第28話

元旦朝8時、鷹良と望海と郁未は市内の神明神社へ初詣にむかっていた。

朝から舌好調の郁未は二人が聞くともなしに喋りまくっていた、その後ろに続く形で歩く二人、その鷹良が郁未を見て、

「彼女今年も元気だね」

何も答えない望海、それを変に思って彼女の顔を覗く、

「どうしたの? 新年早々浮かない顔をして」

「何でも無い」

そう言ったまま彼女は前で一人喋りまくる郁未を凝視している、鷹良はそれをいぶかしんで、

「郁未ちゃんと何かあったのか?」

慌てて首を横に振る望海、でもやっぱり変な彼女の様子に違和感を感じた。

やがて神社へ着き、鳥居を潜って参道を抜けて参拝所の賽銭箱の前に立つ、三人並んで柏手を二回打つ、それぞれ新年のお祈りをした。

参拝所を出て直ぐ横の焚き火に古いお札を放って焼いた、そして新しいお札と御守りを買った。

郁未がおみくじを引きたいと言い出し買いに行く、二人だけになった後鷹良は切出す、

「望海、郁未ちゃんがどうかしたのか?」

ボソッと呟くように答える、

「夢に出てこなかった」

「えっつ? 何の事だい」

望海は憂鬱そうに初夢の話をした、

「夢を見ている間は出てこない人物がどうしても判らなかった」


飛び起きた時汗びっしょりだった、

「お姉ちゃん、どうしたの?」

部屋は明るかった、はっとなって声の方を向く、望海の目に蒼白顔の郁未の顔が飛び込んできて驚いた。

「郁未ぃ……」

「さっきからうなされてたよ悪い夢見た?」

その時、夢に出てこなかったのが郁未だと悟った、望海は堪らず妹にしがみついた。

「大丈夫だよ、あたしが傍にいるから」

「郁未ちゃん、ずっと一緒だよ」

望海は暫く彼女を放さなかった。


「嫌な夢だった、あんなのが初夢だなんて」

余りの様子に慎重になる鷹良、

「ホラ、あんなに郁未ちゃんシアワセそうじゃないか、そう心配するなよ」

そう言って彼女の手を握る、望海もぎゅっと握り返す、

「そうだよね、そうだ」

自分を説得するかのように呟く、そこへ得意満面で戻ってくる郁未、

「お姉ちゃん! 見て見て、大吉だよー夢叶うって、新年早々縁起がいいぞっと」

飛び上がって鷹良を巻き込んで喜ぶ彼女を見ながら、望海は初夢は忘れようと決めた。

その後郁未からおみくじを引くよう勧められた望海だったが、今年は引くのを止めてしまった。


新年の初日から望海にとって後味悪いスタートだったが、二日目バスケの初練習に参加して、皆が汗して頑張る姿を見て望海は、すっかり気持ちを入れ換える事が出来た。

真壁も何とか参加できて、郁未も見に来ていた、また今まで通りの空気が戻って来る手応えを感じていた。

ガッツの檄が体育館中に響き渡っている中に初日から、勘を取り戻そうと各々がイキイキと動き回る。

二時間程の練習後、ガッツは皆を呼び集め、

「新年早々、良く頑張った! 1月は始まって直ぐ15日に全国大会だ、初参加だが初戦で負けるつもりは無い、行くからには全国制覇を目指すぞ。この調子で気を抜かずに頑張ってくれ、解散!」

「はいっつ!」

こうして、チームの一年は始まり、皆気持ちを確認し合った。


その帰り道、望海と鷹良は一緒に帰るが郁未の姿は無い、真壁の所にでもいるのだろう、又は二人に気を遣っているのかもしれない。

しかし間もなくしたら、郁未が追いかけるようにして二人に追い付いてきた、そこからは三人で途中まで一緒に帰る。

「鷹良さん、正月だけど家帰って夕飯どうしてるの?」

「まだ正月だから、コンビニしかないからなぁ」

「帰り遅くなるけど、良かったら家で食べてく?今日は姉が居ないから」

「え? そんな、悪いよ」

「お雑煮位なら簡単だし、おせちの残りだけど、暖まるわよ」

「おせち作ったの? じゃあお言葉に甘えて」

「あたしも作るの手伝ったんだよ」

郁未も少し自慢気だ、

「そう? それは益々楽しみだ」

三人は別れず、望みたちの家へ向かった。


真壁は正月朝一番に父親に、新年の抱負としてプロバスケを目指すと話した、その時も父親はそれを否定しなかった。

今まで父の希望する通りに進んできた兄が、初めて父に頼んだ事も大きかったかもしれない、考え方を柔軟に変えていたようだ。

かくして、今年は真壁にとって引けない年となった、そのスタート初日から休むわけにいかない、二日には何もなかったように練習に出ていったのである。

そして病み上がりの身体をもろともせず、皆と同じ練習をこなし無事初日を全うした、そして帰り際短時間であったが、女神である郁未と会話を楽しんで帰った。

父親は、帰ってきた息子を見て、そのタフさに少し頼もしさを感じた、そして長い目で成り行きを見守ろうと考えていた。


夕食を終えて鷹良も帰った後、風呂に浸かりながら思い更ける望海、実は未だ初夢が吹っ切れていなかった、ただ郁未本人はその後相変わらず元気だし、真壁ともうまくいっているようだし、心配する要因は全く無い。

たまたま夢に出なかっただけなのかもしれないし、それが大きな問題にな訳でもないので、偶然だろうと流すことにした。


冬休休みもあっという間に終わって、皆順繰りと三学期が始まっていく、鷹良や望海も全国大会で忙しいのだが、実は郁未も大事な時期だったりする。

今まであまり書かなかったが、郁未は中学三年生、つまり間もなく高校受験があるのだが、彼女は陰でひた向きに努力を重ねていた。

彼女は学校でも実は成績優秀で、進路は海之部海浜高校への推薦入学が決まっていたので、受験はあまり気にせずに済んだ、それよりも郁未にとって重要なのはその先で、将来目指そうとする介護士の資格試験の方が真剣勝負だった。

この仕事に興味をもってからは、受験勉強に加え、介護士についても調べ始めていた、ボランティアに参加をし始めたのもこの頃だ。

そして真壁との出会いは、郁未にとって初恋が記念すべき恋の成就となり、彼女にとって充実した年として記憶される事になった。

そして、今年はそれらがいよいよ羽ばたく年となる筈である、郁未はヤル気満々だった。


鷹良達も綾瀬第一と伴に全国大会出場した、結果は準々決勝は引き分け、繰上で準決勝進出したが、ここで接戦負けした。

綾瀬第一も準々決勝で敗退、自己記録を下回ったが、潮浜は全国準々決勝進出という歴史的な成績を出し、県下は基より全国でも注目された。

こうして千葉の全国戦は終った。


師走だけで無く1月も、時間はせわしく過ぎていった、皆それぞれしっかりした目標を掲げて、彼らなりに一歩づつ進歩していく。

その充実した顔ぶれは羨ましい限りである、明るい未来を信じて突っ走るその姿は美しい、時を忘れてただ自分の信じるままに努力の汗を流すのには余りに時間が足りない、このことは私たちも知っていることだが、今彼らがその真っ只中であった。

結果がどうであれ、その努力は決して無駄にならないだろう、そして明るい未来にその努力は生かされることであろう。


1月も瞬く間に終わりそして2月を迎える、学校は三年生が実質自由登校になり、受験などの進路結果を待っている、その間二年生主体の体制になる時期だ。

郁未は早くも推薦入学が決まっていた、それを祝ってある日三人姉妹だけで、細やかな合格記念パーティをやった。

大抵長女の香澄が忙しく、三人揃う事自体が貴重で、家族にとって最大のイベントなのだ、その気持ちを共有している事が、家族の絆となっている。

そのお祝い終盤に香澄が二人に打ち明ける、

「大事な話があるの」

姉の何時にない雰囲気に妹達は身を乗出す、

「これで郁未も晴れて高校生だし、望海も今度三年生だね、あとは私なんだけど」

「お姉ちゃんも何か決まったの?」

郁未が目を輝かせて更に身を乗り出す、香澄はすぅーと一呼吸して、

「明日、蜂須賀安彦さんが家に来ます」

郁未はその名を知らないのでキョトンとしている、望海は覚えあり、思わず叫んだ、

「私知ってる!」

「誰なの? その人」

「お姉ちゃんの彼氏よ」

「ひゃぁー、カレシが来るの?」

「郁未は覚えないわね、まだ親戚に預けられて小学生だったから」

「で、何しにくるの? あ、もしかして」

「あ! プロポーズ」

「フフフ、先に言われちゃったなー」

「ホント? おめでとう!」

「素敵ー! やったねお姉ちゃん」

郁未のVサインに香澄もVサインで応える、

望海がしみじみとして、

「仕事で忙しい中、大変だったでしょう」

「まあ、色々あったけどね、あの人が諦めの悪い人でね」

「あれー?ご馳走さま」

「明日来るんだ、早く会ってみたい!」

「郁未は卒業式まで、自由登校だから家にいるから会えると思うよ」

「どんな人? ね、ね。ワクワクする楽しみぃ!」

「あーん、私は学校が……」

「望海大丈夫よ、皆が揃うまで居て貰うから、早く帰ってきてね」

「分かった、超特急で戻るわ」

「お願いね」

郁未のお祝いに香澄のサプライズがあって、パーティは最後まで盛り上がった、勿論最後の締めは、さくらやのいちごショートケーキだった、三人姉妹はその味を心から堪能してお開きにした。


翌日、予定通り蜂須賀安彦はやって来た、香澄が駅まで迎えに行って、タクシーで総合病院へやって来た。

病院のスカイラウンジで暫しくつろぐ二人、その相変わらずの景色に蜂須賀は感嘆の声を上げる、

「いやーいい景色だ、君はこんないい環境で暮らしてるんだね」

「東京は生活は便利だけど、息詰まりそうよね、お察しするわ」

「独立して個人医院でも開ける甲斐性があれば、迷わずここへ来るんだが、いかんせん能力も金もなしだ」

「フフフまだ私達は医者としては若いわ、あなたなら出来るわよ」

「うん、やりたいことは沢山ある」

「そういえば、横浜のご実家も開業医なんでしょう? 継がなくていいの」

「それもいいけど、自分の力でどこまで出来るかやってみたいんだ、妹が医者になるらしいから、跡継ぎは心配ないしな」

「背水の陣というわけね」

「安定しないけど、ごめんな」

「あなたらしい、私は元々宛にしてないし」

「ありがとう、二人で頑張っていこうな」

「その言葉は今夜皆の前で言ってよね」

「そうか、はっはっは」

「望海が学校があるから帰って全員揃うのに3時位になる、食事は予約したレストランで5時半、あなたの帰りが早くて7時かな、明日早朝から仕事でしょ?」

「実を言うと、今夜0時から夜勤なんだ」

「まあ! 安彦さん、嘘ついてたの?」

「だって本当の事を言ったら、香澄はOKしたかい?」

「するわけ無いじゃない」

「だろ? 時間が只でさえ取れない中だ、どうしても君の家族に会っておきたかった」

「本当に無茶する人ね、そんなんだったらこっちから行ったのにー」

「僕が君を貰いに行くんだ、君たちが来るなんて筋違いだよ」

「そうかもしれないけど、東京はシフトが酷いって聞いてるわ、仕事に影響無い?」

「直で病院戻って目一杯仮眠するよ、それに朝は6時迄だ」

「医者が過労で倒れるって最近多いから、もう無茶しちゃイヤよ」

「まだまだ余裕綽々だよ、んーもし倒れたら香澄に診てもらおうかな」

「バカ! もう」

二人は2時頃まで、久しぶりの会話を楽しんだ後、香澄の自宅へ戻った。

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