第19話

朋華は、佐竹まどかから介護士の仕事について色々と教えて貰った、思ったより大変そうではあるものの、それだけにやりがいを感じて気持ちを新たにする。


そのまま施設を出た朋華は、気持ちが萎えないうちに本屋へ向かって佐竹が薦めた本を二冊購入し、家に帰らずハンバーガーショップへ入った。

週末で込み入っていたが、空いたカウンター席を見つけ座る、早速質問してメモした内容を確認・反復したあと、購入した本を取り出しパラパラッと通見した。

一冊は介護士試験への取り組みについての本と、もう一冊は図入りで分かりやすく介護のノウハウを解説した本だった。

自分が今しているのは、介護士付き添いの下車椅子散歩だけでさほど体力は要らない、しかし実際介護士になれば相当の体力勝負になりそうだと思った。

「運動は殆どしないからな」

どちらかと言うともやしっ娘である自分にはハードルは相当高そうだ、一瞬気持ちが落ち込む、しかし直ぐにお爺さんお婆さんの喜ぶ笑顔が浮かんで力が湧いてくる。

「気持ちは誰にも負けない」

死んだお爺ちゃんにしてあげられなかった事をしてあげたい、その気持ちが有る限りやり通せると決心する、そうすると不思議と気持ちが安らいだ。

本を閉じて、我に返ったように周りを見てから注文したホットミルクをゆっくり口に含む、その暖かさが彼女の健気な心も暖めてくれた。

冷めないうちに飲み干して店を出る、外で時間を確かめると2時半だった、夕方まで時間がある、土曜日はたしか図書館は空いていた筈だ、そう確かめて朋華は図書館へ足を向けて軽い足取りで歩き出した。


望海と郁未は家に帰って、取り合えず居間のソファで落ち着く、

「もうすぐ3時か、宿題済ませたら夕食の準備しなきゃ」

休む間も無い事をぼやく望海、かった服などを部屋に置いてきて戻った郁未が、

「お姉ちゃん、あたしもう一回街へ行ってくる、用を思い出した」

「へっ?今からまた、明日じゃダメ? 夕食作るの手伝って欲しいんだけどな」

「今行きたいの、大丈夫一時間位で戻る」

「自転車で行くなら気を付けなさいよ」

「分かった、行ってきまーす」

郁未はとんぼ返りでさっき通った街へ自転車を転がす、彼女が向かったのは市営図書館、自転車で十分程で到着する、

「図書館なんて何年ぶりだろう」

そんな事を言う程本に縁の無い彼女が何を思ったか図書館に来て居る、

「利用初めてなんですけど」

知っているのは私語厳禁な位で、利用方法も曖昧なので受付で簡単な説明を受けて、目的の書簡コーナーを探す。

郁未は職業のブースを確認して書棚の間へ消える、ゆっくりカニ歩きで横歩きしながら指で目的の業種を辿る、

「あった!」

そう思った瞬間ドンと何かにぶつかった、

「きゃっ!」

郁未が声の先に振り向くと、小さな悲鳴をあげて転げている少女が見えた、

「ごめんなさい! 大丈夫ですかー?」

とっさに大きな声が出て一瞬周りを振り返ったが、誰も気付かなかったのにホッとして、転んだ少女に手を添え、

「怪我無いですか? 前に夢中になってて」

少女はむくりと起き上がり二人一緒に立つ、

「大丈夫、しゃがみ込んでじっとしてたから気づかなくて当然です」

「いいえ不注意で済みません、本当に何とも無いですか?」

「ありがとうございます、介護しようとしてる自分が介護されちゃダメですね」

二人は介護職の本の前で立っていた、

「もしかして、介護士になるんですか?」

「はは、ちゃんだけど成れればって」

「わぁーあたし郁未、榛名郁未って言います、あたしも関心あってここに来ました」

「そうなんですか、私は朋華、綾部朋華と言います」

「こんな偶然あるんだ、ステキ! お友だちになりませんか?」

「え……はい、喜んで」

そう言って落とした本を拾って、埃を落とす仕草をして大事に抱えると、

「談話室へ行きませんか?」

朋華は郁未を誘った、郁未は首を引っ込めて口に人差し指をあてがうポーズをとって頷いた、二人は受付の横にある談話室へ向かう。

この出会いは運命的な出会いかもしれなかったが、今は知る由もない。


やがて夕方、辺りは徐々に暗くなりつつあった頃郁未は帰宅した、居間に行くと既に望海が夕食の準備を始めていた。

「お姉ちゃん、遅くなってごめんなさい」

振り向いて笑顔で答える望海、

「ううん私も今掛かった所だから、それより何処行ってきたの?」

「調べものがあって図書館に行ってきたの」

「郁未が急いで図書館って珍しいね、宿題か何か?」

「うーん、そんな処かな」

いつになくニコニコしている郁未に、

「ご満悦な顔して良いことでもあったの?」

「まあね、運命の悪戯って言うか、神様のお導きっていうか」

「ステキな文学少年でもいたの?隠さず言いなさいよ」

「違うよ、ぐふふっひ・み・つ! お姉ちゃん手伝うよ、鍋の番する」

その気持ち悪い程に笑顔の郁未に、どんな出会いがあったか気にはなったが、望みは悪いことでは無さそうだと思い、それ以上詮索しないことにした。


郁未は食事を済ませ先に風呂を出た後自分の部屋で宿題をしている、望海は風呂に入っていた。

文字を書く手を止めて図書館の談話室での事を振り替える、

「その制服、海之部海浜高校のですよね? そういえば昼間交差点で朋華さん達みかけましたよ」

「あー、自主的にボランティアしてるの」

「自主的に? 偉いなぁ」

「そんな偉くないです、介護士はあんなものじゃないし」

「あたし人と接するのが好きで、何か人に役立つ事を仕事にしたいって思って」

「接客業じゃダメなんですか?」

「お姉ちゃんが医者なんです、あたし頭良くないしでもお姉ちゃんみたく男性に負けずに頑張る姿尊敬してる」

「お姉さまお医者さんなの? スゴい。介護士は私も誇りを持てる仕事だと思うけど、体力も要るし生半可な気持ちじゃ出来ない仕事ですよ」

「そうですよね、体力は自信あります、何より人が喜ぶ笑顔が大好きなんです、朋華さんの様子見てたときのお婆ちゃんの笑顔忘れられない、あんな笑顔を作れる仕事なら是非チャレンジしたいんです」

「笑顔を作る仕事か、面白い表現ですね。私も笑顔が貰えるから頑張れる、私達気が合うかもしれないですね?」

「海之部って言えば、高校生ですよね? あたしチューボーですから朋華さんは目上です、そんな丁寧語いいですよ」

「ははは、人付き合い下手だから、それに体力も無いもやしっ娘だし」

「そんなことない! さっきだってお婆ちゃんにあんなに親しそうに話してたじゃないですか、朋華さんは人に優しくしてあげられる人だからいいんです」

「ありがとう、郁未さん」

「郁未とか郁未ちゃんでいですよ、教えて貰うのはこっちですから」

「郁未ちゃん。じゃあ私も朋華ちゃんって呼んでくれる?」

「わぁ、親しい友達みたいステキ! 朋華ちゃん宜しくお願いします」

「こちらこそ、一緒に頑張ろうね」

郁未は友達を作るのが上手だ、内向的で人見知りな朋華と直ぐに打ち解ける、郁未は初対面なら尚更、人と接するときはいつも謙虚だ、でも物怖じせずハキハキと前向きに話すその姿勢が人を惹き付ける、二人の姉を持つ彼女は、そういう処世術を自然と身に付けた。

相手を一歩下がった目で見て、自然に思いやりながら接する、これは長女香澄が認める程の彼女の長所だ、場を盛り上げる為に自然に茶目っ気を出せる。

入院中の頃の美都とも、今回の朋華と仲良くなれたのも、彼女の人柄がなし得た事である、勿論相手がそれ相応の人柄が無くてはこうはならない、郁未の回りにはステキな人達が集まるようだ。

今、彼女は自身の人生を変えるであろう人物と出会うことが出来た、それは決して楽な事では無いが、漠然としていた郁未の人生観に、希望に満ちた期待感を与えた。

ドアの向こうで望海が風呂から出たらしい音で我に返る、明日朋華と会う約束がある。

郁未は、ムフフと明日の期待に胸膨らませ、ノートに単語を書き写しを始めた。

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