第8話

風呂から出た後、望海が朝食を作って二人遅い食事をとった、そしてゆっくり支度をして出かけ、12時過ぎに病院に着く。

その後、香澄は当直交代へ、望海は郁未の病室へそれぞれ向かう、別れ際香澄が望海に、

「郁未はあんまり甘やかすとあなたが大変だから今日は早めに切り上げて、休みなんだから好きなことしなさいよ」

そう言ってウインクして行く、望海も、

「昨日はありがとう、お姉ちゃんも無理しないでね」

手を振って別れて郁未の病棟へ向かう、途中覚えのある顔を見た気がした、戻って確認するが間違いない、昨日会った鷹良の幼馴染みの母親である。

独りで売店の前で何かうろうろしている、望海は近寄って声をかけた、一瞬判らなかったようだが、

「ああ、昨日たかくんと一緒にいたお嬢さんね?」

そう言って、ガシッと手を握ってきた、驚く望海に言葉を続ける、

「昨日は本当にありがとう! あなたたちが早く見つけてくれてなかったら、どうなってた事か?」

「いいえ、あれは鷹良さんが見つけて、私は一緒に居ただけです」

「でも、あの緊急時に冷静に救急車呼ぶように教えてくれたって」

たしかにそうかも知れない、

「お嬢様、様子はどうなんですか?」

「まだ結果はでていないけど容態は安定したから、このまま安定なら明日には病棟へ移れるそうよ」

「それは良かったですね、面会出来るようになったらお見舞いに伺いますね」

「ありがとう、本当に早くそうなるといいけどね」

心配そうな母親を気遣って、

「大丈夫ですよ、お母様も大変ですけど、彼女の支えになってあげてください」

「そう言えばあなたお名前は? 今日も来ているけどお体悪いの?」

逆に心配されてしまった、恐縮して答える、

「榛名望海です、鷹良さんと同じ潮浜高校の一年生です。この病院に妹が骨折で入院中なので、世話見に来ています」

「望海さんね? そう、それは大変ね。ご両親は?」

「五年前二人とも交通事故でなくなりましたので姉と三人で暮らしています」

「思い出させてしまったらごめんなさい、高校生にしてはしっかりしてるからどうしてかと思ったけど、それは大変ね」

「いえ、この病院で姉が医師として働いています、何か心配事があったら相談してください」

「そう、榛名先生ね? ありがとう」

どうやら道に迷っていたらしい、詳しい望海は行き先を分かりやすく説明してお辞儀をして別れる、優しそうなお母さんだった、ちょっぴり母が恋しくなるが直ぐに気を取り直してエレベータに乗った。


病棟の10階に着き、郁未の病室に入る、カーテン越しに、

「お姉ちゃんだけど、入るわよ?」

そう言って入る、郁未が目を点にして座っている、郁未にいぶかしんで、

「どうかしたの?」

「お姉ちゃん、声……?」

「今日からしゃべれるようになったよ」

「おめでとう! よかったぁ本と良かったー」

手を握って喜ぶ郁未、

「ごめんね、今まで心配かけたけどもう大丈夫だから」

「そう、じゃあこれもう要らないね?」

そういってメモ帳を差し出す、何気なく受け取る望海、忘れていったようだ、ふと鷹良に見せなかったメモを思い出した、今更慌ててメモを隠す、それを見て不思議に思い、

「どうか、した?」

「ううん……あなた中見なかった、よね?」

「何か見られちゃ不味いことでも書いてあったの?」

「い、いえなんでもないよ。何でも……」

明らかに動揺を隠せないのが手に取るように解る、

「使わないなら私に頂戴? 使うから」

「そんな事を出来るわけないじゃない!」

「なに? そのリアクション」

「い、いえ、あっそれより今日は何か頼み事ない?」

「ないな、今日は」

「そう、じゃあ今日は家ですることも一杯あるから帰るね?」

「うん、分かった」

そうして足早に出ていく望海、ニヤニヤしながらそれを見送る郁未だった。


望海は、すっかり冷や汗をかいていた、一呼吸おいてメモ帳を確認する、探していたメモが挟んであった、あの時直ぐに処分しておけばよかったが、色んな事があって忘れていた。

今もこの爆弾メモを見返して見る、

゛この町で、普通に恋をして、結婚して、子供を産んで平凡だけどささやかな幸せを、噛みしめて生きていくんだろうな゛

顔から火が出そうな位恥ずかしかった、でもこれが自分のリアルな本音だと思うと何か捨てられないとも思う、今後メモで鷹良と会話することは無いだろうから記念にとっておこうと思いながら、病院前からバスに乗った。


一方郁未はというと、あのメモを実は読んでいたのだ、正確に言えば持ち主を確認するために中を確認した、のだが、平たく言えば読んだのも同然である。


゛この町で、普通に恋をして、結婚して、子供を産んで平凡だけどささやかな幸せを、噛みしめて生きていくんだろうな゛


郁未は記憶力が抜群にいい、記憶力だけは姉妹三人で一番であろう、メモの文書を一字一句覚えていて、郁未メモに書き留めてあった。

普通に読んで女の子なら誰でも思う事なのだが、書かれた時期が問題である、と郁未は探偵にでもなった気分で腕を組んで考える。

「うーん、頁の順番が正しければ、二人が食事をした頃だよね」

とすればやはり鷹良はメモを読んだ事になる、彼はどう解釈しただろう?

女の子の目から見たら、明らかに告白だと思う、男の子から見てどう思うだろう?

「相変わらず、ハッキリしない文章だねぇ、奥手の姉を持つと本当に苦労するわ」

独りで勝手な解釈を展開する郁未、想像力も三姉妹一番であった。

そして彼女の中で、悪魔が囁く、

゛この文章、名前付けて鷹良に渡しちゃえば? ゛

善、は急げ! である、郁未は即鷹良に携帯をかけた。


方や鷹良、自主トレと称して体育館で汗を流していた、背番号4番の高城剣矢もさっきまでは練習していたが、先に上がって今は鷹良独りだ。

先程携帯がロッカーでなっていたのだが、当然気づく筈はない、そんな事も露知らず青春に汗を流す、その時声がした、

「鷹良さん?」

自分が呼ばれて立ち止まる、初めて聞く女の子の声、振り返ると誰もいない、

汗を拭きに入り口まで戻る、その入り口から少女が入ってきた、望海だ。

「やあ! 望海さん、今さ自分が呼ばれた気がしたんだけど、誰か見なかったよね?」

それを聞いて望海はイタズラっぽい顔になり、

「それはこんな声? 鷹良さん!」

鷹良が固まっているのが面白くてつい、

「何ですか? 鷹良さん、幽霊にでも出会ったようなその顔!」

そう言って可愛く笑う望海、

「えっ、え? さっきの声……って望海さんの声?」

「もうメモ帳なんか使わなくても、鷹良さんと言葉でしゃべれるよ」

「何があったの? 何時から? あ、でも良かったね!」

「うん、お姉ちゃんが治してくれたの」

「香澄先生が? 先生そう言うのが専門なの?」

「ううん、私の心を治してくれたら、声が出るようになって」

「凄いね、君のお姉さん名医だ」

「そう、無くてはならない人、鷹良さんと同じ」

「えっ、僕と同じ?」

「い、いいえ! なんでもないよ忘れて、あそうそう、今日病院で幼馴染みの彼女のお母様にお会いしたの」

「え、おばちゃんに? 美都のこと何か言ってた?」

鷹良の目付きが真剣になる、

「経過は良好だから、このままいけば明日にも病棟へ移れるって、でもまだ原因は判らないって、心配よね?美都さんの事」

いけないと思いながら鷹良を試す望海、彼の反応が気になる、

「そうか、一時はどうなるかと思ったけど、良かった」

その様子を複雑な気持ちで見守る、鷹良は続ける、

「今日は良いことが二つもあった、いい日だ」

望海は更に言う、

「お母様に、面会出来るようになったらお見舞いに伺うといってあるけど、鷹良さんは行くんでしょ?」

「そうだね、最近会わなかったけど、こういうことがあると、一度元気な顔を見ておきたいな」

「そうね、じゃあその時は私も一緒に行っていいかな、お邪魔なら遠慮するけど」

「そうだね、一緒に行こうか、連絡取れるように連絡先交換しとこうよ」

「本当!? うんいいよ」

そう言ってお互いにの携帯電話を近づけて、赤外線通信で情報交換して、お互い登録できた事を確認した、それを見て望海が少し大胆に言う、

「たまに連絡以外にメールしてもいいかな?」

「え。う、うん……いいよ、あれ?」

「どうかした?」

「うん、さっき郁未ちゃんからメール入ってたみたいだ」

「どうして郁未が鷹良さんのメルアド知ってるのかな?」

「ああ、君を家に運んだ日に、帰ろうとしたらお姉ちゃん起こして来るって、無茶言うから、成り行きで教えたのさ」

「郁未が何の用? ふぅーん、私知らなかったな」

そういって、チラッと鷹良を見る望海、鷹良は敢えて目線は合わせず、

「僕もよく判らないよ、じゃあ今日は練習引き上げるか、着替えてくる」

「じゃあ校門で待ってついでに一緒に帰ろうかな?」

「いいよわかった、じゃ」

そういって一旦別れる、郁未は鷹良に何の電話だろう?と気にはなったが、望海は鷹良と一緒に帰れることの方が嬉しくて、まあいいかと思った。


帰り道、塩浜海岸沿いの道を行く二人、鷹良はふと海岸を見る、誰かが走っているのがみえた、高城剣矢のようだ。

体育館を出てからあそこで自主トレしているのだろうか? レギュラーの道はそれだけ厳しいということか、しかし鷹良は焦らなかった、彼は彼自分は自分だ、鷹良自身でしっかり出来ることはやっている、いま焦っても意味がない、冷静にそう思った。

今は望海と青春することが大事だと思い顔を望海の方に向けた。

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