第24話

その後県大会開催までの4日間、バスケ部メンバーは手を抜かず状態作り込みに励んだ、この間体育館は話題のバスケ部を一目見ようと、見学者もが増えた。

その中に郁未の姿もあった、友達と三人で一緒に見学しに来た。

中学生が来ているので、変に思う生徒もいたが、その時は悪びれず姉の名前を出して堂々と振る舞うと納得してくれた。

三人の名目はバスケ部の応援だが、郁未は密かにもう一つの目的があった、真壁の練習ぶりを見に来たのである。

入るや否や、彼らの勢いは体育館中に届いていて、彼女達はその迫力に胸がキュンとなる、郁未は真壁の俊敏なフットワークに心ときめいた。

「何でドキドキするんだろう……」

初めての気持ちだった、その初めての経験に自分が変わってしまいそうで、一瞬怖かったが、真壁を目で追わずには居れなかった。

「素敵! 何だろうこの気持ちは?」

真壁を見ているだけで、何か幸せで満たされた気持ちになる、郁未は自分の気持ちの有り様に戸惑った。

周りが見えなくなっていた自分に、友達から肩を揺すられてやっと気づく、

「イクミン、聞いてる? さっきから呼んでるのにぃ」

「ゴメンね、何?」

「あの背番号5番イケてない?」

「あー、たからっちだね」

「イクミン、彼と知り合い?」

「うん、あ、ダメだよ彼はもう彼女居る……らしいから」

「エー! なぁんだ詰まんない」

「私、4番がいい、誠実そうでキャプテンでしょ? ステキ、イクミンは?」

「あたしはねぇ、断然7番!」

「7番? 背ぇ高くないよー、イクミンあの人がいいの?」

「彼、1年でレギュラーなんだよ、凄いでしょう」

「本当に? じゃ、私も一緒に応援していい?」

「ダメだよ、7番はあたしが応援するんだからねーだ」

「イクミンがそこまで言うなら仕方ないな、じゃあ6番!」

「って、誰でもいいの? マツミはぁ」

「良いじゃん、皆で盛り上がろうよ!」

「そだね、あははははは」

乙女達は、各々勝手なことを言ってその場の雰囲気を楽しんだ。

郁未は相手コートまで一直線に斬り込む背番号7番の背中を、時間一杯ずーっと追い続けていた。


夜8時頃だろうか、望海が家に帰ると郁未が居間でNHKのニュースを見ているのが見えた。

郁未が先に帰っていて、望海を見つけると話しかけてきた、

「お姉ちゃん部活お疲れー、ごはん作っといたよ食べて」

「ありがとう珍しいわね、何かあったの?機嫌良さそうじゃない」

「そうかなー、普通だよ」

「だってNHKの政治ニュース見てるの初めて見たし、気味悪い」

「あわわ! あたしだってたまにはさ。それよっか、今週末県大会だよね?」

「前、話したわね」

「あたしも見に行こっかな。いい?」

「あら、構わないけどバスケ興味ないんじゃ無かったかしら」

「んー、たまにはお姉ちゃんの仕事っぷりや、たからっちの活躍を見たくなってさ」

「ふーん、別にいいよ一寸怪しいけど」

「こんな純真な妹捕まえて、怪しくないよ」

「何言ってるの! 郁未、鷹良さんと私の知らない事何かシテるクセにぃ」

「あーんゴメン、今は言えないけどお姉ちゃんは決して裏切ってないからぁ」

「なら信用するケド、鷹良さんも教えてくれないのよね」

「そう、たからっち感謝!」

「なんだかなぁ。郁未、お姉ちゃんがごはん食べてるうちに先にお風呂入って」

「はーい! じゃお先入るね」

郁未はTVを消して居間を出ていった。

お風呂で郁未は、体を何時もより入念にゴシゴシ擦りながら、

「ウシウシ、おーし! もっと女を磨くぞー」

そう意味不明な誓いを立て、県大会まであと三日、応援する決意を新たにした。


さて、金曜日は県大会初日である、緊張のなか火蓋が切って落とされた、湾岸地区代表の二校として、ガッツ率いる潮浜高校は初出場を飾る、会場にはいつになく同校の応援が増えていた、いよいよ第一試合開始だ。

変則的に参加校の多い湾岸地区で残った、県大会優勝候補筆頭の綾瀬第一高校と、今回初出場のルーキー潮浜高校は、県大会では準決勝から進出となる。

これは元々湾岸地区を含む西地域の

参加校が、他地区と比べ多すぎる事と、強豪校が集中という地域的な事情で特例事項となっている。

この事は県でも問題となっていて、再編成が待たれているが今更という意見もあり、今後も暫く決着がつきそうもない。


一方その事を知らない郁未は、何時ものように学校で授業を受ける、気が気でなかった。

「あーもう始まってるなぁ」

「気になるなぁ、どうなってるんだろう?」

彼女には授業は上の空である、昼休みに連絡を取りたかったが校内は携帯持ち込み禁止、公衆電話があるが、あいにく昼の時間は塞がっていた。

結局、何だかんだで望海が帰ってくるまで分からず仕舞い、郁未のストレスは頂点に達していた、たまたま香澄が今日はいたが彼女が話し掛ける余地が無いほど苛立っているので、香澄はあえてそっとしていた。

「ただいまー」

望海が帰ってきた、郁未はすかさず玄関まで駆け寄って聞き出す、

「初日どうだった?」

興奮した様子の郁未に驚いて望海が目をパチパチしながら、

「何そんなに焦ってるの? 香澄姉今日は居るんでしょ?」

「居るよ、それより試合結果は?」

「今日は無いわよ」

思わぬ返事に力が抜ける郁未、

「無いってどういう事ぉー? 今日から試合開始でしょー」

「あら、郁未知らなかったの? 私達は地区予選先勝校だからシードで準決勝からスタートなの、だからね今日は試合なし、勉強しておきなさい」

そう言い放って居間へ入っていく望海、

「なぁーんだ、気を揉んで損したぁ」

そう言って、肩を落としてトボトボと望海に付いていった。

居間のソファーに座って落ち込んでいると香澄が、

「あれー? どうしたのさっきの気迫が全く無いじゃない」

「うぅー、今日は試合無しだって」

「そう、それは残念ねー、じゃあその代わりに望海に頼んでおいた事があるから、一寸待っててね」

「え? 香澄姉、ナニナニ?」

「今、望海が着替えて来たら判るから、ねっ?」

何だろうと思っていると、望みがやってくるなり、

「郁未、目をつむって」

そう言うと香澄が彼女の目を優しく掌で隠す、訳が解らない郁未、暫くして、

「良いわよ」

と望海が言うと、香澄が手をどける、ゆっくり目を開けると目の前のテーブルに白い見覚えのある箱が置いてある、甘み処「さくら屋」の大きな箱である

「あー! いちごショートケーキぃ」

「遅くなってゴメンね、やっと三人揃ったから」

色々あって郁未は三人でした約束をすっかり忘れていたが、姉達は忙しいのにも関わらず、退院祝いの約束を忘れて居なかったのだ。

「お姉ぇちゃーん、ありがとー」

急に涙が溢れてくる郁未、横に居る香澄に抱きついた。直ぐに望海にも抱きついて甘える、何時もの彼女に戻っていて二人も安心した。

「さぁ! 一緒に食べましょ、お皿とフォーク持ってくるね」

そう言ってキッチンに急ぐ望海、準備が出来たところで箱を開ける、

「これだぁ! いちご大っきい、さくら屋のショートケーキ、夢に出るくらい」

郁未が感激する、望海も、

「やっぱり、さくら屋のが一番だよね、女性の気持ちを良く解ってる」

香澄も、

「さくら屋のケーキの前では、無礼講だからね、思い存分食べよ!」

「わーい!」

女子は甘い物の前では子供になれる、それは昔も今も全く変わる事は無い。

三人は昔の通り仲良し三人姉妹に戻っ友達みたいに、甘い一時を存分に楽しみ一夜を過ごした。


翌日となり土曜日朝、郁未が待望の県大会見学の日がやって来た、各々会場まで移動のため、郁未は望海と移動した。

会場には8時少し過ぎに到着、開始は前日同様9時なので30分前のグループミーティングまでまだ時間がある。

郁未は初めての経験で、会場の雰囲気にドキドキしていた、望海は慣れたもので、

「さあ、控え室まで来る?」

そう言ってぐいぐい郁未を引っ張っていく、ちょっぴり頼もしかった。

「選手の皆はまだなの?」

控え室はまだ誰も居なかった、望海は説明する、

「もう会場に行ってる人もいればまだ到着してない人も、うちは結構自由だから」

「ふぅーん、たからっちは?」

「さっき確認したら、もう来るはずよ」

「ちょっと会場を見に行っていい?」

「半までに戻ってこれる?」

「大丈夫、たからっちと二人っきりにさせてあげるね」

「ばかね」

「いってきまーす」

郁未は通路に出て、渡り廊下を通り会場の体育館へ入るやキョロキョロする、真壁を探しているのである、人が結構いて判り難い。

コートの中では四面ある全て選手が練習している、郁未は感心しながら真壁を探す、その時、郁未は肩を叩かれ後ろを振り向く、鷹良が笑顔で立っていた。

「郁未ちゃんおはよう、何探してるんだい?」

「何だ、たからっちかぁおはよー」

「俺じゃなきゃ真壁か、彼どうだった?」

郁未は周りを二、三度望海が居ない事を確かめて、

「お姉ちゃんにはまだナイショだよね?」

「大丈夫、俺一人でお膳立てしたし誰にも言ってないよ。昨日どうだった?」

「うぅ恥ずかしいな、今もドキドキしてる」

「いいヤツだろ?」

「カッコイイ」

「アイツならさっき入れ違いで控え室に入ったよ」

「控え室?お姉ちゃん居るな、どうしよー」

「何かマズイの?」

「これ……」

モジモジしながら、ポケットの中から小さい袋を出す郁未、それを見て鷹良は望海に人形を貰った時の事を思い出した、

「分かった、じゃあ真壁を控え室の外に呼び出すから外で待ってて」

「やっぱり恥ずかしいな、たからっち渡してくれない?」

「郁未ちゃんが直接渡した方がいい」

「恐いな、受け取ってくれるかなぁ」

構わず鷹良は真壁を呼びに控え室へ行ってしまう、郁未も従わざる得なかった、控え室に入った鷹良は真壁を見つけて話をつける、真壁が出ていった。

後は二人の事だ、ニヤニヤしてると望海が聞いてくる、

「何やってるの?郁未居た?」

「ああ、会場の雰囲気に驚いていたよ」

「ふーん」

その後ミーティング開始ギリギリになって真壁が戻り、全員揃った所で開始となった。

望海は、郁未が戻らないのが気になったが、気持ちを切り替えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る