第2話
家ではなぜかお洒落をした美都が、鷹良が帰るのを待っていた。
幸い部活は早く済んで帰って来た、また今日も何時もより帰りが遅いため余計待ち時間が長くなっている。
「こんな素敵なレディーを待たせるとは、いい気なモノね」
思わず愚痴がでる美都。
そこに彼が帰って来た、一瞬嬉しそうな顔をするが、
「いやいや、甘やかしてはダメ、毅然と対処せねば」
と自分勝手な事を呟き、鷹良が彼の部屋に入るのを見届けて待つ。
少しして彼が窓越しに声をかけてきた、
美都はすぐには出ない、焦らしたいのだ、また声がする、
「ゴメン、遅くなった」
よし、今だと思い彼の部屋の向かいの窓をゆっくり空ける。
「私も今帰ったところ、丁度良かった、ちょっとそっち行っていい?」
その持ちかけに断る理由は無いから了承する、美都は一旦部屋の窓を閉めた。
間も無く、階段を早足で昇る音がして美都がノックする、
「そんな細かいこといいよ、入って」
「一応マナーだし、男子の部屋にレディーが入るんだから身だしなみよ」
「はいはい、仰せの通りに」
「ちょっと久しぶりかな、たかくんの部屋に入るの」
「そうか?美都の部屋こそ五年位入ってないけど」
「たかくんから来なくなったんじゃない?私はいつ着てもらっても歓迎よ」
「ホントに突然行っても平気?」
「うーん、一部撤回。予め断ってくれる?」
「本気にするなよ、冗談にきまってるでしょ?」
「怒るよ! あっ本題から逸れてるじゃない、アザどうしてできたのよ?」
「あ、ああこれね? 話せば長いんだけど」
「いや、簡潔に話せ!」
「そんなー、夜はまだ長いしー」
「いやらしい何その言い方、そんな言い方するたかくん嫌いだな」
「じゃあ、元々好きだったの?」
「え? いや、そんな好きって……そんな嫌いじゃないよ、どっちかって言うと」
「ハッキリしないな! 俺は美都好きだよ」
「そ、そんな急に言われてもさ、心の準備がねっていうか、たかくん大胆ね」
「そんな驚かなくてもいいじゃん、長い付き合いだしさ、空気みたいなもんさ」
「あっそう? これって喜んでいいのかなぁ」
「美都は俺のこと嫌い、なの?」
「そん、そんな訳無いじゃない。でもね、そういう気持ちって軽はずみに言うもんじゃ無いっていうか、ムードっていうかそういうの大事だよね? うん」
「大げさにかんがえすぎだよ、別に結婚する前提に付き合ってる訳じゃないし、お互いこの先どうなるか解んないしね」
「ううぅ、私は嫌じゃないんだけどぉ」
「まだ美都だって若いんだから、自分の人生今から決めつけるなって」
「そうだけど、たかくんもしかして……いい娘いるの?」
「いないよ、いないけどこれからどうなるか解んないだろ」
「ううーん、なんか理由なんてどうでも良くなっちゃった、帰る」
「エッ! 言わなくていいの?」
「たかくん中心に回ってた自分がバカみたい、ちょっと頭冷してくる」
そういって部屋を出ていった。
ちょっときつい言い方だったかな? と反省する、美都は相変わらず、真面目な娘だとつくづく思う、でも彼女にはもっと伸びやかでいて欲しかった鷹良であった。
そういう事があって、美都は暫く部活に集中することにした、もっと自分の事に集中してもいいのでは? と思ったからだ。
今でも美都にとって、鷹良は心の中心にいる、けど彼の言うことも理解できる、それに自分の事を素直に好きって言いつつ自由で良いと言われたことで、かえってサバサバとして良かった。
もう一度自分を見つめ直して、それでも彼を好きならその方が素敵だと思ったからだ、十代の今は、恋だけじゃなく、色んな経験をしていいんじゃないかとポジティブに思えるのは、美都の良いところでもあった。
一方鷹良もハッキリと自分の本音を伝えられた事で、美都を見つめ直すいい機会になると思った、只でさえ食事や何かで世話になりっぱなしだったから、自分の甘えを反省する機会にもなりそうだった。
幼馴染みという関係が二人にとって、良いことだったのかをじっくり考えたいと思っていた。
そんな事を考えた次の日、彼は学校内で初めて望海を見かけた、クラスメイトであろう少女達三人で楽しそうに雑談する姿だった。
三人はメモ帳や手話を使って器用に会話をしているらしかった、その様子からは海岸での絡まれた事への影響は見受けられない、鷹良は忘れてくれているといいな、と思った。
そう思って、気持ちを切り替え職員室の方へ向かう、部活を暫くサボっている事に心配した顧問の片桐先生から呼び出しを受けていたのだった。
どう言い訳するか? 片桐先生の事だ、下手な事を言ってもスグ見抜くだろう、緊張しながら職員室のドアを潜る。
入って一帯を見回し、先生を見留て真っ直ぐ向かう、こうなれば当たって何とかだ!
先生の席の前に立って一息吸い上げ、
「先生、何のご用でしょう?」
書き物をしていた片桐先生は黒渕の眼鏡の上目遣いでチラッと鷹良を見て、
「とぼけなくていいだろ。解ってるよな?」
「はあ、すみません……」
「その目かい、サボりの理由は」
「はい、すみません。心配かけたく無くて」
「うむ、それが誰かと争ってついたものなら、賢明な判断かもしれん、おまえがそうなるんなら余程の理由なんだろうさ。でも重要な戦力が居ないと困るんだなぁ」
「申し訳ありません!」
「まあいい、何か問題が起こったら俺が責任とる、アザの理由にやましい事が無ければ今日から練習来い」
「やましい事はありません! でも、アザが消えてからにしていただけませんか」
「まあ、仲間を心配させたくない気持ちであるなら尊重しよう、その代わり自主筋トレはシッカリしておけ! 戻って来たとき使えんでは許さんからな」
「はいっ、ありがとうございます!」
腰を90度曲げてお辞儀をし、職員室を出る、尊敬できる先生だと改めて思った。
アザが取れるまでの一週間程の間、鷹良は、海岸線に沿って砂浜でトレーニングした、陸に近い方であれば砂とはいえ固いので脚が取られにくいし、余り人の目に付きにくいからだ。
ある時彼は、望海が海岸でまた立っているのを見つけた、また連中が来るかも知れないのに、である。
ちょっと注意しておいた方が良いと考えて、彼女に近寄っていく、音で気づいたのか望海は鷹良の方を向いた、挨拶を交わしたあとで、話しかける。
「この前危ない目にあったのに、なぜまたここに?」
少女はメモ帳を胸のポケットから出して返事を書く、
゛宇崎さんに会えると思ったから゛
「俺に? なんで」
゛練習していたの知ってました、この前のお礼を渡したくって゛
「お礼なんていいよ、それに今度は守ってあげられないかもよ」
彼女は待っててのジェスチャをして鞄から何かを出して、鷹良に差し出した、
それは小さい包みにリボンがついている小袋だ。
「これを俺にくれるのかい?」
彼女は頷いて空けるように促す、言われた通り開けると中には、フェルト製の人形だった。
どうやら、鷹良に似せた手製のマスコットのようだ、
「君が作ってくれたの?」
少しばつ悪そうに頷く望海、塩浜高校バスケット部のユニフォームを着ている、背番号5番だ。
「俺の事をそこまで知ってるの?」
恥ずかしそうに頷いて、メモ帳をとる
゛試合見に行ってます、大ファンです゛
「へぇー隠れファンがいたんだ、素直に嬉しいけどね」
その後少し落ち込んだように、メモを続ける
゛私のせいで練習出れないんですよね?゛
思わず心の中で唸った、その通りなのだが、勿論そんなことは言えない。
「君は心配しなくていい、これは自分が選んだことだ、この人形は貰っておくよ、ありがとう! 兎も角ここは危険だ、暫く来ない方がいい」
゛何かお役に立ちたいんです、このままでは申し訳ありません゛
「先生がいい人でね、お許しが出たんだ、部活に参加しないのは仲間に気をつかわせたくないだけだよ」
少しほっとした様子で表情も険しさが軟らぐが、まだ半信半疑で見つめ
゛よかったですセンパイが戦力外になったらどうしよう、と夜も眠れないでいました、本当に大丈夫なんですか?゛
「心配してたら申し訳無い、今日から安心して寝られるよ」
鷹良は望海にニッコリして見せる、彼女も彼に笑顔で応えようとするが、涙目でうるうるしている、余程の心配性のようだ。
途端に安心できたのか? 力が抜けたように鷹良に寄りかかって来た、反射的に体を両手で支える、抱くような形になった。
「大丈夫? 体を震えているけど」
顔を上げる望海、血の気が引いている、力なく微笑む、そのまま鷹良にもたれ掛かり気を失った。
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