第27話
なんだかんだで時は過ぎ、年末も押し迫って世間は大晦日。
冬休みも半分がすんで後半、ガッツ親子は彼の実家へ帰省していたし、他のメンバーもそれぞれ休みを過ごしていた。
鷹良はと言うと、父親が暫く帰ってこないので相変わらず一人だ。
去年は隣の美都の家族と過ごして、今年は旅行に行こうと誘われたが断った、先に初詣へ一緒にと、望海から誘われていたからだ。
バスケの練習もあり、彼にとってそちらの方が都合良かった。
一方その望海達は、三賀日香澄が病院の当直勤務で三人揃わず、何処に行くとも無く郁未と自宅居間にいた。
郁未は、余り浮かない顔をしている、友達や朋華は帰省や旅行に出掛けて会えないばかりか、真壁が流行風邪らしい。
「真壁さん、ずーっと寝込んでるって」
「そう、心配ね」
「ここ暫く連絡取れなかったからおかしいなぁと思ってたけど、大丈夫かなぁ」
「直ぐ治るとイイね」
「ああ心配だ! もうダメ、真壁さんの所行ってくる!」
「えっちょっと、行った事あるの?」
「無いケド何とかなる、いても立ってもいられないよ」
「もう、郁未は思い立つとコレだから」
望海は、急ぐ彼女を待たせてキッチンへ行った、少しして戻ってきて魔法瓶水筒を渡す。
「コレ何?」
「生姜湯にハチミツを溶かしてある、何か持っていってあげなきゃ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「気をつけてね」
郁未は水筒をタオルにくるみ、大事にカバンに閉まった、住所は年賀状を出す為に聞いていたのを頼りに、出発した。
かなり手間取ったが、郁未は何とか家の前に辿り着いた、家には立派な屏や門があり、気後れしてしまいそうだ。
躊躇して門の前に立っていると、後ろから声を掛けられ振り向く、
「どなたか、ご用?」
「はい、真壁忍さんが風邪だとお聞きして」
郁未が相手を見ると、二十歳前後の聡明そうな女性でニッコリ微笑んでいる、
「忍さんのお友だちね?」
その時後ろから追うように男性が掛けてくる、兄の薫だ彼は彼女に問いかける、
「紗季、どうかしたのかい?」
「忍さんのお友だちみたい、風邪を心配して来てくれたそうよ」
「あー、君はこの前スカイラウンジで会った彼女だね、この前はありがとう」
郁未は薫を見て御辞儀した、
「忍にわざわざ見舞いかい? そんな大した事は無いんだけどね」
「忍さん、大丈夫でしょうか?」
「うーん、一応大事をとっているけど、良かったら会ってく?」
「彼女に風邪染ったりしない?」
「咳はしてないし短時間なら問題ない」
「是非、お願いします」
「じゃあ、入って」
郁未は二人と伴に真壁邸の門を潜った。
中へ通され様子を伺う、家は郁未のそれと比べ広く大きい、階段を昇り二階廊下を奥に進む、階段から二つ遠いドアの前で止まる。
兄はノックをして返事を確かめる、郁未が来たことを伝えると、少し間があって入るよう返事があった。
兄に促され、声をかけた後ドアを開けて入る郁未、彼の部屋は結構片付いていてキレイで驚いた。
小学生の友達の部屋は散らかっていたので男の子の部屋はそんなものだという印象があったのだ。
先ずは真壁を心配しなければいけないのに、初めて入る男性の部屋に、好奇心と緊張感で一杯一杯だ。
兄が後ろに居る間はまだ余裕だったが、途中でドアを閉めて行ってしまった後は更に緊張感がどんと膨らむ。
ぎゅっとかばんを抱き締めたまま、動かない郁未に真壁は逆に気を遣って声をかける、
「よく風邪だと判ったね」
いつもの優しい彼の声に、やっと自分を取り戻して、
「風邪で練習休んでるって、たからっちに聞いて、具合どうですか?」
「お陰で休み明けには間に合いそうだ、悪い、連絡出来なくて」
「ううん、何もできないのに来ちゃって、でも思ったより元気そうでヨカッタ!」
「君の顔を見れただけで元気百倍だ」
「そう言って貰えると嬉しいです。そだ、今日はコレを持ってきたんです」
かばんからタオル包みを取りだし見せる、
「生姜湯にハチミツを混ぜたもの、良かったら飲んで下さいね」
「ありがとう、今日はこんなんだけど、また遊びにきてよ」
「うん」
心配そうな顔をして帰るのをためらう郁未を見て、
「風邪感染るといけないから今日はもう帰った方がいい」
その時、いきなり郁未は真鍋の傍へ駆け寄って彼の唇に触れて、そのまま急いで部屋を出ていってしまった。
暫く動けず呆然とする真鍋、少しづつ唇の感触が甦ってくる、口を指で触れると、それより柔らかい物が触れた事を実感した。
我に返ってから持っていた水筒を握りしめた、タオルの端を少しほどいて水筒のキャップを外して、中のお湯を注いで一口飲む、
「あちっつ」
まだ熱かった湯に驚いて冷ましながらゆっくり味わいながらキャップ一杯分を飲む。
「暖かい」
気持ちが少し落ち着いた気がした、その時ドアをノックする音がする、水筒をしまって返事をする、ドアが開くと兄の彼女、紗季がお盆を持って入ってきた。
「忍さん、さっきお友だち急いで帰っちゃったけど、何かあったの?」
「いや……何でも無いですよ」
「何もお構いできないうちに、お大事にって一言言って帰っちゃった」
「あまり長居すると風邪感染っちゃうからと言って帰ってもらった」
「それは賢明ね、生姜湯でも飲む?」
「あ、ありがとう」
彼は生姜湯を二度飲む事になって苦笑した、でも先に飲んだ方のハチミツの味がいまも口の中に残っていた。
来年は彼の中に占める郁未の割合が更に増えそうな予感がした。
場所は変わって総合病院、いよいよ後数分で年が変わろうとする頃、香澄は丁度救急処置を終えた所で、他の先生と交代して休憩に入った。
間もなく香澄の携帯が鳴った、直ぐに出ると懐かしい声がする、
「あー、間に合ってよかった!」
「どうしたの、突然。今東京から?」
恋人の蜂須賀安彦からだ、休憩室のTVにはゆく年くる年の鐘突きが生中継されている、
「そう、今年は年明け直ぐ言いたいことがあってさ、繋がって良かったよ」
「今さっき交代した処よ、そっちは?」
「俺も十分前に交代したばっかだ、あーもうすぐだな……」
暫しの沈黙、時計が零時を指しTVの画面一杯に、明けましておめでとうございます、の標示がでた、香澄が挨拶する、
「今年もよろしくね」
「それなんだが」
「それって?」
「香澄、俺と結婚してくれないか」
「……え、何?」
「オホン、オレと結婚してください!」
「言いたい事って、それ?」
「ダメか?」
「そんな大事な事を突然言いますか?」
「今年一番に言いたかった」
「ハァー、直接会って聞きたかったな」
「やっぱり、ちょっと強引だったかなぁ」
「ううん、嫌いじゃないよ、こういう告白」
「へ?じゃ……」
「ふつつか者ですが、死ぬまで傍に置いてくださいませ」
「よしっつ! 今度正式に申し込みに行くよ、ヤッホーハッピニューイヤー!!!」
「今年も仲良くしようね」
「こっちこそ、絶体近い内に連絡するよ、じゃ救急入ったから切るね」
電話切れたあと、参拝するTVの光景をしみじみ眺めながら、
「今年はもっと忙しくなりそうだな」
そう呟いた。
その頃望海は夢を見ていた、少し未来の家族と楽しく過ごす様子が目にうかぶ、一番近くには鷹良が微笑んでいる、次に香澄やガッツ親子、真壁も見えた。
しかし肝心な顔が出て来ない気がする、望海は焦った、シアワセな自分の廻りに居なくてはならない筈の人を尋ねて回る、しかし聞かれる相手は皆ただ首を横に振るだけ。
誰も答えてはくれない、望海はその夢にを不快に感じた、でもどうしてもその人物を思い出せない、彼女は叫ぶ。
「教えて!」
その瞬間目が覚めて望海は飛び起きた、明かりが灯ると目の前に郁未が目を丸くして彼女を見ていた。
それが望海の今年最初の出来事だった。
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