アオハル 海の歌が聞こえる
くろま
第1話
学校が終わって午後3時過ぎ、この季節まだ日は高かった。
波が押し寄せるこの砂浜には誰一人いない、一人で海を見たいときにはうってつけで結構穴場かもしれない。
その海岸に沿って堤防道路が走り、それを挟んだ向こう側には、県立潮浜高校が直ぐ近くにある、望海はそこに通う一年生。
彼女は、ある事をきっかけに声を出すことが出来なくなってから、この海岸で発声訓練している。
この海岸は、小さい頃から落ち込んだりしたときの地元でお気に入りの癒しの場で、高校に進学した今でも、発声訓練して家路に向かう。
彼女のその様子を、一人の男子生徒が、堤防道路の上から、興味ありげに見下ろしている、最近彼もこれが習慣になっていて、その彼の制服にも、望海と同じ校章が光っていた。
家は隣同士で同じ二階、部屋の窓が向き合っていて、美都の部屋から彼の部屋は、居るか居ないかすぐわかる。
特別用のない場合でも、美都は鷹良の様子をちょくちょく気にしていた、
「最近遅いなぁ」
まだ日が落ちて間がないが、一階も二階も家の電気がついてない。
美都は幼なじみのよしみで、夕食をつくってあげようと隣の家へ急いだ。
「お母さん、たかくん家まだ電気付いてないよ、戻ってきたら夕飯無くて困るよね? 少し持っていっていいかな」
「あら、たかくん帰ってないの? じゃあこれ持っていって」
そう言って、揚げたばかりの天ぷらを指差す、美都はその盛り皿を片手で器用に持って、その中の鱚の唐揚げをつまみ食いする。
「こら、はしたない」
母にたしなめられる美都、
「だって私もお腹ペコペコだもん」
そう言って勝手口を出る、後ろで母の声、
「一品じゃ足らないから美都が何か作って上げなさい」
隣へむかいながら、はーい。と返事して、敷地内裏の勝手口から無礼講で入る、鍵は普段からしていない事は知っている。
この辺りは、古くから住む人ばかりなので、鍵を掛けない家が少なくない。
台所のテーブルに皿を置き、冷蔵庫を開けて材料を確かめる、
「これだけあればなんとかなるな」
そう言って、早速準備に掛かる。
普段から母の手伝いをするから、結構色々作ることはできる、母は料理が上手なので美都も母の味を受け継いでいる、ちょっと腕には自信あった。
15分程で煮物を即席で作り味見をして、
「こんなもんかな」
そう言って自分はいい奥さんになれるな、と考えてちょっと照れた。
鷹良は、ここしばらく一人で住んでいる。
本来は父親と二人暮らしだが、今は父親が遠洋漁業で出てから、何ヵ月も一人で暮らすことになる。
母親は、鷹良が幼い頃に亡くなっていた、それ以来父子二人で暮らしている、幸いなことに隣近所である美都の家族と、家族ぐるみの付き合いで、食事なども困らなかった。
そういう間柄のため、小さい頃から鷹良と美都は、一緒に遊んだ幼なじみであった。
美都は鷹良より歳が一個下で、私立海の部海浜女子高の一年生、学校は二人別の学校へかよっているが、今でも仲の良い関係だ。
今のところ美都には、他にステディな男の子はいない、少なくとも彼女が知る限り鷹良にもいないようだ。
なので美都は、このまま鷹良がカレシになってくれるといいなぁと思っていた。
食事を用意して、自分の部屋にもどってから30分以上経っている、隣の家の明かりは未だについていなかった。
「練習遅くなってるのかな……」
美都は、勉強していたが、だんだん手につかなくなってきた、9時を回っている、
「こんな事なかったのに」
心配になった、宿題がまだ数問残っていたが、中止して一階の居間へ行く、
母が夕食の洗いものをしているのが見えた、父はいない、恐らくお風呂だろうと美都は、思いながら、
「お母さん、たかくんまだ帰ってないかも」
洗い物する手を止め、考えている様子の母、
「どうしたのかしらね」
そう言うだけの母にしびれを切らし美都が、
「ちょっと様子見てこようかな」
「お風呂まだ済ましてないでしょう?」
「ちょっと一汗かきついでに散歩してくる」
「美都!」
母が言うが早いか、外へ飛び出した。
可能性としては彼の通う高校方面だ、高校までは歩いて30分程で、美都は、そちらに向かっていつの間にか小走りになっていた、丁度ジョギングしている格好だ。
すぐに高校の門まで着いてしまった、彼女はテニスをしている、走るのは苦にならない、すれ違えばすぐにわかるはずなのに、と思いつつまた家の方面へ戻る。
今度は近道の、神社の前を経由してみた、本当は夜通りたくないのだが、二番目に可能性があるので、行かざるを得なかった。
一応、怖いなりに鳥居の外から境内の方を覗き込んでみたが、人の気配は無さそうだ。
早々に切りをつけ家路に向かう、そうして結局鷹良に会えぬまま、家についてしまった。
「まだ、電機付いてない」
まだ帰ってないのだろうか、美都は自宅に入った。
母が心配してきた、
「美都! こんなに遅いのに出ていってしまって、どこまで行っていたの?」
「潮浜高校までよ」
「そんなところにまで! いくら心配だからって、夜遅くあぶないでしょう」
「ご免なさい、結局会えなかったの」
「たかくんなら帰ってると思うわ、さっき隣の家に明かり付いてたから」
「えっ? 私が見たときは付いてなかった、もう寝たのかな」
「そうじゃない? さあ、早くお風呂入っちゃいなさい、あななだけなんだから」
「なーんだ、帰ってたんだ」
そう呟きながら、美都は浴室へ行った。
翌日朝イチ、美都は家の前で鷹良が出て来るのを待っていた、結構30分待ったが、彼が家から出てくると判ると、今家から出てきたような振りをして話しかける。
「たかくん、お早う!」
彼は、下を向き顔を隠しながら返事をする。
「おっ、お早う」
「昨日の帰り遅くなかった? 珍しいね」
「ちょっと、ね」
「ふーん、あっ! ちょっと顔見せてくれない? それあざじゃ」
彼は、気まずそうに美都と反対を向く、
「隠さないで! やましいことでもあるの?」
「別に無いよ」
「アザが残ったらどうするの? 見せて」
そういって無遠慮に鷹良の顔を覗き込む、丁寧にアザを看る美都、
親身な彼女に見とれる鷹良、ふと目と目がスグ近くで合う二人。
恥ずかしくなって目を反らす美都、
「私は傷の具合をみてだけなんだからね! でもどうしたの、それ」
「大した事じゃあ無い、ちょっと転んだ」
あやしい、美都には鷹良の嘘はスグ分かる、鼻がピクピク痙攣するのだ。
「ふーん運動神経抜群のあなたが? あり得ないでしょ、それとも言えない事情でも?」
美都は怒ると恐い、お互い長い付き合いだ、こんな時は折れておいた方がいい、
「判った話す、但し放課後帰ってからな?」
「解った」
アザの話はそれまで、部活の話に替わった。
とりあえず時間稼ぎはできた、鷹良は胸を撫で下ろす。
まさか、昨日の夜女の子の事で喧嘩になったとは口が裂けても言えない、辛うじて相手共は撃退できてはいたが、部活のメンバーへ迷惑かけるのは何があっても避けたかった。
彼女に危害が及ばぬために、神社へ連中を誘導して人目のつかない場所で、思う存分叩きのめしたのはいいが、一瞬の油断で目に一発喰らってしまった、不覚と今でも思い出すと腹が立つが、今さら仕方が無い。
まさか、美都が自分を探していたとは思いもしなかった、たまたますれ違いになって良かったと胸を撫で下ろす。
でもあの時、形勢が一瞬不利になった時に鳴り響いた金属を叩く音は何だったんだ? 誰が鳴らしたんだ? あの音のお陰で、奴等が怯んだ隙に形勢が逆転した、誰かは知らないが神の助けだった。
放課後、鷹良は塩浜海岸へ行ってみた、このアザが取れるまで部活は休みだ、その分家に空いた時間の時間潰しする必要がある。
昨日の彼女は誰なんだ? 自分と同じ塩浜高の制服だった、見かけない顔だったから学年が違うのか?
自分より上って事はないな、じゃ1年生だ、奴等に囲まれて、顔ひきつってたのを見たら、思わず反射的に飛び出してかばっちまった。
止めときゃ良かったのか? でもそんな打算が働く前に護る事しか考えなかった。
その時背後で音がする、誰も居ないと油断していた、振り向くとその彼女が立っていた、深々とお辞儀してきた、鷹良も反射的に挨拶する。
手マネでなにかを伝えようとしている、彼女は喋れない?
言葉を伝えられなくて、戸惑う彼女、鷹良も手話なんて洒落た方法は知らない、お互い黙ったままになる。
その時、鷹良は自分が積極的に話せばいいんだと気付いて声をかける、
「君は昨日絡まれていた娘でしょ」
少女は、少し驚いた顔をしたが、頷いてすぐに頭を何度も下げる、感謝をしたいらしい。
恐縮して手を振って、
「いいよ、気にしなくて」
と気遣った、しかし彼女は頭を何度も振って申し訳なさそうにする、ふと鷹良の顔を見てアザに気付く、駆け寄ってきて彼の顔をなぜて痛そう表情を歪めた。
「いいって気にしなくても、一発殴られただけだからもう平気だよ」
少女にとっては大変な事である、とっさに鞄の中から水筒を出し自分の真新しいハンカチに水をかけ、浸して軽く絞る。
それを鷹良のアザに優しく充てる少女、水筒の水は冷たかったのだろう、充てられたハンカチもヒンヤリ心地好かった。
彼女はせめてもの償いの気持ちからか? 献身的にハンカチで冷してくれる、暖かくなったハンカチはまた水で冷す、水筒の水が無くなると、探しに行こうとするので、
「ありがとう、もういいよ十分だ、それより君潮浜高の生徒だよね」
少女は頷く、そのあとおろおろして口パクでゆっくりなにかを聞こうとしている、
゛な、ま、え゛
で、お辞儀する、名前を聞きたいらしい、
「名前聞くときは、自分の名前を先に言うものでしょ?」
彼がそういうと、はっとした顔でまた鞄からメモをだして、なにか書いている。
それを鷹良に見せる、
「榛名望海。これで、のぞみって読むんだ? 珍しいね」
綺麗な字だと思った、彼女は少しはにかんで笑った。
このあと鷹良はメモで、彼女と会話をする事ができた、鷹良も自分の名前を言い、彼女は予想通り一個下であることも判った。
その他幾つかの会話をしたが、時間が経っていたこと忘れていた、美都を待たせている事を思いだし、その日は別れた。
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