第11話

翌日病院の朝一番、郁未は清々しい朝を迎えた、念願のギブスが取り外され、彼女の左足は久方ぶりに自由になったのだ。

自由と言っても、ギブスを取ったばかりで右足より細くなっているし杖を使わないと上手く歩けない、でも郁未は嬉しかった、病院中を動き回れるからである。

さっそく病室で出された朝食を食べ終わって整形外科病棟を散歩する、途中顔見知りの看護士が声をかけてきた、

「郁未ちゃん、まだ外したばかりでしょ、先生に止められてなかったっけ?」

「ああ、中里さんおはよう、じっとしてられないの見逃して?」

「元気なのは歓迎だけど、無理しないでね」

「ありがとー! あ、そうそう一つ聞いていい? あたしがここに運ばれた時に付き添ってくれた恩人のことなんだけど、中里さん何か知らないかなぁ」

中里看護士は思い返してみる、そしてこう言った、

「一目だけみたような気がする、あの格好だと学生だったと思うけど」

「そうそう、カスミ姉もそう言っててね、名前が真壁ってとこまで判ってるんだけどそれ以外で何か知らない?」

「うーん、その子用が済んだら直ぐ帰っちゃたからなぁ、そう言えばあの制服たまにあなたの所に見舞いに来る彼、えーと」

「鷹良さん?」

「そうそう、彼と同じ制服じゃなかったかな? たしか潮浜高校のだ」

「ありがとー中里さん、愛してるよ!」

「はははは、女性に愛されてもね? どういたしまして」

そう苦笑してナースステーションへ戻っていく、思わぬ追加情報で白馬の王子様の素性が判ってきた、郁未はガッツポーズを決めた。

その後、部屋に戻る前に雑誌を買おうと、一階までエレベータで降りて、売店へ向かう、売店は朝食買いのピークを過ぎていたが、まだ結構混んでいる。

杖をつきながらの郁未には、混み合う売店内の狭い通路は敷居が高かった、躊躇していると後ろから声をかけてきた人が居る、振り向くと同年代位の少女がいた。

それは同じ病院に入院している浅井美都だった、お互いは顔見知りではないので偶然だが、困っている郁未を見兼ねて声をかけた、

「何が買いたかったの? 良かったら買ってきてあげましょうか」

「ありがとう、ギブス取ったばかりでちょっと自信なかったので助かります」

「私も暇だったから本を買いに来たの、混んでるね。どういう本がいい?」

「あ、雑誌です゛Hi Cute゛お願いします」

「あれ私もそれ買おうと思って、偶然だね」

「ホントですか? 特集どうしても見たくて」

「あっ! 私も、冬物コーデ特集なのよね」

「そうそう、あーん奇遇ですね。良かったらこの後あっちでお喋りしません? もーヒマでヒマで死にそうだったんです」

「そうだね、いいよ。じゃあ買ってくる」

郁未は彼女にお金を渡す、美都は売店に入っていった。

暫くして出てきて、本とお釣りを渡す、そして別の袋から飲み物を差し出し、

「どっちがいい?」

「え? 頼んでないですよ」

「あー、お昼まで時間があるでしょ。長くなりそうだから、おごり」

「うわ嬉しい、じゃあこっち良いですか?」

「ジャスミン茶ね、はい、後で渡すからそこの休憩室に行こっか?」

「はい」

郁未は話し方で彼女が年上だなと思った、とすると高校生か? 二人は休憩室の窓際の席を陣取って、早速雑誌を取りだし開く、いきなり特集の話題でガールズトーク炸裂で時を忘れて話を楽しんだ。

二人は歳は違ったが、共通の話題も手伝って意気投合し、2時間後には旧知の仲だったように親しくなっていた、お互い自己紹介し美都が郁未より二個上だと判った。

まさかお互いが別の線で繋がっているなどと、その時は思いもよらない二人だった。


今日は週末の土曜、ガッツの鶴の一声でバスケ部全員は思い思いの連休を楽しんでいた、実は週末休みとしたその真意は、ガッツが休みを取らざるを得ない状態だったからだ。

前から娘の綾に遊園地へ連れてけと散々せがまれていたのである、ここ暫く忙しくてパパ業がお休み状態だったので、生徒を何度か呼んで相手させていたが、ついに限界となったのである。

こう書くとガッツが公私混同する教師みたいに見えてしまうが、勿論部活に割く時間優先の中、多忙を極める彼の苦肉の策なのだ、決してそんないい加減な人間ではないと言うことを断っておきたい。

それはさておき、ガッツは家族三人と、実は鷹良と望海を呼んであった、娘の綾と相性のいい二人を綾がご指名したのだ、二人にとっては告白後の初デートでもある。

ガッツは車を持っていないので、レンタカーを借りて五人一緒に100キロ以上離れた海岸沿いに出来た大型遊園地に出掛ける、お昼は美佳子と望海がそれぞれ作ってきた、一番はしゃいでいるのは首謀者の綾だが、望海も内心ワクワクしていた。

海沿いを高速道路に乗って走る、綾と望海が海をみてキャッキャと騒いでいた、鷹良は、ガッツと美佳子のスポーツの思い入れに驚きながら盛り上がる、外は晴天で海がキラキラ輝いていた。

一時間程で、遊園地最寄のインターで高速を降りる、降りて10分程下道を走る、美佳子がナビを勤めて、あうんの呼吸で手際よく進んでいく、夫婦だけに息はピッタリだった、それを見ていた後ろの若者もお互い将来の自分達に重ねる、真ん中に綾がいるから、なんか三人家族に見えなくもない。

そんな事をかんがえていたら、到着したらしく車は誘導員の合図に従いゆっくり駐車できるところまで移動する、入り口に近いところから順に車が停まっていく、ガッツの車も駐車した。

全員降りて荷物を卸し分担して持つ、綾のテンションはMAXだった、

「遊園地! 遊園地! 観覧車乗るぅ」

ピョンピョン跳ねて落ち着かない綾、ガッツが彼女を肩車する、

「わーい! パパ、たかーい!」

準備が整い、五人入り口へ向かう、鷹良が先行してチケットを買ってくる、間もなく開場して沢山の人たちと遊園地の中へ吸い込まれていった。


他のメンバーはというと、高城剣矢は相変わらず自主トレに励んでいた、彼曰く練習こそが精神統一の要だと言う、そうすることでリズムを整えているので、日々欠かさぬ練習が大事だと言う、相変わらずストイックな彼だった。

真壁忍はどうだろう?

彼は病院にいた、怪我をしたわけでも誰かを見舞った訳でもない、父親に呼ばれたのだ。

彼の父親とは真壁修吾、総合病院の理事長である加納幸次郎の弟で、副理事として大手企業重役の立場から引き抜かれてきたやり手である。

何故兄弟なのに苗字が違うのかは、本筋と関係が無いので書かないが、さてその副理事の父に呼ばれた真壁忍は父親に兼ねてからの頼みの返事を求められた。

「忍、どうだ医大に進学する気になってくれたか?」

「それは何度も言っている通り、医者になるつもりはないよ」

「兄さんは当たり前のように医大へいったと言うのにお前はなぜ行かないんだ」

「俺は俺の進みたい道を行く、元々父さんだってそうやって海外留学とか自由にやって今があるんだろ? なのになんで子どもにはレールを引くのさ?」

「何が不満なんだ、レールのどこが悪い? 親心だろう、父さんは貧しい家から出て散々苦労してここまで上り詰めた、他人の靴を土下座して舐めるようなどん底の苦しみをしいられて来たんだ、お前たちにはそんな目には合わせたくない」

「だからって子供の人生、親が決めて良いことになるの?」

「何かやりたい事でもあるのか?」

「プロのバスケット選手を目指したい」

「お前は本当に何時も親を驚かせてくれるな、そんなモノになれるのか?」

「学校で異例の1年レギュラーやってる、高校入ってから始めてだ」

「父さんは、スポーツの事は疎いが、そんな短期間でレギュラーならそれなりに才能はあるかも知らん、だがどうしてもと言うのならサポートは一切やらん、それでも自分一人でやり抜く意思はあるのか? まあ直ぐには答えなくて良いい、来週までよく考えて返事をくれ、以上だ」

父親はわざと即返事を求めなかった、熱くなった息子の返事は判り切っていたからだ、時間を置いて冷静になったとき判断させた方がいいと考えた。

息子はというと、出番をくじかれたようで後味が悪かったが、父親の方が処世戦術ではまだまだ上手である、飲まざるを得なかった。

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