第14話

鷹良が通う潮浜高校は進学主体の新設校だが、美都が通う海之部海浜高校は創立が古く伝統ある女子校である。

ここ10年程前から進学率が高くなったが、そもそも地元に根付く手に職をもつ女子の育成が創立目的だった。

その女子高南方の小さな丘を越えた向こうに潮浜工業高校がある。

最近まで男子校だったが、時代のながれか今は女子も入学可能となったものの、殆どが男子生徒である、ここも地元に期待された、古くからある伝統校だ。

さてこの二つの伝統校は、その二校を挟む丘を通して交流があった、毎年この時期に男子と女子がグループを作り、交互に丘をリレーして勝負する恒例行事である。

元々地域活性化の目的で潮浜市と海之部市が提携し、市堺にある二校を象徴として相互交流を図るため、このときだけは無礼講とばかりに普段禁制の男女交流が認められる。

建前は健全交際になっているが、卒業後即就職する者が少なくない二校の生徒は、結構カップリング率が良かったりする、地元もこれでカップルが出来、地元で根付いてくれればこれ幸いと考えての事だった。

古くさい習慣だが、結構どちらにもこのイベントに期待している生徒は多い、11月にもなれば、言わずともテンションはあがり、校内の雰囲気は盛り上がる。


美都が退院して学校に復帰したのも、そのイベントを控えた11月過ぎて間も無い頃だった、彼女が教室に入るなり、乙女達はその話題で持ちきりだった。

美都は、最初何の事かが理解できなかったが、友達に聞いて納得する、既に教室には男子校のイケメン男子のランキングが貼り出される始末で、それを見て美都に誰かが、

「美都?あなた誰がいいの」

そう聞いてきた、美都は面と向かって言われて顔を赤くして戸惑って、

「そんな、私はそういうんじゃないもん」

「ほう、既に意中の君がおるとでもぉ? 頂けませんなー」

「そうじゃないけど、いるというか……」

「あっ! 前言ってた、潮高のバスケ部5番、宇崎さんでしょう? あーいいなー、彼結構ポイント高いもんなー」

「えっ、そうなの? 全然知らなかった」

「こらー、贅沢な悩み抱えよって!このー」

「只の幼馴染みだよ、そんな単純じゃない」

「へぇ、じゃ君も我々の同士? よいよい」

「こんな寂しい話で盛り上がってていいの」

「何言うの、ネンネの我が一年生は先輩の後陣を拝する事になっても来年があるからね、がっつかない」

「あらあ、菜々美は余裕あるー、ははははは……」

そんな事をいってるうちに始業チャイムが鳴って皆席に着いた。


噂には聞いていたが、みんなの期待度は予想以上に高そうだと美都は感心した、その日の昼休みでもイベントの話で持ちきりだ。

美都は昨日まで休んでいたので分からないが、恐らくかなり前からこうなのだろう。

皆がそうなのだから彼女も加わらない訳にいかない、中には冷ややかな目で見ている生徒も居るには居るが、美都も含めて協調する子が圧倒的で、美都も昼休みの間にイベントの現状を概ね知ることができた。

11月の第四週金曜日に開催され、午前10時スタート、前日に準備委員の生徒が公平に組んだグループと順番で十分間隔で出発して丘を越え相手校側で待機している相手にバトンタッチ、それを往復三回繰り返した時間をチームごとに競うというものだ。

競技中に昼休みになるため、各チームごとに競技に支障のない範囲で一時間が割り当てられているので自由にとる、ここでも生徒間のコミュニケーションが図れる。

さて、運営委員から情報が徐々に入ってくる、誰々は参加するしないとか、同じグループになるならない、など憶測や希望も入り交じって様々な噂が飛び交う。

男子校も盛り上がるが、女子校はその比ではなくお祭り騒ぎだ、有りもしない噂や、憶測は甚だしく多くて、どれが本当か分からない程だ。

大体噂の矢面に立つのは決まって目立つ女子が殆どだが、初参加する一年生もやり玉に上がることもあった。

今年も何人か噂が立ったが、なんと美都に白羽の矢が立ったのである、それを聞いて本人が驚く。

「みとー、あなた高野さんよ! 3年の高野さん、スッゴーい!」

訳が解らない美都、指差す先に例のランキング表示がある、見るとトップ3に挙がっている中には、高野四郎の名前が書いてあるのが見えた。

どうやら美都は、相手校でも三本の指に入るモテ男とカップリングされているらしい。

美都は全く覚えも無いのできょとんとしていると、他の教室から美都を見ようと女子が殺到していた。

「あの娘よ、高野さんの相手」

「テニス部の注目株の子じゃない?」

口々に色々評価しているのが美都たちにも聞こえる、菜々美が美都に、

「すごいね、当日まで妬まれるかも、気をつけたほうがいいね」

「ええー! 迷惑ですけど」

げんなりする美都、さらに追い討ちをかけるようにどこからともなく、

「高野さん確定だって!」

教室中が騒然となる、間も無く休み終了なのに生徒は暫く動こうとしない、先生がやって来て、

「はいっ、時間よ何やってる。教室に早く戻りなさーい!」

やっと我に返ったようにバタバタ教室に戻る生徒達、何とか先生が納めて通常の状態に戻る、先生はイライラしながら、諭すように声をあらげる、

「はい! 授業に集中、62ページ開いて、昨日の続きからスタート」

強引に午後の授業を始めた。


実はこのエピソードは数週間前に起きた、美都の事件に関係があった、その事を知っているのは運営委員会の一人、海之部の佐川夕夏と潮浜工業の徳井浩介の三年生である。

こういうイベントの裏には何かと胡散臭い話は付き物で、早くから美都に目をつけた佐川が徳井を通じて男子を仕向けていたのだ、前回のは脅しに過ぎないが次はどう出るか分かったものではない。

佐川が運営委員会に成ったのは、極めて個人的な都合であり、これも悪しき伝統の一つであった。

ーーー新人潰し。

三年生のごく一部の生徒が、新入生の中から容姿や能力で特に優れた子に目をつけて、このイベントに合わせていろんな方法で潰しにかかるのだ。

しかしこの伝統も数年前から牽制の動きが表れて、今回で阻止が実現するかもしれなかった、美都は当にその火中の一人だった。


美都自体気づいていないが、端からみれば美人タイプで、テニスも一年生でレギュラー級の実力を持っているので、周りから入学早々注目されてはいた。

そんなことも少しも鼻に掛けることなく自然体で素直な彼女は好かれる事が多いが、それを疎む者もいるということだ。

そんな美都のような認知度の高い女子は、ランキングの男子とのカップリング対象に祭り上げられる、皆の願望の代表であるアイドル的象徴として。

美都が入ってトップ3カップルが決まる。

一位の工藤信也は文句無しのイケメンでサッカー部のエース、彼の相手に成ったのは、海之部のお蝶婦人と言われるテニス部部長にして圧倒的な羨望の美しさを誇る姶良恭子、誰も文句を言うものは居なかった。

二位の要拓哉は囲碁部という異彩の人で、いわゆる天才タイプのイケメンだ、彼の相手に持ち上げられたのは山口沙也加、帰国子女のお嬢様だが、学力では抜きん出ていていつも学年テストで一二を争う才女だ。

いわゆる美女ではないが、クオータなのでエスニックな浅黒い健康的な肌と、アクティブでカッコイイ印象で姶良とは違う魅力あり。

その中にあって、三位の高野四郎はバスケ部部長で今時のイケメンの印象は薄いが、清潔感のある誠実さで、有言実行が信条で地味だが文科系女子に人気だ。

因みに三年生は対象外になる、運営側で支える事になる、主役は二年生が通例だ、希に一年生が入る事があるが異例と言っていい。

その三位の彼に何と一年生の美都が選ばれた事に誰もが驚いた。

この異例人事には、実はある意図的な目的があっての事だったのだが、この後どうなるか? この時点で誰にも判らなかった。


さて、やがて放課後、美都は久しぶりの部活に復帰する、最初はラケットさえ握れなかった、基礎練習に徹する事となったが、久し振りに体を動かして汗する事ができるだけで、美都は満足していた。

そんな美都の元に新部長の姶良恭子が近づいて来た、

「浅井さん、今日から復帰するのね」

「部長、申し訳ありませんでした」

「入院前はレギュラー候補だったけど、残念今回は県大会諦めてもらうしか無いわね」

「いいえ、そもそも一年生の私がレギュラー何てそんな甘い世界だとは思っていません」

「そう、顧問はあなたを評価していたようよ、でも仕方ないわね所詮勝負の世界だわ。結果を出した者が生き残るだけ、何があったか知らないけど、それも結果よ。色んな敵がいるという事ね、注意した方がいいわ」

「ありがとうございます、気をつけます」

「次は全国戦狙ってるの、私一人では行けないわ。あなた期待してるわよ」

そう言って去っていった。

その時は気づかなかったが、後で彼女の真意を知るのであるが、例えリップサービスとしても、何とか部長の気持ちに応えたいと気持ちを新たにする美都だった。

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