第4話

望海は思う、朝のギクシャクした関係は無くなったのは幸いであったが、彼は自分の気持ちを知っているのに向こうはどう思っているのだろうか?

妹の郁未の話では、幼馴染みは居るが、そういう間柄では無いという、他には特に付き合っている子はいないらしい。

自分の事はどう思っているのだろうか? 自分が今声を出せないのが、もどかしくて仕方ない、本当は自分の声ではっきりと鷹良に気持ちを伝えたかった。

望海が、声が出せなくなったのは両親が死んだ事へのショックからだ、望海が率先して計画した結婚記念日の旅行、その旅行に行かなければ二人は死ぬことは無かったと、望海は今も自分を責めている、その事がが心因で声が出せなくなっているのだ。

そんな中で彼女の心に灯った希望の明かりが鷹良だった、カッコいいのは勿論だが何より屈託なく笑うところ、部活に汗して打ち込む時の真剣で真っ直ぐな目。

入学してすぐ、望海は偶然体育館でその様子を見てから、すっかり彼の虜になって以来、機会さえあれば足しげく体育館へ通う様になった。

仲良しの友達も彼への熱意には一目置いて、仲間内の間ではあるけれど、手を出さずに譲ってくれている程だ。

望海には、一見大人しそうに見えるが一度火が付くと止まらない情熱的な所があった。

そんな子だから、自分の気持ちが伝わっているならもう怖いものは無い、もう押しまくるしかない! とまで思い詰めていた。

しかし、言葉で伝えられないのは、余りに情けなかった、何とか話せるようになってから告白したい、そう願う望海だった。


一方鷹良も思い耽っていた、勿論朝のギクシャクした関係は無くなったのはいいが、妹から言われた彼女の自分に対する気持ちだけで、本人から直接の告白で無いために鷹良も中途半端になっていた。

出来れば直接確認したいところであるが勇気が出ない、そこに先のガッツ事件だ、マネージャーに誘ってみたものの、それを受けることと鷹良を本当に好きかは別問題、何か中々抜けられないトンネルに入ったようでスッキリしない鷹良だった。


そんなお互い、もて余す気持ちの状態の時は、いっそ腹を割って……といきたいところだが、そういう時に限って中々出会わないものだ。

放課後も鷹良は久しぶりに部活に参加して、会うことができない、方や望海も体育館へは行くものの、柔軟主体のトレーニングで望海に気付きそうにない、ガッツも不在で、きっかけが掴めない望海は諦めてその日は帰ることにした。


その日鷹良の下校時の気分は久し振りにスッキリしていた、何せ一週間ぶりの部活で汗を流せたのだ、悶々と過ごしてきた鬱憤うっぷんを一気に晴らすことが出来て生き生きしていた。

今日は柔軟主体だったが、明日からは皆と同じメニューをこなすことになる、仲間との関係もブランクを感じさせない歓迎ぶりだった事も幸いした。

上々の気分で家に着いた、玄関の前で暫く見かけなかった美都が出てくるのを見た、彼女はお使いにでも出るのか、ラフな格好で出てきた。

鷹良の家の前で目と目があった、美都はあっといった表情、鷹良が声をかける、

「よっ! 久し振り」

予想もしていなかったので、話すネタが見つからない、美都は覚めた声で、

「頼まれものがあるから」

それだけ言ってすれ違おうとする、返す言葉が見つからず、

「あっそ? ……気をつけてな」

辛うじて返事を返した、鷹良は止まって美都が通りすぎていくのを待つ、数メートル進んで美都が立ち止まる、そして思い出したように一言、

「たかくん、チャーミングな彼女ね?」

そう言って、返事を待っている様子、振り返らず鷹良は何も言えなかった。

暫し沈黙の後、返事が無いので美都は、

「そう、分かった」

と言い残して商店街の方へ歩いていった。

暫く固まっていた鷹良が言葉を見つけて振り向くが、彼女は既に数十メートル先に行ってからだった。

どうやら美都は、何処かで自分と望海が一緒の所を見掛けたようである、でも分かったとはどういう事か? その時はハッキリ理解できないでいた。

そのあと何度か自分の部屋からや、携帯で美都を呼んでみたが、出る様子は無かった。

望海との事が終わったと思ったら、今度は美都との間がギクシャクしだしたと心が重くなった。


その後何日か鷹良は美都に会うこともなく、望海とも話す機会がなかった。

部活でブランクを取り戻すのに必死だったのもある、今度の週末に予定されている隣校との練習試合を控えていたため、レギュラー落ちは何としても避けたかった。

この試合で次回県大会の出場メンバーを決めると、ガッツが宣告しており発破をかけられていたから、ここで落ちたら元祖レギュラーの面目丸潰れ、ガッツからボロクソにこけ下ろされるのは必至である、負けず嫌いの鷹良には屈辱以外の何者でもない。

ガッツに上手く操られていると解っているが、今は乗るしか無かった。


週末を明日に控えるある日、鷹良は何時ものように早めに体育館へ向かう、大抵何時も彼が一番乗りである、しかし姿ははっきりしないが今日は一番乗りでは無いようである、人影が見える。

高窓から射す陽光で遮られていて、近づくまで誰か判らなかったが、気配に気づいて向こうがこっちを振り向く、それが望海と判り驚いて声をかける、

「榛名さん。朝早くからどうしたの?」

望海は少し照れながら、真っ直ぐ鷹良を見てから、お辞儀する。

「そうか! マネージャーやってくれるんだ」

赤色の女子用ジャージにお下げ髪でスッキリした髪型が愛らしい、

「大変な時期だけど、これから宜しくね!」

モジモジしていた望海もその一言にシャキっと直立し直して、丁寧に改めてお辞儀する、そのハキハキした動きが初々しくて、彼女の魅力を再認識する鷹良。

望海は、いの一番に体育館に来て、練習の準備をしてくれていたのだ、初日から大したものだと、感心した。

準備は粗方済んでおり、望海は鷹良に寄ってきて小さいホワイトボードを見せた、その場でサクサクと書いて見せる。

゛部活の間はこのボードで言いたいことを書きますよ゛

「上手いこと考えたね。これなら目立つから分かりやすいや」

ちょっぴり自慢げにニッコリ笑って見せる望海、鷹良も素直に笑って返す。

そのうち次々とメンバーや、他の利用者が体育館に入ってきて、一気に賑やかになる、間もなくガッツこと、片桐先生も登場した。

先ずは全員ガッツの前に集合、ミーティングに入る、ガッツは明日に迫った練習試合の先発メンバーを発表する、と言った。

皆が緊張する、

4番から名前が呼ばれる……

息を飲む鷹良、


4番いつもの高城、順当だ、そして次、5番は? ……元鷹良のポジションだ、


5番、宇崎。ヤッター!

思わずポーズをとる、

皆も納得していた、ふとガッツの隣を見ると望海が鷹良をみてピースしている、鷹良も得意げだった。

一通りメンバーが発表されたが、今回は今までのメンバーと変わらない結果となったが、ガッツは明らかに鷹良を意識して、調子悪い奴は何時でも交代させるぞ! と釘を刺すのを忘れない、鷹良は気を引き締める。

その後、明日のスケジュール説明があって、最後に新しいメンバー紹介として望海が紹介された。

皆いいやつなので彼女の参入を心より祝福した、しかし最後にまたガッツは、彼女に手を出さないようにと、こちらにも釘を刺すジョークを忘れない。

みんなが笑って場が和んだ所で解散、早速スタータメンバー主体で調整練習が開始した。

さあ! 明日は必ず結果を出してやる、そう意気込んでコートに出る鷹良だった。

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