第20話
翌日の日曜日朝一、郁未は何時もより早く起きてしまった、昨日から気分が高まっていたからだろう、朝食の時間はまだ早いので思い立って外に出てみる。
外は間も無く十一月末の早朝である、空が薄明かるく空気も冷たい、
「すーーっ」
空気を吸い込みゆっくり息を吐く、
「この時間だとまだ暗いなぁ」
そうぼやくものの、ゆっくり準備体操をして近所を歩いてみた、すれ違う車は未だヘッドライトをつけて郁未を照して通りすぎる。
体が暖まってきたので少し走ってみる、
「体力も、つけなきゃね」
慣れないランニングに直ぐ息を切らしてまた歩く、少し汗ばんだのでタオルで汗を押さえながら歩く、今日は直ぐに家に戻ってしまった、トータル20分位なので、余り運動になっていないのだが、少し気分がスッキリして満足感を得た。
家に入り部屋を覗くと望海は未だ寝ている、シャワーでも浴びようと浴室へ向かう、軽く浴びた後着替えて部屋を覗くと、望海は未だ寝ていた。
「7時に間に合わないんだけどな、よしっ今日は朝食あたしが作っちゃえ」
台所へ行くと、ご飯はタイマーで既に炊けて保温中、豆腐とワカメがあったので、味噌汁を準備、もう一品欲しいので卵巻きを作って、野菜を皿に盛って卵巻きを切って載せる、味噌汁用の鍋の火を切って取り合えず完成だ、
「あたしだってやれば出来るじゃん」
そういって一人分のご飯と味噌汁を盛って食べた。
「早起きするとご飯が美味しい、これからお姉ちゃんと交代で朝御飯作ろうかな」
そんな気持ちにもなる程気分が良かった、食べ終えても望海は起きてこないので、メモを取りだし朝御飯を食べてもらえるように、書いてテーブルにおいた。
自分の食べ終わった食器を洗って部屋に戻る、果たして望海は未だ寝ていた、起こさないよう着替えて出掛ける準備をし、台所のメモに出掛ける旨をメモに追記して家を出た。
すっかり明るくなって、散歩やジョギングする人も目立つ、郁未が歩いて20分程で、朋華が指定した施設まで着いた。
まだ業務開始30分前なので辺りはしんとしている、もうすぐ朋華がやって来る筈だ、暇をもて余し施設をぐるっと回ってみた、結構大きな三階建ての建物である。
また玄関前まで戻ると、シャッシャッと庭を掃く音がする、見ると女性が玄関前を掃いている、彼女は郁未に気づいた、
「こんな早いのに、何かご用意?」
「あ、お早うございます。友達と今日ここで待ち合わせしてまして」
緊張した面持ちで答える、女性は優しい口調で言った、
「もしかして綾部朋華さんのお友達?」
「はい!その通りです、あたしは榛名郁未と申します」
「ご丁寧に、そう私はここで介護士として働いている、佐竹まどかです」
「はい、綾部さんからお聞きしています、今日はお仕事見学させて頂けるとお聞きしています」
「聞いていますよ、今日は少し忙しくなりそうなので、余り構ってあげられないかも知れないけど宜しく」
「いいえ、こちらこそお忙しい中お邪魔して申し訳ありません、逆に忙しい職場が見学できた方が参考になります、宜しくお願いします」
そう言って、おもいっきりお辞儀をする郁未、まどかはその前向きなハキハキした郁未の態度に好感を持った。
「良かったら、あたし掃きます」
そう申し出たが、まどかは苦笑して、
「ごめんね、これも業務のひとつになるから、職員でない人を私の一存でお願いできないのよ」
「成る程ですね、すみません出すぎた事を言って!」
「ぷっ、榛名さんは真面目なのね、そんなに固くならなくていいのよ、今日はお客さんなんだから、気楽にしてね」
「は、はあ、ありがとうございます」
「まだまだこの先長いから、でも今日は折角見学するのなら、介護の現状を悔いの無いようにしっかり見ていってね」
「はい! 分かりました」
改めて郁未は気を引き締めた、そうしてまどかが掃除を終える頃朋華がやって来た。
「まどかさんお早うございます。あ、郁未ちゃん早いですね、お早う」
三人は挨拶をして気持ちよく朝を迎える、まどかが二人に今日の予定を伝える、そして施設の中に招き入れて、受付で名前記入し、職員が打ち合わせするまで待つ。
まどかが部屋を出た後で、他の職員に挨拶し、まどかの後を付いて行った。
その後時間の許す限り、二人は介護の仕事を見学した、まどかはその様子を良いところ悪いところ包み隠さず見せた。
それで二人が諦めるなら、それでいいと思っていた、でも二人は見ることすべてに感動の眼差しで一喜一憂していた。
お年寄りに混ざってイベントも楽しんだ、そうして、あっという間に時間は過ぎて見学は終了、三人はミーティングをした、
「見学御苦労様、どうだった?」
「思った以上に大変で責任の重い仕事と言うのが少し解った気がします」
そう答えたのは年上の朋華、郁未は、
「付いていくのが精一杯で、でもこの仕事は本当に必要とされる仕事だなと思う」
「過酷な所もあえて見て貰ったけど、あー言う事もしなければならないのよ、それに場合によっては憎まれる事もある、それでも一旦始めたらやめるわけにはいかない」
「でも、私はそれ以上に介護を受ける人の笑顔が忘れられません、それがあれば続けられるような気がします」
と朋華、郁未は、
「あたしは亡くなった両親の替わりと言ったら何ですが、出来なかった分何かしてあげたいと思います」
「二人ともその志はとても大切な事、決して忘れないでね、ところであなた達はヘルパーの資格を取るわよね?」
朋華が答える、
「もちろんですけど難しいですよね、私トラベルヘルパーに興味があるんですけど」
「最近需要が増えている職種ね、じゃあホームヘルパー2級以上の資格が必要よ」
「トラベルヘルパーってなんですか?」
初めて聞いた名前に郁未がまどかに尋ねる、
「介護を受けたまま旅行が出来るようにノウハウを積んだ介護士の事よ、軽度の寝たきりの人でも諦めずに旅行が出きるってことね」
「素敵! じゃあ介護を受けている人でも家に閉じ籠らなくても良いんですね」
「そうね、でも最近やっと始まったばかりで、一部の民間でしか提供されていないらしいわ、もっと全国に普及するには、対応できる人を増やさなきゃ」
「じゃあ、これからのお仕事なんですね」
「介護士の仕事と、プラス旅行添乗員の能力が必要だからハードルは更に高くなる」
言い出しっぺの朋華が加わる、
「テレビの特番で知って、大変そうだけど夢のある仕事だな、と思ったの」
「朋華ちゃんすごいな」
「介護士はこれからもっと多様化する、あなた達が、大人になって介護士になったらあなた達は若いから、介護だけに頼らず可能性を拡げて欲しいな」
これから二人がどの様な道を進むか今はわからない、でも今回の体験をしてよりお爺さんお婆さんの笑顔が印象に残ったのは間違いなかった。
二人はお互いの決意を新たに確認し合い、バス停の前で笑顔で別れた。
郁未が家に帰ると望みは夕食の準備をしている、郁未が帰ってきたのに気づいて、
「お帰り朝御飯ありがとうね、でも珍しく朝早くから何処へ行ってきたの?」
「友達と約束があって、市街まで歩いてね」
「自転車で行けばよかったのに、でも脚は大分良くなったのね」
「朝早いと気分が良かったから」
「ふーん、楽しかった?」
「うん、とっても充実してたよ!」
「どんな事があったか教えてよ」
「今はまだ言わないでおきたいの、気持ちが固まってないから」
「分かりにくいな、何か悪いことじゃ無ければいいけど」
「前向きな話だからそれは大丈夫だよ、でも今はごめんなさい」
「そう、そんないい話ならいつか聞かせてくれるよね?」
「うん勿論、香澄姉にもね」
「じゃあ楽しみにしてるね、あそうそうお姉ちゃん帰り遅くなるから、そのまま病院向かって勤務に入るって」
「ええー? じゃあ今日は帰ってこないの?」
「さっき電話があって、東京出るのが遅くなるから、だって」
「東京が恋しくなったんじゃ……」
「まさか、郁未もそうだと思うけど、ちゃんと考えがあって決めたことだろうから、信用しようよ、それから私の事も信用してね?」
「あっ、たからっちの事でしょ? あたしそっちの方が興味あるなぁ」
「やぶ蛇か、さあさあ食事準備出来たから、食器並べなさい」
「あー、ごまかしてもダメだよ、食べながらゆっくりお伺いするからね?」
二人はきゃっきゃと盛り上がりながら暖かい部屋で団欒を楽しんだ。
暗くなった外は冷え込んで、本格的な冬の足音が聞こえてきそうだった。
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