ、本当に子どもが好きなのね」

「三人姉妹ですからね、お互い気を使う事は小さい時から当たり前でしたし、お陰で女の勘はバッチリです!」

「フフフフ面白い、さあ遅い食事だから軽めがいいでしょ、野菜メインのサンドでいい? もうちょっと早ければ、ボリュームのあるものでも良かったけど」

「あ! すみません助かります、遠慮なく頂きます」

望海が食事とろうとすると、綾も真似する、

「綾もたべるうー」

「さっきお腹一杯って言ってたでしょう?」

「ぷうー、べつバラだもん!」

思わず綾の言葉に二人は吹いてしまった。

「綾もお姉ちゃんとママと三人で食べる!」

微笑ましい事を言う彼女に、根負けして皿とスプーンを用意する美佳子、

「じゃあ、綾ちゃんがお友だちになってくれたら、お姉ちゃんのを分けてあげる」

「わーい、綾お姉ちゃんとお友だちー!」

望海は、綾の頬に自分の頬をくっ付けてグリグリする、キャッキャと喜ぶ綾。

「望海さん、きっといいお母さんになるわ、もう好きな男の子居るんでしょ?」

一瞬ドキッとして照れる望海、でも素直に居ると答える、イタズラっぽい顔で、

「当てようか?」

そう言いながら覗き込むように言う、どぎまぎする望海、

「宇崎クン、でしょう?」

いきなり核心をつかれて目が泳ぐ、それに突っ込んだのは綾だ、

「お姉ちゃん、顔真っ赤っかだよ? どうしたの? お熱あるの?」

「図星なんだー、隅に置けんぞ? 吐いちゃえ、吐いちゃえ」

「ううー、はいそうです」

またそこに綾がつっこむ、

「お姉ちゃん、たからっちのお嫁さんになるの?」

子供のつっこみにまともに答えようとして、言葉に詰まる、美佳子が綾に説明する、

「まだ二人は好き同士でもね、学生だから結婚するまでの長い準備をしてるのよ、今はゆっくりと愛を暖めて、ママみたいな大人になったら素敵な結婚をするの」

「ふうーん」

そういうと思い付いたようで席を降りて居間に戻り、テーブル上の花瓶に挿してあった花を一本抜き取り、望海に渡す綾、

「お姉ちゃん、これ綾からのお祝い。素敵なお嫁さんになってね?」

「綾ちゃん、ありがとう」

そういって望海はきゅっと綾を抱き締めた、彼女の体温が伝わり、ミルクのような匂いが、望海の母性をくすぐった。

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