第9話

部員の中では、鷹良と高城が実力は突出しているわけではない、天才肌とはよく言ったもので、1年生からレギュラーになった男子生徒が一人いる、真壁忍まかべしのぶである。

背番号7番、現在鷹良達よりイッコ下1年生で、鷹良や高城は努力家で練習を積み重ねて実力を付けているが、彼は人並みの努力だけでメキメキと才能を発揮してきた絵に描いたような天才である、恐らく彼は将来実業団でその才能を開花させるだろうと誰もが疑わない。

しかし、そんな彼がどうしてバスケットボールでは二流の塩浜に居るのか? 実は彼の才能を最初に見抜いたのは、他ならぬガッツこと片桐勝也であった。

真壁は、それまでバスケのバの時も知らなかった、片桐が彼の素早い身のこなしを偶然目撃して、使えると直感した時からである。

真壁の背は高くない、169㎝と明らかにバスケでは不利である、しかし身の動きは群を抜いて素早いのだ、それに運動神経、動体視力が体力テストでも全校でもトップ10に入る程優れていた。

片桐は早くからそれを見抜いて入部を薦めていた、真壁は感覚派で情に篤く片桐と妙にうまが合うらしく二つ返事で入部した、最初はルールも基本も知らない彼は使い物にならなかったが、直ぐに覚えて半年後にはレギュラー入りしてしまった。

高城がバランスの取れたタイプなら、鷹良は根性努力タイプ、真壁は天才タイプとなる、他のメンバーも個性派ぞろいである、このままスラムダンクの様な話が展開できそうであるが、趣旨が違うので他に譲って、ここでは真壁忍の話を進める。


話は少し遡るが、真壁が行き着けのハンバーガーショップから出てきた時である、キキーと凄まじいブレーキ音を聞き、音の方を見た時点でガシャと鈍い音をたて自転車が倒れた、交通事故と直感した。

真壁は直ぐに現場へ走っていた、トラックが左折する際不注意で自転車を巻き込んでいた、乗っていたのは女子中学生のようだ。車に巻き込まれてはいなかったが、ぶつかった反動で数メートル後ろに倒れて気を失っている。

運転手は降りてきて現場をみておろおろしていた、そこに真壁はやって来た。

他の野次馬は見ているだけだ、痺れを切らした彼は運転手を落ち着かせる、その場で警察と救急車を呼び倒れている女の子の状態を確認すると意識を失っているのか、呼んでも反応がない。

息はしているようだが、左足から血が出ていて、変に曲がっているので骨折しているかもしれないと思った。

死んではいないと少しホッとしたが、野次馬の女の子を一人捕まえて説明する、男が少女の体を触るのははばかられたので、女の子に身だしなみを整えてもっらった。

暫くして救急車が来て患者を診る、真壁は見たことを説明した、警察もその直後到着、現場検証始める。

その時点で繁華街のせいか野次馬が増えてくる、そのなか真壁は事情聴取に少女の代わりに立ち会う、その間患者はまだ運ばれない、救急士が苛立つ、真壁もキレた、

「お巡りさん! 彼女の搬送いつできるんですか、早く運ばないとヤバくないの?」

救急士がその声に出鼻をくじかれて驚いている、その一声で警察はすぐ患者を出すよう指示して、彼は後で必要な場合警察へ呼ばれる事があると説明を受けた後、救急車は同伴の真壁を乗せて病院へ走っていった。


話は今に戻る、メールを送ったのに鷹良からは未だ返事は来ない、

「あーあ、暇だなぁ。この足さえこんなんじゃなけりゃね」

そういってギブスと包帯で固められた、左足をさすって一人ぼやく、交差点でドンとぶつかった後から記憶がなく、気が付いた時には病室で寝ていた。

一人の男性が手際よく対処してくれたお陰で、郁未はこの程度で済んだと聞いている、治ったらお礼をしなければと真摯に思う、それに少しミステリアスで足長おじさんみたいで、好奇心全開なのだ、

「でもどんな男性なんだろう」

名前も名乗らず去っていった未だ見ぬ君に何とか一度会えないものかと思う、暇人故に思春期少女の空想は広がっていった。


鷹良と望海は帰り道にあるハンバーガーショップに入る、鷹良は照り焼きバーガーと烏龍茶、望海は野菜チキンサンドとアイスティを頼み、席に着く。

鷹良は窓際席に見覚えのある顔を見つけた、

「おい! 真壁じゃないか」

窓越しに交差点の方角を見ている真壁を見て声をかける、彼が気づく、

「宇崎さん、珍しいですね」

「真壁よく来るのか?」

「常連ですよ! そろそろ先行きます」

二人が一緒に居るのを見て、最後の一口をほうり込んで然り気無く席を立つ真壁、挨拶して店を出ていった。

彼の姿を見送ってから望海が言った、

「たしか7番のレギュラーね」

「知ってた? 1年生でレギュラーになった天才だ、普段飄々としてるが、抜群の動きをする、でも全然そういうところを鼻に掛けないイイヤツだけどね」

「確かに練習の時の俊敏な印象しか無いけど、ああしてみると普通の高校生だね」

「ガッツが見つけてきた逸材だ」

「私は何時も努力を惜しまない鷹良さんの方が凄いと思うよ?」

「そう? 僕はただがむしゃらなだけだから」

「がむしゃらな人の方が応援したくなっちゃうけどなぁ」

そう言ってストローを口にして飲む振りをしながら鷹良をチラッと見る望海、鷹良もこっちを見ていて焦る、本音を言い過ぎて恥ずかしくなり、目線を窓の外に反らしてアイスティを飲んだ。


昼食代わりのハンバーガーを食べ終わって店を出る、鷹良が郁未からの連絡が気になると言い出し、病院へ行くと言う。

望海はさっきいったばかりだったが、望海も気になったので付いて行こうとする、でも鷹良は制止して、

「用があるからって言って出てきたんだろ、また行ったらへんだろう?」

「それはそうだけど、直ぐ済むよね?」

望海はもじもじしてハッキリしない、鷹良は笑って答える、

「気になるんだったら後で、教えるよ」

「じゃあ用が済んだら本当に直ぐだよね、どの位で連絡もらえる?」

「んー、多分一時間位かな」

「えーっそんなに? やっぱり一緒に行こうかな」

「解ったよ、じゃあ要件確認したら直ぐ連絡する、これでいい?」

じーっと鷹良の目を見る望海、彼は目線を外さない、

「……わかった、ごめんね妹がわがままで、じゃあお願いします」

「郁未ちゃんはそういう無邪気なところが良いところだよ、尊重してあげなきゃ」

「そうだよね、鷹良さん連絡待ってますね」

「OK、じゃあ後で!」

そういって、手を降ってバス停へ向かう鷹良、望海は見えなくなるまで見送った。


その後望海はスーパーで買い物を済ませて自宅に戻る、時計を見ると30分程経っていた、買ってきた食材をしまっていると、携帯が鳴る出ると鷹良だった、結果を聞こうとしたら、今から家に来て良いかと言う。

意外な申し出に驚く望海だが、断る理由は無いので了承して切った。

その後20分位で玄関のチャイムが鳴る、ドアを開けると鷹良が立っていた彼の目は少し真剣だった、望海の心も少し緊張した。

中に入れて居間へ通す、鷹良はソファに座った、望海は予め用意しておいた烏龍茶をコップに二つ注いで持ってくる、テーブルに置いて斜めの位置に座る。

「わざわざ家にまで来てくれなくても、メールでも良かったのに」

望海はコップを両手で握りしめて心と裏腹な事をいう、本当は嬉しいのに。

珍しく鷹良は黙ったまま返事をしない、気になって横目で鷹良を見る、さっきから何かを迷っている様子だ、もう一度言葉をかける、

「郁未の話は何だったの? 早く聞きたいな」

やっと彼の口が動く、

「あのさ……この先高校を卒業した後、東京の大学へ行くって行ったら、どう?」

意外な話に戸惑う、郁未に何の話をされたんだろう?

「鷹良さんバスケを続けたいってことでしょ? ちょっぴりさみしいけど、良いことだと思います」

少し間があって鷹良は、

「ちょっぴり、だけ?」

望海はドキッとした、鷹良を見る、彼の目が真剣だった、心がときめいた、

「じゃ……ないかも、本当は行って欲しくない、でも鷹良さんが打ち込みたいなら私は受け入れる」

まともに彼の目を見れなくなる望海、鷹良は彼女の肩をしっかり掴む、驚いて鷹良を見つめる、目が合った、

「大学へ行った後も理想通りバスケ続けられるか判らないけど、会えない事が多くなるけど、それでも忘れないでいてくれる?」

「う、うん忘れる訳ないよ」

心臓の音が頭に鳴り響いて自分の言葉が聞こえない程ドキドキする、

「わかった、じゃあ言うよ」

「え?何を……」

一瞬体が震えて素敵な予感がよぎる、

「望海さん好きだ、僕と付き合って欲しい」

直ぐに飲み込めない、ゆっくり目を閉じて開く、目の前に鷹良の顔が確かにあった、彼の瞳の中には自分が映っている、彼の言葉を噛み締めて答える、

「嬉しい、私もあなたが好きです」

素直に言えた自分を誉めたかった、少しずつ視界に占める彼の顔が大きくなる、二人の唇が重なり、彼女は彼の気持ちを受け入れる。

彼も、震える彼女の唇にいとおしさを感じる、彼女を大切にしたいと思った。

どの位唇を重ねていたか判らないが、やがてゆっくりと離れる、閉じていた目を開けると望海は下を向いていた、

「ごめんね、強引だったよね」

望海は首をふる、

「私もして欲しかった、うれしいの」

「僕達、もう今までとは違ってもっともっと仲良くなりたい」

「私、あなたを好きになってから自分が嫉妬深いってはじめて気が付いた、もう他の女の子を見ちゃイヤ」

「今までだって見てないよ」

「ウソウソ! 美都さんがいるでしょ?」

「彼女は只の幼馴染みだよ、そういう間柄じゃない」

「これ以上ヤキモチ焼きたくない、私だけを見てくれる?」

「君も僕を忘れて欲しくない」

「忘れる訳が無い、夢だったもの」

「郁未ちゃんから聞いたよ、その夢」

それを聞いて全てを理解した、郁未はメモを見たのだ、そして鷹良に伝えた。

顔が熱くなる、鷹良はその夢を知っていて告白したのである、段々と幸せな気持ちが膨らんできた、ちょっぴり郁未に感謝した。

「子どもみたいでしょ? 恥ずかしいな」

「ううん嬉しかった、その相手って僕だよね?」

「そう、宇崎鷹良と私は宇崎望海、ちょっと気は早いけどね、そうなるといいなって」

「まだまだ先のことだろうけど、何だか責任感じちゃうな」

「あ! ごめんなさい、そんなつもりじゃ」

「いやいいんだ、こちらこそこの先何があるかわからない、君こそ将来の伴侶を今すぐ決めつけて欲しくないんだ、僕より君に相応しい人が現れるかも知れない」

「そんな事考えるの淋しいな」

「僕だって考えたくない、けど真剣に考えれば君を不幸にするような事はどうしても避けたい、大事に思えばこそ、ね」

「ありがとう、私も鷹良さんの夢応援するからがんばってね!」

「ありがとう! 郁未ちゃんは僕らの恋のキューピッドだね」

「あんまり認めたく無いけどね」

その後夕方に香澄がかえってきて、鷹良は一緒に望海の作った夕食をご馳走になり7時頃おいとました。

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