第17話

次の朝、美都が早くから家を出る、その時鷹良も家を出た。

玄関先でばったり出会った、二人とも早起きの目的は部活ですっかりヤル気満々で出てきたので、不思議と以前のわだかまりが無かった様に、お互い爽やかな挨拶を交わしてすぐに離れてしまった。

離れた後で鷹良は、美都の飄々とした変わりぶりに違和感を感じたが、深く詮索しない事にして、まっいいか! と気持ちを切り換えた。


さて一方の美都である、昨日のイベントで色々あって、優勝したのは姶良恭子ら二年生チームになったが、このイベント勝ち負けが問題ではない、その後ろで何が起こったかが問題だ。

海之部海浜高校の佐川夕夏と潮浜工業高校の徳井浩介らの目論みは、姶良恭子ら率いる生徒達によって粉砕される、佐川らの計画では息の掛かった別グループが優勝するはずだった、その間にランクされたカップルの含まれるグループを陥れる事になっていたが、姶良達が事前に根回しして妨害を回避したため未遂に終わっていた。

逆に計画が徐々に失敗していくうちに徳井ら潮工側工作一派は、怖じ気づいて逃げ出し空中分解、佐川ら海之部側もそれに気づいた時には既に遅く、形成逆転しており計画が明るみに出るのを恐れて解散してしまった。

姶良達の素晴らしかったのは、逆転しても彼女等を追い詰めなかった事だ、これによって改心の機会を与え、逆襲の気持ちを削ぐことが出来たのである。

綾部朋華も見学すること無く巻き込まれる事も無くイベントを楽しんだ、美都は事前に姶良から頑張りすぎないように言われた忠告を守ったため、九位となったものの、罠にはまらずに済んでいた。

結果、姶良達愛校精神の勝利だった、見事によき伝統を取り戻せたのである。

そして後日談となるが、ランクされたカップルは嘘が真になり十組中七組が付き合うようになったのだ、ランクされなかった生徒達でもカップルができ、今年のカップリング率は例年比べダントツの結果となるという尾ひれも付いた。

さて、話を現在に戻す。

昨日のイベント終了をもってその呪縛から解放された美都は、心置きなく部活に打ち込む事ができた、今日も早朝から集中力が高まっていた。

まずは、誰もいないコートを清掃し、ネットを張ったり倉庫から備品のボールなど出して準備をした、まだだれもこないのでコートは、独り占め状態だ。

軽い準備運動をした後で素振りをし、ボールをネットに向けてサーブを打つ、今日の目標はネットギリギリのサーブ練習である。

まだ硬球の感覚に慣れていないため中々上手く出来ない、一カゴ分打ち終わった頃、後ろから声がした、振り向くと姶良恭子が近づいて来ていた。

「お早うございます、こんな早くどうされたんですか?」

「お早う頑張ってるわね、体は暖まった?」

「はい! 丁度良い感じです」

「そう、じゃあ私と打ってみる?」

「えっ?いいんですか、お願いします」

やって来たばかりの恭子と調子が出てきた状態の美都、他に誰も居ないコートでネットを挟んで向かい合う二人、サーブは全て美都から打つ事になっている、さっきの練習の感覚を思い出しながら一球目を打つ、球はネット上10センチ越えで恭子サイドへ抜けた、やったと喜ぶ間もなく恭子が簡単に打返す。

慌てて球に食らいついて体勢を整え打返す、

「重い!」

なんとか返したが、球は恭子の絶好の位置に飛ぶ、一瞬しまった!と思ったときには、恭子が定石通りがら空きの反対側に打ち返して球は虚しくコート外に跳ねていった。

気持ちを入れ換えて、サーブをする、しかしその後何とか一球はとることができたが、結果惨敗である。

息の粗い美都に比べ恭子は落ち着いている、これが格の違いと言うやつか?自分が全く歯が立たない、軟式とは違う硬式テニスの奥深さを肌で感じる美都。

呆然としている彼女に恭子が近づいて来て言った。

「まだ早いと思ったけど、あなたの努力に感心して相手したけど、どう?」

「衝撃的です、まともな試合をするには早すぎました」

「あー、戦意喪失してもらっても困るわ、結果はこうでもあなたはもっと上手くなる、私は全国を目指すと言ったわね?それにはあなたにはもっと頑張って欲しいの」

「何で私なんですか?」

「才能があるかどうか私にはわからないけど、あなたは欠点を努力でカバーする、直ぐに見つけた欠点を解決するまで努力する、そういう子は伸びる」

「そんな事言われたの初めてです」

「私が現役の間、春までにメンバーを四人揃えて全国を目指すつもりよ、今度の県大会結果を踏まえて、そのメンバーを早いうちに選抜する。」

「うちの校は県大会でも準優勝が何度かあると聞いてますが」

「まだまだ弱小だわ、年末から強化合宿を始めないと間に合わない、昨日のイベントで只でさえ練習量減ってるし」

「でも私は、県大会出ませんけど資格があるんでしょうか?」

「一年生は例外よ、実力者から一、二名引き抜くからチャンスがある」

「やってみます、チャンスをください」

「待ってるわよ」

そう言ってコートを出ていく恭子、美都は自分の思いに武者震いした。


また一方鷹良だが、もう少し愛想があっても良かったのにと反省しつつ、軽く駆け足で学校に向かう、朝早いと気分がいい、やがて海岸が見える道に出る。

身に染むような冷たい風が吹き付けてくるが、走って体が暖まった鷹良には丁度良く、むしろ心地よかった、逆に身が引き締まり俄然やる気が増してきた。

そこから数分で学校だった、校門を潜って準備室で手早く着替えて体育館へ入る、誰もいない静まり返る館内に鷹良のキュッツ、キュッツという足音だけが響いた。

あと一週間で地区予選、次の週で県大会が始まる、今回はなんとしても県大会で上位を目指したかった、自分の役割を明確にしてコートを見回す。

自分のエリアはコート半分、ここから全体を見回して適切なパスワークを見極めて四番に渡してシュートさせるか、自分で切り込むかを見極めねばならない。

半分のエリアを誰よりも自由に素早く動けるようにするためには?鷹良はイメージトレーニングする、いく通の自分の動きが頭に浮かぶ。

そうするうちに自分に足らないものが解ってくる、練習時間は二時間と決めてある、その為には何をしたらいいか見極めて自主トレを開始した。

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