第23話

店を飛び出して来てしまった郁未、少し頭が冷めてきて後悔し出した。

「こんな筈じゃなかったのに、どうしよう」

でも今更戻れない、かといってこのまま家にも戻りたくない、途方にくれて歩いているうちにある施設の前に立っていた、養護施設の養生園ようせいえんである。

入り口の前で暫く一人立っていると後ろで車のクラクションを鳴らされる、我に返って避ける、運転していた介護士が寂しげに立つ彼女が気になったのか声をかける、

「どなたかに用?」

「あっ! いや、その佐竹さん」

思わずまどかの名を言ってしまう郁未、

「佐竹チーフのお知り合いなの? 呼んできてあげよっか?」

その言葉に、余裕も無く頭を深々と下げた、

「分かったわ、ちょっと待っててね」

そう言って車を停めて、迷惑がらずにまどかを呼びにいく、しばらくしてまどかが出てきた、意外な訪問者に驚くまどか、

「まあ榛名さん、今日は奉仕の日じゃないけど、どうしたの?」

「はい、突然お忙しい処をスミマセン、気持ちが迷っていて足が向いてしまって、気がついたらここに」

「何か顔色良くないよ、今日は日曜だから忙しくないのよ、相談事なら聞くよ?」

「ありがとうございます」

「じゃあ、そろそろお昼だから家に戻るからうちにくる?」

そう言って、準備をしてきてまた出てきた、郁未はまどかの軽自動車に乗る、

「本当にスミマセン」

「気持ちが不安定みたいだけど、何があったの?」

「わかるんですか?」

「郁未ちゃん、喜怒哀楽が解りやすいもの、フフフ」

フランクさを出すためにわざと名前で呼び掛けるまどか、郁未も安心したようだ、先程の出来事を包み隠さず話した。

「なるほどね、郁未ちゃん真面目だからなぁ、何としても気持ちを解ってもらいたかったんだよね?」

「はい、でも今考えると、一方的過ぎたかな、と」

「そうだね、ちょっぴり強引だったかもね、でもきっと誠意は伝わってると思うヨ」

「そうでしょうか? 恩人に失礼な事をしてしまって」

「その彼は武士なのよ、自分の正しいと思う事を実行し、その信念を貫き通す」

「お侍さん、ですか?」

「フフフ、そうお侍さんね、武士道と言って日本人の良き精神ね、潔さというか、ぶれないって言うか、彼はきっとその筋を通したいのよ」

「潔さ、ですか」

「今時人を助けもしない人が多いのに、助けておいてそれを謙虚に隠し通す、なかなか出来ないな、彼きっといい人よ」

「そうだったのか、なのにあたし何て事を」

「気にしない気にしない!郁未ちゃん若いんだから、失敗してもいいんだよ、大人になるまでに一杯失敗して、間違いの判る大人になりなさい」

「失敗してもいいんですか?」

「うん! 失敗に臆せず突き進む素直さ、郁未ちゃんはそこが良いところよ」

「ありがとうございます」

「あなたは、介護士目指すのよね? 介護士になったら、絶対失敗は許されない、失敗は即人の命を危険に晒す事になるんだから」

「はい!」

「そうならない様今のうちから色んな事を失敗して学んでいくの」

「解りました、良かった佐竹さんとお話しできて」

「私でよかったら何時でも相談して、ちょんまげ!」

「あはははは、おもしろい! ありがとうございます」

「お昼まだでしょ、よかったら家で食べてく?」

「あ! いいえ、あの交差点で降ろしてもらえますか。彼ともう一度話してきます」

「えっつ大丈夫ぅ?」

「はい! 佐竹さんに励まして貰ったら、元気出てきました」

「ふーん、OK」

まどかは車を交差点手前で停めた、素早く降りてドアを閉めて挨拶する、車はすぐに発車して行った。

「よし!」

車を見えなくるまで見送って、郁未は鷹良に電話をかけた。


その後の真壁、店を出てからスッキリしないでいた、

「やっぱり意地張りすぎたかなぁ、泣いてあんなに感謝してたのに」

相手が女子だけに扱いに慣れていない彼は、自問自答を繰り返していた、そこへ携帯が鳴る、出ると女の子の声で開口一番、

「さっきは、勝手に飛び出して来ちゃって失礼しました!」

大きな声に携帯を耳から離す、直ぐ郁未と判る、と同時に戸惑う真壁、

「な、何で君が俺の携帯に?」

「事情を話して、たからっちに番号を教えて貰いました、さっきは本当にスミマセン」

「いいや、俺の方こそ言い過ぎた」

「あたしが全て悪いんです、あの……」

「なに?」

「改めてお会いできませんか?」

「あーうん、いいけど今何処に居るの?」

「浜本町の交差点です」

「じゃあ総合病院の近くだね、病院のスカイラウンジで2時に待ち合わせしようか」

「解りました、ありがとうございます」

かけてきた彼女に驚いたが、それを当然のように受けた自分にもっと驚いた。


2時5分前、病院12階のスカイラウンジは空いていた、真壁は風景の良さに見とれながら、ラウンジ内を見回す、窓際の席に郁未を見留る、外を見ている横顔は愁いを帯びて、美しく見えドキッとした。

近づく真壁に気付き直立深礼する郁未、

二人ほぼ同時に、

「さっきはゴメン!……」

言葉が綺麗に重なった、それに驚いてお互いを見つめる、

「プッ!」

緊張が切れて吹き出す、お互い何から話したらいいか、思いあぐねていたが、どうでもいい気になれた、真壁が口火を切る、

「いい景色だね」

「あたしもさっきから見とれてました、こんなに見晴らしがいいなら入院中に来れば良かったなって」

「足、もう大丈夫なの?」

「はい、お陰さまで、ホラ!」

そう言ってスッと立ち上がって、かけっこの真似をして跳び跳ねる、その愛らしい仕草に笑ってしまう真壁、

「へへー、どうです?」

「もう、全然心配要らないみたいだな、良かった」

「へへへへ、でも今日はビックリしました、こんな偶然あるんですね」

「偶然だと、思う?」

「違うんですか?」

「宇崎さん、変だと思わない?」

「へっ、たからっち? あーーー!」

「最初っから、宇崎さんの芝居だよ、俺達引っ掛かったんだ」

それを聞いて郁未は理解した、鷹良は始めっから郁未に会うつもりが無いことに。

「うぅーたからっちめー、でも何でかな?」

「さあ、ところで君誰かに似てるね?」

「誰ですか?」

「うーん、あ! 名前が榛名だよね、うちのマネージャーの榛名望海さん」

「あっ、お姉ちゃんです!」

「やっぱり、妹さんかぁ。目元が似てる」

「あたし三人姉妹の末っ子です、上から香澄、望海、そしてあたしが郁未」

「そう、もう一人お姉さんが居るんだ」

「はい、この病院で働いてます」

「えっここで?」

「そうです、もう何年間にもなります」

「奇遇だ、俺の父と兄もここで仕事してる」

「へえ、それはビックリです、真壁さんもお医者さんになるんですか?」

「いや、俺はバスケのプロになる」

「スゴい! じゃあバスケット上手なんですね、一度見てみたいな」

「ははは、三度の飯より好きなだけさ、上手いかどうかは人が決める事だ」

「たからっちが今度、全国大会行くって言ってました」

「厳密に言えば県大会で勝ったら、だけど」

「じゃあ、絶対あたしも応援します!」

「ありがとう、うちの学校では未踏の快挙だからね、責任重大だよ」

「うわぁー、素敵! お姉ちゃんがもうー感動って騒いでいたんですよ! それ聞いて羨ましかったんです」

「俺達も興奮したよ! 本当に俺達でやったんだって」

「県大会いつですか?」

「今度の金土日」

「あー金曜日は行けないけど、土日は行きます。頑張ってください!」

「不思議と勝てそうな気がしてきたな」

何の事はなく心配をよそにすっかり打ち解けた二人、その後も暫く風景を見ながら話が弾んだが、そろそろ真壁は兄と会うため切り上げる、

「スマン、この後兄と会う約束してるんだ」

「はい、こちらこそ貴重な時間を頂いて、真壁さんと知り合いになれて良かった」

真壁は、すこし思いとどまってから彼女に、

「あ、榛名さんこの後予定ある?」

「いいえ、名前で呼んでください、皆そうしてもらってます」

「じゃあ郁未ちゃん、兄と会ってる間待ってて貰っていい、かな?」

「あたしはいいですけど、何か?」

「いや、これから兄と自分の人生にとって大事な話をしてくる、その結論を君に聞いて欲しいんだ」

「そんな大事な話聞いてもいいんですか?」

「うん、誰かに話すと決めれば、気合いが出そうなんだ、迷惑?」

「いいえ! あたしでお役に立てるなら」

「済まない、正直少し心細くて」

「そんな、頑張ってください! うまくいくよう祈ってます」

「ありがとう、何かイケる気がしてきた、じゃあここで好きなものおかわり頼んで待ってて」

「はい、ご馳走様です」

真壁は、確認してラウンジを出ていった、郁未は見送って彼の姿が見えなくなるのを確認してから、席に座ってまた景色を楽しんだ。

真壁は、人に話すという背水の陣を強いて兄に、プロバスケットへの道をサポートしてもらうよう、頼みに行った。


やがて暫くして真壁が戻ってきた、郁未は彼が思い詰めた様な顔をしているので、一瞬良くない事を想像した。

席に座った彼は、少し風景を眺めてからスッと郁未の方を真っ直ぐ見つめる、その視線を真っ直ぐ受け止める郁未、緊張した。

彼の表情が緩んで親指を立てて答えた、

「ありがとう、うまく行ったよ」

「うわぁ! 良かった」

「強力な味方が付いた、これであの海千山千の親父を説得できそうだ」

「認めて下さるといいですね」

「君は勇気をくれる女神だ、今度親父と交渉するときも元気をくれるかな?」

「真壁さんに元気を? あたしが役立つなら言ってください」

「ありがとう、よし県大会が楽しみだ!」

真壁の目が生き生きとしてきた、郁未はその目を見て吸い込まれるような錯覚を覚えた。

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