第3話

鷹良は何とか望海の家に辿り着く事ができた時には、日も暮れかかっていた。

少し気が引けたが背に腹は変えられない、彼女の生徒手帳を拝見させてもらい、住所を確認して少女を一人背負って運んできたのだ。

途中町中を歩いた時は、さすが目立ったが仕方無い放って置けないし、救急車てのも大げさだ、というより人に頼むのが面倒だったし、何より自分が原因ではないかという引け目を感じていた。

玄関のチャイムを鳴らす、暫くすると女の子の声で返事がある、

「はーい、どなたですかぁ?」

「宇崎と申します、訳あってお宅の望海さんをお連れしました!」

「え? あ……ちょっとお待ちください」

間もなく、ドアが開く音がする、そこから顔を見せたのは、望海と同じかそれより幼そうな女の子で、鷹良に背負われている望海を見て驚く、

「お姉ちゃん? どうしたの」

妹のようである、彼女の顔色が変わる、おろおろしているので鷹良が呼び掛ける、

「取り合えず、彼女を寝かせてあげたいんですが」

「は、はいっお入りください、こちら」

そういって二人を家に入れ、奥に入っていく、鷹良がドアを閉め妹の後ろを着いていく、やがて一つの部屋の前で妹がドアを開けて鷹良に入るよう勧める。

ここが、望海の部屋らしい、机とベッドが二つづつあるので、妹と相部屋なのだろう、そのベッドのうち、ぬいぐるみの置いてない方へ望海をゆっくり下ろし、寝かせる。

「自分と会話してる最中に、突然気を失ったように倒れて……」

「そうだったんですか、ここまで運んでくれてありがとうございます、極度な貧血でたまにこうなるんです」

「病院へ運んだ方が良かったでしょうか?」

「多分大丈夫です、こうして休んでいれば一時間程で治るから」

「良かった、ではこれで失礼します」

そういって部屋を出ていこうとすると、妹が呼び止める、

「汗びっしょりじゃないですか、少し休んでいってください」

「でも……」

と言いかけるが、彼女が被せて

「スグ飲み物用意します、こちらへどうぞ」

そういって強引に勧めてくる、鷹良はしたがって居間の方へ移動する、そこですすめられた場所に腰かけた。

居間の時計を見る、帰りは遅くなりそうだと思いながら待っていると妹が氷の入った飲み物をお盆に乗せて持ってきた、

「もうすぐ姉が帰ってきます、お待ちください。それと……」

飲み物を置き、タオルを差出す、

「お姉さんって、ご両親はいつ帰られるんですか」

妹は少し言葉に詰まったように暫く黙っていたが、やがて話し出す、

「父も母も亡くなりました、今は姉が働いて私たちを面倒見て貰ってます」

話では、両親は4年程前に行った結婚記念日の旅行で事故に遭い不幸にも亡くなったという、それから後は一時的に親戚の家にお世話になるが、姉が働けるようになってから、今まで姉妹三人で暮らしているとのことだった。

妹は、そんな言いにくい事もためらわず、鷹良に話すので不思議に思ったが、その理由が次の言葉でわかった、

「お姉ちゃん、宇崎さんの試合必ず見に行ってるの、知ってましたぁ?」

「申し訳ない、知りませんでした」

「試合の時はウキウキしちゃって、勝った日なんかあたしにすごく優しいんですよ、きっとお姉ちゃんは宇崎さんの事好きなんじゃないかな?」

「えっ?」

唐突な話に言葉を失う、妹はこの事を言いたくて返したくなかったようだ、

「やっぱり、お姉ちゃん宇崎さんに告白してないんだ! 奥手だからなぁ」

「好きかどうかまだ解らないじゃない」

「解るんです! 女の勘をバカにしちゃだめですよ」

「すいません」

妹は物怖じしない娘だと思った、

「こんなんだから何時も妹が苦労するんだ」

そういってため息ついている、仕草が可笑しくて鷹良が笑う

「ねえ、お姉ちゃんどう思います?」

「どうって?」

「あたしから見ても、割といい線いってると思うんだけど」

「うん、ステキな人だと思うよ」

「そう思います? あたしお姉ちゃんと宇崎さんお似合いだと思うんだけどなぁ」

「ええっ! 急になに言うの」

「宇崎さん、もう彼女とかいます?」

「い、いや幼馴染みはいるけど、彼女かどうか」

「幼馴染みかぁ、微妙だな、でも彼女じゃないんですよね?」

「まあね」

「じゃあ、妹からお願いしますっ、お姉ちゃんと付き合ってください!」

そういってビシッと頭を下げる妹、鷹良は強引さに腰が引けながら、

「こういう事は、本人からでないとね」

「じゃあ起こしてきます!」

「そんなむちゃくちゃな、まぁ落ち着こうよ、ね。あ! もう帰らなきゃ、家族が心配するからさ」

そう言い半ば強引に席を立つ、このままではいつ帰してくれるかわからない。

「えー、もうすぐカスミ姉が戻って来るのにな、すみません」

「お構いなく、望海さんお大事にって伝えといてください」

「あの、ホントに彼女いないんだったら、望海姉を第一候補にしておいて下さいね? あたし宇崎さんみたいなカッコいいお兄さんいたらステキ!」

「あ、今の話はここだけの話にしようね、それじゃあ失礼します」

強引に家を出て、ふーっと溜め息をつく、外はもう少し肌寒いな、と思いながら家路についた。


翌朝登校時に、鷹良はチラッと隣の家を見る、最近美都と顔を合わせてないな、とふと感じたが、じっとしているのも変だと思い、頭を切り換える。

歩きながら昨日の出来事を思い出す、妹の言い分はどう聞いても無茶苦茶な道理である、とは言うものの望海は自分の試合を毎回楽しみにしているという、この点は好ましい事だ、悪い気はしない。

本当なんだろうか? だったらどう接しようか? そうこう考えているうちに、学校は目の前になっていた。

ふと前方を見ると校門の前で女子生徒が思い詰めた表情で立っている、よく見ると望海だった。

緊張が走る、歩幅は敢えて変えず淡々と校門に近づく、彼女は顔を上げない、まだ気づかないのか? もう目の前だが一瞬自分を待っているのでは? とか思っている隙に彼女の前を通り過ぎてしまった。

更にこっちから挨拶すべきだったか? 散々葛藤している内に行程を通り抜け、玄関口まで来てしまう、そこでやっと振り返って校門の方を見る、望海はまだそこに立っていた。

鷹良は、彼女が友達を待っているのだと、心と裏腹に強引に思うことにした。


一方望海は、昨日彼によって家に運ばれて来た後の出来事を妹から聞いて、彼女の余計なお節介だと喧嘩にもなった。

妹の好意だったとは言え、彼への秘めたる思いを自分が寝ている内に知られてしまった、本当は彼の親切な行為に素直に感謝したいのに、こうなると恥ずかしくて、どうしたら良いかか判らない。

それで、兎に角感謝と釈明を、と考え今朝こうして校門で鷹良を待っていた。

しかし、気持ちの整理が出来ないうちに鷹良が来てしまう、いざこうなるとまともに彼を見る勇気が出ない。それでも彼は早足で近づいてくる、頭パニックになりながら鷹良の方から声をかけてくれないか? 一方的な祈りも虚しく、彼は何事もなく通りすぎてしまった。

自分の勇気の無さも去ることながら、鷹良が自分に気付かない事も少々ショックではある、朝から体の力が抜けた様に情け無さを感じ、今日一日が青色に染まる気がしてくる望海だった。

昼休み望海は、担任に相談事があって職員室に入る、間もなく用を済ましてお辞儀をして出ようとした。

ふと聞いた声に振り向くと、その先に鷹良が先生と話す姿が目に入って心がトキメく。

でも彼は、自分に気づく事も無く部活顧問と楽しそうに話し込んでいるので、ガッカリした。

その時、彼と話していた顧問がこちらを向いて声をかけてきた、

「あー、そこの君!」

最初は別の人に呼び掛けたと思ったが、明らかに望海を見ている、望海は自分を指差すと、顧問は顔を縦に振って手招きする。

唐突だった、顧問の先生とは何ら面識無い筈で、それに鷹良も気づいてこっちを見ている、思わず顔が火照るのが解る、顧問は悪びれもせず、

「うん、その頬っぺの赤い勝利の女神さん」

その言葉で一瞬鷹良が微笑む、望海には笑われた様に見え、さらに恥ずかしくなって穴があったら入りたい気分である、でも先生が呼んでいるので彼らの前で立つ。

「そうそう、ヤッパリ君だ! 間違いない、君試合いつも見に来てくれてるよね?」

望海はあっと思った、先生は知っていたのだ、多くは友達を巻き込んで見に行っている、しかしどうしても都合がつかない時は単独で行くこともあった。

その位見に行っているので、先生は流石に気付いていた様で鷹良を見て言う、

「おい宇崎、この子お前を目当てに毎回通ってくれてるんだぞ? 幸せモンだな」

鷹良も少し照れて言う、

「先生、けしかけないでください」

「何を言うか、こんなチャーミングな女子に応援してもらえば、モチベーション上がろうが。 花形スポーツマンはこうでなくちゃな、ははは……」

望海はすっかり小さくなっている、鷹良は気遣って言う、

「先生彼女、恥ずかしがってますよ」

「いやぁ済まん、でも花があった方がぶっちゃけ宇崎も張り合い出るだろ?」

この先生、本音をズバズバ言う、宇崎も彼の前では悪びれない、

「そりゃそうですけど先生、女子の前でもう少しデリカシー解ってください」

「そうか? でも二人共結構お似合いだと思うがね」

流石に職員室なので、二人共……から後は小声で言った、

「先生、勘弁してください!」

「そうだな、じゃ二人共もう行っていいぞ」

そう言って、二人をジロジロ見比べる様に見て悪戯っぽい顔をしていたが、やがて二人を追い払う様に返す、やっと解放され鷹良と望海は職員室を出た。

廊下に出て、まだ顔を真っ赤にしている彼女を見て鷹良が言う、

「ビックリした? ハッキリした先生でしょう、いっつもあんな感じでね、面倒見の良い先生なんだけど……」

望海にとっては朝の気まずい雰囲気を変えるチャンスだった、頭を思いっきり下げたあと、メモを取りだし、

゛いいえ、昨日は妹が余計な事を言ったそうで、ゴメンなさい゛

「そんな、妹さんには本人から言わなきゃフェアじゃないって言ったんだけどね」

゛家に運んで頂いた上に、遅くまで引き留めてしまって、本当は朝に言わなきゃいけなかったんですけど、勇気が出なくて゛

鷹良は、その時彼女が自分の事に気づいて居たことにちょっと安心した、自分と同じ気持ちだったのだ、気が楽になったので、

「実は僕も挨拶しようと思ったんだけどね、気付かれてない感じだったから……」

そう言って望海を見る、彼女も鷹良を見ていた、目が合う、

お互い、ぷっと吹き出し笑いをしてしまった、二人打ち解けた雰囲気だ、教室のある棟までの間並んで話す、

「榛名さんもう大丈夫なの?」

頷いて、引き続きメモで、

゛ホントお世話かけました、宇崎さんの方こそアザ消えたみたいで良かったです、これで堂々と部活できますね゛

「うん! さっきもガッツとその話してた」

ガッツ? 意味が解らず、首をかしげる

「そう、根性があるのと、ガッツリな感じだから、ガッツ!」

笑って、そんな感じするーと、指差ししてジェスチャする、

「でしょ。あ、そうそう榛名さん何か部活してる?」

望海は首を振る、そろそろ鷹良の教室が近くなる、

「良かったらマネージャーしてみない? 考えてみてよ、じゃ!」

鷹良はそう言って教室に向け走っていった。

マネージャーか、悪い話ではないが、自分にできるだろうか?

そう思っていると教室が近くなってきた。

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